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2022年7月1日
明日のこと
高台にキャンパスがあり、坂を下ったところに附属の小中学校があった。私はそこで九年間を過ごした。私が小学校に入学したときは教育学部附属だったが、通ううちに教育地域科学部になり、卒業するときは地域学部になっていた。とはいえ、入学式を終えたばかりの児童にその違いはよくわからない。...
2022年6月30日
2021.12.31
行ったねえ。恋人が、みんなといるときよりゆったりした口調で言った。 行ったねえ。私も同じように返す。どちらからともなく手をつなぎ、北口から駅を出た。南口側ほど栄えてはいないが、こちらも駅を出てすぐは飲食店街だ。といっても、大晦日にもなるとチェーン店の多い南側と違い、北側はも...
2022年6月29日
2021.12.30
今年ぃ?とミツカくんが怪しむ。そうだったの?と今年ずっといっしょにいた恋人が目を見開く。あ、いや今日、今日考えてた、と慌てて訂正した。 今日ずっとでもたいがいやわ、とミツカくんが笑う。 まあでも今年ずっとよりはマシやろ。...
2022年6月28日
2021.12.29
四人を乗せた列車が消えていく。いやあ、しかしほんま寒いで。宇野原さんが言って白い息を吐き、白いまま吸い込もうとするように強く吸って、くしゃみをした。マスクもしてないし手で押さえもせず、顔だけは人のいない線路側を向いてはいたが、常夜灯に照らされて、飛び散るしぶきがよく見えた。...
2022年6月27日
2021.12.28
私たちの最寄り駅よりはやや小さく、乗降客も少なかったはずだ。ホームでは人がドアごとに数人ずつ待ってるのが見えたが、改札前はそれほど混んでいない。四人とも同じ、七分後の上りの快速に乗るという。私たちは改札前で輪になって話す。久しぶりで、よかったよ。楽しかったね。また集まろ。矢...
2022年6月26日
2021.12.27
郷里でも、七年間の学部生時代を過ごした北の街でも、クリスマスと大晦日の間は雪だ。冬はつるつるの道をよちよち小股で歩くもので、千鳥足なんてやってる余裕はない。今年流行ったアニソンが、通りがかった飲み屋の、歩道に少し張り出して、透明なフィルムで防寒された中から聞こえ、それがすぐ...
2022年6月26日
2021.12.26
そうと決めて歩きはじめた。撤収、といったところで、九人中七人は鉄道で、私と恋人も駅を通り抜けて帰るから、ひとまず目的地は南北にひとつずつある駅のどちらかだ。ここでいきなり解散でもいいけど、せっかく近くまで来たんだし、まず南側の駅から乗る人たちを見送ろう、ということになった。...
2022年6月26日
2021.12.25
おつりをこまかい小銭でもらい、各自に分配する。中途半端に残った三十九円は計算してくれたミツカくんのものだ。すまんねえ、とその程度の金額でもうれしそうにする。 あとこれ、みなさんおひとつずつどうぞ。学生さんが編みカゴを持ってきた。一人ずつ配ろうとしたのだろうが、いちばん近くに...
2022年6月25日
2021.12.24
恋人とルールーが、ルールーの新作について話している。宇野原さんが林原さんに、今月の文芸誌に載った君島さんの短篇の一節を口ずさんでいる。リンとエリカは私の知らない誰かについて陰口のトーンで交わしていて、ミツカくんとベラさんはそれぞれ一人で静かにグラスを傾けている。窓の外では学...
2022年6月25日
2021.12.23
いま世のなかには小説家としてデビューするための賞が無数にあって、私と宇野原さんと林原さんは、それぞれどこかの版元や雑誌が主催する賞を受けて世に出た。私と宇野原さんの賞はジャンル不問で、私は郷里を舞台にあまり倫理的によろしくない筋の、宇野原さんはリニアのトンネル掘りの話を書い...
2022年6月24日
2021.12.22
各自の飲みものと、料理もひとり一品ずつ。恋人はまだ戻ってきていない。リゾットの、まあ今日食べたのと違う味ならいいか、と思ってメニューを見ると、そもそも和風のリゾットは、ましてや七草リゾットなんてない。しかし考えてみれば二週間後には七草粥の日なのだから、今ごろ全国の産地では収...
2022年6月24日
2021.12.21
店に入った順に座っていく。私たちはあまり席次を気にしない。いちばん年上のベラさんやキャリアの長い宇野原さんがたいして偉ぶらないし、そういえば敬語もよく忘れる。最年少はたぶんルールーか林原さんだが、二人とも年齢非公表だからよくわからない。席順や届いた飲みものを回す順、たしかタ...
2022年6月23日
2021.12.20
今も。 リョウくんもだね、そういえば。恋人が私を見る。にいがた。 にいがた、と鸚鵡返しにすると、たしかに、舌になじんだイントネーションだ。九人は面白がって口々に、にーがた、にいがた、とにーにー言いあう。 わたしもそうかも。エリカが言う。にいがた、おーいた、くまもと。それで今...
2022年6月23日
2021.12.19
千葉の住民ならそのくらいは屁でもない、ということか、泊まるあてでもあるのだろうか。 道のずっと先に街の光。住宅街のここはまだ静かだ。そろそろかなー、という恋人の声が、何の音に遮られることもなく、夜の空気に溶けていく。にぎやかな通りに出てしまえば聞きとれない感覚だ。...
2022年6月22日
2021.12.18
柵の間を抜けて車道に出る。なんだかずっと気を張っていて、十日くらい墓地にいた気がしているが、スマホを見れば一時間も経っていない。ふう、と九人はそれぞれにため息をつく。 みんなありがとう。恋人が改まった声で言う。おかげでなんとかなったよ。...
2022年6月22日
2021.12.17
恋人がお茶を飲みきった。十二月も後半になると、まだ十九時を過ぎたばかりでも冷え込んで、動いていないと寒さがこたえる。身体あっためていってもいいよ、とリョウシュンさんは言ってくれたが、私たちは異口同音に固辞する。僧侶の妻がその間に、私たちから湯飲みを回収して、ポケットから出し...
2022年6月16日
2021.12.16
いやミツカくんもどうだろう、話すなら萩尾望都のほうが盛り上がるだろうか、と、こうやって延々頭のなかで捏ねまわした冗談はだいたい受けない。 See you again. Yes, see you soon. At Tokyo?...
2022年6月14日
2021.12.15
ヤスミンと恋人と三人で賑やかに歓談しはじめて、私の名前が呼ばれた、と思ったら、どうも彼の名がリョウシュンらしく、それがわかっても会話の内容はほとんど、簡単な言い回しといくつかの固有名詞を除いて聞きとれない。俳優や監督、有名な作品のタイトル、映画の話をしてるらしい。エリカもP...
2022年6月13日
2021.12.14
──ということでして……。私が歯切れ悪く説明を終えると、お坊さんは、そういうことかあ、と破顔した。笑顔は思ってたより若く、もしかしたら同世代だろうか。懐中電灯を持ったまま腕を組み、素早く動いた光が、水場のふたつ隣の山村家之墓を照らし出す。私たちの視線がそっちに引っ張られたの...
2022年6月12日
2021.12.13
私たちはみんなぴたりと身を縮める。懐中電灯の光が地を這って、私たちの身体を照らす。誰も返事はしないまま、ヤスミンだけが喋り続けていた。振り向くとスキンヘッドの男が立っている。暗闇のなかで眼鏡が光る。and then...とヤスミンが、何の相槌も打たない恋人に気づいて尻すぼみ...
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