プルースト 2022.5.14~2022.6.6

5月14日(土)雨。起きてすぐ髪を剃り、人生はじめてのスキンヘッド。ここ数年、頭皮環境が悪く、いっぺん全部リセットしたらいいのでは、と思いながら、週五で働いてたころは(髪型の縛りはなく、坊主頭の同僚もいたけど)躊躇っていた、のが、二月末で退職して、こないだの朗読会を最後に人前に出る予定もない、ので、まんをじして剃り上げる。きょうびインターネットには何でもあるもので、失敗しないスキンヘッドのやりかた、みたいなブログを参考に、バリカンで全体をザッと刈り上げ、それから頭にシェービングフォームを塗りたくって剃っていく。一時間くらいかかった。

 私のいちばん好きなスキンヘッドこと2017-18シーズンのダビド・シルバは、そのシーズン、パートナーがかなりの早産で子供を産んで、何試合か欠場した。赤ん坊を抱いてスペイン語訛りの英語で、クラブやファン、医療従事者のサポートにお礼を言う動画をTwitterにアップしていたのを観たことを憶えている。

 そういえば、生年月日が私と同じ(一九八九年十月十四日)川又堅碁選手もスキンヘッドだ。まったく同じ日数を生きてきた(今日で一一九〇〇日目らしい)二人が、三十二年目にしてはじめて同じ髪型に……。彼のことを知ったのは代表に選ばれた二〇一五年ごろだった。その後、クラブでポジションを奪われたりチームが降格したり、それでも移籍先で活躍したものの、契約最終年に大怪我をして、シーズン中に復帰したけど調子が戻らないまま退団した。引退してもおかしくなかったが、J2のチームに練習生として加入して、正式契約を勝ち取った。一年目はそれなりに結果を出していたが、また怪我で去年は出場がなく、今年もどうやら、一試合でベンチ入りしただけだ。まだまだやれる、活躍したい、とは思っているだろうが、今年で三十三歳、サッカー選手としてはベテランで、いつ引退してもおかしくない年齢だ。もともとサッカーをやっていて、今も観るのは好きな私は、一方的に、サッカーは川又に任せた!みたいな気持ちでいるし、小説はおれに任せろ!とも思っている。私がサッカーをやめたぶん、川又選手には成功してもらわないといけないし、私も彼のぶんの成功をつかまなければいけない。彼がいつまで現役でいるのか、その後のキャリアがどうなるか、もちろん私は知らないが、それぞれの場所でおたがいにバンバっていこうな。

 公開用に日記を加工。作業をしていると、酔った古川真人から電話。西日本新聞で連載してた「横浜通信」というコラムで水原涼(の「明日から今日まで」のこころみ)に言及してくれたそう。最近どうっすか、と訊かれたので、今朝スキンヘッドにしましたよ、と答えると、オッじゃあ次会ったら濡れタオル頭にかぶせて、伸びかけの毛を引っかけてグイグイ引っ張ってやりますよ!と言われる。博多のチンピラか。


5月15日(日)曇。昨夜から湿気がすごい。なんか頭がスースーするな、と思って手をやると毛がない。自分で剃ったんだから驚くようなことでもないのだが、そうかスキンヘッドというのは、一晩寝たくらいじゃ戻らないのだな。

 長めの昼寝、夕方ごろ目覚める。夜は雨。カップ麺を食べながら録画してた『ブリティッシュ・ベイク・オフ』とかを観。最近漫画アプリで『将太の寿司』や『中華一番!』シリーズを読んでいて、どうも料理バトルづいている。今日観た三回戦は、六人中五人が勝ち上がる、というもので、下位ふたりはほとんど差がなく、勝敗をわけたのは、片方のつくるパンに(失敗もけっこうあるけど)、審査員が〈光るもの〉を感じたことだった。コンペティションで、技術ではなく独創性が勝負の決め手になる、というのは小説と同じだ。


5月16日(月)雨。昨夜見たときは一日曇の予報だったのだが、起きると降っていて、予報も一日雨に変わっている。パスタを食って、散歩はせずに作業開始。

 昼過ぎ、ストウブで米を炊く。火加減をまちがえて芯が残ってしまい、落ち込みながらモソモソ食べる。食べながら外を見ると雨がやんでいて、食べ終わったら買いものにでも行くか、と思ったが、食べ終わるころにはまた降り出していた。

 夕食は中華風のおじやを作る。それから風呂のなかで宮台真司・二村ヒトシ『どうすれば愛しあえるの』進読。宮台が、法の埒外での活動が絆を強めるのだ、と主張している。川辺で殴り合って友情を深める主人公たちを、暴力はダメだ、と言って止めることの無粋さ、みたいな感覚で話しているようで、それはまあ、わかる。しかし彼は、路上喫煙や打ち上げ花火の水平撃ち、公園での焚火を挙げ、こう続ける。「交通違反もお目こぼしが普通。人んちの庭で遊んでも怒られなかった。試合後の体育会はハメを外し、体罰もシゴキも「仕方ない時もある」と認識された」。オスマン帝国の時代に生まれたかった、みたいなことを言う男は、その時代に転生した自分がハレムの主人になることを疑わず、そこで働く宦官や陵辱される女奴隷になることを想像すらしない。宮台も、〈委ね〉や〈受動性の快感〉を主張しているわりに、自分を支配者の側に置いていて、違法運転におののく歩行者や体罰を受ける側になることを思いつかない。と、あら探しをしてるつもりはないのだが、どうしても批判的に読んでしまうのは、基本の思想が彼らとは違うからなんだろうな。

 風呂を出てしばらく作業。こないだの朗読会とか、イベントに登壇するとよく、私は朝型で、早朝がいちばん捗って、みたいな話をするのだが、「明日から今日まで」で、一日の終わりに脳がしおしおでも書ける文体で書く、のをやったからなのか、夜寝る前もけっこう捗る。そういえば、西尾維新は一日を何個かに分割して、小まめに睡眠を取ることですさまじい速筆を実現している、というのをどこかで聞いたことがある。私も専業になって、仕事の組み立てを好きにできるのだから、昼寝をすることで午後の脳をクリアにする、というのをやってみてもいいかもしれないな。


5月17日(火)曇。一日作業。午後はときどき雨が降った。窓から見えるマンションの、広いルーフバルコニーに、布団とか洗濯物がたくさん干しっぱなしのままで、心配になる。「明日今日」の、今日更新したのは十一月十七日に書いたところ。元日から大晦日まで、設計図もメモもつくらずに一日一枚、と言いつつ、このころになるとなんとなく終わりかたが見えてきていて、しかしこのまま一日一枚で続けるとそこまでたどり着けない、と、じわじわ一日の分量が増えてきたころだ。自分で勝手にやってる、趣味みたいな執筆なのに、なぞの焦りが生じてきて、まいったなあ、と思い、けっきょく最後まで解消できなかった。そうなってしまったのは、なんとなくであれ、ストーリーめいたものを追いはじめたからだ。もっとこう、融通無碍というか、いつ筆を置いても終われるようなものを書きたい、が、一日一枚だとすると、その書きかたで三百六十五枚の分量を持続させなければならない。実力がついたらやってみたいな。

