プルースト 2022.6.10~2022.7.12

6月10日(金)曇。四時ごろに起きた。昨夜髪を剃ったとき出血して、いちおう血が止まったのを確認してはいたのだが、寝てる間に掻きでもしたのか、枕に血痕。シミ抜きして洗濯機を回し、すこし散歩。それからしめきりがやばい原稿の作業をもくもくと続ける。

 夜、コロッケやハムカツ(私はハムカツが好き)を食べながら日本対ガーナを後半だけ。このレベルのチームが相手なら良い試合をする。試合の次の番組が金スマで、中居正広とゆずの〈サシ飲み〉(しかし〈サシ飲み〉って二人で飲むことじゃなかったか)という企画だった。

 デビュー曲の「夏色」でめちゃ売れたゆずが、ブレイクするまで数年かかったコブクロを例に出しながら、自分たちはその後で高い壁にぶち当たった、と話している。感覚だけでやってたらたまたま売れた、だから、小田和正(とのコラボを通して音楽理論の重要性を痛感した)のように、明晰な方法論を体得しないと、長く第一線で活躍していくことはできない。それで二人ははじめて音楽学校に通って、一から音楽を学び直した。

 私も、創作科の大学院を出たにもかかわらず、感覚だけで小説を書いていて、壁にはずっと前からぶち当たってるのに、何の対策もしていない。また勉強をする、というか、もうちょっと小説づくりをまじめに考えなければな、と、我が身に引きつけて改めて思う。

 そういえば番組のなかで、ゆずがいきものがかりといっしょに「イロトリトリ」を歌った、という企画が紹介されていた。歌詞のなか(冒頭)に次のパートを歌う人の名前を呼ぶ、みたいな箇所があり、冒頭で、ゆずの北川悠仁がいきものがかりの吉岡聖恵を「きよえ!」と呼んでいたのに対して、自分のパートを歌った吉岡は、「ゆずさん!」と呼び返していた。芸能界は上下関係がきびしいというし、年齢も芸歴も上の二人に吉岡が敬称をつけるのは当然かもしれないが、しかし、ユニット名に〈さん〉をつけるのってなんか変じゃないか。お笑い番組を観るのが好きだったころ、〈ダウンタウンさん〉〈ナイナイさん〉みたいな呼称に違和感を抱いてたのを思い出す。とくにこれは会話じゃなくて歌詞のなかで呼んでるのだから、ユニット名にも敬称をつけるのが芸能界の慣習だとしても、お互い合意したうえで「ゆず!」と呼べばいいじゃないか。

 ということを考えたのは、ガーナ戦後のインタビューで、南野拓実がチームメイトに「律」「綺世」とファーストネームで言及していたのに対して、久保建英が「堂安選手」「南野選手」という呼称をつけていたのを観た直後だったからだ。年齢やキャリアでいえば久保のほうが若く、〈律〉〈拓実〉と呼び捨てるわけにはいかない、にしても、私はサッカーやラグビーをしていたころ、先輩といえども試合中に「ミズハラ先輩おれにパスください!」といちいち言うのは長ったらしいから、「リョウくんこっち出せ!」くらいのラフな声がけをしていた。久保だって試合中に「南野選手!」なんて呼んではいないだろう。家のなかでは「パパ」「ママ」と呼んでいても他人と話すときには「父」「母」と言う、のと同じことだ。吉岡も、歌手が歌ってる途中ってのはサッカー選手にとっての試合中と同じようなもんなんだし、「ゆずさん!」より「ゆーず!」くらいの音数のほうがリズムにも合ってるんじゃないか、と、日記を書きながら長々と考え、脳がしおしおになった。


6月11日(土)じめじめした曇、夜には雨。起きて入浴、二度寝してからようやく始業。

 夕方散歩に出る。肌にときどき触れる程度の微雨。

 私はちょうど一年前の今日、某誌からのプルースト企画の依頼を機にこの日記を書きはじめた。日記、たぶんこれまでの最長は四十日くらい(小学校の夏休みの宿題)だった。当初はこの日記をそのまま企画に出すつもりだったし、今も月に一度公開していて、半分仕事の気持ちでやっている、とはいえ、一年間というのは、私にしてはけっこうすごい。

 私が何のために日記を書くのか、というと、ディテールのためだ。ハムカツを食いながらガーナ戦と金スマを観た、原稿のために『天使よ故郷を見よ』をちょっと急いで読んだ、私自身の行動は、書き残さなくても記憶に残るかもしれない。でも、そのときの感情は、一晩寝ると夢のなかで整頓されてしまい、ディテールが思い出せなくなる。

 日々は細部の積み重ねだ。窓から見える近所のベランダにレイカーズのユニフォームが干してあった、そのあと雨が降りはじめた、雷鳴に驚くまでそのことに気づかなかった、みたいな記憶は数日で消えていく。そういう細部の記録は小説の描写にも役立ちそう、というのは二の次で、私は、自分の記憶からいろんなことがこぼれ落ちていくのが怖いのだ。

 一年前の今日は晴れて、私は「ずいぶんと暑い。」と日記を書き出した。今日は朝からずっと曇りだ。遠くのビル街がよく見える。そういえばこの日記、毎日の日付と曜日、天気から書きはじめる。最近は「曇。」とか「晴。」とか、一日に天気のうつりかわりがあった日も「晴、雷雨、曇。」みたいな書きかたをしてるのだけど、はじめた当初は、「明るい曇。」とか「曇、湿度が高い。午後は晴。」とか「曇、雨が降りそうで降らない。」とか書いていて、このほうがディテールがある。またそういうふうに書いてみよう。


6月12日(日)晴、昼過ぎすこしだけ雨が降ったあとは快晴。起きたらマンゴーを食って作業開始。昼ごろ少し寝、久しぶりにウーバーイーツで美味い中華を頼んで『街歩き』を観ながら食う。そのあとまた作業。夜、読書をしてたら古川真人から電話。彼との電話ではだいたいいつも何も考えずにしゃべっていて、日記を書くころには会話の内容をぜんぜん思い出せないな。


6月13日(月)快晴、午後はだんだん曇。少し散歩。いったん帰って、思い立ってすぐに出、シェアサイクルで神保町に行き、所要を済ませて一目散に帰路。花を買ったり銀行の手続きをしたり、ここ最近の、徒歩五分以内の行動半径ではできないいくつかのことを済ませて帰宅。すこし休む。

 洗濯機を回して始業。夜、餃子を食いながら録画してた『街歩き』を観、ちょうど地上波に戻したら『釣瓶の家族に乾杯』で、釣瓶と橋爪功が南アルプス市を訪れている。母が南アルプス市(旧白根町)出身で、この番組はタイトルのせいで敬遠してたのだが、見入ってしまった。『街歩き』もそうだけど、行き当たりばったり(に見えるよう)にその辺の人とわちゃわちゃする、みたいなのが好きなのかもしれない。南アルプス市の、今日が前篇、来週が後篇、ということで、録画予約。


6月14日(火)曇のち雨。朝、やや腹を下す。図書館に行って帰って、昼ごろまで、今日公開するプルースト日記の加工作業。

 午後はときどき雨が降る。先月、雨が降ってるのに布団とか洗濯物が干しっぱなしになってたルーフバルコニー、今日も布団とか洗濯物が干しっぱなしになっている。明日の天気予報は雨だ。

 夜すこしちょっと散歩、帰って夕食の支度をして、日本対チュニジアを観ながら食べる。良くない試合だった、というか、主力選手が、三失点に絡んだキャプテンを筆頭にのきなみ疲れ切っていて、これは監督のマネジメントに問題が……と思ったが、それなら君が代表監督、というフレーズがまた頭に浮かび、考えるのをやめる。


