プルースト 2022.4.9~2022.5.13

4月9日(土)晴。五時ごろに起床。モロッコ代表のハリルホジッチ監督が、また解任されそうになってるらしい。三年前、五百蔵容『砕かれたハリルホジッチ・プラン』と『サムライブルーの勝利と敗北』を立て続けに読み、一気にサッカー観戦の解像度が上がった。あれを読んで以来、いろんなそのての本を読むようになったけど、あの二冊以上の衝撃は得られずにいる。ハリルジャパン、ワールドカップで観たかったな。五百蔵の二冊が出たのはロシア大会の前後だったけど、今回も出るかしら。あの極めてラジカルな分析がまた読みたい。それはそれとしてハリルホジッチ、違う国を率いて四度もワールドカップ出場を決めた、のはすごい、が、日本をふくめてこれまで二度大会直前に解任されている。大丈夫なのか。

 夜、風呂のなかで上野千鶴子『ひとりの午後に』を読了。自分はたいがいの男性に対して寛容だ、としたうえで、上野はこう書く。「それというのも、男ってこの程度のもの、と期待水準が低いせいで、かえってひとりひとりの男性に期待した以上の美質を見いだしてしまうからだ」。オンラインイベントで、これ観てる男っているのかしら、と上野が言ったのを、男というものへの不信、と私は考えた。しかしあれはもっと強めの、男はどうせ観てないでしょ、ということだったのか。私以外にも観てる男はたくさんいただろうが、対面のイベントと違ってオンラインでは聴衆が見えない、から、期待値の低さが口に出ちゃったのかしらん。

 あとは、故郷の坂を綴ったエッセイが印象に残った。同じ北陸だからか、古井由吉が金沢で働いてたころのことを書いたものを思い出す。そういえば私は、鳥取や札幌の街を舞台に書いてきたけど、そこに生きる人、の話が多くて、土地そのものについてはあまり書かなかったな。鳥取の坂のこと、どこかでエッセイとして書きとめておくのもいいかもしれない。


4月10日(日)晴。今日も読書日。長い昼寝をして夜、ドミノピザを食べながら堀江栞・小野正嗣対談。小説家である小野はもちろんのこと、堀江も言葉の人だ。画家としての来歴や問題意識が明瞭に言語化されている。自分の仕事について徹底的に考えつづけた人の言葉は信頼できる。小野も、いつものふにゃふにゃした饒舌なのだけれど、やわい語り口のなかに明瞭な批評がふくまれている。感服して観終わり、しかしなんか、ひさしぶりにドミノピザを食ったからか腹痛がひどい。夜遅くまでウンウン唸り、気絶するように寝。


4月11日(月)晴。今日も暖かい。スーパーにいちごを買いに行った以外だいたい机に向かっている。夜、風呂で強い表紙の信田さよ子『カウンセラーは何を見ているか』起読。私小説だ。


4月12日(火)晴。花粉の日。鼻炎薬がそろそろ尽きそうだが、今シーズンの花粉もそろそろ終わるはずで、買い足すかどうか迷う。

 昼休みにプルースト『失われた時を求めて』八巻、『ソドムとゴモラ Ⅰ』を起読。装画は聖人のレリーフみたいなのが四つ合わさった絵。聖人っぽい、とは思うのだが、四つそれぞれに附されたキャプションが読めず、わからない。へんなダンスをしてるみたいな人もいて、スズキロクさんの『のん記』で、妻がよくへんなダンスをしてることを思い出す。

 巻末の図版一覧によるとこれは、プルーストがレーナルド・アーンに贈った、宗教美術についての本の図版を模写したデッサン、らしい。へんなダンスのキャプションは〈狂気〉とのこと。なるほど。アンニュイな表情のおじさんの上のキャプションは〈ビニニュルスにたいする幼子レーナルドの憤怒〉という意味で、訳者によると、「ビニニュルスは、マルセルのレーナルド宛て書簡で、相手または自分を指す愛称」だという。相手または自分ってどういうことだ、と思ったが、見返しのあらすじに「本篇に入り、同性愛のテーマがいよいよ本格的に展開される」とあるのを見て、もしかしてこれはCall Me by Your Nameと同じ発想なのか、と思いつく。あれはいい映画だった。原作のストーリーの途中で終わってて、最初から続篇ありきで制作されてもいたようで、撮影の準備がはじまった、というニュースを何年か前に見た記憶もあるが、ティモシー・シャラメは人気が出すぎてスケジュールを押さえるのが難しいらしいし、アーミー・ハマーは恋人にレイプやカニバリズム願望をDMしたのが告発されて、その後も出演作が公開されてるから完全に干されてはいなさそうだが、もう恋愛ものは無理なのではないか。Call Me by Your Name(直訳とはいえ『君の名前で僕を呼んで』という邦題はなんかしっくりこない)はあれで完成されてるから続篇は蛇足、と思いつつ、用意されてるなら続きが観たくもある。どうなるのかしらん。

 本巻、見返しだけでなく帯にも〈いよいよ展開される同性愛のテーマ〉とあり、ここまでにも同性愛をほのめかす描写はちらほらあったし、プルーストは同性愛者だった、というのも何かで読んだ記憶があるから、著者自身にとって切実なテーマだったのだろう。

 巻頭の「本巻について」によると、本巻でもまたゲルマント一族の夜会のシーンがあるらしく、そこでの〈主たる話題は、シャルリュス男爵の同性愛と、死期の迫ったユダヤ人スワンのドレフュス支持をめぐって展開する〉とのこと。しかし考察の主題として、性指向は他人がとやかく言うことじゃないし、ドレフュス事件について私は知識に乏しくて議論に乗っかれない。スワンの死、だけは、身内の死についていろいろ考えたり書いたりした者として、一定の解像度をもって読めるだろうか。

 そして登場人物紹介にアンドレの名前がある。〈花咲く乙女たちのかげに〉における私の推しアンドレ、紹介文は「花咲く乙女たちのひとり。アルベルチーヌと乳房をくっつけてワルツを踊る。」となっていて、なんかどきどきしてしまう。その隣の行はコタールで、「医者。ダンスをするアルベルチーヌとアンドレが「快楽の絶頂」にあると指摘。」とあり、なんちゅう指摘をしてるんだアンタは。ふたつ隣のカンブルメール老侯爵夫人(ゼリア)の紹介文の末尾は「感激するとよだれを飛ばす。」で、実際はどうなのかまだ読んでないから知らないけど、乙女二人が乳房をくっつけてワルツを踊りながら快楽の絶頂に達するのを見てよだれを垂らすおばあちゃん、を想像してしまう。情報量が多すぎる、というか、この紹介文書いた人、ちょっと悪ふざけしてないか。

 気を取り直して本文を読みはじめると、シャルリュス男爵が仕立屋ジュピアンとばったり出会い、ジュピアンの店に入ってめちゃくちゃセックスする、のを、語り手が盗み聞きする。一巻でもこの語り手は覗きをしてたし、スワンもオデットのアパルトマンの前で盗み聞きをしていた。窃視のモチーフ。というかまあ、他人のセックスを描写するには妄想するか覗き見るしかないか。訳註によるとこの語り手は(あるいはプルーストは)男性の同性愛について、〈男の内に潜む「女」が男を求める以上「同性愛」とは言えない〉ものであり、本文中で〈同性愛〉ではなく〈倒錯〉という言葉が多用されるのはそれゆえだ、とのこと。しかし本巻で開陳される同性愛観はちょっと古く、そりゃまあ二十世紀初頭に出た本(「本巻について」では本巻の時間軸を「およそ一八九九年のことと推定される」としている)だからしょうがない、のだが、けっこうキツめのステレオタイプが書き連ねられている。自身も同性愛者だったプルーストはこれを書きながら何を考えていたんだろう。

 夕方、外出。図書館で今日が取り置き期限のものを借り、いちごを買って帰ろうとしたら、往路に通りがかったときは三割引だったオーガニックな弁当屋さんが、全品半額の札を掲げていて、つい買ってしまう。69/617


4月13日(水)晴。今日は正午に歯医者。詰めものが取れたところは案の定、虫歯が広がっていて、かなり深く削られた。四月一日から、詰めものにつかう何かの素材が新しく保険適用の対象になったらしい。先生はなにか細々と説明してくれたのだが、いまいち頭に入って来ず。新しいものなので実際の使用感とかのデータがあんまりないことと、保険適用できることだけわかった。せっかくなのでそれにしてもらう。次回は二週間後。

 帰宅して作業を続ける。麻酔が切れてだんだん痛くなり、ロキソニンを飲んでひと休み、プルーストを進読。〈ソドムとゴモラ 一〉の第一章は〈私〉がシャルリュスのセックスを覗いて同性愛について考察するだけのわりと短い章だった。二章がはじまり、また社交。語り手、ゲルマント大公夫妻邸での夜会に長居はしたくない、夜十二時前にアルベルチーヌが会いに来ることになってるから、と述懐して、こう続ける。「たしかに私は、アルベルチーヌにいささかも惚れてはいなかった。今夜、本人を来させるのも、ただただ官能的欲望に身をゆだねるためにすぎない。」かつてはたしかに彼女のことが好きだった。それが今では、彼女を求めるのは単に性のためだけだ。なんでこうなっちゃったんだろうな。語り手が聞き手(〈読者〉)の存在を意識している、のだから、あるいはこれも、あんなやつもう、昔ちょっといいなって思ったってだけで、今じゃ何でもないっすよ、身体だけっすよ、みたいなポーズなのだろうか。

