プルースト 2022.7.14~2022.8.12

7月14日(木)雨、梅雨のよう。起きて小雨のなかをすこし散歩。コンビニで週刊誌を買う。安倍晋三暗殺事件のことをずっと考えている。令和四年のテロリズム。

 ミステリー小説ならフーダニットやハウダニットを推理する作品が多いように思うのだが、現実に重大事件が起きたときは、ホワイダニットともまた違う、なぜ彼はそんな人間になったのか、ばかりが掘り下げられる。特異な生い立ちや、過去の事故や事件との関わり、人間性や思想、犯人のパーソナルな情報。自分自身といかに遠い人間か、というのを確認して安心したいのだろう。散弾銃を密造して白昼堂々元総理を銃撃する、という行為には、そんな兇行に相応しい経歴が求められる。犯人がもし自分たちと同じような普通の人間であれば、自分や、自分の近くにいる人も、そんな犯罪に手を染めてしまい得るような気がしてしまうからだ。

 案の定、というか、週刊誌でもテレビでも、当初から報道にあった、カルト宗教との関係と母親の破産、に加えて、父親の自殺、兄の大病と失明、そして自死、と、背景の事情が詳細に報じられている。ある家族の悲劇と、政権与党とカルト教団の関係と、ジャーナリズムはどちらを掘り下げるべきなのか、考えるまでもないはず、とも思うが、ゴシップ的な興味が前者に向くのは理解できる。

『ブリティッシュ・ベイク・オフ』の第二シーズン、最初の二回分を観。デイヴィッド(前シーズンの推し)のいないブリティッシュベイクオフなんて……と思いながら観はじめたのだが、たいへん面白かった。しかし登場人物が多くて、どうも憶えきれないな。


7月15日(金)雨、雷もときおり。一日低気圧。捗らず、漫画ばかり読む。レトルトのカレーを食いながら岩合さんの猫番組を観、そのまま昼寝。起きてから南場智子『不格好経営』。これは良い青春小説だ。文芸誌をいくつか読んで、カレーを作る。最近カレーばっかだ。低気圧がかなりきつくなってきた、のでテイラックを飲んだ。


7月16日(土)雨。一日薄暗い。朝食もとらず始業、一時間ほど集中してから散歩、スーパーの開店時間を狙ってヤクルトY1000を買い、図書館やドラッグストアを回って帰宅。あとは朝昼兼ねてカレーを食った以外は、三十分の集中とアプリで漫画を一、二話、というのを繰り返す。いい感じにゾーンに入っている。しかし十五時ごろに力尽き、パタリと二、三時間昼寝、ムクリと起きて『グラップラー刃牙』。


7月17日(日)曇のち晴、久しぶりに夏らしい日。しかし私は一日家にこもっていた。二度寝してもくもく読書。昼、ウーバーイーツで頼んだ辛いタイ料理を食いながら、大学院時代の友人とLINEでビデオ通話。スキンヘッドにして以来、友人と顔を合わせるのははじめてだった、というか、家族以外の人と話すの自体、もう一ヶ月ぶりくらいじゃないか。大丈夫なのか。

 お互いの近況報告などをしあい、いつものように、最近読んだり観たりした良い作品の情報を交換しあう。三時間弱おしゃべりして通話終了、そのまま三時間ちかく昼寝。おしゃべりと読書、日曜日らしい日。


7月18日(月)晴。遅く起きる。昨日のタイ料理の残りを食って始業。一時間ほど原稿をやり、十時前に外出。図書館に向かって歩いていて、ちょうどスーパーの前を通りがかったところで開店時間になり、自動ドアのスイッチを入れる店員さんと目が合って、いつもどうも、と声をかけられる。挨拶を返し、図書館の帰りに寄るつもりではあったので、先に買いものを済ませようと入った。

 今日はヤクルトY1000の入荷日。六本入りパックがふたつ、バラ売りのが六本あって、パックを一つ取った。そのあと野菜コーナーで物色していると、すごい勢いで店に入ってきたおねいさんがY1000のところに直行して、残りの一パックとバラ売りのやつをドサドサ全部カゴに放りこみ、レジに向かって行った。転売の人なのかしらん。

 辛いもんを食ったからなのか、腹具合がたいへんに悪く、しかし三十分ごとにトイレに行くのがちょうど良いインターバルになった。食欲がないので昼食はチーズひとかけとココアだけ。食べながらプルースト、十一巻『囚われの女 Ⅱ』を起読。

 今さらだけど、本巻の原題はLa Prisonnièreで、冠詞と単語ひとつだけ、というのはスマートだ。しかし一単語で直訳すると〈女囚〉で、これだとなんかニュアンスが変わってしまうから、〈囚われの女〉という邦題は、原題の意味を残しつつ、文学ぽい香りがあってバランスが良いというか、なんというか。ほかの日本語訳もこの邦題なのかしらん。