6月15日(水)曇。一日作業。

6月16日(木)曇。一日作業。しめきりがやばい原稿、ほんとにやばく、というかとっくに過ぎていて、日記をゆっくり書く余裕もない。


6月17日(金)曇のち晴。三時ごろ起きた。渡部直己氏にセクハラを受けた友人が、氏(と早稲田大学)を相手取って裁判をしていて、その陳述書の前半を公開していた。私は被害者の一年先輩で、いろいろ話を聞いていたし、陳述書ですこし協力もしたからひととおりの事情は知っている、のだが、改めて読むと醜悪で、朝からあらためてうんざりする。

 渡部が学生たちの悪口を言ってた、というくだりで、誰のことかは示されていないが「あいつは文学賞をとったのに大学院に来た痛い奴」というのがあり、彼の人間性を考えればいかにも言いそうな言葉だし、反論や皮肉はいくらでも思いつくのだが、なるほどそういう考えかたもあるのか、となる。私も「甘露」のあとすぐ壁にぶちあたらず、順調に作品を発表して単行本も出ていれば、大学院で創作を学ぼうとは思わなかったかもしれない。彼はゆずのことも「痛い奴ら」と笑うのだろうか。

 しかし何というか、学びを求めて進学してきた学生を、他の学生の前で「痛い奴」と言うのはすごいな。これも早稲田大学のいう〈批評用語〉なのだとしたら、まさに〈馬糞がたっぷりとつまった巨大な小屋〉だ。村上春樹が『村上朝日堂の逆襲』のなかで〈悪い批評〉をそう表現したとき、渡部のことを念頭においていたか、どうか。

 しめきりがほんとにやばい原稿を、昼過ぎに脱稿、即送稿、パタリと昼寝、夕方ちかくにムクリと起きる。よくがんばったよ、と自分を褒めそうになったが、やらないといけないことは無数に積み上がっている。

 夕方まで作業して少し散歩。マックの福袋で買った無料クーポンが今月末までなので、残りを一気に使ってドカ食いしながら、録画してた『街歩き』や『レイチェル・クーのチョコレート』などを観る。


6月18日(土)曇のち雨。四時ごろに目覚め、ちょっとして二度寝、七時に起きた。今日は本休日。といいつつ、明後日の別のしめきりに向けてもくもく本を読む。

 しばらく「明日今日」の更新がないことを心配した友人から連絡。一週間ほど不調で、しめきりに遅れていたこともあり、手書きしたものをテキストデータに打ち込めていなくて、と弁解する。それをやんなきゃな、と思いつつ、二、三日怠っているとどうも億劫で、しかし、誰かに依頼されたわけではない仕事はこういうときに踏ん切りがつかなくていけないな。

 今なに読んでんの、と訊かれ、仕事の本と、あとこないだそれ訊かれたとき(二週間くらい前)と同じ本、と答える。論文やエッセイがテーマ別に並べられた『新編日本のフェミニズム6 セクシュアリティ』の、いまたしか〈性暴力〉についてのパートで、いやあ、気が滅入っちゃうねえ、みたいなことを話してやりとりを終え、本に戻ると、今読んでるパートは〈性暴力〉ではなく〈性の商品化〉だった。需要のないところに供給は生まれず、〈商品化〉の主体は、とりわけ本書においては男性側だ。男性主導で女性を〈商材〉として構築されたセックスビジネスはそもそも抑圧や暴力性をはらんでいる。と考えると、私の把握もあながち間違っては、いや間違ってるんですが……。


6月19日(日)曇のち晴、のち曇。午前は漫画を読んだり『街歩き』を観たり。イタリア南部マテーラの回で、けっこう訛りがあったり早口だったけど、単語はだいたい聞きとれる。もっと勉強しないとな。それからワニブックスNewsCrunch編集部『Have a niceドーミーイン』を読んで昼寝。暗くなってから目覚める。

 同書の著者(「「ワニブックスNewsCrunch」というニュースサイトに集うフリーのスタッフ、そしてワニブックスの社員たち」とのことで、おそらく私のようなフリーで書きものをする人も含まれる)が、ドーミーインの大浴場とサウナでととのい、その後に二時間ほど仕事をしてから夜鳴きそばを食べる、みたいな記述がいくつかあったのを思い出し、えらいなあ、となって、私も日付が変わるころまで作業。私もなかなかえらい、と満足して、また風呂も日記もパスして寝。


6月20日(月)梅雨らしからぬ晴、湿度は高め。眠気覚ましに散歩して始業。

 昼、また散歩に出る。旧職場の方向に、住宅街のなかをジグザグに曲がりながら歩く。地元紙のコラムのための写真もパシャパシャ撮りつつ、弁当屋で惣菜を買ったところで折り返し、大回りして帰ろうとしたところで知らない路地を見つけ、入ったらけっこう長い一本道で、とやたらと歩き周り、それでも四十分ほど。汗だくになって帰宅。

 昼食をとり、めちゃ眠くなったので三十分ほど仮眠をとって、作業を再開。夕方、手紙を投函しがてら散歩して、ということは今日は三回散歩したのか。

 帰宅、夕食を食いながら録画してた『家族に乾杯』とかを観。母の地元だし親戚が映ってるのでは、とハラハラしながら観ていた、が、映ってなかった。というか『家族に乾杯』に身内が出たら母から連絡があるか。一時間半くらい観てテレビを消そうとしたところで、ちょうどNHKで十数年前の『ハゲタカ』というドラマの再放送がはじまる。演出がいちいち大仰でゲラゲラ笑いながら観てるうちに引き込まれ、最終的にめっちゃこわい。

 ごろごろしながらスマホで、大阪地裁が同性婚を違憲判決した、というニュースの、その内容はもとより、判決に喝采を挙げる〈ネットの声〉を見てうんざりする。わが国の愚かしさよ、と思ってたら、国際水泳連盟が、トランスジェンダーの女性は「タナー段階2(身体的発育が始まる時期)以降の男性の思春期をまったく経験していないか、12歳前の、どちらか」でなければ女子カテゴリーへの出場を認めない、と発表した、というニュースも見、人の愚かしさよ、という気持ちになる。賛同者は、これは〈公平性〉のためだ、育成年代の大会が年齢別に、格闘技が体重別にわけられているのと同じことだ、と擁護しているが、さすがにその違いに気づかないほど鈍感ではないだろう。連盟は、オープンカテゴリーをつくる、とも言っているが、要は性別を男性・女性・それ以外の三つに分類するということで、トランス女性を〈女性〉から(そしておそらく〈公平性〉のためにトランス男性を〈男性〉から)排除することにかわりはない。というか〈女性〉として大会に出るためには自分がいつパスしたか公表しないといけないのか……?