 夕食にパスタを食ったところでスイッチが切れ、風呂に入らず日記も書かず、食器も洗わずに布団にもぐった。


5月18日(水)晴。最近だと、風呂のなかで本を読み、そのときに考えたことをふくめて日記を書き、食器を洗いながら頭をクールダウンして寝る、みたいな夜のルーティンができていて、疲れて風呂に入れないとそのあとのことが全部できない。起きてシャワーを浴び、洗濯機を回しながら日記を書き、食器を洗う。それからようやく今日の作業。いい天気で、外を見ると、昨日洗濯物を干しっぱなしにしていたルーフバルコニーに、同じものがまた干されていて、すこし安心する。

 昼前に歯医者へ。スキンヘッドになってはじめての歯医者で、ニット帽をかぶっていったのだが、とくに何も言われず。帽子の際のあたりにときどき視線を感じる、のは、自意識過剰だろうか。しこたま削られて帰宅。いちご、もうスーパーにはなさそうだし、と思って、お高い果物も売ってるフルーツサンド屋さんに行くと、やっぱりいちごはなく、キウイが置かれている。ショックのあまりフルーツサンドをドサドサ買ってしまった。強めの麻酔をされたので、二時間ほど下唇がジンジンしていた。


5月19日(木)晴。昼休みに『どうすれば愛しあえるの』。しかし宮台、書き写すのもいやになるような口汚いレッテル貼りが多いな。レッテル貼り芸人といえば有吉弘行がいるが、有吉のは、あくまでも対象となる芸能人の芸風の要約にとどまっている。唯一の例外は〈逮捕されてないだけの詐欺師〉で、あれは対象の本質を言いあてるという意味できわめて批評性の高いあだ名だった。宮台のレッテルは、自分の土俵に引きずり上げてこき下ろすための加工だ。哲学や宗教学、社会学や経済学といった人文学のタームを、ひとつひとつ自分の言葉で定義づけしながら投下する、のもそれと似ている。そういったアカデミズムの蓄積を〈俗〉のレベルに当てはめる、というのが、本書における宮台の役割で、それは勉強熱心じゃないとできないことだ。

 本書は対談イベントの書籍化で、会場からの質疑応答も厚めに収録されている。肛門に器具を入れることで快感が増す、と語る質問者に対して二村が、「それだけ前立腺が敏感に、感度が発達したんですよ。いいことです。」と返しているのが、なんか感動的だった。もちろんAV監督という職業柄、人間の性癖はひととおり見知っているのだろうが、それにしても、こんなに優しい肯定はなかなか言えない。本書のなかでいちばん素晴らしいやりとりだった。

 夜、辛い袋麺を食って風呂のなかで上野千鶴子・信田さよ子・北原みのり『毒婦たち』起読。三人とも、木嶋佳苗のことを〈佳苗〉とファーストネームで呼んでいる。対象の性別によるものだろうか。たとえば相模原事件について話すとき、その犯人を〈植松〉ではなく〈聖〉と呼ぶ人はたぶん少ない。小説の地の文で、男性は姓、女性は名で呼ばれる、というのもよくあることで、だから(というのもへんだが)古井由吉『槿』のなかで、杉尾と関係をもつ女性を〈伊手〉〈萱島〉と姓で名指していた(萱島にいたっては同姓の兄がいて、名で書いたほうが同定しやすいにもかかわらず)のが印象に残った。それを読んでから、女性について書いたり誰かと話したりするとき、名で呼ぶ必要がなければ姓で呼ぶようになった。自分がそうしてみると、若い女性だからといって〈マララさん〉や〈グレタさん〉と呼ぶ無邪気さへの疑念、みたいなものが芽生えてくる。しかし彼女たちみたいに十代から活発に活動してる男性活動家って思いつかないな、と〈活動家 少年〉で検索してみると、児童労働問題について訴えつづけ、一九九五年に十二歳で殺害されたパキスタンのイクバル・マシー氏と少年革命家ゆたぼんが出てきた。日本は平和だ。


5月20日(金)晴。朝の散歩中、開店準備をしてるスーパーの目玉商品として、きゅうりの大袋が二百円になってるのを見かける。いったん帰り、開店時間に出直して買う。それからサッと家事をやって作業開始。昼まで作業して、そのあとは延滞しつづけてる図書館の本を読まねば、と思っていたのだが、作業が捗り、気がつけば夕方になっている。

 米を炊きながら『毒婦たち』進読。木嶋佳苗以外にも、女性の犯人や容疑者を、三人はファーストネームで呼んでいる。上野千鶴子が、宮台真司は援助交際をする少女たちの参入動機を、金銭動機系とメンタル系に分けた、という話をしている。「メンタル系っていうのは自傷によるリベンジ動機。親が大事にしているものをどぶに捨てるように他人に与えるという自傷自罰行為によって、その価値を守ろうとしている自分の保護者であり抑圧者に対してリベンジを果たす、っていうもの」。鈴木涼美が、母親の価値観を否定したくて、母が大切にしていた自分の身体を傷つけようとして粗末に扱った、とどこかに書いていた。どこだっけ、と『限界から始まる』や去年文學界に載ってた「汚してみたくて仕方なかった」をパラパラめくったが見つからず、検索してみたら、『娼婦の本棚』のもとになった連載「夜を生き抜く言葉たち」が出てきた。鈴木の母について、「リベラルで立派な思想を掲げるわりには専業主婦を軽蔑し、売春婦を軽蔑し、セレブ妻やホステスも軽蔑していました。教育環境や経済的に恵まれていた自分の生育環境を棚上げにして、男の庇護の下にいる学のない女たちを自分とは別の生き物のように扱っていました。家政婦にも「先生」と呼ばせるような人でした。私はそんな母の矛盾を身近に観察して育ち、母の価値観を否定したくて身体を安値で売り飛ばし、男の金で贅沢するようになりました。初めて性をお金に変えた時、母に復讐したような気持ちの高揚があったのを覚えています。」とある。鈴木・上野・宮台は、去年オンラインで鼎談をしてもいたし、専門とするフィールドが近いのだから当然といえば当然なのだが、読書と読書が線で結ばれるのは気持ちがいい。本文を読了、しかし三人それぞれがあとがきを書いてるから、まだ四十ページくらいある。