 本巻の装画は夜空の下の王宮?ぽい建物の遠景で、図版一覧によるとこれはプルーストが草稿帳の欄外に描いたいたずら書きで、〈教会堂〉とのこと。訳者によると「プルーストが草稿帳に描いたデッサンは、そこに記された物語とかならずしも関係があるわけではない」とのことで、ここまで十冊分、装画を見ていろいろ考えてたのはなんだったんだ。草稿帳のそのページにはヴェネツィアへの夢想が描写されているらしく、訳者は、「かりにこのいたずら書きがヴェネツィアをめぐる夢想と関係があるのなら、教会堂は(…)サン=マルコ大聖堂を描いたものと考えるべきであろうか?」と考えている。けっきょくよくわからない。

 しかし私もネタ帳というのをいちおう持ってるし、小さく(A8サイズ、文庫の四分の一)切った紙によく小説のアイデアをメモするのだが、図や表ならまだしも、背景のある絵を描いたことはない。ここらへんは私とプルーストの想像力の働かせかたの違いか。

 ODD ZINE Vol.7は「作家たちの手書きメモ」という特集で、滝口悠生さんが〈餃子屋で見たおじさんのスケッチ〉から作品の構想をふくらませてたり、〈「高架線」執筆中のものと思しきメモ〉に人の顔をふたつ描いていて、これはちょっとプルーストの絵とテイストが似ている。小山田浩子さんも〈おじいさん〉や雉の〈剥製〉っぽい絵を描いているが、添えられたキャプションが小説の文体なので、これは挿画と考えたほうがよいような。鴻池留衣のメモの絵はほんとうに中身がない感じ、人それぞれだ。

 七巻の末尾でスワンの遠からぬ死が予告されていたが、本巻の冒頭で唐突にその死が告げられる。そして語り手はこう呼びかける。「親愛なるシャルル・スワンよ、私はまだ若造で、あなたは鬼籍にはいる直前だったから、親しくつき合うことはできなかったが、あなたが愚かな若輩と思っておられたにちがいない人間があなたを小説の一篇の主人公にしたからこそ、あなたのことがふたたび話題になり、あなたも生きながらえる可能性があるのだ。(…)あなたのことがこれほど話題になるのは、スワンという人物のなかにあなたのものであった特徴がいくつか認められるからにほかならない。」岩波文庫版では図版としてジェームズ・ティソの絵「ロワイヤル通りクラブ」が収録されていて、スワンのモデルであるというシャルル・アースが描かれている。しかし、〈スワン〉は作中での名前なのだから、ほんとうなら引用箇所は、まず「親愛なるシャルル・アースよ」と呼びかけるほうが適切なように思える。これは校正なかばで著者が亡くなったことで誤記が残ってしまったのか、虚実を混濁させるための意図的な記述なのか。

 死んでしまった人を生きながらえさせるためにその存在を自作中に刻み込む、というのは、たとえばプルーストより三十ちかく年長のマラルメが『アナトールの墓のために』で(あとまあ、それに倣った私が「鳥たち」で)試みたことだ。マラルメは作品を完成させられなかったし、私もその試みは破綻して終わったように思っていた、が、プルーストの記述を信じるのなら、その人が死んだあと、作品が試みられなければ届かなかった場所で彼らのことが話題にのぼるだけで、私たちはじゅうぶんに成功していたのかもしれない。

 作家ベルゴットは前巻の終盤で死んだ、が、それは、プルーストの最晩年に加筆されたことで、初稿時は、本巻にいたってもベルゴットは生きていた。その変更を反映させる前に著者が死んだことで、本巻でのシャルリュス氏は、まるでベルゴットが今も生きている(と思っている)ようにしゃべっている。まるで(晩年の)ベルゴットの生きた時間が宙に放り出されたような、というか、死者を生きてるように語るシャルリュス氏は、作者の意図しない狂気を宿しているような。逆に、死んでいるはずだった人が、作者の筆のはこびによって生きながらえれば、その(修正後の)死にいたるまでの空隙を埋める人生の挿話が必要になる。小説というのはそうやって生まれるのだ。

 一時間ほど読んだあとは夕方までもくもく作業。ちょっと出かけてドラッグストアに行き、柔軟剤を買って帰宅。ファミマの冷凍の中華を食った、が、また腹痛がぶりかえし、けっきょく寝るまでウンウン唸っていた。84/568