6月21日(火)じめじめした曇、夜は雨。今日もしんどい。起きて最初に見たニュースが、世界陸上連盟会長のセバスチャン・コーが、水泳連盟に同調するようなコメントを出している、というものだった。"But when push comes to shove, if it's a judgement between inclusion and fairness, we will always fall down on the side of fairness - that for me is non-negotiable."とのことで、トランスを排除する口実としてfairnessをもちだしてくるのか。中学の三年間だけとはいえ私は陸上部員で、コーの名前も中距離種目のレジェンドとして知っていた、ので、ちょっとがっかりしてしまった。

 今日はどうも捗らず。休憩を何度も挟みながら、それでもゆっくり進める。午後、『クロノ・クロス』のサントラのレコードが届く。予約開始初日くらいに注文したもので、そうか今日発売だったか、となる。

 夕方、今日は早めに終了、焼いた肉を食いながら、録画してたテレビをいくつか観。


6月22日(水)暑い曇。起きたときはまだ網戸に水滴が残っていた。昨夜は十時ごろに寝た、のに、二度寝三度寝を繰り返して九時ごろようやく布団から出る。風呂に入り、ペンネを食って始業。

 今日は歯医者で治療とクリーニング。最初に治療をし、詰めものを入れた、ところで、担当の先生の次の患者が来院。隣のブースに案内される。私が口をゆすいだり、歯科助手が詰めものに紫外線を照射してる隙に先生は隣に移動し、挨拶をしたり麻酔をしたり、と、二、三分ごとに行き来して忙しそう。けっきょく時間がなくなり、詰めものが固まったところで治療は中断、クリーニング担当の人と交代。

 歯と歯茎の間を針でつんつんされ、めっちゃ血が出ますねえ、と言われる。健康な歯(茎)ならこの程度のつんつんでは全体の一割くらいしか出血しない、が、あなたは六、七割は血が出ている!とのこと。それから超音波?みたいなやつでクリーニング。きれいに磨けてるところとほとんどブラシが届いてないところ、ブラッシングしすぎて歯茎が腫れてるところ、のムラがひどいらしく、磨き残しが赤くなる薬をブクブクすると、歯茎からの出血もあわせて口のなかが真っ赤になった。口内環境が良くなく、このままだと危険です、と言われる。頭皮環境の悪化ならスキンヘッドにすればよいのだが、口内環境の悪化にはそんな裏技はなく、ちゃんと歯磨きしましょうね、と叱られ、シュンとなった。

 その間に隣のブースの患者も帰り、治療再開。固まった詰めものを整形する、のだが、すでに当初の予定時刻を過ぎて、クリニックは昼休み。担当の先生は感情が手つきに表れるタイプで、ヤスリみたいなのを使ってゴリゴリ詰めものを削る、のが、ときどき歯茎に当たり、めちゃ痛い。ずっと口を開けていたので顎が疲れた。

 歯医者を出、そのまま散歩。webちくまに寄稿したエッセイが公開されていて、公式アカウントが、「書籍紹介が、気づけばまるで小説のように読み応えのある壮大な水原ワールドへ」と紹介してくれていて、私はいまいち書き手としての水原涼の強みをわかっておらず、ちょっとした惹句とはいえ、水原ワールドってどんなんだろう、と考え込んでしまい、もう何度も読んだのにまた読みかえす。水原ワールドがどんなワールドかは知らないが、これは良い文章です。

 夜、惣菜を食いながら録画してた『マツコの知らない世界』のDDTサウナ部の回。マッチョなイケメンが全裸に汗の球を浮かばせてはしゃぐ映像を立て続けに観、胸焼けがしてなんか眠れず、二時半ごろまでダラダラ漫画を読んでしまう。


6月23日(木)、じめじめした曇。遅く起きる。家の前の路地で故紙回収をやっていたので古雑誌をひと束出す。

 今日は「明日から今日まで」の作業。一年かけて手書きしたものを、毎日寝る前にちょっとずつWordに転記していたのだが、完結に向けて一日の枚数が増えてきており、しめきりがやばい原稿に時間を取られて、作業が追いついてなかったもの。書いてたときは没頭してたからそんなに気にしてなかったのだが、パニック障碍でけっこうしんどかった年末に、よくこんなに書いたものだ。

 しかしどうにも集中が続かず、昨夜寝不足だったのもいけないのか、と布団にくるまる、と、コロッと寝、十数分後にスッキリ目覚める。なんだったんだ。昼はバナナ二本と惣菜パンで軽めにまとめてちょっと散歩。図書館に寄り、バスソルトとかを買い、帰宅して夕方まで作業。

 盛岡冷麺を作って夕食。『世界ふれあい街歩き』のダニーデン回。近郊のクイーンズシティ(バンジージャンプ発祥の地らしい)にある南半球で最も高いバンジーがこわすぎて、手汗がひどくなる。パニックの発作、と思ったが、しかし、両岸からケーブルでつながれただけのスポットから百三十四メートル下の水面まで八・五秒のフリーフォール!とか、誰でも手汗出るか。


6月24日(金)晴、梅雨なのにひどく暑い。遅く起きる。散歩はせずにペンネを食って始業。今日も「明日から今日まで」の転記。それから散歩。最近、といってもせいぜい二、三度なのだが、長時間の散歩をするようにしはじめた。出る前はパニックの予兆を感じるし、歩きはじめて十数分はしんどく、手に爪を食い込ませて耐えたりもしている、のだが、しばらく経てば楽になる。パニックったって十分かそこらなんだからちょっと耐えればいいんだよ、と精神科医に軽いかんじで言われたのが尾を引いて、ずっと人間不信みたいになっている、のだが、やってることは彼の言葉通りだ。しかし思い出すたびに、気圧性の頭痛で受診した患者を「耐えてりゃ気圧は上がる」と突き放す医者はいないだろうに、あれは治療を求めて訪れた患者に言う台詞ではない、と悪印象を新たにしてしまう。近所を大きくぐるっと周り、それから大規模団地の敷地内をうろうろする。都心の団地だが緑が多く、起伏もあるし、砂場や木陰のベンチもある。さっき通りがかった公園では、小学生の集団が遊んでいたり、選挙ポスターの前でおじさんが体操してたり、トラックの運ちゃんぽい数人が煙草を吸っていたりと、どうにも落ち着けなさそうで、もしかしてこの団地、隠れた読書スポットなのでは、と思いつく、が、平日の昼間に住民でもない三十代男性がここにいるのは、けっこう不審かもしれない。

 汗だくで帰宅、着換えて今月のプルーストをようやく起読。『失われた時を求めて』十巻、『囚われの女 Ⅰ』。装画はなんか、四つ足の動物が二、三頭積み重なった上になんか棘の生えた球があり、そのなかに人が座っている。ブレーメンの音楽隊か?題の〈囚われの女〉はアルベルチーヌのことだけど、まさかドイツまで誘拐されたのか、いやしかし前巻ではたしか、このあと語り手はパリに帰ってアルベルチーヌを同性愛行為から引き離すために彼女を自宅に閉じ込める、みたいなことが書いてあったはずで、いくらプルーストが描いたものでもグリム童話の絵を装画にするか……?と混乱しながら「図版一覧」を見ると、太陽神ヘリオスの〈太陽の車〉を描いたものらしい。とげとげの球は太陽で、座ってるのはアルベルチーヌではなくアポロン(ヘリオスと同一視されるという神)だという。〈花咲く乙女たち〉の着想をつづった草稿帳に描かれてた絵だそうで、乙女たちの一人であるアルベルチーヌと関係はまあ、あるか。

 本巻は、ロードノベルのおもむきのあった前巻とうってかわった室内劇。「肉体的にもアルベルチーヌは変化していた。切れ長の青い目は──いっそう長くなって──もとの形をとどめてはいなかった。その色はたしかに同じであったが、目はいまや液体と化したように見えた。それゆえアルベルチーヌが目を閉じると、カーテンが閉まって海が見えなくなるような気がした」という描写の美しさよ。

 しかし〈私〉は、アルベルチーヌが同性愛に走ることを警戒して、彼女の外出時にはアンドレに依頼して同行してもらうことにしたらしく、アンドレを利用するな!となった。アルベルチーヌによるとアンドレはバルベックにいたころ、語り手と「そっくりの話しかたや理屈のこねかたをするようになってた」という。「眉の動かしかただってあなたとそっくり」だ、と。かわいらしいじゃないですか。