 夜、日記を書こうとして、昨日の私が、イクバル・マシー氏には敬称をつけ、ゆたぼんにはつけてないことに気づく。女性を姓で呼ぶか名で呼ぶか、と、敬称をつけるかつけないか、は、何らかの基準で呼び分けていることに違いはない。私はゆたぼんを軽んじてるということだろうか。


5月21日(土)雨。昨夜夜更かししてしまい、遅く起きる。早稲田大学国際文学館での朗読会の動画を送ってもらったものを観た。自分のことだからもちろん知ってたはずなのに、登壇者が誰もマスクをしておらず、びっくりする。舞台に出る前、キャンベル氏が当然のようにマスクを外して、あ、外すんですね、と言うと、ええもちろん、と返され、あわててポケットに突っこんだ。パンデミック以降登壇したイベントで、たしかにマスクを外すことが多かった、のだが、あの日、外すかどうか迷ったのは、その前に人前に出たとき(生活綴方での亜紀書房版『かわいいウルフ』刊行記念イベントと松波太郎さんの創作センターに参加した二〇二一年の五月)はみんなマスクをしていたからだ。考えてみればキャンベル氏はテレビ出演も多く、ホットペッパービューティのCM(YouTubeではじめて観たときは衝撃だった)にも出ていたし、そういうときは、だいたいマスクをしていなかった。今回の私は登壇者なのだから、そっち側の人間として振る舞うのだ、と気づき、ようやくスイッチが入ったのだった。しかしもっと明晰にしゃべれるようになりたい。精進せねば。

 今日はラフィク・シャミ『ぼくはただ、物語を書きたかった。』を起読、したのだが、寝不足がたたって、数十ページ読んだところで寝てしまう。起きたら夜で、雨がやんでいた。どうにも気持ちが盛り上がらず、パーッとやりたくて美味しい中華をウーバーイーツで頼んだ、ら、五分後くらいにすごい雨が降り出す。ずぶ濡れになりながら持ってきてくれて、あまりの申しわけなさにチップをはずんでしまった。


5月22日(日)晴。昨夜ヤクルトを飲んだからか、ぐっすり寝ていた。Y1000でなくともそれなりに効くのだ。昨夜のうちに、スズキロクさんが、「明日から今日まで」に出てくるさわがに商事のゆるキャラを描いてくれていた。かわいい。出てくる、といっても、語り手の友人の一人の恋人(会話のなかで言及されるだけで、登場することはない)の職場、という程度で、それもこないだ更新したところで退職したことが明かされていて、今後はもう出てこない。いずれ単行本化することがあれば、こっそりゆるキャラのことを加筆しようかしら。あるいは、なにか別の作品のなかで登場させるのもありかもしれない。

 昼、すこし散歩。キウイを買って帰り、またすぐに出直して、フルーツサンド屋さんで、こんどこそお高い良いいちごを購入。これで心おきなく今シーズンが終われるというものである。

 ラフィク・シャミを進読。シリア、というかアラブ圏の政治の腐敗、御用作家や〈無意識の差別〉に染まった批評家たちへの怒り、書くことへの愛や、成功した自身のキャリアへの強い自負。そもそも、亡命して、それまで学んだこともない言語で創作しなければならなかった小説家の自伝的エッセイが、深刻なものでないはずがない。しかしこの深刻さからあのメルヘンが生み出されたのだ。読了するころには曇っていて、小雨も降っている。最近ずっと食欲不振で、今日もそういえば朝食のあとはナッツしか食ってない。

 今日も頭を剃った。どんなことでも繰り返せば熟練するもので、だんだん剃り残しが少なく、時間も短縮できてきている。しかしこう、二十歳過ぎまではリンスもしなかった自分が、風呂上がりに頭に化粧水をパタパタしてオイルを押しこんで保湿するようになるとは思ってなかった。人生いろいろだ。


5月23日(月)晴。ACミランがセリエAで優勝した。前回優勝した2010-11シーズンはガットゥーゾもピルロもセードルフもいた。最終ラインにはザンブロッタやネスタがいて、監督はアッレグリで、そして十一年前も今回もイブラヒモビッチがいた。どういうことだ。来シーズンは、よっぽど大型補強したうえで新戦力がフィットしなきゃセリエとCLを獲るのは無理、なので、CLはまあ決勝トーナメント進出くらいにとどめておいて、まずは国内リーグを二連覇して、あとついでにコッパ・イタリアも制していただいて、クラブの本来あるべき場所に戻るのは三年後くらいだろうか。

 めでたいので今日は本休日とし、読書。小松原織香『当事者は嘘をつく』。まえがきの言葉どおり、著者が経験したこと、考えたこと、を、未整理のまま、ときに同じことを繰り返しながら書きつづっていく。時を経ても直視しがたい記憶や、今も燻る怒り、殺意、まで書き留められている。著者は自助グループでの活動を通じて、自分のアイデンティティを「孤独な「性暴力被害者」から「性暴力サバイバー」へと」変更した。そして「それ以降、私にとって生き延びることは、ほかのサバイバーも通ることのできる新しい道を切り拓く」ことになった」という。著者はそう書きつつ、「この経験を書くときに、どうしてもヒロイックな調子が抜けきれなくなる」と自嘲するように続ける。トラウマの個別性を捨象して〈みんなの物語〉に接続する(ことを欲する)、のは、私もちょっと前に考えていたことだった。五月六日の日記に、私はこう書いた。「ここまでひどいパニック障碍に苦しんで、かつ、けっこう言語化能力が高い人、そうそういない。同じ苦しみを抱えている人に、私が何か書いたり喋ったりすることで、多少でも役に立てることがあるのではないか」。自分の経験を、似た苦しみを抱く人のために還元したいと願うことはヒロイズムなのだろうか? 著者の〈ヒロイック〉という言葉は、終盤ちかくに書きつけられた、「支援者に闘いを挑み、孤立無援のなかで怒りと悲しみに打ちひしがれながら、みっともなくあがいて研究してきた」というキャリアの振り返りをはじめ、本書全体に対して向けられた言葉だったのかもしれない。

 性暴力被害の研究のあと、著者は、水俣病にフィールドをうつす。そこで患者のひとりがかつて「水俣に哲学が欲しい」と言っていたことを知る。それを「この地で育ってきた思想の可視化である」と直観した著者は、「それは、私がやりましょう」と決意する。なんでだろう。自分でも「壮大な私の思い込みである」とだけしか説明していないが、それは〈この地で育ってきた思想〉の果実を勝手に収穫することではないのか。この傲慢なひと言を読んで、上野千鶴子のことを思い出す。上野は、〈援交世代〉から、その経験を思想化する人が登場するのを待ち望んでいた、と繰り返し語っている。上野ほどの言語化能力があれば、「それは、私がやりましょう」と言って〈思想の可視化〉を代行することは可能だっただろう、が、上野はそうはせず、二、三十年も待ち続けている。私は兄から苛烈な家庭内暴力を受けて育った。大学生になって実家を離れ、兄の暴力から逃れられてからようやく、いくつかの中篇小説に作品化することができた。小説、というかたちではあれ、私にとってまぎれもなく〈思想化〉の作業だった。誰であれ、「それは、私がやりましょう」としゃしゃり出てきてほしくはない。といいつつ、「水俣に哲学が欲しい」と言った患者をはじめ、多くの当事者が亡くなり、あるいは年老いた今、そんな節度を固持していては何も残らない、ということだろうか。