 九十分ほど読んで作業に戻る、が、昼間は暑く、腕をまくっていても汗をかき、それほど集中できてなかったし、めちゃくちゃ捗ったというわけではないのだが、夕方ごろにパタリとスイッチが切れる。米を炊き、カツレツを焼いて食う。次回の治療までの仮の詰め物が、たいへん薬っぽい味で、一日不快だった。夜は涼しく、湿度が高まる。雨が降るらしい。118/617


4月14日(木)雨。朝は太麺の焼きそばを作る。卵がなく、ニラがすこし焦げてしまう。雨なのでゆっくり作業。作業の合間に『カウンセラーは何を見ているか』を進読。カウンセリングの本でページターニングというのはすごいことだ。本気かギャグか、どう受け取ったものかわからん記述がけっこう多い。夕方から上野千鶴子『女の子はどう生きるか』を四分の一ほど読。読書はまあまあ捗ったが、作業はぼちぼちの一日。雨だからしょうがない。

 夜、JR恵比寿駅で、〈中目黒〉〈六本木〉と日英韓露で掲示されていた案内表示のうち、ロシア語だけが〈調整中〉と書かれた紙で覆い隠されている、というニュースを見る。客から「不快だ」とクレームがあったとか。敵性語か。

〈無意識の人種差別〉のことをまた考える。クレームを入れた人は、トルコ語を見たときも、クルド問題のことを考えて不快になるのだろうか、と皮肉めかして考えたが、不快になるならクレームを入れてよい、というもんでもない。当然、というべきか、批判が相次いで、明日の朝には元に戻す、とのこと。

 しかし考えてみれば、ロシア語もウクライナ語もキリル文字を使う。Google翻訳によると〈中目黒〉はНакамэгуро(ロシア語)とНакамегуро(ウクライナ語)、〈六本木〉はРоппонги(ロシア語)とРоппонгі(ウクライナ語)で、見比べれば違うとわかる、が、何も知らずに見せられたらたぶん私は判別できない。クレームを入れた人はわかったんだろうか。もしかしたら今回の侵攻でウクライナから避難してきた人かもしれない、と思うと、反射的に批判するのも躊躇われる。

 そういえば稚内に行ったとき、駅や道路標識、商店街のアーケードまでキリル文字が併記されていて、対岸はサハリンだものなあ、とうれしくなった。市議会がロシア非難決議を可決して、市が関わっているサハリン定期航路は今年度の運用を停止したらしい。人の行き来もたぶん激減して、あの街はいまどうなってるのかしらん。118/617


4月15日(金)雨。春雨だ。今日もゆっくり作業。雨なので散歩もできず、換気のために一日中窓をうすく開けている。しかしさすがに寒いので暖房をつけてしまった。

 昼休みにプルースト。読みはじめたらいきなり、「真の作家は、多くの文士につきもののばかげた自尊心など持たないから、つねに自分をことのほか褒めたたえてくれていた批評家の文章を読んでいて、ほかの凡庸な作家たちの名は引き合いに出されているのに自分の名が出ていないことに気づいても、そんなことに驚いて拘泥している暇はない。書くべき本が自分を待ってるからである。」とあり、耳が痛い。

 三巻に、ベートーヴェンの交響曲の四重奏曲が正当な評価を得るまでに五十年が必要だった、という記述があり、訳者はあとがきで、「このあたりの数ページは、自分が望むほどの評価を得られなかったプルーストが自分に言い聞かせた文言にも聞こえる」と指摘していた。〈真の作家〉についてのこの記述は、『花咲く乙女たちのかげに』でゴンクール賞を受け、一定の評価を得たが、それでもまだ野心の渇きを感じるプルーストが、自戒を込めて書きつけた言葉のようにも思える。

 午後はまた作業。ゆっくり長時間作業、というのを最近試している。短時間・短期間でエイヤッと書く以外の書きかた、を私は会得しなければならない。そのほうが長く書いていける気がしているのだ。

 風呂のなかで『女の子はどう生きるか』進読。中高生向けだからなのか、肩の力が抜けた感じで書いていて、楽しそうでいいのですが、気の抜けた皮肉はただのイヤミだ。152/617


4月16日(土)晴。久しぶりに気持ちのいい天気。昼、図書館に寄っていちごを買って帰る。夜、風呂で『女の子』進読。ふと見返してみると、先週の土曜日も風呂で上野千鶴子を読んでいる。日記を書きはじめて、日々の積み重ねが人生になる、ことが、意識されるようになってきた。「日記を書いても書かなくても、それを発表してもしなくても、今日は昨日の続きで、明日は今日のあとにあり、すべての一日はゆるやかにつながっている。」と私は、スズキロク『よりぬきのん記2021』の解説に書き、帯にも引用された。あれは、ロクさんの作品から導きだされた言葉であると同時に、私の日々の実感でもある。152/617


4月17日(日)曇。昼寝してばったん『けむたい姉とずるい妹』一巻。エピソードの数えかたが〈第一話〉とかじゃなくて〈battle 1〉なのがもうこわい。あっという間に読んでしまった。〈ばったん〉という筆名はどういう意味なのかしらん。『介護入門』の解説に筒井康隆が、いつかこの著者は自分の筆名に〈・〉を入れたことを後悔するだろう、みたいななぞの予言(というか呪いだな)を書きこんでいた、ことをときどき思い出す。

 などと考えつつもぜんぜん能率が上がらないまま夜、気持ちを盛り上げたくて美味い中華をウーバーイーツで頼み、録画してた『グレーテルのかまど』のクッキーモンスター回を観ながら食べる。クッキーモンスターが日本語を喋ってるのすごい違和感があるな、などと思ってたら仕事の電話。いそぎメールを打つ。日曜の夜なのに仕事の電話をし、仕事のメールを打つ、というのは、自由業ぽいというか、文筆業をやってると曜日も時間も関係なく仕事のことを考えなければならないのだな、と感慨深くなったが、もともと平日の日中にきたメールを私が返してなかったのだった。それから『かまど』を最後まで観、『世界さまぁ〜リゾート』も一回分観。152/617


4月18日(月)曇。まだ寒い。昨夜四時ごろまで眠れず、寝不足。あまり頭回らず。ぼんやりとニュースアプリを見ていたら、ジャンルイジ・ドンナルンマにミラン復帰説が出てるらしい。PSGでレギュラーになれてないものな、と思ったら、ミラン側が熱望してるとのこと。しかしレキップが報じてることなので信憑性はいまいち。去りかたが悪かったので、サポーターには歓迎されないのではないか、というか私はあまり歓迎しないぞ、そもそもいまミランにはメニャンとタタルシャヌとミランテがいて、たしかに若いサブGKは必要だけどドンナルンマは高すぎる、今はGKよりCBと若いCFが必要、ディアスも完全移籍に移行させてほしいし、噂どおりケシエがバルサに行くならその後釜がバカヨコじゃ役者不足だ、などと考えてたらもう昼。

 昨夜の中華の残りをつかって炒飯を作って昼食とし、午後はずっと作業。私の机は窓に背中を向けるかたちで置いているので、集中していると外のことがよくわからない。夕方、かすかに音がして、気がつくと雨が降り出している。慌てて窓を閉める。外を見ると、さっきまで近所の家々の窓辺に並んでた洗濯物や布団が、もう姿もない。風景の些細な変化にも、雨に気づいて洗濯物をしまおうと判断して行動した人が、窓の数だけいるのだ。なんか感銘を受ける。夜はインカのめざめと豚挽肉をストウブでいい感じにして食う。それからなんとなく、かつて通った小中学校のHPを見る。制服変わってない、とか、アーこの中庭にあるでかい岩!とけっこう熱中してたら眠くなった。昨夜寝不足だったものな。152/617


4月19日(火)晴。寝て覚めるといい天気。ゆっくり身支度。昨日、「明日から今日まで」を紙の本にしたいので心ある版元のかたご連絡を……とツイートしたものに、いいねとRTがいくつかついている。ほぼ友人と同業者。これで連絡がくるとは思わない、が、何かの伏線になってくれればいい。シャワーを浴びて洗濯機を回して作業。

 昼休みにプルーストを進読。スワンはユダヤ人であり、熱烈なドレフュス擁護派でもあって(といっても私はこの事件のことをいまだによくわかっていないのだが)、ゲルマント公爵は、夜会の場で彼のことを悪しざまに言う。その前に、スワンが社交界の趨勢に反してドレフュス支持を表明するまでは彼を高く評価していた、という公爵が、「こんにちまで私は(…)めでたいことにユダヤ人だってフランス人になりうると信じていたんです、ユダヤ人といっても、立派な、社交人士の場合ですよ」と言っていた。

 私が政治に関心をもちはじめたのは大学に入ったころのことで、そのころのフランス大統領はサルコジだった。彼は自身もハンガリーからの移民の子だったが、パパ・ル・ペンほどではないにせよ、移民を悪しざまに罵るような発言を繰り返していた。