 今日読んだ数十ページのなかでも、語り手のアルベルチーヌへの感情は揺れている。「私はアルベルチーヌを愛していたから、その音楽にかんする悪趣味にも陽気に笑わずにはいられなかった」(二十五ページ)と書いていたと思ったら、すぐあとに「私はアルベルチーヌをもはやきれいだとは思わず、いっしょにいても退屈するだけで、もはや愛していないことがはっきり感じられ」(二十七ページ)と考え、さらに「アルベルチーヌをいささかなりとも愛していたわけではない」(四十五ページ)、「アルベルチーヌにこれっぽっちも恋心を感じていなかった」(四十七ページ)とたたみかけ、しかしアルベルチーヌが同性愛行為をおこなうと思うと狂おしいほどに嫉妬して、アンドレを利用して監視しまでする。恋愛感情はきわめて主観的なもので、相手が自分を愛しかえしてくれるかは重要ではない、というのが本作に通底する恋愛観で、きっと〈私〉も、アルベルチーヌその人ではなく、彼女に向けていた熱情への執着に駆られている。あるいは着実に熱が冷めていくのを感じ、その終わりを自分にとって(だけ)望ましいものにするためにあがいている、ということかしらん。

 それからまた「明日今日」、二十一日を転記して更新。夜、スーパーに行って、安くなってたビーフンを買って夕食とした。64/494


6月25日(土)快晴、観測史上最も早い猛暑日。去年の最初の猛暑日は八月十日だったそうで、今年はどうしちゃったんだ。ひどい寝汗をかいて目覚める。地元紙のコラムのしめきりなのだが、暑すぎて捗らず、耐えかねて冷房を入れ、アイスを食って中からも冷やして作業を再開。しかし暑さのことしか考えられず、それまで書いてたのをうっちゃって、暑くて暑くてやんなっちゃった、ということを書いて送稿。単調にならないように、たまにはこういうラフな回があってもいい、と最近も考えたな、と思ったら、今月更新したプルースト文章(「ロードノベル」)について、同じことを日記に書いていた。

 水饅頭と牛乳かんを食ってもう一度冷やしてプルーストを進読。語り手が外出すると、ゲルマント夫人やシャルリュス氏にばったり会う。シャルリュス氏、「ぼくの親しいパメラード、いつきみに会えるだろう? きみがいなくてとても淋しい、しきりにきみを想っている、云々。きみのピエールより。」などという手紙を受け取って、差出人に心当たりがなく、誰かと思ったら実際のところぜんぜん親しくもないカジノのドアマンだったという。自分よりはるかに身分が低い彼にこんな失礼千万な手紙を書かれたことに、シャルリュス氏は有頂天になり、(自分同様ゲイの)知人に見せびらかしたりもする。やっぱりチャーミングな人なんだよなあ。

 シャルリュスの行状に筆が走ったからか、このあと、「ジュピアンの店へ話を戻す前に、作者としては、かくも奇怪な描写に読者が不快を覚えられたとすればなんとも心の痛むことだと申しあげておきたい。」などという一節が書きこまれる。さらに「本書ではほかの社会階層に比べて貴族階級の頽廃がことさら糾弾されているようだと言う人たちがいる。」とも作者はいう。これは、ここまでの四篇へ寄せられた書評やなんかのことを言っているのだろうか。馬糞のいっぱい詰まった小屋!

 夕方から「明日今日」の転記作業。今日は二十二、三日更新分。本文中にも書いたのだが、こんな擱筆までのこり一週間しかなく、一日の分量が四、五枚に膨らんでる時期に、なんでこの語り手は長々と「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」の歌詞分析をやっとるんだ。127/494


6月26日(日)晴。今日も寝汗をかいて起きた。夜は冷房を切って窓を開けているのだが、そろそろ熱帯夜が怖くなってきた。昼休みはプルーストではなく『ブリティッシュ・ベイク・オフ』の第一シーズンの最終回を観、三十分ほど仮眠を取ってまた転記。夜までかかって、ようやく今日更新分まで追いついた。知人からの飲みの誘いに断りの連絡。今までだいたい、何か適当に理由をつけて断ってた、のだが、正直にならねば、と思い、パニック障碍で、と伝える。はーいお大事に、また誘いまーす、くらいの軽い感じの返事で、なんかほっとした。一日作業をしていたのでけっこう疲れた。しまってたタオルケットを引っぱり出す。127/494


6月27日(月)、快晴。朝散歩。トイレがしたくて引き返し、また出直して散歩。近所のスーパーはヤクルトY1000を毎週月曜と木曜に入荷する。で今日も開店の十分後に入ったところ、すでに二パック(十二本)買われた痕跡があり、この辺に狙ってるやつがもう一人いる……となる。うまいこと共存していければいいが、買い占められたり転売屋が参入してきたら嫌だな。

 それから「明日今日」を転記。家にあった適当なノートに書いていたから、四百字詰原稿用紙換算で何枚か、というのを全然わかっていなかったのが、どうも五百枚くらいらしい。私がこれまでに完成させたなかでいちばん長い作品だ。

 昼休みにプルースト。語り手はアルベルチーヌとのセックスのとき、シュミーズを脱がせて彼女の身体を見、こう描写する。「その腹は(男なら壁からとり外された彫像になおも残る鉤針のように醜くなった場所が隠されて)、腿のつけ根で二枚貝の貝殻のように閉じて、その曲線は太陽が沈んだあとの地平線のアーチのようにまどろみ、心身を憩わせてくれる修道院を想わせた。」そして訳註によれば、この〈二枚貝の貝殻〉は、『失われた時を求めて』という長い長い回想の契機になったプチット・マドレーヌの、溝のあるホタテ貝の殻に入れて焼き上げたような形と響き合っているいう。物語を生起させた鍵と、母胎をそのなかにおさめた部位を重ねる、というのは、モチーフの処理としてとても明快だ。

 それからまた散歩に出る。東京は観測史上最速の梅雨明け宣言が出されたらしく、今日からもう夏だ。午後二時のいちばん暑い時間で、さすがに人通りも少ない。近所とはいえ一年ぶりくらいのルートを歩き、選挙ポスターや新築の家を見たり、地元紙のコラム用の写真を撮ったりする。汗まみれになって帰り、また作業。転記、ようやく明日で終わりそう。それからお中元でもらったお高い山形牛でしゃぶしゃぶとし、録画してたテレビを観ながら食。お高い肉は美味い。189/494


6月28日(火)快晴。暑い。なんか朝食を食べそこねて始業。昼過ぎ、今日も炎天下の散歩。昨日とだいたい同じルート。昨日と同じ場所で工事をしていて、昨日と同じ作業員のおいちゃんが水を撒いている。私も今朝乾燥機から取り出したばかりの、昨日と同じ服を着ていて、おいちゃんも、昨日と同じやつが来たよ、と思っただろうか。さすがにそこまで通行人を見てないか。

 汗だくになって帰宅。アイスが美味しい季節になった。それからすこし身体を休めて午後の部。三時間のラストスパート、十六時ごろようやく転記終了。ぜんぶ自分の公式サイトで発表する、一円も生み出さない四百九十枚を書く、というのは、将来的にこの作品が単行本化してウハウハできるとはいえ、プロ作家としてはあまり望ましくない行為だっただろうか。既存の商業媒体では、毎日更新、分量は一文から十数枚の幅がある、みたいな企画は難しいだろうから自分でやった、ということではあるんですが。

 ウーバーイーツで美味い中華を頼み、いつものごとく頼みすぎて残す。食後に、友人からいただいた缶入りのお茶の、茶殻は捨てずにポン酢でいただくと美味しい、みたいなことが書いてあったのを、半信半疑でやってみたところ、ほんとうに美味しい。もしかしておれがこれまでの人生で捨ててきた茶殻も食べれば美味しかったのか……?と呆然とする。189/494


6月29日(水)快晴。昨夜はなかなか眠れず、ホットアイマスクで視界をふさぐことでむりやり入眠。寝起き悪し。朝から胃もたれと、大量の辛いものを食べたからか下痢気味で、トイレと机を往復しながら、明日しめきりの掌篇の作業。