 森川すいめい『感じるオープンダイアローグ』は、オープンダイアローグ(OD)に関するすぐれた入門書である、と同時に、あの本を書くこと──自身のルーツまで遡ってODとの関わりを書きつけることそれ自体が、森川にとってのODの実践だった。小松原は自助グループの大きな特徴として〈言いっぱなし・聞きっぱなし〉を挙げているが、ODの要諦も同じで、患者の言うことを遮らず、否定せず、論評もしない。本というのは、著者が語り終えるまで読者が反応できない、という点で、ODの場をつくりやすいメディアだ。森川の本と同様に、『当事者は嘘をつく』それ自体が、小松原にとってのODになっていたのではないか。

 十年以上前、枡野浩一が、書くことで癒やされる程度の悲しみは見たくない、とどこかに書いていた。自分は書くことで癒やされる程度の悲しみを作品として発表することはない、という宣言ではあるのだが、「甘露」で世に出た直後の私は、そのひと言に反感を抱いた。書くことで癒やされる程度の悲しみを、私は書くし、読む。本書を書くことで経験を過去に送って、小松原は次に何を書くのか。それを読みたい。

 ちょっと散歩、図書館の本を一ヶ月近く延滞してたものをようやく返却した。これでようやく貸出停止が解ける。風呂のなかで湯山玲子・二村ヒトシ『日本人はもうセックスしなくなるのかもしれない』起読。二村が、ポルノ映画はもともと、ただ他人のセックスを覗き見るだけのものだったはずだ、と語っていて、プルーストのことを考える。スワンや〈私〉は、たびたび他人のセックスを覗いている。それに対して〈私〉のセックスは(ぜんぜん良くない口説き文句とともに)滑稽なかんじで描写されている。黎明期のポルノとプルーストの覗きが、一本の線でつながる感覚。


5月24日(火)晴。朝の散歩中、近所で故紙回収をやっていた、ので、とって返して古雑誌をひと束出す。それからスーパーでキウイときゅうりを買う。当たり前のことだが、ほとんどの客は棚に残ってるなかでいちばん状態の良いものを取っていくので、朝の早い時間ほど良いものがある。きゅうりがめちゃくちゃ太く長くて、ふだん使ってる保存袋に入らなかった。

 それから作業開始。地元紙(鳥取と山梨で生まれ育った両親のもと神戸に生まれ鳥取で育って札幌の大学に通った、ので、私には〈地元〉という語で名指す土地が複数ある)のコラムのため、資料読み。

 昼休みに土井善晴・中島岳志『料理と利他』。土井先生は、不揃いでええ、むりせんでええ、とは言いつつ、セブンのサラダでええんですよ、とか、惣菜買うてきて器に乗っければ一菜ですよ、とは言わない。それは〈依存〉であり、自分の手を使ってこさえるのが重要。〈食〉ではなくあくまでも〈料理〉という行為のなかに意味を見いだしているのか。

 ムラや不揃いであること、に積極的な価値を与えている。その日の体調や気分や食べる人の様子を見ながら対応していく、だいたいええ加減でええんですわ、と言う。『中華一番!』のなかに、寸分の狂いもない技術で細切りした食材(たしかタケノコ)を包丁の上に積み上げる、みたいな描写があったことを思い出す。『将太の寿司』では、二百人分の弁当を手作りしたときに、うち一つだけ加熱時間を誤って固くしてしまったことが勝敗を分けた。土井の姿勢は対極的だ。してみると、『ブリティッシュ・ベイク・オフ』は、家庭内(アマチュア)のベイカーにプロの技を求める(commercialが褒め言葉として機能している)点でいびつな企画で、そのゆがみ、というか、ベイカーたちの苦闘こそが面白さになっているのだなあ。夕食は韓国の辛い袋麺。惣菜でこそないが、三分茹でて粉末スープを溶かすだけの調理を、土井先生なら何と言うだろう。辛くてずっと口がひりひり。


5月25日(水)晴。歯医者へ。十時オープンで予約も十時、九時五十九分に歯医者さんの前に着く、と、前を歩いてた人も歯医者さんに入り、ご同病ですな、と思ったのだが、振り返った顔をよく見ると、私の担当医だった。そんなぎりぎりの出勤なのか。出勤風景を見られたからかどうかは知らないが、今日はめちゃ痛かった。麻酔で下顎の左半分の感覚がなく、頭にも響いてきて、午前中は何もできず。ファルファッレを食って午後ようやく作業。コラムを送稿。夜は昨夜と同じブランドの、違う味の袋麺だったのだが、辛すぎて違いがわからなかった。


5月26日(木)晴。やや頭痛。朝の散歩のとき、近所のスーパーについにヤクルトY1000が入荷してたので買う。帰宅して作業。

 一昨日返却したことでまた本が借りられるようになった、ということで、昨日借りてきたプルーストをようやく起読。九巻の『ソドムとゴモラⅡ』。表紙は車に乗ってる人物二人で、周囲に文字とか、子供が描くような木や家。本巻の装画はちょっと好きだ。

 夕方ちょっと散歩、本を図書館の返却ボックスに放りこむ。夕食はピザときゅうり。79/665


5月27日(金)雨のち晴。せっかくヤクルトY1000を飲んだのに、ベッドにスマホを持ち込むという失態をおかし、五時ごろまで眠れず。九時すぎに起きたが頭が回らない。かといって二度寝するには目が冴えていて、やむなく始業。

 昼休みにプルースト。途中駅で乗ってきた〈見目うるわしい乙女〉が、語り手に、窓を開けてもよいか、煙草を吸っても良いか、と尋ねる。彼女は三駅先、ほんの一ページで列車を降りていき、その後二度と会うことはない。それなのに、語り手は彼女のことを現在まで忘れず、狂おしい欲望にとらわれたりもしている。こういう、大した関わりをむすんだわけでもないのに記憶にこびりつく存在、人生に一人や二人(人間とは限らないか)いる。