 たしかフランスはもともと、共和国の理念を受け入れ、自らフランスに同化しようとするのであればどんな移民でも受け入れる主義だった。サルコジは、その移民政策に、〈フランスに利益をもたらすなら〉という条件を追加した。それ以外の外国人の流入を防ぐ、と。〈立派な、社交人士〉というのはつまり、社交界の流儀を受け入れる者、ということで、しかし公爵はそれに、ドレフュス事件への態度、という要素を付け加えた。同じ構造だ。公爵が〈こんにち〉と言っているのは十九世紀の終わりごろのことで、サルコジが大統領に就任するより百年あまり前だ。

 その数ページあとには侯爵夫人が、スワンには会いたくない、そもそも、「死にかけてる人ならだれにでも会わなければならないのなら、もうサロンなんて成り立ちませんわ」と言う。前巻の末尾でも公爵夫妻(とくに夫)は、公爵の従兄の危篤の報せやスワンの死病の告白を、ことさらに軽んじてみせていた。社交人士にとって、社交というのは、死とか、本質的なものから目を逸らすためにあるのかもしれない。彼らがその疑獄に一喜一憂しているドレフュス人物が、本作には噂でしか姿を現さない、のも象徴的だ。前巻の帯にもなってた「社交界はお好き?」も、人の生き死にから目を逸らして虚ろな享楽に耽るよう、祖母を亡くしたばかりの〈私〉の手を引く優しい台詞だったのかもしれないな。

 午後はちょっと難航。期限切れの肉をザッと焼いて夕食として、風呂のなかで斜線堂有紀『愛じゃないならこれは何』起読。量産のためのプロットと文章、のことを考える。松本清張も、同じ主題や構造の短篇を繰り返し書いていた。リテラリーフィクションばかり読んで/書いていると、そこらへんの筋力が落ちてくる。精進しなければ。201/617


4月20日(水)曇。五時過ぎに起きてモゾモゾ作業。この時間がいちばん捗る。気圧が低いが花粉の季節が終わりつつあり(けっきょく薬は買い足さず)、復活してきた。量産できる文体、についてひきつづき考えている。斜線堂有紀は多読多産が売りのひとつになってて(講談社treeで連載してる読書日記のアオリ文では、〈1日1冊、3年で1,000冊の本を読み、月産25万字を執筆し続ける小説家・斜線堂有紀〉と紹介されている)、二十五万字ということは、改行を考えれば七、八百枚といったところだろうか。

 先月からちょっとずつ読み進めてる阿刀田高編『作家の決断』のなかで、いろんな小説家が生産枚数の話をしている。森村誠一は「五十枚くらいは二日あったら書ける。最盛期は月に七百枚は書いていました」と言っていた。津本陽は「直木賞貰って初めの頃は月産六十枚ですかね。というのは年にしたら八百枚弱でしょ」と言い、聞き手(明記はされてないけど、たぶん元文藝春秋編集者の岡崎正隆)はそれに「かなり少ないですよね」と返している。そして津本はすぐに枚数を増やしていき、月産が「四百枚、五百枚というのはそれから十五年くらい続いたんですね。まあ、今百五十枚か二百枚くらい」らしい。毎月七百枚ということは年産八千四百枚、私の本でいうと『蹴爪』が三百枚くらいだから年産二十八冊、部数と単価が同じなら印税は……、と、比べることに意味はないのに考えてしまうな。

 しかしここまでになると、可処分時間を小説に捧げる、のはもちろんのこと、その文体も速書きに最適化しないと無理なんじゃないか。松本清張はたしか、デビューが遅かったこともあって仕事量の限界に挑んでいた、というのを読んだ記憶がある。三島由紀夫は大学卒業後、一年足らずとはいえ役人をしていた。早朝に出勤、退勤後は部屋に籠もって深夜までずっと書き、慢性的な睡眠不足で、駅のホームでふらついて転落したりもしていたという。週刊漫画家は徹夜が日常、みたいなイメージもある。彼らは脳がしおしおの状態でも執筆を続けていた、ということだ。私はフリーターをやってたころ、退勤後には脳がしおしおで書けないから早起きして書くことにしていた、し、今も、午後になるほど能率が落ちている、が、それはもしかしたら、私の書きかた(構成や文体)が量産に適していないからではないか。

 脳がしおしおでも書けるということは、いちばん自分の居心地の良い文体、ということでもある。私にとっては「明日から今日まで」やこの日記がそうだな。考えてみよう。そういえば一日一冊読む、というのも、斜線堂はどこかで、忙しいとき短時間で読めるように薄い本や詩集をストックしてる、と書いてた気がする。私も高校とか、留年して暇だったころは一日一冊読んでたし、そのために、厚い本を何日かかけて読むときは並行して薄い本も読む、みたいなことを(当時はその言葉を知らなかったけど)ライフハックとして試みていた。私が二、三年でやめたことを、彼女は今にいたるまで続けているのだ。すごい。

 私も読書日記的な仕事やりたい、そういえばすばるは毎月「読書日録」が載ってるし(リニューアル後も残った)、新潮は年に一度、一人一週間のリレー日記の特集があって、私は毎日これだけの分量の日記を書いてるのだから、依頼がきたらいつでも応えられる、のですが、こうして日々の読書で考えたことを日記に書いて公開してるのだから、水原涼の読書日記の需要にはもう応えてしまっていて、自分で自分の仕事を奪っているではないか。

 夕方、外出。近所のオーガニックな弁当屋がそろそろ半額になってんじゃないか、と踏んだのだが、今日は定価のまま。けっきょくマックまで行った。福袋のクーポンでドサドサ買う。持ち帰りにして『世界さまぁ〜リゾート』と研ナオコのYouTubeを見ながら食い、風呂のなかで『愛じゃないなら』進読。人格形成期に佐藤友哉を読んだせいで小説家を志すはめになった、という点で、斜線堂に勝手なシンパシーを抱いている。書き手としてのルーツへの興味、で手に取ったからか、三篇目の「愛について語るときに我々の騙ること」は完全に佐藤の「大洪水の小さな家」だな、とか、構造やモチーフの参照先、を考えながら読んでしまう。『ロミオとジュリエット』の翻案だと知ってても『ウエスト・サイド物語』(スピルバーグのではない)は面白い。私も換骨奪胎の技法を習得したいものだ。「明日から今日まで」の語り手は、プロット作るのが苦手で、プロットに沿って書くのも苦手、という設定で、それは私と同じなのだが、安定した品質のものを量産することを目指すなら、そんなこと言ってられない。201/617


4月21日(木)曇。ヤクルトの眠りの質が向上するやつを買いたかったのだが品薄で、なんか他社が出してるジェネリックっぽいのを飲んで寝た、ら、たしかに長時間眠れた、のだが、夢見が悪かった。

 午後、散歩。かもめブックスに堀江栞画集を買いに行ったのだが在庫なく、かわりに『スヌープ・ドッグのお料理教室』を買う。堀江さんのつもりがスヌープ・ドッグ、ずいぶんいかつくなった。スーパーで岩塩とかコーヒー豆とかをドサドサ買い、帰宅。夜、大雨になる。急激な気圧の低下で具合が悪くなりはじめ、慌ててテイラックを飲む。すぐに楽になった。不調の原因と対処法がはっきりしていて、その手段が手許にあれば、多少具合が悪くなってもパニックにはならない。備えあれば憂いなし、というやつで、けっこうな成功体験になった。

 落ち着いてから、風呂のなかで『愛じゃないなら』読了。五篇目は「愛について語るときに」の後日譚だった。「大洪水の小さな家」はきょうだい三人の共同体だと思ってたら僕は自分一人で完結していた、という話だったが、本書の二篇は、幼なじみ三人で完結した共同体が〈恋愛〉の要素を投入されることで崩壊しそうになり、しかし三人が紐帯の強固さを再認識する、という話。繋がりを断ち切って一人で終わっていくことに美を見いだした佐藤作品に対して、その繋がりこそを美学としている点で、佐藤作品を更新している、のだろうか。

 本作、男二人・女一人の共同体で、男の一人がもう一人への恋心を女に告げる、というのが発端になっている。しかし、本作では、その恋情がマイノリティのものである、ということに、ほとんど言及されない(好きになるとしたら女のほうだと思ってた、というくらい)。女二人・男一人にしても、あるいは女三人とか男三人とかにしても、いくつかの表現を調整するだけで違和感なく成立してしまう気がする。映画『ゲット・アウト』のなかで、黒人男性のクリスが、白人女性である恋人ローズの実家を訪れる。その準備をしているときに、ローズが、恋人が黒人であることを両親に伝えていない、ということがわかる。二人は人種を気にするような人間じゃない、というのが理由だった。クリスは、仮に気にされないとしても、そこには〈肌の色〉という明確な違いがあるのだから伝えるべきだ、と言う。差異を無視するのではなく、認識した上で受け入れること。ローズの台詞はその後の展開の伏線だし、全体のストーリーにはちょっとついていけなかったが、示唆に富んだ映画ではあった。そう考えると本書の二篇の描写の様式は、ローズの台詞に通ずるところがある。もちろん、本作は閉じられたコミュニティのなかにいる一人称の語りなので、この人物はそういう価値観の人だった、というだけのことだ。201/617