7月19日(火)雨、ときどき降り止む。一日うす暗い。起きてショートパスタを茹で、すこし歩く。帰宅して、洗濯機を回しながら始業。今日も群像の長篇をゴリゴリ書く。

 今日も昼休みにプルースト。ヴェルデュラン夫人邸での夜会へ。また夜会! 社交界の場面では、列席者たちの様子をすこしずつ描写しながら彼らの背景を詳述する、みたいなことを、夜会のたびにやっている。その都度人物の印象が重ね塗りされていく。この分量だからこそできる、過剰なほどに厚塗りの人物造形。

 このサロンの常連であるシャルリュス氏は、今や年老いて自分の同性愛傾向を隠せなくなっている、という設定で、ものがなしい。そして邸の従僕が〈新顔の、ずいぶん若い男〉だと気づき、彼に触れたいという欲求に駆られ、「もはや我慢できず、その指をたまらずまっすぐ従僕のほうへのばすと、その鼻のさきに触って「この鼻パーン!」と言」う。何やってんの。

 そのあと、小雨が降るなかを散歩。家から二ブロックの範囲内をぐるぐる歩き回る。スーパーでいちばん安い弁当(カニカマの寿司)を買って帰り、昼食としてまた作業。まあまあ捗った。夜、すこし散歩。帰宅して日本対香港を観。なんで森保監督は、相手陣内にあんまりスペースのない試合にスピードタイプのFWを出すのかしら。123/568


7月20日(水)晴のような曇のような、歩いていると汗ばむ。起きてショートパスタを食い、すこし散歩。あまり食欲がなく、今日は捗らなさそう。無理せず作業。

 昼休みに四十分くらい散歩してからプルースト。シャルリュス男爵の寵愛を受けるヴァイオリン奏者モレルが、大作曲家ヴァントゥイユ(彼のソナタはスワンとオデットの〈恋の国歌〉にもなった)の遺作である七重奏曲を演奏する。それを聴きながら〈私〉は、自分の恋愛遍歴を総括する。「私はわが身を顧みて、ヴァントゥイユが創りえたほかの作品もそれぞれ閉ざされた別個の世界だと考えたように、私の恋のひとつひとつも同じく閉ざされた別個の世界であることを想いおこさずにはいられなかった。ところが実際には、この最後の恋──アルベルチーヌへの恋──の内部には、当初からさまざまに(…)アルベルチーヌを愛する漠とした気持が存在したように、いまやアルベルチーヌへの恋ではなく私の全生涯を振り返ってみると、私のそれ以外の恋は、わが生涯におけるこの最大の恋、つまりアルベルチーヌへの恋を準備するささやかで小胆な試みにすぎなかったと認めなければならない。」ジルベルトとの初恋やゲルマント公爵夫人への懸想、花咲く乙女たち十四人との交情、そしてもしかしたら、ラ・ラスプリエールでの夜会に向かう列車のなかでひととき出会った女性とのやりとりが、アルベルチーヌを自宅に軟禁するというつよい執着に帰着した、と考えると、恋心というのがいかに異様なものかがよくわかる。

 今日は歯医者でクリーニングの日、なので、三、四十分で本を閉じ、作業に戻る。朝の予想とおりあまり捗らない、が、それでも八枚くらいは進んで歯医者さんへ。よく磨けてるとこと歯石が残ってるとこのムラがすごいらしい。私は何ごとにおいてもそうだな。すこし治療もして、一時間半くらいで終了。近所をウロウロ散歩して帰り、また作業。

 六時半ごろ外出して散歩。買いものや歯医者さんも含めれば、今日一日で五回散歩した。どれも家から徒歩五分圏内をウロウロしたもの。しかしこう、平日の昼間にスキンヘッドの三十代男性が住宅街を徘徊している、というのは、自分でもどうかと思うくらい不審だな。なんで職質されないんだろう。

 惣菜を食いながらフロンターレ対PSGを観る。昨日の日本対香港よりよほど良い試合。ドンナルンマが出ていた。彼は許されない罪(ACミラン退団)を犯したが選手としては優秀で、試合後のインタビューの受け答えもしっかりしていたし、すこしサインに応じてもいて、ほんとうに好青年だ。198/568


7月21日(木)暑いくらいの晴から日が翳り、午後はときどき雨。

 昨日選考会があった芥川賞・直木賞は、候補者十人中九人が女性で、芥川賞の候補者が全員女性なのは史上初だったという。で昨日の会見で、芥川賞選考委員の川上弘美に対して、テレ朝の記者が、受賞者の高瀬隼子さん(おめでとうございます)が女性であることと、今という時代や世相を絡めた質問をしつこく繰り返していた。その夜の報道ステーションで、両賞の受賞者が女性であることと、戦後、時代とともに女性の候補者、受賞者が増えた、文学賞も世相に合わせて変化していっている、みたいなVTRを流すために、その主旨に沿った発言を引き出そうとしていたらしい。