 ラグビー部員だったとき、対戦相手に、身長が二メートルちかくあるロックがいた。私たちのチームは、スクラムを組めば押し込まれ、タックルしても弾き飛ばされ、ロックの彼にいくつもトライを決められた。試合のなかで一度だけ、諦め半分でタックルをして、たまたまきれいに倒せたことがあった。ボールはラインの外に飛んでいき、倒された彼も倒した私も呆気にとられた顔を向けあった。彼は、おまえやるやん、と言った。私も、やっと倒せたわ、と返した。一回だけな、と彼は、口のなかで斜めになっていたマウスピースを外して笑った。黄色い歯からマウスピースに、ちょっと血の混じった唾液が糸を引いて、なんか汚いな、と思った。私はその試合のすぐあと、腰痛を診てもらった医者に、このままラグビーをつづけるとヘルニアになる、と言われて退部したから、彼と会うことは二度となかったし、名前も知らない彼がその後どうしているのかわからない。それでも、あの、私たちのチームでは〈クリーチャー〉とあだ名していた巨軀が、自分の腕のなかでバランスを崩して倒れる感触を、十数年経っても憶えている。

 ブリショ教授が、各地の地名の由来について蘊蓄を垂れる。語り手はブリショに「もっとほかの名のことも聞きたくてうずうずしてい」る、のだが、その長広舌にどうにも乗れない。「八戸・十和田・鮫」でも「明日から今日まで」のもうすぐ公開するところでも城下町の町名の由来について書いているくらいで、そういう話に興味はある、のだが、原語のニュアンスがわからないと楽しみづらい、のは、地口なんかと同じだな。

 夜、録画してた『ブリティッシュ・ベイク・オフ』を二回分、『世界ふれあい街歩き』も二回分、と考えると丸々三時間もテレビを観た。152/665


5月28日(土)晴。鎌倉でやってる堀江栞展に行かなければ、と思いながら、二、三十分の散歩も、数駅の電車移動もしんどい私が鎌倉までの移動に耐えられるか、と思うだけで具合が悪くなり、けっきょく今日も行けず。明日は文学フリマで、流通センターまでは電車で一時間くらい。鎌倉よりは近い、が、行ける自信はない。午前はシャワーを浴びたり昨日の日記を書いたりして過ごす。

 昼休みとしてプルーストを進読。今度は人名の由来の蘊蓄。こういうのは何というか、互いに話題が思いつかないときの鉄板ネタなのかしらん。

 午後、内田春菊『出版MeToo&Dish』。最近映画や演劇界での性加害告発が相次いで、小説家としても活動する前田司郎が、告発されたあげくめちゃくちゃ前田司郎の小説みたいな釈明文を出して数日で消していた、のを知り、出版界隈だとどうなんだろう、と思って検索したら見つけたもの。十年くらい前、『私たちは繁殖している』を、当初は子育てものとして面白く読んでいたのに、子供がみんな手のかからない年齢になったころから次第に著者の日常エッセイみたいな内容になってきて、ユーヤ(三人目の夫)の親との関係がこじれ、こんなことを言われた、こんなことをされた、という告発が増え、もちろん内田自身はそのときどきで辛かったのだろう、が、主人公を完全に無垢な被害者として描いていて、あいつらに筆誅を下してやる、みたいなトーンになってきて、読むのをやめた。『出版MeToo』、そのときの、一巻ごとにしんどくなってきた読後感を思い出す本だったな。

 すこし散歩、と思って二十分ほど歩いた、ところでパニックの発作。歩けずタクシーに乗った、が、私は乗りものでもパニックになる。目を閉じて、ずっとシートベルトを握りしめて耐える。ドアを開けて飛び出したい、が、走ってる車から飛び降りたら怪我だけじゃ済まないかもしれない、し、仮に無傷で降りられたとして、そこから家までの距離を平静に歩ける自信もない。力尽きて道端で倒れるくらいなら、このままタクシーにいれば、吐いても失神しても、少なくとも家の前までは運んでもらえるはず、と自分に言い聞かせながら、考えてみれば歩いて二十分程度なのだから車ならせいぜい五分程度の、それなのに一時間にも二時間にも感じられた時間を耐えたあとタクシーが停まり、目を開けると自宅マンションが見えた。パニックになるといつも吐き気や目眩がするのだが、今日は両腕全体がしびれている。こんなにひどいのは去年の夏、大阪で新幹線に乗れなかったとき以来だ。

 帰ってしばらくすると、身体はケロッと楽になるが、どうも気が塞ぐ。テレビをつけて、録画してた『世界さまぁ〜リゾート』、『世界ふれあい街歩き』を二回分、そして岩合さんの『ネコ歩き』を観。

『街歩き』は半年くらい前のワシントンDC回とLA回で、ホワイトハウスの前で写真を撮ってた家族の、まだ十歳にも満たないような子供が、「あのなか(ホワイトハウス)で働きたい?」という取材班の質問に、「働きたくない。あそこにいる人が私のために働くの」と答えていた。父親は退役軍人で、かつては星条旗に忠誠を誓ってもいたはず、なのだが、何のために国家があるのか、という本質を、こんなに幼い子供が喝破する。感銘を受けた。こういうのがほんとうの民主主義国家だよ、と、わが国の惨状を思ってしまう。

 そのあと取材班は、Capitol Hill Booksというクセの強い店主のいる古書店に行く。面陳の本には店主手書きの、二、三単語だけの素っ気ないPOPがつけられているのだが、レジ横のハリー・ポッター(最終巻のthe Deathly Hallows)に添えられてたのはRON DIESというあまりにもあんまりなネタバレで、思わずゲラゲラ笑ってしまう。私は四巻までしか読んでないのだが、そうかロン、死んじゃうのか……。228/665


5月29日(日)晴。今日は文フリと堀江栞展最終日、ですがどちらも行けず。昨日の精神的ダメージが尾を引いて、ずっと鬱々としている。雑誌をコピーしたものを積んでいたのをすこし消化した、だけで、今日は本休日。今日読んだものだと、中村真人「グンター・デムニッヒと仲間たちの「つまずきの石」」(『世界』二〇二二年一月号、二月号)が良かった。

 ポモドーロ・テクニックという、二十五分集中して五分休む集中法を知る。ちょっと試してみようかしらん。228/665


5月30日(月)晴。ヤクルトY1000が効いた。ぐっすり寝て起床。スーパーの開店時間を目がけて散歩、Y1000と、まだ十時なのに暑すぎて、塩タブレットを買う。オキシクリーンをバスタブで溶かし、シャワーカーテンを突っこむ。

 昼休みにプルーストを進読。シャルリュス男爵の守護聖人の一人は聖ミカエルで、そのことを彼は一度ヴェルデュラン夫人に話したことがある。しかし夫人はそれを忘れて、聖ミカエルの祭礼に行きたい、という男爵に、「特別のご関心がおありなのですか、そのようなことに?」と尋ねる。それはまあ失言かもしれないが、気分を害した男爵は、「もしかして間歇性の難聴でもお患いですかな?」と返す。男爵だけではなく、そういえば、金曜日に読んだところでは、ヴェルデュラン夫人は語り手の曾祖父を、まれに見る吝嗇家だと腐し、〈ケチな老いぼれ〉とまで言う。社交界ってのはこう、気に染まぬ言動をした人にはこんな当てこすりをかますのも当然なのだろうか。それに対して語り手は、あんまり辛辣なことを言わない。人柄の良さ、なのか、社交界のコードで話してない、ということか。