4月22日(金)晴。昨夜もヤクルトの眠りの質が向上するやつのジェネリックを飲んで寝たので、長時間眠れた。眠りが深すぎるのか、ちょっと寝起きが悪い。いままであんまり良い眠りを眠れていなかった、ので、その反動とかなのか。

 午前中は伏せって過ごす。薬を飲んで対処できたとはいえ、昨日のひどい低気圧のダメージが残ってる感じ。とにかく作業、やんなきゃ無給なのよ、と自分に言い聞かせて午後、なんとか起きて作業。夕方外出、神保町へ。半年ぶりくらいかしらん、と思ったら、二月四日に行ってた。二ヶ月ぶりの神保町、あちこちに冬目景のポスターがあり、ここは冬目景が天下を取ってる世界線……?と思ったら、いま神保町が舞台の作品を連載してるのか。ということで、三省堂で冬目景『百日田家の古書暮らし』一巻と、今度こそ堀江栞画集を買う。それからまたゆっくり歩いて帰り、サントクで三割引の弁当を買って夕食とした。

 風呂のなかで二村ヒトシ『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』。あなたの人生でこんなことありませんでしたか、それってこういうことなんですよ、と、読者の経験に意味を与えていく。コールドリーディングみたいなものか。201/617


4月23日(土)晴。暑い日。午前は家でのんびり読書、午後に外出。図書館で本の返却貸出、それから十五分ほど散歩。サントクで、ついに再入荷したヤクルトY1000といちごを買って帰る。夜、風呂で二村ヒトシ進読。親から植えつけられた〈呪い〉を指摘しつつ、これはしかし、単に呪いをかけなおしてるだけなのでは……?などと考えてしまっていけない。201/617


4月24日(日)雨。昨夜、まんをじしてヤクルトY1000を飲んだのに布団のなかでスマホを触ってしまい、いつも通りの寝覚め。

 昼過ぎ、外出。仕事の打ち合わせ。対面の打ち合わせはいつぶりだろう。二時間ほどおしゃべり。それから日曜の夕方の住宅街のなかを、かつての通勤路を歩いて帰宅。工事中だった家は完成し、誰かが住んでいる気配があった。猫のいる家では窓辺で白猫がまどろんでいた。私が通わなくなったあともこの街の生活は続いている。オリジン弁当でバターチキンカレーを買って帰り、夕食とした。

 風呂に入ってプルースト。スワンがとてもしんどそう。「重篤な病気にかかった人は、ごくわずかの努力を求められただけで、すぐに過労でぐったりしてしまう。すでに疲れている病人をほんのすこし夜会の熱気にさらしただけで、その顔はゆがんで青ざめる。熟れすぎたナシや変質しかけた牛乳が、一日も経たぬうちに変わり果てるのと同じである」とあり、この〈過労〉は痛いほど、苦しいほどによくわかる。ほんの数駅地下鉄に乗るのも、ちょっと散歩に出るのも、その想像をするだけですら、私は息が苦しくなる。

 スワンは夜会からの帰り際、〈私〉に向かって、ジルベルトに会いに来てくれ、と社交辞令を言う。しかし、「私はもはやジルベルトを愛してはいなかった。私にとってジルベルトは死んだも同然の存在で、長いことその死を悼んで泣き暮らしたが、そのあと忘却がやって来て、今ではたとえ生き返っても、本人がもはや入る余地のない私の人生のなかに組み込まれることはない」という。仮にも初恋の人に対して、その父親が死病を告白した日の夜に〈死んだも同然〉と考える。冷徹が過ぎる。恋愛について、男性は〈名前をつけて保存〉、女性は〈上書き保存〉、というよくわからん理論があるが、この語り手は〈上書き保存〉なのだろうな。

 ややのぼせ、風呂上がりにヤクルトY1000を飲み、しかしまた夜更かししてしまう。気がつけば二時。261/617


4月25日(月)晴。朝から暑い、と思ったが、それは熟睡しすぎて、気温が上がった十時ごろまで寝てたからか。今日は地元紙のコラムのしめきりなので、昼ごろまでは取り上げる本を読んでいた。

 読了後、あまりにも天気が良いので、ベランダに新聞紙やヨガマットを敷き、雨傘やバリ島の民芸品の布をつかってテントを作る。ほどよく眩しく、風もすこし吹いて気持ちが良い。希死念慮がひどかったころはベランダに出るのが怖かったのだが、多少は大丈夫になってきた。のんびりしてしまう。さすがに午後は暑く、汗をかいたのでベッドに移動して昼寝。夕方目覚め、いや今日しめきり!と思い出し、集中して作業。

 送稿してすぐ風呂に入り、二村ヒトシを進読。「「女らしい人」とは「愛されるという見返りを求めないで、自分の女性性で他人を楽しませたり、助けたりしてる人」」であり、「「男らしい」ということは「見返りを求めず、他人のために自分の力を使うこと」」である、と、わざわざボールドにして書かれており、げんなりする。〈女らしさ〉と〈男らしさ〉は〈他人に優しい〉という点で同じだ、と喝破している、のだが、けっきょくそれは、他人への奉仕を内面化しろ、と言ってるだけだ。

 などと思って読んでいたら、AV男優相手のセックスでは絶頂に達することができるのに恋人とのときはできない、という女優がいる、という話が出てくる。北海道大学の学園祭での講演で、加藤鷹が似た経験について語っていた。自分はプロのAV男優として、どんなシチュエーションでも勃起し、射精することができる。鶏の血が撒き散らされた部屋でも、毛虫でいっぱいの浴槽でも。そんな加藤が唯一勃起できなかったのが、ある女優との、何でもない純愛ものの撮影で、それはなぜかというと、ぼくが彼女を本気で愛してしまったからなんです、と彼は言った。二村は、「好きな人が相手だと「嫌われたくない」という思いが強すぎるから」と書いているが、実際のところどうなんでしょう。

 風呂上がり、今日もヤクルトY1000を飲む。Twitterで見つけた体験談では、三、四日つづけて飲んで効果を実感した、ということだったが、一昨日買ったものは飲みきってしまった。明日は買えるだろうか。261/617


4月26日(火)曇ときどき雨。区立図書館で制限冊数いっぱいに借りていて、しかしいま取置中の本が今日まで、ということで急いで午前のうちに二村ヒトシを読了。この人に〈男性〉をレペゼンしてほしくない、と思いながら読み進めていくと、文庫版書き下ろしとして、一般女性二人と信田さよ子、三つの対談が、さらにあとがきとして、構成を担当した女性ライターとの対談も収録されている。とくにB子と信田は二村を明確に批判していて、「そんなつまらない結論でいいんですか? えっ、そんな女性像を持ってるの? ちょっとやめてよ。」という信田の台詞が、本書を読みながら私が思っていたことを代弁してくれていた。

 しかしこれは、露骨な悪役として設定された人物にさんざん苛つかされたあと、彼がバッサリやっつけられる姿を見て溜飲を下げる、という点で、『スカッとジャパン』と同じ醜悪さだ。してみると、あの番組で〈イヤミ課長〉を演じていた木下ほうかが〈よい悪役〉として好感度を高めていたのと同じことを、二村は本書を通じて行っていたのか。そう考えると、あとがきでの対話を通じて二村が(単行本刊行時の)自分の愚かさを認める、というのは、やっつけられたことで改心した姿を見せることで、自分を善人として印象づけて終わろうとしていてよりタチが悪い、が、木下がのちに性加害を告発されて、しかし(いさぎよくやっつけられて退場することなく)事実を否認して週刊誌の版元と担当記者を告訴したのよりはマシか。

 図書館に行って帰り、それからドサドサ本を持ってブックオフへ。三十冊弱売る。千五百円くらい。飯田橋まで移動して、ドトール珈琲店で編集者と打ち合わせ、という名の雑談。三時間ほど話したうち、仕事の話は十分くらいで、あとはサッカーとか出版業界の噂話。何の時間だったんだ。パニックの発作は出ず、楽しく歓談して解散。ラムラで北海道フェアをやってるのをみかけ、焼きそば弁当とじゃがポックルを買って帰る。ライフのネットスーパーを受け取ってのんびり読書、しようとしたら、五月八日しめきりだと思ってたコラムの掲載紙の人から、しめきりは昨日だぞ、と連絡。八日は掲載日だった。しかし楽しかったとはいえそれなりに気を張っていたし気圧も低いので今日はもう終了です。ブラウザを閉じて布団にもぐる。261/617


4月27日(水)曇。昨夜は眠れず、講談社の漫画アプリで、『はじめの一歩』のベストバウト投票で一位だった鷹村守対ブライアン・ホーク、単行本で三冊分くらいが無料公開になっていて、夢中で読みふけっていた。『一歩』はぜんぜん読んでおらず、縦回転のデンプシーロールがなんかすごい、ということくらいしか知らなかった、のだが、無料公開されてる内でちょうど主人公の一歩が、鷹村・ホーク戦の前哨戦でデンプシーロールをつかって三十秒くらいでKO勝ちをして、しかしそんな安易に大技をつかうな、とジムの会長に叱られていた。