 一昨日の散歩のとき見かけた、将来家をおっ建てるとき参考にできそうな構えの家をもう一度見たい、と思って昨日同じルートを歩いた、のに見つけられなかったので、今日も同じようなルートで散歩。水を撒いてるおいちゃんも私の服もまた同じ。しかしやっぱりどこにもなく、ふと思いついて一本隣の路地に入るとすぐ見つかった。

 帰宅、汗まみれになった服を着替えてプルースト。アルベルチーヌが〈私〉に、「あなたは実際あたしの恋人じゃないんだから」と言う。〈私〉の、自分はアルベルチーヌの恋人ではない、という発言への応答だから、強がりや当てつけかもしれないが、語り手はアルベルチーヌを愛してないと言いながら執着していて、アルベルチーヌも恋人ではないと言いながら彼につよい愛着を示していて、なんというか、見栄と快楽と欲求が絡まり合って、自分でもほんとうのところがよくわかってないのではないか。そしてそれを小説として描くのは、とても難しいことだよな……となった。

 そういえば「明日今日」のあとがきも転記しなきゃ、と思い出してプルーストを閉じる。以前、紙の本にしたいから心ある版元のかたはご連絡を、とツイートしたのを自分でリツイート。明日本文最終回、明後日あとがきを公開して、完結を機になにかあればいいな。209/494


6月30日(木)快晴。朝の散歩のときから暑い。十数分歩き、開店直後のスーパーでY1000と牛乳かんを買って帰るころには汗だく。すぐに着換えて始業。

 昼、炎天下に散歩。書店で氷室冴子の文庫を買って、牛乳かんをまた買って帰宅。午後ももくもく作業。夕方になっても書き終えられず。トマトとたまごのスープとピーマンの肉詰めで夕食として、食べ終わったところでちょうど岩合さんの猫番組がはじまり、観る。軽井沢回。大金持ちになったら庭つきのでっかい家をおっ建ててメインクーンの猫を飼うんだ、と野心がムラムラしてきた、のでまた作業に戻り、掌篇を脱稿。スーパーとコンビニの牛乳かんを食べ比べ。コンビニのほうがあっさりしてて美味い。209/494


7月1日(金)快晴。朝十五分ほど散歩、具合よくなく、急いで帰る。それから始業。しかしパニック性の不調がだんだんひどくなり、頭が回らず。歩いていても、作業をしていても、必ず頭の一部がパニックをおそれる気持ちに占められている。パニックそのものもだけど、そうやって脳のリソースを食われつづけるのが怖い。散歩をしながら、家に帰ったら着手する原稿のことを考えたり、昨日読んだ本の記述を思い出したりして、そこで頭に浮かんだことが次の作品につながっていく、のに、私は散歩中、パニックのことばかり考えてしまっている。パニック以前の自分の頭の動きかたが思い出せない。これじゃだめだ、と夕方の早い時間にもう一度散歩、しかし不調のため、また二十分ほどで帰宅。

 早乙女ぐりこがnoteで公開してる日記に、水原涼の日記で自分の本が言及されていてびっくりした、「自分が読んでいる文章(特に日記)の書き手が、自分の書いている文章(特に日記)を読んでくれていることがわかると、うれしくてでもうれしいだけでなくいろんな気持ちが湧き上がってぐるぐるになる」とある。私はそれほどいろんな人の日記を読むわけではないし、今書いてるこの日記以外は一ヶ月程度で書くのをやめて、日記帳も捨ててしまった。

 学校の宿題とかじゃない、自発的に書く日記というのはだいたい、誰かに見せるものではないし、読みかえすときも、特定の日付のところだけ見るだけで、通読することはない。つまり、今まさにその日記を書いてる自分、を読者に置いて書かれる。書くことでその日の出来事を言語化し、文脈のなかに落とし込み、整理する。そんな極めてパーソナルな文章を全世界に向けて公開する、というのは、そもそもが撞着したおこないだ。そういうことに手をそめはじめて一年が過ぎて、徐々に書きかた(文体やトーン)が変わってきたのも、その行為の異様さが文章を侵食してきたということではないか……などと考えはしたものの、ふだんはそこまで考えて日記を書いてないわ。

 しかし、自分の(公開用に加工してるとはいえ)パーソナルな文章が、会ったことのない他人の(公開することを念頭において書いてるだろう)パーソナルな文章で言及されていて、それを目にする、というのは、二重に越境が行われてる感じだ。209/494


7月2日(土)晴。遅い時間まで寝ていた。洗濯物を畳み、スープとか、豆とセロリのサラダをつくる。今日は半休日。あんまり休んでる場合ではないのだが。カーネギーの『人を動かす』をもくもく進読。「明日から今日まで」のあとがきに、どこで知ったのか憶えてない、「人生とは今日一日のことである」という名言を引用したのだが、いちおう原典にあたろう、と思ってGoogleで調べても出典がわからず、ひとまず代表作を借りてきたもの。午後までかかって読んだのだが、けっきょく見つからず。いっしょに借りてきた『道は開ける』もパラパラ見てみたのだが、「今日、一日の区切りで生きよ」というそれっぽい章はあったのに、該当の記述はなし。もちろん他の本かもしれないし、『人を動かす』はカーネギーの没後に妻が改変したヴァージョンも日本語訳されてるとのことで、そっちの記述の可能性もある。あるいは、漱石はI love youを〈月が綺麗ですね〉と訳してないとか、具志堅用高は「ちょっちゅね」と言ってない、みたいな、名言の捏造の例のひとつなのかしらん。

『人を動かす』を読了したのでプルースト。もう七月なのでペースをはやめなければ。「相手が女性であろうと、土地であろうと、あるいは土地を内に秘めた女性であろうと、われわれは生活をともにするとそれを愛さなくなり、われわれがそれとともに暮らしているのはひとえに耐えがたい恋心を抹殺するためだからである。もし相手がふたたび不在となればそれだけで、われわれはまたもや相手を愛しはじめるのかと思って震え上がるだろう。」恋と愛を本作ではどう処理しているか、が、この一節にあらわれている。恋というのは相手に向いた矢印で、愛というのはその人を思うことで充足する心の状態だ。目の前にその人がいては自分の心を注視することができないし、離れてしまえばその人を恋うてしまう。

「愛されるためには、誠実さも、巧みな嘘さえ、必要としない。ここで私が愛というのは、耐えがたい苦しみを与えあうことである」。耐えがたい恋心を抹殺するためにともに暮らし、耐えがたい苦しみを与えあうために愛しあう。〈囚われの女〉は、パリの自宅でのアルベルチーヌとの同棲を描いているにもかかわらず、なんとなく雰囲気がざわついて感じられるのは、語り手のこの恋愛観によるものなのだろう。

 窓から見える、道を挟んではす向かいのマンションに若い男女が引っ越してきたらしく、麦くんと絹ちゃんのことを考える。幸せになってくれよな、という気持ち。夜、暗くなってから散歩をしたが、この時間でもかなり蒸し暑い。風呂のなかで松本清張短編全集の『鬼畜』を起読。一篇目は三十ページほどのミステリで、情報の提示、アイテムの陳列、その整理、解決篇、がテンポよく並べられて、乾いたポエジーがある。なんで私は清張の短篇がこんなに好きなんでしょうね。271/494


7月3日(日)晴ときどき曇、小雨。目覚めた瞬間に具合が悪く、これはだめだ、となる。今日は下北沢のB&Bで松波太郎さんのイベントに登壇する予定で、しかし日によっては徒歩五分の図書館に行くのも辛いおれがそんな遠くまで行けるのか……?と危惧していたのだが、日によっては電車で図書館をハシゴしたりもできていたので、当日の自分に期待していた、のが、やっぱりだめだった。もともと緊張がおなかにくるタイプではあったのだが、それどころじゃなく吐き気と目眩。たまらず松波さんに欠席連絡。松波さんもB&Bの人も、優しい言葉をかけてくれる。あとはずっと寝込む。271/494