 夜会が終わり、眠くて倒れそうになりながらもバルベックのホテルに帰った語り手を、〈やぶにらみのドアマン〉が部屋のある階まで運んでくれる。しかしドアマン、いきなり長々と姉の自慢をしはじめた。「ずいぶん才気もあります。ホテルを出るときには、かならず衣裳戸棚や整理ダンスのなかに用を足して、ちょいと想い出の品を残してやるんです、小間使いがあとで掃除をしなければならないようにね。ときにはそれを馬車のなかでもやります、代金を払ったあと隅っこに隠れていまして、馬車を洗うはめになった御者がぶつぶつ言うのを見て笑いころげるためなんです」とのこと。ゲルマント侯爵夫人の〈才気〉は聡明であることで、エスプリに富んだ警句や地口がその表れだった、のだが、(侯爵夫人ほど身分の高くないだろう)ドアマンの姉の〈才気〉は排便として表現される。語り手は「この男のおしゃべりを聞きながら、うとうとしはじめていた」そうだが、しかしこんな話聞かされたら、なんぼ眠くても目が覚めちゃいそうだけどな。

 ぐっすり眠った語り手は、「百十歳のシャルリュス氏が、自分の母親であるヴェルデュラン夫人が五十億も出してひと束のスミレの花を買ったというので往復ビンタを食らわせた」(訳註によると「五十億フランは、約二兆五千億円」!)という素っ頓狂な夢を見る。私が昨夜Y1000を飲んで見たのは、原稿がしめきりに遅れて『群像』の担当者にシュッシュッと肩パンされる、というリアルな夢で、しかし編集者の顔がマクゴナガル先生だったのでめちゃ怖かった。

 食欲なく、昼食はベビースターのラーメンおつまみだけ。午後は暑く、サーキュレータを扇風機みたいに使ってしのいで、あんな夢を見たからではないが群像に渡す原稿。すでにしめきりを過ぎていて、実際に何度かシュッシュッされてるのだ。

 夕方まで作業して、数分外を歩いて帰宅。夜はミートボールと野菜だけ。それからフルーツセラピーを食って風呂を沸かし、『毒婦たち』のなかで上野千鶴子が言及していた『新編日本のフェミニズム』第六巻の『セクシュアリティ』を起読。326/665


5月31日(火)雨のち曇。熟睡した。夜中降ってた雨の最後の小雨。気圧も低いだろうが具合は悪くなし。朝食もとらずに始業。昼休み、コストコのアップルシナモンクランブル。陶器の器がかわいい、のだが、うちにはもうマーロウのビーカーが六、七個あって、この器まで増えはじめたらたいへんなことになる。

 満腹になってプルースト。本章の冒頭のレジュメでは、章の末尾で「アルベルチーヌに飽きた私は、別れたいと思う」らしく、勝手なやつ、と思ったのだが、今日読んだところではまだ、語り手は「アルベルチーヌのことしか考えていなかった」と述懐している。彼女は二人で乗った馬車のなかで、「私とのあいだに普段なら気にもならないわずかな隙間ができるのにも堪えられないふうで、リンネルのスカートの下で両脚をぴったり私の両脚に押しつけ、私の頰に近寄せた頰は、青白く、頰骨のところだけ赤く熱をおびて、場末の娘たちの頰みたいに燃えるようでも色あせたふうでもあった」という。こんなふうになっちゃうアルベルチーヌもそれをこうやって解釈する語り手もかわいらしい、このまま幸せになってくれ、と思うのだが、この章の末尾で飽きるのだ〈私〉は。

 この語り手は、自分のアルベルチーヌへの感情を〈恋〉と名付けそこねているような気がする。ジルベルトとのときのように虚心で恋することができていない。それでも二人は密着しつづけて、〈私〉は母親に、「もう会わないようにしなさいとは言わないけれど、いつもふたりでいっしょにいなければならないというわけではないでしょう」と窘められる。すると彼は、「アルベルチーヌとすごす私の生活は、大きな楽しみを欠くので(…)私としては平静でいられる時を選んで近々これを改めるつもりでいたが、お母さんの発言によってそれが脅かされたとたん、突然なおしばらく必要不可欠なものになった。私は母に、そんなことを言われなければこの週末までに決心がついたはずなのに、そのことばのせいで決心は二ヵ月ほど遅れるかもしれない、と言」い返す。この口ごたえはあれだ、のび太がママに「いいかげんに宿題やりなさい」と叱られたときのやつだ。わかるぞ。

 午後、友人に贈ったついでに自分ち用にも取り寄せた鳥取県八頭町・大江ノ郷自然牧場の詰め合わせセットが届く。さっそくプリンとタルトをガツガツ食う。美味。卵の定期便もあるらしい。私はアレルギーで生の卵黄がだめなのだが、贈った友人は卵かけご飯にしたそうで、いいなあ。430/665


6月1日(水)晴。なかやまきんに君が、ロサンゼルスのヴェニス・ビーチで行われたボディビルディングの大会で優勝したらしい。その部門にエントリーしたのは二名だけだ、というが、そもそもボディビルの聖地での大会に出場するだけですごい。なかやまのYouTubeでその様子が公開されていて、朝から観る。ボン・ジョヴィのIt's my lifeのサビに合わせてヤー!とポーズを取る、という、お笑いの持ちネタと同じことをやっていた。これ一本でてっぺんまで上りつめたのだなあ。図書館に行き、スーパーの開店まで散歩して時間をつぶし、買いものをして帰る。

 午前の作業を終えて、昼休みにプルースト。昼休みといっても、せいぜいお茶を注ぐだけで、作業してたのと同じ椅子に座ってるのだから、これは休みなんだろうか。と思ったが、プルーストを読み終えたあとも、私はきっとこうやって毎日の昼を過ごすのだから、まあそのうち慣れるか。

〈ソドムとゴモラ〉ではシャルリュス氏がフューチャーされていて、本巻でも、若い美貌の青年ヴァイオリン奏者シャルル・モレルに懸想している。〈私〉がモレルの部屋を訪れると、シャルリュス氏に贈られた、ラテン語やフランス語で銘題(「ワガ希望」とか「われ待たん」、「ワレ望ムハ不滅ノ者ナリ」……)の彫られた本が〈すっかり部屋を埋め尽くしている〉。氏は語り手にも、ワスレナグサを装幀にあしらった本を〈「私をお忘れなく」と伝える〉ために贈っていた。これが彼の気に入りの口説きかたなのだろう。「べつにぼくが来てくれと頼んだわけじゃなく、きみ自身が来ると言いだしたんだからね」とか言ってた語り手よりよっぽど上品だ、が、部屋を埋め尽くすほど、というのは、さすがに重すぎないか。私の友人はそういえば、当時の恋人に蔵書印を贈っていたが、そのくらいがちょうど良い。大事な本に捺すだろうし、そんな本ほど別れたあとも捨てられない。