 いずれもストリートでの喧嘩で鍛えた野性のファイター、どちらも人格的にだめ、というよく似た鷹村とホーク、しかし鷹村はボクシングにだけはひたむきで、最後はその差で決着がついた。ホークのファイトスタイルは、やっぱりあれはナジーム・ハメドなんだろうか。しかしホークのキャラクターは、公開されてたところだけを見るかぎり(ニューヨークのスラム育ち、という理由を示されつつ)完全に悪役として設定されていた。それが鷹村にド派手なKO負けを喫する、というのは、ちょっと昨日延々考えていた『スカッとジャパン』と同じ構造で、しかし『一歩』には『スカッと』的な陰湿さを感じない、のはなぜなのかしらん。友情・努力・勝利、という(『一歩』はマガジン掲載ですが)黄金律が徹底されてるからか、すべての決着がスポーツでつけられるからか、ボクシングのタイトルマッチという、あまりに私から遠い世界の話だからか。単純に、ホークの造形がヒールとして優れていた、という、作者の技量の差によるろうか。

そんなことを考えてたら四時ちかくまで眠れず。寝起きが悪い。十一時から歯医者。四月から保険適用の対象になったという、歯と同じ色の樹脂でつくられた歯冠をつける日。ほら、これなんですよ、まだデータが揃ってないので予後がどうなるのかわからないんですけども!と先生も新素材にゴキゲンである。一時間ほどで治療を終え、帰宅。

 焼きそば弁当で昼食として作業。昨日メールがきた、一昨日しめきりのコラム。しかしメンタルがいまいちで捗らず、明日に持ち越し。しめきりを過ぎてるのに作業ができないというのは良くない、が、私はまだリハビリ中、と自分に言い聞かせる。すこし散歩。夜風が気持ちいい。セブンでアイスを買う。ややしんどく、風呂にも入らずに寝。明後日からGWだ。261/617


4月28日(木)曇。最近不眠気味で、今日も寝不足。味付け済であとは焼くだけの白身魚を食う。薄味好きなので、こういうのはだいたいしょっぱく感じる。ちょっと散歩して、セブンのコーヒーを買って帰り、作業開始。夕方ごろようやくコラムを送稿した。三日遅れだったが、叱られはせず。しかしこういうのを重ねてくと仕事がなくなるな。反省。

 夜、すこし歩く。帰宅してグリーンカレーを食い、風呂のなかで『路地裏の大英帝国』を進読。最初期の保険金殺人の話とか、とても面白い。261/617


4月29日(金)雨。一日家で過ごす。『路地裏の大英帝国』を読了。良かった。ふるさと納税で届いた六花亭のお菓子を食ったり、焼きそばを作ったりした。昨日ちょっとがんばった(というほどでもない)ので今日は本休日。

 といいつつ、昼にプルーストを読む。ようやく夜会が終わり、〈私〉は帰宅する。アルベルチーヌが訪ねてくるはずだったのだが姿を現さず、未明になってからようやく、どこかのカフェかなにからしい場所から詫びの電話がきた。で、「あすか、あさってなら」お詫びに伺いたい、というアルベルチーヌに、語り手はこう言いつのる。「そりゃ、だめだ、アルベルチーヌ、お願いだよ、ぼくの一夜をふいにしたんだから、せめて何日かはそっとしておいてもらいたいね。これから二週間か三週間は、暇がないんだ。ねえ、ぼくたちが腹を立てたままでいるのが嫌なら、まあ、きみにも道理があるかもしれないんで、それなら、どうだろう、ぼくはこんな時間まで待っていたんだし、きみはまだ外にいるんだから、どうせ疲れついでだ、すぐに来てくれてもいいんだ、コーヒーでも飲んで目を醒ましておくから。」めちゃくちゃ来てほしい(すこし前には〈私の一部はすでにアルベルチーヌのなかにあり〉と、性欲ががまんできないようなことを考えてもいる)のに、その決定はあくまでも相手に委ねる。

 根負けしたアルベルチーヌに今度は、「来るのか、来ないのか、それはきみの問題だろ、べつにぼくが来てくれと頼んだわけじゃなく、きみ自身が来ると言いだしたんだからね。」などと言う。そういえば前巻では、「いつまでもふたりでこうしていると、キスせずにはいられなくなる」とか言ってたし、とにかく性の場で主体的に振る舞うことを恐れている。そのくせアルベルチーヌには〈接吻許可証〉なるものを求めていたし、よく言っても狡知で、なんとも卑怯な性欲だ。これこそ〈好色性感帯男〉ではないか。と思っていたら、「ちょっと許可証をもらえるかい、アルベルチーヌ。」とキスをせがんだ。訳註によるとこれは一九八〇年代に出版された、「自筆原稿とタイプ原稿に基づく新プレイヤッド版とフォリオ版に拠る」ものだそう。いっぽうで、プルースト生前の刊行である「NRF版ではこの箇所を「ちょっとキスしていいかな、アルベルチーヌ」に変更」した、とある。著者は校正作業中にDJ OZMAを聴いたのかもしれない。

 そして「「お好きなだけどうぞ」とアルベルチーヌは心底やさしく言う」。彼女は〈私〉の子供じみた誘いにつきあってくれているのだ。それほどに、かつての初恋の二人の成熟度には差ができてしまった。語り手は、「これほどかわいいアルベルチーヌを見たことがなかった」と感心している場合ではない。

 しかし考えてみれば、私はさんざんこの語り手の口説きかたにいちゃもんをつけているが、口説きかたとしてはどうあれ、文学作品の表現として、〈許可証〉と〈キス〉のどちらが良いのだろう。(作中人物の)行為として評価するか、(著者の)表現として評価するか。共感ベースで読むかテクスト読解に徹するか、みたいな話だ。

 語り手はアルベルチーヌの来訪にそなえて、トルコ石をあしらったブックカバーと瑪瑙玉を、ベッド脇のテーブルの上に置いた。かつてジルベルトが〈私〉のために作らせたものだ。それを〈私〉は、〈許可証〉うれしさに「よかったら記念にあげるよ」などと言って差し出す。『もののけ姫』の、故郷の村の少女が旅立つアシタカに贈った小刀を、アシタカはあっけなくサンに渡してしまった。乙女の贈り物を別の女にプレゼントするのはどうなんだ、とか、あれは「死なないで」みたいなメッセージだからそれでよいのだ、みたいな議論があったが、それもやっぱり、行為としての評価と表現としての評価だ。私はあれは、アシタカは(サンに小刀を渡した時点では)その瞬間のみの適切さで行動する、人より動物とかに近い生きものである、ということを表してたんじゃないかと思っている。最後のほうでサンに「会いに行くよ」と今後の行動を約束しているのも、彼が人間的な感覚を獲得したから……、と考えてみたが、高校のころ一度観た記憶だけで考察してるので、なんか粗がある気がする。けっきょくあの小刀は、たしか許嫁だった少女とアシタカの絆の象徴とはなり得なかった。ジルベルトのブックカバーはそれとよく似ている。

 夜、風呂のなかで藤谷千明『オタク女子が、4人で暮らしてみたら。』起読。フリーライターの著者がネットの友人(ハンドルネームしか知らなかった人もいる)と四人でシェアハウスする話。ぜんぜん関係ないけど、私は、たとえば同業の知人でいうと、鴻池留衣や片瀬チヲルの本名を知らない(もしかしたら本名かもしれない)。阿川せんりは北大文芸部以来の友人なので、さすがに本名は知ってるけど、だいたい〈阿川さん〉と呼んでいて、本名はもう何年も呼んでない気がする。彼女は私のことを〈ジョンさん〉と呼ぶ。

 このあだ名をつけたのは文芸部の後輩だった。新歓の時期、文芸部のブースにやってきた(ということはまだ入部前で、初対面だった)彼に、きみのこと何て呼べばいいかな、高校のときあだ名あった?と先輩が尋ね、彼は、好きに呼んでください、とニヒルなかんじで返した。私たちが失笑したのを感じたのか、彼は仏頂面になった。空気が悪くなったので、私は慌てて、彼の姓名の最初の二音を重ねて(関口巽がセキタツになるみたいに)シラコーという愛称を提案した。すると彼は、苛立っているのを隠さない口調で、いやです、と言い、先輩にはあだ名とかあるんですか、と訊いてきた。私が、いやもうそれは、きみの好きに呼べばいいよ、とからかったところ、じゃああなたのことはジョンさんって呼びます、イトコが飼ってる犬の名前です、と言った。こいつやべーな、と先輩が聞こえるようにつぶやき、彼はそれを褒め言葉として受け取ったのか、にやりと笑った。彼はそれから一週間くらいシラコーと呼ばれていたがあまり定着はせず、すぐに苗字に〈くん〉をつけて呼ばれるようになり、半年ほどで顔を出さなくなったが、なぜかみんなが私を呼ぶ〈ジョン〉というあだ名だけが残った。

 そのころすでに私は水原涼という筆名をつかいはじめていたし、その後の後輩のなかにはもしかしたら、私の本名を知らない人もいたかもしれない。阿川さんはさすがに、私の本名は知ってるはずだ。彼女が私をジョンさんと呼ぶようになる前に、何と呼んでいたかは思い出せない。揶揄以外で水原と呼ばれた記憶はないな。

