2021年7月7日2021.1.7私たちが住んでいるのは角部屋で、物置にしているもと寝室以外の全部屋に窓がある。二棹の本棚の間からは、明るい時間なら大学の緑が見える。大学との間には平屋や二階建ての民家が並んでいて、やや離れた私たちの部屋からも、赤煉瓦の講義棟や、私がたまに利用する附属図書館の、本が日光で傷み...
2021年7月6日2021.1.6知りあってから交際をはじめるまでのそう長くない期間、私たちは外で会うこともあったし、互いの家──どちらも山手線の内側の、歩いて三十分くらいの距離にあった──を訪ねて、いっしょに夕食をとったり映画を観たりしていた。彼女のマンションは築年数の浅いデザイナーズ物件で、オートロック...
2021年7月5日2021.1.5コーヒーのブランドはどうでもよく、ただカフェインとにおいが摂取できればいいのだ。近所の専門店とか、スーパーのプライベートブランドとか、業務用食品の通販とかいろいろ試してみたが、いまはけっきょくブルックスに落ち着いた。電動ミルで挽いておいたものを冷蔵庫から出し、バルミューダの...
2021年7月4日2021.1.4このあいだ電球を替えたとき、白い光のものを間違えて買ってしまい、まだこの部屋の明るさに慣れない。まぶしさに目を細めながら、私はかるく体操をした。恋人や、下の部屋の人の迷惑にならないように、声を出さずにラジオ体操の曲を口ずさみながら、ジャンプや足踏みは省いて身体を動かす。ラジ...
2021年7月3日2021.1.3宇野原さんと知りあったのは神楽坂の下のほうにある四川料理の店だった。私が受賞した小説の新人賞は、当時は年に二度開催されていて、その都度一人か二人、佳作や選考委員奨励賞を出すときは三人が同時にデビューすることもあった。私も二人同時受賞で、しかしもう一人は遠方にいるため授賞式に...
2021年7月2日2021.1.2ベッドの上を手でまさぐったがスマホは見つからなかった。寝る直前までサッカーニュースを漁っていた記憶はあった。冬の移籍期間がはじまったばかりだった。チームとの契約がのこり半年を切った選手は、所属クラブに許可を得ずに他チームと契約交渉をすることができる。記憶にあるかぎり、昨夜さ...
2021年7月1日2021.1.1朝目覚めるシーンからはじまる小説が多すぎる。そんな、ほとんど愚痴めいた、どこで、いつ読んだのかも思い出せない言葉を思い出しながら目を覚ました。それはたしか、ライトノベルの新人賞の下読み委員の言葉で、応募しようと思っている人が気をつけるべきことは、というような問いへの回答で、...
2021年6月30日昨日のこと教授が入院したのは私が大学院に入る二年ほど前のことだった。私は彼のことをいち読者としてしか知らず、彼は自分のプライベートのことをあまり明かさない書き手だったから、私が彼の入院と手術を知ったのは大学院に入ってしばらく経ってからのことだ。彼はとうに退院して仕事に復帰していた。ゼ...
2021年3月28日言葉で築かれた墓碑進藤純孝『ふり向けば独りきり』(光人社、1993.3)を読んだ。 第三の新人の同志たちとの交友も、彼らと併走してきた数十年の歳月も、文学論や小説家の評伝めいた記述も、ここにはほとんど含まれていない。最愛の妻を亡くした進藤は、何をしても妻のことを、妻との日々を、その不在を思っ...
2020年12月8日召し上がれ!昨夜の鍋の残りに、これも残りものの白米を投入して雑炊めいたものを作って食べた。くたっとした白菜、結び目からほどけ落ちた白滝、鶏肉のかわりに入れたベーコンの切れ端。よく味が染みて美味しいが、レンジでチンしてひと煮立ちさせただけなので、料理をした、という実感はほぼない。...
2020年11月3日曇らなかった鏡 あれは京都だったのか、古都という枕詞を附されるのがふさわしい街並みのなかでペーパーナイフを買ったのは、修学旅行の自由行動の時間か、その街のどこかで学生生活を送る親戚の家を訪ったときだったかもう憶えていない。小刀を模した白木の鞘には、たしかその観光地としても名高い古刹か城郭の……