 すこし散歩して、自炊料理家・山口祐加さんがTwitterで紹介してたひよこ豆のサラダを作る。具材をいろいろ切るのがやや面倒、と思ってたが、けっこう無心でやれて気分転換になった。私は山口さんの『ちょっとのコツでけっこう幸せになる自炊生活』にあった、「自炊は「自分の帰る場所」をつくること」という言葉が好きで、以前エッセイでも引用したが、自分にとって小説を書くことはそういう行為だと思っている。

 夜、スズキロクさんが更新した今日の「のん記」のなかで、夫婦が『白竜』を読んでいる。探してみるとLINEマンガにあったので私も起読。エピソードの数えかたが〈第一話〉とか〈その二〉とかじゃなくて〈暴力の①〉〈暴力の②〉なのがもうこわい。白竜、「暴力の② 実践的教育論」でいきなり女子トイレの鍵を破壊して押し入り、高校の女教師をレイプして「あんたの腹の中には 俺達の子供が宿って いるかも知れん」と言い、やべーな、と思ってたら、どうもその先生はレイプされたことで白竜に惚れてしまったらしく、やべーな、となる。しかしセックスの効果音がズドォオオとかドドドドドで、これはなんか、ギャグみたいだな。520/665


6月2日(木)晴。土曜日の夜、パニック障碍の対処法を検索していてみつけた、不安・パニック支援のメルマガ、というのに登録してみたのだが、平日は毎日メールがきていて、ようやく一通目を開いたら、芸能人が一日に十も二十も更新するブログみたいな、異様にでかい文字の、二、三文節ごとに改行するような文体で、効果的な呼吸法があります、知りたい人は月額五百円、と課金を促され、これはいけない、と慌てて配信停止。手かざしみたいな民間療法に頼る癌患者の気持ちがわかった。

 起きて作業。調子が上がらない、が、上がらないからこそ、ポモドーロ・テクニックが効果的だった。アラームに急かされながら短距離を繰り返し走る、というのは、陸上部員だった中学時代にさんざんやらされたのだ。五分休憩、というのも、へたにTwitterとか見るといやなニュースや炎上を目にしかねないから、漫画アプリで一話読むことにした。二十五分バンバれば『将太の寿司』の続きが読める!みたいなモチベーションが生まれ、午後になるに従って能率が上がる。これはいいですね。自分を管理する方法、を、ほかにもいろいろ模索していきたい。

 昼休みにプルースト。アルベルチーヌから心が離れた〈私〉は、「バルベックの娘たちのなかで私が愛していたのは(…)、目下ほかの女友だちと同じで不在だが、まもなく戻ってくるアンドレだった」などと考える。こんなに信用できない〈愛〉もそうそうない。

 語り手は、一時的に遠くに行っているアンドレが戻ってきたら、すぐ求婚するのではなく、「こう言うのが賢明だろう、「数週間前に会えなかったのはほんとに残念だ! そのときならきっときみを愛していただろうが、いまやぼくの心は決まっている。でも、そんなことはどうでもいいんだ、しょっちゅう会うことにしよう。というのもぼくはべつの人への恋心のせいで悲しんでいるので、そんなぼくを慰めてほしいんだ。」」などと画策する。彼はかつて、ジルベルトの気を惹くために、きみにはもう関心がなくなった、と伝えた。アルベルチーヌとのかけひきのために、アンドレに恋をしたふりをしていた。今度はアンドレを口説くために、架空の誰かに恋わずらいをしている! アンドレ担当として看過しがたい。

 それからまた、アルベルチーヌの同性愛疑惑が持ち上がる。彼はそれを、「私を懲らしめるためで、もしかすると、ありえないことではない、祖母を死なせてしまった私を罰するためなのかもしれない」と、神罰であるかのように考える。祖母の死への罪悪感を、私も、この語り手とはちがう形で抱いていて、いくつかのエッセイや小説に書きもした。しかし語り手はこんなに大仰な感じで考えているが、〈罰〉というのは恋人の同性愛疑惑のことだ。ひと夏で十四人と行為をしておきながら、(もうすっかり心が離れたはずの)アルベルチーヌがほかの人と親密な関係をとりむすぶのを厭うのか。彼女がほかの女性とトリエステに旅行する、と考えただけで〈心を引き裂かれる思い〉がする、というのはもう尋常ではない。

 本作において、恋心というのはきわめて主観的なものだ、というのは繰り返し描かれてきた。本巻でも語り手は、「私がどれほど愛した恋人たちの場合でも、その恋人たちと私の恋心とが一致したことなど一度もない」「その恋人たちは、私の恋心の似姿であるというよりは、むしろ恋心を芽生えさせ、それを絶頂へと至らしめる特性を備えていたのだ」と考える。語り手(やスワン)の恋において恋人は、彼らの恋心の増幅装置として機能する。〈私〉が常軌を逸した嫉妬心を抱くのも、この恋心の主観性にかかっている。アルベルチーヌがほんとうに同性愛者なのか、自分以外の人と関係をむすぶかどうかは、じっさいのところ、たいして重要ではない。シャルリュス氏が、前巻の冒頭でめちゃくちゃセックスしたジュピアンを忘れて、(少なくとも作中では)身体を重ねていないモレルに執着するのも、肉体のむすびつきではなく、感情のみが問題なのだ、ということだろう。

 けっきょく語り手の心は、またアルベルチーヌに向かう。しかし彼は、やっぱりすぐには求婚せず、じつは自分にはほかに結婚を考えてる人がいる、とほのめかし、莫大な遺産を相続したと言ってこう続ける、「ぼくの妻になる人は車だってヨットだって持てるんだ、この点、ドライブもヨット遊びも大好きなきみがぼくの愛する人でないのは残念だ、ぼくはきみにとって申し分のない夫になれるとは思うが、まあどうなることか」。そして母親に、「そうでなければぼくは生きてゆけない、どうしてもアルベルチーヌと結婚しなければならないんだ」と告げる。あくまでもこの人は、こうしたい、ではなく、こうせずにはいられない、こうしなければならない、と、自分の行動の理由として外的要因を挙げる。恋心は徹底して主観的で、キスや結婚のような行動は客観というか、外部に強制されてするもの、ということか。