 で本書、たとえば「一緒に住んでいたパートナーから前年末に別れを切り出された(遠い目)。原因、原因はなんだろうな〜(さらに遠い目)。」という感じの文章が、文末に〈←〉を入れてセルフツッコミをするような、いにしえのウェブ文体、という感じで、苦手だった。そしていま〈いにしえの〉と書いたが、この表現自体がウェブ文体的だ。その文脈を知らない人には、なんかいきなりちょっと古風な言葉をつかってんな、くらいに見えるだろう。〈男女がねんごろ(言い方〜)になる〉というフレーズも、IKKOさんのギャグを観たことない人には、これがセルフツッコミだとはわかりづらいだろうし、〈無問題(モウマンタイ)〉も、二十年以上前の岡村隆史の映画のタイトルと知らない人には面白みがわからない。

 メンバーの一人が高熱で寝込み、もし新型コロナに感染してたら〈我ら全員「濃厚接触者」確定ガチャであり、〉というのも、ソシャゲにおける〈確定ガチャ〉の概念を知らなければニュアンスを取ることができず、そもそも〈「濃厚接触者」確定〉だけで意味は通じるのだから、〈ガチャ〉は単なるノイズでしかない。文脈を知らなければ面白さがわからず、ノイズとしか感じられない表現、が多くて、そういう表現があまり好きではない(つまり対象読者ではない)私にはけっこうしんどかった。ネットスラング〈嘘松〉について、「ご存じない方に説明すると、」とおおまかな意味と語源が書かれていたが、数ページに一度はこれがほしかった(がそれをされると鬱陶しいだろうな)。

 台が壊れてレンジと冷蔵庫がぶつかったときの「機能入れ替わってるんじゃないかな」「『転校生』か」「きみのぜんぜんぜんせ〜〜」「それは違います」というやりとり、たぶん私は「『転校生』か」だけなら何の違和感ももたずに読めただろうが、「ぜんぜんぜんせ〜〜」にはちょっと反感を抱いた。『転校生』はタイトルが挙げられているのに、『君の名は。』は主題歌のワンフレーズ、それも造語をひらがな表記したせいで意味が取りづらい言及のしかた、という違いがある。他人の文章への反応にこそ自分の文学観(というか文章観)が表れる。常にこちらの前提知識を問われていて、ずっと踏み絵を踏まされている感覚だった。いわゆる〈学問〉に立脚してるわけではないが、単にペダンティックなのだ。

 あとそういえば、入居の初期費用について、「ひゃくとんでさんまんよんせんにひゃくじゅうきゅうえ〜〜〜ん!(※103万4219円)である。」とあり、(これも何かの元ネタがあるのかもしれないが)これは、ウェブブラウザに横書きで表示されたものを読むのと、紙の本に縦書きで印字されたものを読むのとでかなり読み味の変わるギャグだと(著者がウェブを中心に活動してるライターだという先入観もあって)思った。何が違うのだろう、と考えると、もちろん縦と横の違いは大きいだろうし、ブラウザの場合、読んだものはすぐに(スマホならほんの数秒で)視界の外に消えていく、というのもあるだろう。私はこの日記を縦書きしている。「明日から今日まで」も、ノートに縦方向で手書きしている。しかしいずれも公開するときはウェブブラウザに横書きだ。今読まれているこの記述も、私が書きながら想定していた読まれかたをしていないかもしれない。

 とここまで細かい表現にばかりフォーカスしていたが、「思うに、我々は生活は共有しているが、人生は共有していないことが良いほうに働いている気がする」という卓抜な考察に象徴的なように、ユルい本のようでいて、人と人が関わり合って生きることの本質を突いている。自らの生活を、あまり客観視せずにのめり込む、というバランスが面白かった。風呂上がりまで読みつづけて読了、やたら長文の日記を書き、気がつけばけっこう遅い時間。340/617


4月30日(土)晴。今日はけっこうスッキリ目覚める。チンする塩鯖と味噌汁の朝食。しばらくダラダラ漫画を読んで過ごす。昼ごろ外出、すこし散歩して、洗剤のストックとか再入荷してたヤクルトY1000とかを買って帰宅。

 作業しようと思ったが、荷物が重すぎてやや疲れた。今日はいい天気なので、ベランダに新聞を敷いて、座布団と傘を出して二時間ほど、日光を浴びながら昼休みとしてプルースト。第八巻であり第四篇〈ソドムとゴモラ〉の〈Ⅰ〉である本巻には〈ソドムとゴモラ 一〉と〈二〉が収録されていて、〈二〉はさらに〈第一章〉〈心の間歇〉〈第二章〉の三つのパートに分かれていて、数字がごちゃついている。

 で、その〈心の間歇〉を読んだ。一巻の原書刊行直前までは『失われた時を求めて』ではなく『心の間歇』がタイトルだったそうで、きわめて重要な章。かつて祖母と滞在したバルベックを再訪した〈私〉は、ホテルの部屋でハーフブーツを脱ごうとして、前回はその手を祖母が押しとどめ、着替えを手伝ってくれたことを思い出す。それをきっかけに、祖母の死から一年以上を経て、〈私〉はようやく彼女の死を悲しみはじめる。

 前巻を(二度目に)読んで書いたエッセイ「受け渡される人生の時」で、ゲルマント公爵夫妻邸前での会話に乗れない〈私〉について、「単に社交人士として未熟なだけではなく、まだ祖母の死を終えられていないのかもしれない」と書いていた、ことを思い出し、ほらやっぱり!とすこしうれしくなった、が、べつにそんなのは本巻まで読めば誰でもわかることだから、たいして誇るようなことでもないな。同じエッセイのなかで私は、ロベール・サン=ルーは遠からず死ぬんじゃないか、ということも書いたが、ロベールの生死も最終巻まで読めばおのずとわかることで、それを予言してみせて何をしようというのか。

 語り手は一年あまり遅れて訪れた悲しみについて、「意識せぬままいきなりわが身に受けた苦痛の独自性をあるがままに尊重したいと願」う。しかしそんな、悲しみを悲しみつくすことなんて可能なのだろうか?

 二時間弱ベランダにいた。片付けをして夜まで作業。途中、またハリオのボトルから茶をぶちまけてしまう。集中してるとどうにも手許不如意でいけない。夜は寒く、散歩も数分で終了、帰ってすこし作業をして風呂。最近の私にしては紫外線をいっぱい浴びたので、もうだいぶ眠い。406/617


5月1日(日)曇。気圧が低く、具合が悪い。先月親が送ってきてくれたライオンのフレーバーコーヒー(私の親はよくコーヒー豆を送ってくれる)を使い切った。ちょうど玄米茶も切れたところだったので、買いに出る、が、あまり調子よくなし。道中、誰も住んでなさそうなマンションの庭に花が咲いていたので写真を撮る。歩いてるうち、ややパニックになりそうになり、必死に堪えながらお茶屋さんへ。しょうが入りほうじ茶、というやつを買う。会計のとき、よかったらこれどうぞ、と小さいカップで緑茶をくれる。ふだんから(よほど混んでなければ)やってくれるサービスなのだが、その一杯でかなり回復できた。これならライオンコーヒーが何種類か置いてあるお高いスーパーに行けるか、と思ったが、雨が強くなってきたことだし帰宅。帰路もつらく、お茶をもらえてなければ途中で座り込んでしまっていたかもしれない。午後は鬱々と過ごす。書きものができないならプルーストを、と思ったのだがどうにも頭に入らず。三十分ほど読み、読みはじめのページに栞を挟んだ。自分を鼓舞したくて『双星の陰陽師』を一冊読んだ、が、ダメージが大きくて今日はもう終了。406/617


5月2日(月)晴のち曇。焼きそばを作って食い、作業をはじめる。昼、ゆうべ溜めて入らなかったお風呂を追い炊きしてプルースト。アルベルチーヌがすっかり〈私〉の愛人じみてきたなあ、と思っていたら、近くに住んでる女友達の住所を〈私〉に教えて、「そんな女友だちの多くは(…)あちこちの浜辺で私にひとときの快楽を与えてくれた」らしい。アルベルチーヌ、これじゃあ女衒じゃないか。

 今シーズンだけで十四人の娘が「私に一時的な愛のあかしを授けてくれた」とあり、この十四人に私の推しであるアンドレは含まれているのだろうか……と思っていたら、訪れたカジノでそのアンドレが本巻初登場、グリサード(床をすべるようなバレエのステップらしい)をしながら〈私〉のそばにやってくる。これは含まれてますね。しかしアンドレ、再登場したと思ったらさっそく、登場人物紹介にあった「アルベルチーヌと乳房をくっつけてワルツを踊る」をやり、コタールに「「ダンスをするアルベルチーヌとアンドレが「快楽の絶頂」にあると指摘」されている。カンブルメール老侯爵夫人はその場にいなかった。しかしアンドレ、もしかしてこれで出番終わりなんだろうか。