7月4日(月)雨のち曇。

7月5日(火)雨のち曇。


7月6日(水)曇のち晴。ようやく少し回復。しかし朝からフラフラする。毎月七日にプルースト文章を発表することにしている、のだが、今月は無理そう。三日ぶりに朝の散歩を五分ほど。帰宅してすこし休み、始業。病み上がり、というかまだだんぜん不調なので、慣らし運転というか、無理せず、休憩を挟みつつ進める。

 昼休みにパンを食ってプルースト。本巻以降は著者の死後の出版で、訳註で容赦なく指摘されているように、校正がいきとどいていないところもある。それだけに、プルーストの手つきが明瞭に見える。大幅に加筆された睡眠についての考察や、語り手の名を(仮に名付けるなら、みたいなエクスキューズなしに)〈マルセル〉と名指してしまう一節や、似たような表現や台詞回しの重複。ようやくプルーストの姿が見えてきたような。

 画家のエルスチールは、アトリエにこもって仕事をする。「春になって森にスミレが咲きみだれているのを知ると、それを見たくて矢も楯もたまらず、門番の女にその一束を買ってこさせた。そのとき感動のあまり幻覚にとらわれたエルスチールが目の前にあると信じたものは、ささやかな植物の画材が置かれたテーブルではなく、かつて無数のうねうねした茎が青い嘴状の花をつけてたわんでいるのを見たあの絨毯のような一面の下草であって、まるで幻想をさそう花の澄みきった香りがアトリエの一角に想像上の一地帯を現出せしめた観があった。」旅先で着想を得、取材に奔走して構想を練り上げていく書き手もいるが、外出自体がしんどい私は、エルスチールのような仕事の進めかたしかできないのではないか。しかし私には〈門番の女〉はおらず、だから、一束のスミレすら、〈幻覚〉で現出せしめなければならない……。とはいえ私は、「蹴爪」は旅先で思いついたし、「息もできない」のために(故郷の隣町とはいえ)鉱山跡に取材に行きもした。そうすることで良い仕事ができた。今後はどうやっていったものかしらん。

 昼の散歩はせず午後も作業、十枚ほど書いたところで今日は無理せず終業。夕方すこし散歩、オーガニックな弁当が半額になってたのを買って帰り、録画してたものを観ながら食べる。観終わったところでちょうどマリノス対サンフレッチェをやっていて、それも観てしまう。宮市亮は走るフォームがガシガシしててなんか好きです。352/494


7月7日(木)朝は曇、すこし雨が降り、午後は快晴にちかい晴。朝からひどい腹痛、なぞの下痢。へんなものは食べてないはずなのだが。朝の散歩もけっこうしんどく、図書館までの片道五分で切り上げ。帰宅して作業開始。腹具合のわりに捗り、午前のうちに八枚。実家から届いたレトルトカレーで昼食とする。

 昼休みにプルースト。本来なら今日が公開日だが、まだ本文も読み終えてない。七日公開、というのも自分で決めてるだけなので、無理はせず。

 語り手とアルベルチーヌが自動車で散策に出る。その途中、〈私〉は、果物屋や牛乳屋の娘の姿を目に留める。「晴天の日の光に照らされたそうした娘は、望みさえすれば私を身も心もとろける冒険へと、小説じみた世界の入口へと誘ってくれるヒロインのように見えた。私がそんな世界を経験することはないだろう。というのもアルベルチーヌに車を停めてほしいと頼むことはできなかったからで、おまけに娘たちのすがたはもはや見えず、金色の靄のなかに浸され、私の目は娘たちの目鼻立ちを見分けることもそのみずみずしさを愛撫することもできなかった。」

 恋人とのデートの最中にほかの女に目を奪われる、というのはラブコメの定石(だから本来、〈私〉はここで、憤慨したアルベルチーヌに足を踏んづけられるべきなのだが、そういうシーンは描かれない)だ、が、それはまあいいとして、訳註の指摘のとおり、この箇所は、のちに語り手が〈運転手〉と会話するのと矛盾していて、まるでアルベルチーヌが車のハンドルを握っていたように読める。

 訳者が参照した諸版は「ここにアルベルチーヌのモデルとされる運転手アルフレッド・アゴスチネリの存在の残滓を見る」とのこと。もしかしたらここまでに言及されてたかもしれないけど、アルベルチーヌのモデルは男性だったのか。〈マルセル〉と語り手を名指したことと同様、これも校正のいきとどかなさ、ということなのだろう。

 しかし、ここまでに、何千枚かは知らないが、とにかく膨大な分量を、語り手の名前を出さずに書いてきたプルーストが、本巻でいきなり〈マルセル〉と書きつけてしまうようなミスをするだろうか。ここまでずっとその関係を描き続けてきた女性を、モデルとはいえ運転手と混同することがあるだろうか。死病を得たプルーストの判断力がそれほどに衰えていた、ということかもしれないが、ライフワークである大作に、死にゆく自分自身や、ヒロインのモデルにするほど思い入れのある人物の存在を刻印した、と考えるほうがロマンがある。ロマンがあるから良いというものでもないが……。

「どんなに愛する女性がそばにいても、その女性がこちらと別れて自分の家に帰るのであれば、車の奥で私のそばに座っているアルベルチーヌの存在が私に味わわせてくれたほどの安らぎを与えてはくれない。アルベルチーヌの存在は、別れたあとの空虚な時間へ導くのではなく、私の家でもありアルベルチーヌの家でもあるわが家における、いっそう安定した、はるかにふたりきりの結びつき、私がアルベルチーヌを所有していることを具体的に象徴する結びつきへと導いてくれるのだ。所有するためには、もとより欲望がなくてはならない。たとえ一本の線、一つの面、一つの量であろうと、こちらの愛情がそれをひとり占めにしてはじめてそれを所有したと言えるのだ。」語り手はアルベルチーヌを〈欲望〉していて、その発露として彼女を〈所有〉し、そのことで〈安らぎ〉を得ている。しかし、〈所有〉が〈安らぎ〉につながるには、その対象が自分の手元から勝手に消え去ることはない、という〈信頼〉が不可欠だ。本作は晩年の、つまり十二巻の〈消え去ったアルベルチーヌ〉で描かれる出来事よりあとの語り手の回想のはずで、(その巻の内容はまだ知らないけど)〈安らぎ〉がそこなわれただろう語り手は、どんな思いでこのモノローグを綴ったのだろう。

 腹具合が落ち着いてきたのでまた散歩。家からあまり離れずに、近所を三十分ほどぐるぐる歩く。帰宅して、汗をかいた服を着替え、休憩がてら、パニック障碍の当事者であるIKKOの、二ヵ月くらいまえの週刊誌に載っていたインタビューを読む。

 三十九歳で発症したという氏の発作のありようは、描写されているものを読むかぎり私のとは少し違っているようだった。それでも、「外出することすら怖かった」という状況から、家の近くを五分だけ歩くことからはじめて、四十一歳でテレビに出はじめ、人気タレントにまでなった氏の回復過程は、私のロールモデルになるんじゃないか。セブンまでの徒歩十分で限界の私も、いつかIKKOさんみたいになれるだろうか。