 晩ごはんを食べながら、テレビでエリザベス女王のプラチナ・ジュビリーの生中継を観。女王の名代である皇太子の前で近衛兵たちが敬礼するとき、軍旗が地面に触れていた。高校の応援団で旗持ちをやっていたころ、校旗はぜったいに地面につけるな、と厳命されていた。地面につけるのは校旗を、ひいては学校を貶めることになる、昭和の時代ならそれだけで鉄拳制裁だよ、と脅す応援団長の笑顔を思い出して、大丈夫かいな、と思ったが、すぐに、軍旗を地面につけるのは軍にとって最高の敬意の表現、という解説が入る。地面につけるのは軍旗を、ひいては軍を貶めるということで、なるほど、君主のまえでへりくだる表現なのか。騎馬隊のパレードのあとに残された大量の馬糞とならんで、とても興味深いシーンだった。628/665


6月3日(金)晴、雷雨、曇。ひどい天気の乱高下。気圧も乱れ、けっこうな不調。それでもなんとか、ポモドーロ・テクニックに頼ってじわじわ進めていく。

 昼休みにプルースト、訳者あとがき。「本巻の読者がなによりも圧倒され、また戸惑うのは、登場人物たちの弄する際限のない駄弁であろう」とあり、アッ訳者が〈駄弁〉って言っちゃうんだ!となる。私が〈どうにも乗れない〉と書いた地名の蘊蓄にも、「読者がうんざりさせられるのは、本巻の至るところで教授がくり広げるノルマンディーの地名の語源説であろう」とあり、やっぱりこう、ほかならぬ吉川一義にこう言われると、なぞの安心感がありますね。

 私が昨日考えた、〈恋愛の主観性〉についても、訳者は指摘している。「恋心とは、手に入らないものを求める妄想にも等しいあがきなのだ。嫉妬に駆られた「私」もまた、シャルリュスをはじめ、モレルやブロックと同様、おのが我執にとり憑かれた人間として描かれているのである」。私が抱いた印象と似たことを吉川が指摘している、のは、同じテキストが対象なんだから何も不思議ではない、のだが、表面をなぞって満足する私と違い、吉川の分析は、なんというか射程広く行き届いていて、置かれていく言葉のひとつひとつが精査されている。というかまあ、プルースト研究者にとって『失われた時を求めて』の個人全訳というのはキャリアの集大成だろうし、そこに附したテキストを、一、二回読んだだけの素人の日記と比べること自体が失礼ってもんだ。この訳者あとがき、『失われた時を求めて』を読むうえでの最大の楽しみのひとつかもしれない。

 昼休みを取っているととつぜん大雨。ゲリラ豪雨や落雷、ところによっては雹が降る、という天気予報を見てはいたのだが、窓に背を向けて読み耽っていたこともあり、びっくりした。すぐ近くで雷が立て続けに落ちる。

 一日引きこもっていたので夜の晴れ間にすこし外出、オーガニック弁当が半額になってたのを買って帰ると、スズキロクさんから〈のんキー〉(『のん記』の一篇をモチーフとしたアクリルキーホルダー)が届いていた。かわいいな。いつでも『のん記』を持ち歩けてしまう。665/665


6月4日(土)晴。十時半から歯医者。今日の治療は人生最高級に痛かった。あまりの痛みに身体が跳ね、しみますか、と尋ねられたので、けっこう痛いです、と答えたところ、痛いですよね、とだけ言って治療続行。なんで訊いたんだ。

 もう今日は書き仕事はよして、プルーストを再起読。そのあと『双星の陰陽師』のノベライズ、原作の漫画は娯楽として楽しめる、のに、小説になると、へたに自分も小説を書いてるもんだから、なるほどこういう表現をするのか、とか、ちょっと描写が薄いんじゃないか、とか、あまり虚心で読めず。

 それから早乙女ぐりこ『おうちにまつわるエトセトラ』。表紙をめくったらまず間取り図で、トイレのところに〈うんこ!〉と書いてあり、うんこか、となる。人はだれでもうんこをするし、基本的にはトイレでするのだから、トイレに〈うんこ!〉があっても何らおかしくはない。

 本書はマンション購入・リノベ・転居の記録。重視するところが私と違うな、とか、アーこれはいいアイデア、とか、自分が家を建てるときのことを考えながら読む。私が〈マンションを買うとき〉ではなく〈家を建てるとき〉と考えるのは、私が鳥取の農村の、独身のうちはマンションを借りて、結婚して子供ができたら(生きてればみな結婚をめざすものだし結婚したら子作りするに決まってる)部屋数の多い戸建てを借りて、頭金が貯まったらローン組んで家を建てる、みたいな価値観の親戚に囲まれて育ったからだ。私は今年三十三歳で、地元の友人はだいたい自分の車を持ち、何人かはローン組んで家を建てたり実家を(ちょっとずつ生前贈与する、というかたちで)相続しはじめたりしている。鳥取を出るまでは、なんとなく、自分もそういうライフコースを歩むのかしら、と思っていた。さいわい私の両親は、まあ自分の好きにすればいいよ、みたいな感じだったので、何がなんでも不動産を所有せねば、とまでは思わない、が、建てられるもんならでかい庭つきの豪邸が建てたい、くらいの野心を今も抱いている。いろいろメモしながら読んだのだが、このメモが活かされるのはいつの日になるのかしらん。

 附録の『マンション購入&リノベ奮闘日記』も良かった。マンション購入を本格的に検討しはじめる前夜、早乙女は、購入への希望の言葉をスマホのメモアプリにいくつも書きつける。「新築のマンションポエムのようなきらきらはないけれど、私の中で言葉は生まれている、と思う。言葉が生まれてくる選択なら、きっと間違いはない。」人生の指針として、自分のなかから言葉が湧き出てくるか、というのはいいな。326/665


6月5日(日)晴。今日もプルーストを進読。昼ごろから気圧が落ちたのか、具合も悪くなり、身体を縦にするのもしんどいので、横になって読みつづける。夜は麺職人を啜りながら録画してた『世界ふれあい街歩き』。今回の舞台は上海で、アーこれは島耕作がキスをした川辺!とうれしくなってしまう。妙に目が冴え、眠気が限界になるまでずっと漫画を読んでいた。615/665


6月6日(月)雨。朝から腹痛。最近食生活が乱れてるわけでもないのに、腹がキリキリ痛むことがけっこうある。何なのかしら。耐えながら作業して、昼ちかくにようやく楽になる。

 今日の作業はプルースト文章。なぞの軽みのある文章になった。全十四巻分、七巻は二度読んで書いたから全十五篇、のなかにはまあ、こういうのがあってもいい。単調になっちゃうからな。明日の公開まで寝かせる。

 夕食にハヤシライスを食いながら録画してたものを観て、それから日本代表対ブラジル代表。試合が終わったらそのまま寝るつもりで、ハーフタイムに「明日から今日まで」を更新した。