 風呂から出、身づくろいして買いものへ。カレーの材料を買う。カードでお願いします、と言おうとして、カレーでお願いします、と言ってしまい、レジのひとを困らせた。帰宅、米を炊き、カレーをつくる。ライオラが死んだらしい。ドンナルンマがPSGに去ったのは、ライオラが契約金をつり上げようとして仕掛けたかけひきにミランの経営陣が辟易したから、というのが通説になっていて、悪印象しかないし、それは死んだからって何も変わらない、のだが、さすがにすこしは粛然とした気持ちになる。夕方から夜にかけて、スコールのような短く強い雨が二、三度。食後は床でごろごろ。438/617


5月3日(火)晴。床で寝ていた。ストウブで根野菜とベーコンをコトコトやる。図書館とスーパーに行って帰宅、しばらく作業。それからまたベランダに新聞を敷いて座布団と傘を出した。

 プルーストを進読。コタールの言葉でアルベルチーヌとアンドレの同性愛関係を疑いはじめた語り手は、「きっとアルベルチーヌは、アンドレをそそのかして、一線こそ越えずとも罪なきものとは言えぬ戯れをしたにちがいない」と勘ぐっている。しかし、現代日本の読み手である私は、同性愛よりひと夏の間に十四人とセックスするほうがよほど罪ぶかい、という、当時とはおそらく逆転した倫理観をもっているので、〈私〉が何をそんなに思い悩んでいるのか、わかりはするけど共感はしがたい。もとより彼の恋愛観を共感ベースで読んではいない、とはいえ、〈いよいよ展開される同性愛のテーマ〉という帯文の表しているのが〈同性愛という罪〉だというなら、ローマ教皇ですら同性愛者について「神の子であり、家族の中に存在する権利がある」と明言してる今、あまりそこに乗っかっては読めない。昨日の私の懸念に反して、アンドレはその後も登場している、が、「私は、アルベルチーヌにたいする私の態度をいっそう際立たせるため、考えられるかぎり愛想のいいことばをむしろアンドレにかけていた」とあり、またこいつはアンドレをダシにしやがって!となった。

 漫画を読んだり、暖かくてときどき寝てしまいつつ夕方、寒くなるまでベランダにいた。昨夜のカレーと今朝のストウブを温めて軽めの夕食とする。それからだらだら作業をしていたらもう夜。今日はベッドで寝る。500/617


5月4日(水)晴。チョリソーとブロッコリーとにんじんをストウブでコトコトやって朝食とする。いい天気なので、朝からベランダに新聞とヨガマットを敷いてプルースト。語り手、アルベルチーヌとのかけひきのために、「じつはしばらく前からアンドレを情熱的に愛している、と言明した」うえに、三巻でジルベルトの気を惹くためにつかった、きみにはもう無関心になったと伝える、という嘘をつく。ジルベルトがくれたブックカバーだけでなく、ジルベルトを口説くための手管までつかいまわしている。

 昼過ぎまでそれなりに長時間、傘があったとはいえ紫外線を浴びつづけ、さすがにややのぼせている。部屋に入り、布団にくるまって二時間ほど昼寝。起きるころにはベランダの半分が日陰に入っていて、過ごしやすくなっていたのでまた出て読書。

 火曜日もそうだけど、夕方までベランダにいると手指が冷え切っていけない。トムヤムクンラーメンを食って中から温め、風呂に入って外から温めながらプルースト。

 場面索引と訳者あとがき。私がここまでに何度か注目していた〈覗き〉のモチーフが言及されている。一巻の、女性同性愛を覗いた場面について、「唐突で不可解な一節と受けとった読者も、今やそれが本巻冒頭の男性同性愛の「盗み聞き」と対をなして「ソドムとゴモラ」の世界を開示するための仕掛けであることに気がついたであろう」と指摘されていた。『暁の寺』で本多繁邦が覗いたのはジン・ジャンと久松慶子の同性愛のシーンだったな。二巻を読んだとき私は、本多の覗きとプルーストの覗きはどっちも望ましくない結末を迎える、と考えたけど、本巻ではそんなことはなかった。自分の読みの精度を検証できる、というのも、こうやって詳細に書き留めているからこそだ。

 同性愛の解釈について、私はちょっと(百年以上前の作品なのだから当然なんだが)前時代的でしんどい、と思いながら読んでいたが、どうも当時の最新の学説に基づいていたものらしい。こういう時代背景がわかる、というのはありがたいですね。プルーストが「自己の内なる同性愛者とユダヤ人を(自己正当化の危険を避けて)主体としての作中の「私」には仮託せず、自己を差別される客体として眺め、それを作中の同性愛者たち(…)に担わせたのではないか。」という指摘から「フロベールが言ったとされる「ボヴァリー夫人は私だ」という命題は、プルーストの場合は作中人物の「私」ではなく、『失われた時を求めて』に登場するほかの多くの人物にこそ当てはまるのであろう」という喝破へと連なる一連の考察も極めて明晰だった。プルーストはほんとうによい読者に恵まれた。

 風呂上がり、すこし作業をして焼きそば弁当で夕食として、早めにベッドに入った。617/617


5月5日(木)晴。今朝は味噌汁と目玉焼きだけ。食材がなくなってきた。食後すぐにプルーストを再起読。日が出てきたのでベランダに、ヨガマットやバリの布もつかったフルセットのテントをつくる。見える範囲(私の家はけっこう見晴らしがよい)では三軒、鯉のぼりを揚げている。日射しがつよく、汗かきながらプルーストをぐんぐん進読。

 しかし昼過ぎ、暑くて頭が疲れてきた、ので、部屋に入り、録画してた『ブリティッシュ・ベイク・オフ』を三回ぶん一気に観た。夕方から夜にかけて寝、起きてまたプルーストを読み、冷凍のピザを食って夕食とした。一日中プルーストを読んでいる。310/617


5月6日(金)曇。飛行機に乗る夢を見た。鳥取の、湖山池のぐるりの道を滑走路にしていて、しかしなかなか飛び立たないまま一周して目覚めた。夢のなかではパニックにはならず安堵した、が、これは安堵することなのか? 朝食に焼きそばを作るつもりだったが、起きるのが遅かったのでいちごだけ食べる。頭痛がひどく、ロキソニンが効くのを待ってプルースト。また昼休み以外プルーストだ。

 午後、本文を再読了したので外出。ファミマに行って、こないだ完結した『ホンノウスイッチ』の作者が、二ページの番外篇をネットプリントで公開してるのを刷ってきた。内容自体は(なんせ二ページなので)めちゃくちゃ短く、ワンアイデア、という感じ。しかしこう、番外篇として雑誌に連載された「榎本・さち編」もふくめて、長篇のかたわらに、作中には描き込めなかった挿話をいくつも生み出す、というのは、私も修得したい能力。〈戯言〉シリーズからは〈人間〉や〈最強〉の連作が生まれて行ったし、〈百鬼夜行〉シリーズは〈薔薇十字叢書〉という、シリーズの設定をつかって他人が書く企画まで生まれた。いずれも強烈なキャラがいるからできることだ。三島が(おそらく『金閣寺』執筆のための資料から着想して)「志賀寺上人の恋」みたいな短篇群を発表したような書きかたもあり得る。いろいろ考え込んでしまった。

 夜、強めの目眩と手の痺れ。テイラックを飲んだら楽になったので、どうやら気圧が下がっていたみたい、と思って調べてみたら、たいした下がり幅ではない。この程度で具合が悪くなるのだから、飛行機なんかはそりゃだめですね。なかなかしんどく、しんどさのせいでパニックの発作も起きている。しかしこう、ここまでひどいパニック障碍に苦しんで、かつ、けっこう言語化能力が高い人、そうそういない。同じ苦しみを抱えている人に、私が何か書いたり喋ったりすることで、多少でも役に立てることがあるのではないか。〈パニック障碍 小説家〉で検索してみると、二〇一五年、産経新聞に載った宮本輝のインタビューが出てきた。ひとまずブックマークに入れておく。夕食にカルディのビャンビャン麺(さすがにビャンビャンの漢字は変換できず)を食う。ラザニアかってくらい幅広麺。美味かった。

 風呂上がり、ヤクルトY1000を飲みながらプルースト文章の準備。読みながら挟んでたメモをワードに転記したり、日記の記述を読みかえしたり。またY1000のストックがなくなった。私はとにかく健康を取り戻さなければ。名を成した書き手は皆、才能に恵まれてるか病的に健康かどっちかで、両方を兼ね備えていれば大江健三郎や村上春樹みたいなすごいことになる。私は才能はそれなりにあるが心身ともにとにかく不健康なのだ。なんとかせねば。564/617


5月7日(土)曇。Y1000を飲んだのに四時ごろまで眠れず。LINEマンガで『東京大学物語』を読んでいた。一九九二年連載開始で、第一話の冒頭に、北海道(舞台は函館)では「真夏ですら、平均気温25度以下……」とあり、隔世の感がある。私が札幌に引っ越した二〇〇八年の夏、最高気温が三十度を越えた!というニュースをテレビで観た。札幌を離れる直前の二〇一四年の夏は、三十五度まで上がってようやくニュースで報じられるようになった。しかし『東京大学物語』、けっこう下品だな。前世紀の青年漫画だ。ようやく寝、九時すぎに起き、プルースト文章を起筆。雨が何度か降っていた。夜、書き上げた、ところで力尽きる。推敲もできず、自サイトで公開もできないまま、机に突っ伏して寝。