 氏は「パニック障害になったことによって、私は「復習しないこと」の大事さを学びました」と語っている。〈超完璧主義〉を自認し、〈仕事の予習はもちろん復習も完璧〉であることを自分に求めていた。それで、氏がヘアメイクをほどこした客からお礼の電話がないだけで、不満があったんじゃないか、もっと上手くできたんじゃないか、という疑念に苛まれる。「それが積もり積もってパニック障害になってしまったと思うんです」。だから今では〈復習〉はしない。お客が自分の仕事を気に入るかどうかは関知しない、ただ自分にできるベストを尽くして、そのあとは思い悩まない。「その分、仕事の準備という意味での予習は完璧にしていきます。完璧主義という性格はどうやったって変わらない。だから、復習は気にせず「予習を完璧にする」ことで、私は自分の性格に折り合いをつけているんです。どうすることもできない他人の評価は気にしない。自分のできること以外は「見ざる、言わざる、聞かざる」。これが今の私のモットーです。」

 小説でもよく、自分に書ける最高の作品を書くこと、批評なんて気にしてもしょうがないから見ない、という考えかたがある。氏の考えかたは、独自の感性を深めていく、という点で有効と思いつつ、しかし、自作の射程を確認する必要はあるのでは、とも思い、今の私は月評でちょっと触れられる程度の立ち位置とはいえ、いずれ批評との向き合いかたを考えねばな。そういえば、パニック障碍の小説家を探して見つけ、ずっと積んでる宮本輝のエッセイ集『いのちの姿』には、「パニック障害がもたらしたもの」という章がある。今の私はパニック障碍について、学びを得られなくてもいい、何ももたらされなくてもいいから、とにかくあっち行ってほしい、くらいに思っているのだが、寛解して、心安らかに振り返ることができれば、そういう感慨を抱けるかもしれない。406/494


7月8日(金)曇。今日も腹がキリキリ痛む。朝の散歩はせずもくもく読書をしていたら、昼前、安倍元総理が銃撃を受けて心肺停止、というニュース速報。そのあとは延々とテレビやTwitterを観ていた。政治家としてはこれっぽっちも評価できない人物だが、だからといって撃ってはいかん、という、きわめてまっとうなことを考え、しかしTwitterには逆張り文化人が跋扈していて、参る。

 街頭演説中だったこともあり、その瞬間の動画が大量に出回っている。しかしあれだけ言論を軽んじていた人間が、言論ではなく暴力で排除されるというのは、むべなるかな、といっていいのか、どうか。

 十八時に同僚と交際して退職した元同僚たちと早稲田で会う予定があり、早稲田大学の図書館にも寄りたいから十六時には出ようかな、と思っていたのだが、テレビの前から動けず。しかし私はいったい何の続報を待っているのか……と思いつつTwitterを見ていると、山口敬之が安倍氏の死を伝えている。探してみたがほかにソースはなく、まだテレビを観つづけ、十七時になって、さすがに出なければ、と思ったが、腹痛がひどく、欠席の連絡。

 しばらくトイレにこもり、出すものを出して人心地ついたところで、スマホに速報がきてたのに気づく。十七時三分逝去。首相経験者の暗殺は二・二六事件以来で、今日のことも歴史の教科書に載るのだろう。けっきょく山口のツイートは何だったのか、本人は、信頼できる筋からの情報だ、知り得た事実をすみやかに報告するのがジャーナリズムの原則だ、みたいな釈明をしているが、医師の死亡宣告より前のツイートだったのだから、(仮に銃撃直後からずっと心肺停止のままだったのだとしても)その時点でもう〈事実〉じゃないし、そもそも彼はまともなジャーナリストではないのだった。夜もビリヤニを食いながらニュースを見続け、いつの間にか寝ていた。406/494


7月9日(土)晴。起きてからもずっと事件のニュースを見続けてしまう。そういえば、この事件に関して、メディアでは一度も〈暗殺〉という言葉を使っていない。過去の首相(伊藤博文や原敬)とか外国人(ケネディとか朴正熙)にはつかっているのだが、どういう基準なのか。基準、といえば、犯人の動機についても、「「特定の団体に恨みがあり、安倍元総理がその団体とつながっていると思い込んで犯行に及んだ」と供述した」(これはテレ朝のニュースサイトからの引用)、みたいな報じられかたをしていたが、もちろん犯人は〈特定の団体〉とは言ってないだろうし、〈思い込んで〉という表現も使っていないはずで、そこを改変してるのもどういう意図によるものか。どういう意図によるものか、というか、Twitter上の“有識者”がとっくにすべて分析して特定してるのは目にするのだが、それもまあ眉唾だし。

 昨日の午後、安倍昭恵が家を出、病院の最寄り駅から出て車に乗り込み、病院に到着し、翌朝霊柩車に乗って病院を出、東名高速を走って、そしていま元首相が無言の帰宅を、みたいな一連の動きも、逐一報じられている。霊柩車をヘリで追ったり、車で併走しながらカメラを向けたりと、なんともおぞましい。霊柩車で病院を出るところの動画も、カメラのフラッシュが盛んに焚かれ、いちばん昭恵氏の顔が鮮明に写った瞬間で止める、という、移送される容疑者と同じメソッドで映されていた。これが我が国のジャーナリズムだ。

 うんざりしてテレビを消し、カレーを食いながらプルースト。高名な作家ベルゴットの死。投薬によって病人が生きながらえ、そのせいで苦痛も長引いてしまう、というようなことが書いてある。「こうなると人工的に接ぎ木された病気は根を張って、二次的なものとはいえ本物の病気になってしまう。ただしひとつ違う点があって、それは自然の病気は治るが、医学がつくり出した病気はけっして治らないことだ。医学は治療の秘訣を知らないからである。」死後出版された最初の巻にこの文言を書きつけていることを、死後百年目の読者としては、過剰に意味づけてしまうな。

 ベルゴットは、〈小娘たち〉のために大金を使ってきた、が、彼女たちから得られる〈快楽や幻滅〉に駆動されて本を書き、金を儲けてきた、と嘯く。それを聞いて語り手は述懐する。「社交界に存在するのはおしゃべりだけである。そのおしゃべりは、ばかばかしいものではあるが、女性を抹消する力を備えているようで、社交界の女性を問いと答え以外の何者でもなくする。そんな女性たちも社交界の外ではふたたび疲れた老人にとって心を鎮めてくれるもの、つまり観照の対象となるのである。」女性は、社交界の外──世の中のほとんど──では、男性の思索の対象物だが、社交界のなかでは、受け答えの可能な主体として扱われる。

 そういえば、本巻のけっこう前のほうで、「遺憾ながら恋愛とは、その存在がこれまで占めたことがあり、これから占めるであろう空間と時間のあらゆる点へその存在が拡張されたものにほかならない。その存在とさまざまな場所や時間との接点をわがものにしないかぎり、当の存在を所有したことにはならないのだ。」とも書かれていた。だからこそ語り手はアルベルチーヌを監禁しているのだが、恋愛は男と女の間に生起するもの、という本作における恋愛観(男性同性愛は男の〈内に秘めた女〉が男を愛している、という解釈)で、恋愛は〈女性を抹消する〉社交界の中では起き得ない。そして社交界の外において女性は〈観照の対象〉であり、その言葉どおり、〈私〉はアルベルチーヌと対話することより、その寝顔を見つめたり、不在時に煩悶したりすることのほうを好んでいる。

 母親は病みついた親戚の元へ、父親は視察旅行に出て、家にいるのは女中のフランソワーズだけ、という設定について、訳者があとがきで、「結婚前の青年が恋人と自宅で生活を共にするという『囚われの女』の枠組みは、当時の厳格なブルジョワ家庭ではありえない設定だと批判されるかもしれない」とやんわりと批判していて、さすがにそこは擁護できないのか。両親が海外出張とかで不在、というのは現代日本ラブコメ漫画の常道なもので、私はあんまり違和感なく受け入れちゃってたな。