5月8日(日)曇。連休最終日。前職場は連休は休館や短縮営業だったし、それまでの四月五月は常に学生だったので、連休が生活に影響しない暮らし、というのは三十年くらいぶりではないか。ということで(というのもへんだが)カレンダーに関係なく今日も具合悪し。昼、一時間半ほど寝た以外は、スマホを見たり録画してた『ブリティッシュ・ベイク・オフ』と『世界さまぁ〜リゾート』を何回分か観たくらいか。すこし本を読み、夜に焼きそばを作った、のが数少ない人間らしい活動で、しかし読書も床で寝ながらだったから、料理と食事の間以外はほとんど横になって過ごした。明日はプルースト文章を公開せねば……。


5月9日(月)雨。また飛行機に乗る夢。沖縄に行き、そこで地震が起きて、地下鉄に乗って避難した。五時ごろに起き、もぞもぞ作業。しかし捗らず、頭痛がするし眠気も取れないので布団に戻り二度寝。けっきょく遅い時間に起きた。頭痛薬を飲み、効くのを待つ間に寝てしまい、一時間半後に起きて午後三時。どうにも具合が悪い。床で寝て漫画を読む。夜、ようやく机に座り、プルースト文章を公開。ほんとうなら一昨日公開するはずだったもの。丸二日遅れている。


5月10日(火)晴。良い天気。明日、早稲田大学国際文学館で朗読会なので、ややナイーヴになっている。昨夜、「明後日、うまれてはじめて朗読会というのに出るんですが、小学校の国語の授業で「てぶくろをかいに」をひとり一文ずつ読む、というのがあり、「お母ちゃん、おててがつめたい、おててがちんちんする」という台詞をめっちゃ感情込めて読んだらみんなに失笑された、という心の古傷がジクジクしている。」とツイートしたものに、ちらほらいいねがついている。ややうけ。二十年以上前のあの日、なんで〈じんじん〉じゃないんだ、と新美南吉を恨みながら読んだ、ことを憶えている。

 青空文庫で検索してみたら、〈ちんちん〉は、手のかじかみを表す〈ちんちん〉と白銅貨を打ち合わせる〈チンチン〉の二度出てくるが、〈チンチン〉のほうを誰かが読んだ記憶はない。四十人のクラスのなかで私がその台詞の担当になったのはほんとうに不運だった。その十数年後、私が、サッカー場でおじさんがおちんちんを出す小説を書いたのは、この一件が遠くで響いていたのかもしれない。

 すこし散歩して作業開始。昼すぎにまた散歩をしてトイレットペーパーとかを買ってき、それから朗読会にそなえて、いっしょに登壇するマーサ・ナカムラさんの詩集を読む。

 読了後、Twitterを見ると、去年文學界に載ったアマンダ・ゴーマン「わたしたちの登る丘」が、単行本を経ずにいきなり文庫化(鴻巣友季子訳、文春文庫)されたらしい。「美しい訳文を単独で読めるだけでなく、英文と対照できる対訳形式も掲載。鴻巣さんによる背景解説、そして日本版だけのスペシャル企画として芥川賞作家、柴崎友香さんと鴻巣さんの解説対談を収録」して八十ページ、という、各方面の苦労のしのばれる構成。どんな現場でもその価値は変わらない、とはいえ、世の中には米大統領就任式で自作を朗読した人がいるんだよなあ、と思って調べてみると、ゴーマンは去年のスーパーボウルでも詩を朗読してたらしい。ハーフタイムショーではなくキックオフ前らしいが、50セントが逆さ吊りになったあの場所で自作を朗読した人もいるのか!と考えると、なんだか気が楽になってきた。


5月11日(水)晴。そうはいいつつ緊張で目覚める。朝起きて、ナカムラさんの作品や自作を読みかえしつつ、今日話すことをこまごまメモする。昼前に家を出、早稲田大学へ。

 打ち合わせやリハーサルをこなして、控え室でストレッチをしたりメモを読みかえしたりしてるうちに時間。呼ばれてステージに出てくとき、いつも、漫才師がハイドーモ!と言いながら手を叩いて出ていくのを思い出すのだが、今日も思い出す。朗読は授業で「絵仏師良秀」を読んで以来で、自作を読むのははじめて。自分が、なんかやたら左手を宙に泳がせながら読む癖があることもわかり、声音の使い分けとか高低とか、間の取りかたとか、朗読しながら、朗読者としての自分にできること、をひとつずつ確認していく。創作についての話はもちろんのこと、そうやって、自分の身体を朗読という行為に馴染ませていく、のが楽しかった。

 しかしどうも、慣れないことが多くてけっこう疲れた。コストコの寿司でパーッとやって終了。


5月12日(木)曇。今日は本休日、と思ったのだが、読みたい記事の掲載誌が近所の図書館になく、調べてみると早稲田大学の図書館にあった、ので、今日も早稲田大学へ。大量にコピー。それからソオダ水で知り合いのZINEや『ゲンロン戦記』や新書版の『性差の歴史』を買い、帰宅。いつだったか、日本海新聞のコラムに書いた、迷い鳥の貼り紙のある道を通る。紙は完全に朽ちていて、四辺を留めていたテープだけが、A4サイズの枠線のように残っていた。

 帰宅後、奈倉有里『夕暮れに夜明けの歌を』進読。著者が尊敬する大学の先生は、クリミアのセヴァストーポリの生まれだという。著者がロシアにいたのは二〇〇四年から二〇〇八年。二〇一四年にロシアがクリミアを併合(今ではクリミア半島からロシア本土に、十八キロもある橋が架けられてるらしい)して、本書は二〇二一年の十月に刊行されて、今年、二〇二二年の二月にロシアがウクライナに侵攻した。私はウクライナの都市名を、キエフとドネツク(どっちもサッカーの強豪チームがある)とチェルノブイリしか知らなかった。オデッサは、名前は聞いたことがあるし、でかい階段を乳母車が落ちていくのも観たことがある、が、それがウクライナの都市だとは知らなかった。リヴィウ、ハルキウ、マリウポリのことを、私は、それらの街がロシアに攻撃されたことではじめて知った。私はブチャというちいさな街について、虐殺された遺体が放置されていたことだけしか知らない。侵攻がはじまったことで、いままでウクライナの都市名だと思っていたのが、ソ連時代の呼び名であり、ウクライナにとっては侵略者であるロシア語の名前だと知った。キーウ、ドネツィク、チョルノービリ、耳慣れない響き。グルジアをジョージアと呼び替えたときと同じで、私の耳は侵略者の言葉に馴らされている。この違和感は受け入れなければならないものだし、(いまでは〈象牙海岸〉のほうが奇異なかんじがするように)私よりあとの世代では、〈チェルノブイリ〉に違和感を抱くようになるのだろう。

 夕方から雨。だんだん気圧が落ちてきて、頭が回らなくなってくる。やむなく中断。すこし落ち着いてから作業。しかし今日は本休日のつもりだったのに、作業をしたので半休日になってしまった。お風呂で『夕暮れ』を読了、二村ヒトシ・宮台真司『どうすれば愛しあえるの』を起読した、が、前書きだけで終了。風呂上がりは疲れきり、髪も乾かさず、食器も洗わず洗濯機も回さず、日記も書かず寝。


5月13日(金)雨。気圧は低いけど体調は悪くない。もぞもぞ起きる。疲れている。昨日を半休日にしてしまったので、今日も半休日にする。有休が貯まってるけど丸一日休むと仕事が遅れてしまう、から半休を二回取って、けっきょく何も休まらない、という感じですね。

 午前中はコピーしてきた記事を読んだり昨日の日記を書いたり。私はこの日記を、いずれ出版されることを念頭に置いて書いている、ので、仕事のような気がしているが、よく考えれば日記を書くのは仕事ではないな。

 そのあと鈴木涼美「ギフテッド」を起読。著者もその両親も文筆活動をしていて、私は三人の仕事をそれぞれに読んだことがある。「死にゆく母が、歓楽街で生きる娘に残すもの」という表紙のアオリ文は、その、私が読んだことのある著者の経歴と合致していて、どうしても、三人の文章に書きこまれていた私性のことを考えながら読みはじめた。

 しかし、夜の街の感じとか、母親に対する屈託とか、著者がエッセイやイベントで語ってきたことと重なる部分もありつつ、語り手の父親はすでに他界していたり、母親と金銭を介して関係をむすんでいた男が出てきたりと、適宜フィクショナライズされてる感じ。実際には著者は、母親を亡くして、父親は今も生きている。しかし鈴木涼美の小説から〈父親〉は排除されて、出てくるのは〈パパ〉なのだな。作品は母親が死んで終わるが、まだ何も終わっていないような。語られていないことの多さ、をすごく感じた。

 モルドバの首都も、日本での呼称がロシア語の〈キシニョフ〉から、公用語であるルーマニア語の〈キシナウ〉に変更されたらしい。雨が強くなって、低気圧で頭も回らなくなり、「明日から今日まで」の更新もできず、日記も書かず、倒れこむように寝。