 プルーストを読んでて星新一の「月の光」のことを思い出した、が、所収の『ボッコちゃん』が家になく、検索すると最寄りの図書館にあった、ので借りてきて復読。「おーい でてこーい」「最高のぜいたく」「冬の蝶」と並んで最も好きな星作品のひとつ。それからもくもく作業をして、夜もまた事件関連の情報を見続ける。政治思想的な動機ではない、というのは逮捕から間もなく報道されていたことなのだが、どの党も、〈民主主義に対する挑戦〉という筋で解釈しようとしていて、だからこそ、今回の事件で選挙といういとなみが変性させられてはならない、と、警備を強化しつつ選挙活動は継続している。どの党も、それぞれの立場で、安倍氏の死を演説のなかに織り込んで、そして考えてみれば当たり前なのだが、ひとの命を軽んじる政党ほど、より効果的に活用しようとしていた。「今日ここに応援に駆けつけてくださるはずでした!」じゃあないんだよ。494/494


7月10日(日)晴。最近慢性的に気圧が低い。朝遅く起き、食事をして、録画してたテレビを観。休日みたいだ、と思ったが、今日は日曜日なのだった。そのあと風呂に入って、選挙公報を見直し、外出。私は投票するとき、いちばん推したい候補ではなく、当落線上のなかで当選してほしい候補に投ずることにしていて、今回もそういうふうに投票先を選んだ。

 帰宅して、ひと息ついてプルーストを再起読。夜は今年も池上彰の選挙特番を観る。〈池上無双〉が番組の売りで、そのための構成になっているはずなのだが、今回は山本太郎にやり込められていたし、片山さつき、辻元清美、田村智子の三氏に聞く!みたいなコーナーでも、池上より田村のほうがよっぽど〈無双〉していた。けっきょく〈池上無双〉は、しっかり対策を練ってきたり、もともと確固たる政治思想を持っていたりする人には通用しないのだな。

 ゲスト三人(宮崎美子、鈴木福、勝俣州和)のうち、いちばん若い鈴木がいちばんちゃんとしたことを言っていた。彼は十八歳になったばかりの新成人代表として出演していたようだが、一人だけ〈福くん〉と呼ばれていたり(ほかの出演者は全員苗字に〈さん〉)、たびたび宮崎に、うわあ立派だねえ、かしこいねえ、みたいな褒めかたをされていたり、三人で〈愚鈍な大人二人と聡明な子供〉を演じていたのかもしれないが、選挙特番で有権者を子供あつかいする、というのは、どういう効果を狙ってたんだろうな。177/494


7月11日(月)晴。朝起きて、選挙結果をチェックする。私が名前を書いた候補は、選挙区では落選、比例では当選。しかしまた与党が圧勝して、暴露系詐欺師が当選してもいて、大丈夫なのか。

 まともな理性を持っていればあれらの党や候補者に投票することなんてできないはず、と、ここ数年、選挙のたびに考えるのだが、そのたびに、たしか『ルポ トランプ王国』で読んだ、ラストベルトのトランプ支持者たちの、都会のリベラルたちはおれたちをバカにしてる、だから鼻を明かしてやるんだ、みたいな言葉を思い出す。トランプ支持者も、あれらの党や候補者に投票した人も、昨日の特番の〈大人〉二人も、なんというか、無垢な思考停止、としか思えず、それはけっきょく、彼らがろくにものを考えてないと思ってる、ということだ。だから対話が必要、とはわかっているのだが。

 今日ももくもくプルーストを読み、昼休みがてら録画してたラグビーの日本対フランス戦の二試合目。いい試合だった。日本の二度目のトライ直前のランを観ながら、リーチ!と叫んでしまった。私はスポーツならサッカーがいちばん好きなのだが、いちばん昂ぶるのはラグビーで、この違いはなんなのかしらん。

 そのあと、〈特定の団体〉こと世界平和統一家庭連合(旧統一教会)会長の会見を観る。まるでカルトじゃないみたい。今回の件で、たんなる安倍好きのネトウヨだった人が入信してしまうんじゃないか、というのはけっこう危惧されることだ。

 会見が終わってすこし昼寝。明るいうちにガバリと起きて、またプルーストを読みつづける。ここまでくると〈読む〉というより〈目を通す〉くらいの読みかたで、それでも、初読時には流していた記述が目に留まったりするのだから、当初の予定の公開日を過ぎていても、やっぱり再読は効果的だ。

 九時ごろに再読了。レトルトのカレーを食い、あとは漫画をもくもく読む。『タッチ』の五巻の、「相手が タッちゃん だったから──/いつもと かわらない 南でいられる のです。/─よ。」、年甲斐もなくキュンとしてしまった。ラブコメの定型がいつまでも滅びないのは、けっきょく、読者が安易にときめいてしまうからなのだナア。私もなんかこういうの書きたいですね。今日はもうキュンキュンしたまま寝る。494/494


7月12日(火)うす暗い曇、ときどき雨。朝すこし歩いて始業。きのう書いたプルースト文章を推敲。一筆書きだったもので、やや修正箇所多し。昼過ぎに公開して、また散歩に出る。

 昼休みにもくもく読書。そろそろ完結しそう、ということで、最近『名探偵コナン』を最初から読み返している。

 一九九五年に出た六巻のFILE.1「仮面の下の真実」は、前巻から続くエピソードの完結篇で、コナン=工藤新一の両親が登場する。父の優作は世界的推理小説家(読みかえして気づいたのだが、この時点では彼が住んでる場所を〈外国〉としか名指しておらず、アメリカだと思ってたのは私の記憶違いなのか、あとで設定が明かされるのか、この時点では展開の自由度を確保するためにあえて曖昧にしていたのだろうか)で、最終ページで成田空港から〈外国〉行きの飛行機に乗り込む。

「原稿放り出して 日本に逃げてきた」と言ってるわりに彼はのん気で、離陸を待ちながら妻の有希子と「このまま世界一周っ てのはどーだ?」「あら いいわ ね♡」と話している。そこへ「あっ いたいた!」と、〈外国の雑誌社の連中〉が殺到してきて「さあ書いて もらいますよ 残り308枚(ページ)!!」「バカヤロォ ウチが先だ!!」「おいおいウチは、 輪転機止めて まってんだぞ!!」と口々に叫ぶ。コマに詰め込んで描かれているからはっきりとはわからないが、少なくとも八人はいて、優作は頭を抱えながらワープロのキーボードを叩く。その描写を見て、小説家になんてなるもんじゃねえなあ、と、小学校に入るか入らないか、六歳の私は思ったのだった。

 駆け寄ってくるのを見ただけで雑誌社の人だとわかるのだから、彼らは日本に駐在しているわけではなく、〈外国〉で普段から優作とやりとりをしている編集者なのだろう。それが、彼が日本に逃げたという情報を得て来日し、出国直前で(コナンのタレコミで)居場所を突き止め、同じ便に乗り込んだ。

 しかし何人もの編集者が外国まで追いかけてくる、というのはすごい。輪転機を止めて待ってるということは、彼の原稿がなければ雑誌が成立しないほどに重要な書き手だということだ。三百八枚というのはおそらく長篇一挙掲載で、切りの悪い枚数が指定されているのは、すでに台割を組んでいて、これも校了直前なのだろうか。編集者の飛行機代はもちろんのこと、当時はWi-Fiなんてなかっただろう国際便に乗ってる間、彼らは何をしているのか、ゲラを持ってきてるのかもしれないが、別の仕事に集中してたら他社の原稿を優先されてしまうんじゃないか、日本でほかの著者の仕事をしていた可能性はあるけど、とにかく、彼らを海外出張させるコストをかけてもよい、と複数の雑誌社が判断したということで、それだけ工藤優作は求められる書き手なのだ。こんなふうになりたくねえなあ、と思った六歳児が、二十六年後に、こんなふうになりてえなあ、と思うようになった。思えば遠くへ来たもんだ。