 と、この一連の経緯は、スポーツ報知の中村健吾記者の批判記事で知ったことだ。この記事も、高瀬さんの服装を〈黒のロングスカートで登場した晴れの受賞者・高瀬さん〉となぜか下半身だけ描写したり、「小説という芸術は、そして作家という存在は世相や時代に影響されて作品を生み出すなんて単純なものではない。書かなければ死んでしまう─。そんな思いで、やむにやまれず書く。その結果、生み出されてきたのが名作と呼ばれる作品の数々だと思う」というなぞのロマンチシズムとか、つっこみどころは多々あるのですが。

 私がそうではない、というだけで、write or dieみたいな覚悟で書く人もいるでしょう、が、なんかTwitterとかで、あたしゃのん気に人生エンジョイしながら書いてますけどねえ、みたいに嫌味ったらしくお気持ち表明する小説家が湧いて出そう、と思いつき、しかしそれをこうして日記に書いて公開するのもなんか嫌らしいな。SNSの見過ぎですね。

 今日も一日に五度散歩した。夕方は雨の止み間を縫って出たのだが、風が強く、気温はそれほどでもないのに湿度が高く、すこし歩いただけで汗ばむ。帰宅、シェイクシャックのハンバーガーなどを喰らう。

 紙の商社・竹尾のHPで、岸政彦と鈴木成一が『東京の生活史』の装幀について対談してるのを読む。


岸 デザインってどこから考えるんですか?紙から?一挙にイメージする感じ?

鈴木 まず読みますよね。読んで、まあその紙を選んで、絵を選んで、判型を選んで、ぽんぽんぽんぽんっていろんな選択肢があるんですけれども、読んだその感想をその本の個性にしていくためにはどう選択していけばいいか、ということですよね。一挙にイメージすることもありますけれども、まあ探ってるうちに発見したり。例えば、イラストだったらイラストレーターとやりとりしますよね。その中でその本の特徴が掴めてくるとか、実体化するとか……まあ最初はやっぱりぼんやりしてるのが多いかなあ。

岸 なんかすごい受け身な感じですよね。向こうから来るのを待つ、みたいな。


 岸の発言を読んで、昼間に見た記事の、テレ朝の記者の質問を連想した。デザインの発想のプロセスを尋ねた岸に対して鈴木は、本文を読んだあと、いくつもの選択を重ねながら本の個性を模索していく、と答えている。しかし岸はその回答をほとんど無視して、「なんかすごい受け身な感じ」と要約する。冒頭の「まず読みますよね」と末尾の「やっぱりぼんやりしてるのが多いかなあ」だけ聞いてたんちゃうか。岸の発言は鈴木の言葉への応答というよりも、あとで自分が、調査対象者にインタビューするときは事前に質問事項を決めずにただうなずく、そうしていたら次の質問が湧いてくる、それは〈積極的に受動的〉なことだ、と言うための前置きでしかない。

 岸の聞き書きの本を、これまでとても興味深く読んでいたのだが、まさかこんな、対話の相手の発言を自説の補強材料と見なすような態度で書かれたものだったのだろうか。

 岸は同じ対談のなかで、自分も「デザインがすごく好き」で、自著の装幀も、提示されたものに納得できなかったら自分でやる、と話しているように、デザインは好きでもデザイナーの仕事へのリスペクトはないのだろう。しかし成一さんはもっとこう、武闘派なイメージがありましたが、岸のこういう失礼な物言いにもやり返したりしていない。対談中でも言ってるとおり、「年相応にこだわりがなくなっ」たのかしらん。

 あまり良くない記事を読んでしまった、が、まあ真面目にやった仕事とも思えないし、これを取り上げて批判しても不毛だな……。岩合さんの猫番組を観て心をすこやかにして寝る。198/568


7月22日(金)朝つよい雨、昼ごろには晴れて暑い。起きて風呂に入り、窓を開けて換気してたらいきなりの雨。すこし吹き込んだ。

 始業したものの、散歩をしなかったからか、気圧が落ちているのか、どうにも調子が上がらず。ゆるゆる進める。昼はペンネを茹でて食う。ぜんぜん捗らず、午前はふだん(ここ一週間くらい)の半分しか進まなかった、ので、なんか昼休みも取らず、ダラダラ作業。あまりよくない進めかただな、と思いつつ、まあ夕方までに十二、三枚書けたから良しとしましょう。

 札幌駅構内の書店が九月で閉店するそう。大学二年の春にあの店で働きはじめ、店長になかなかタフなパワハラを受けて一ヶ月で辞めたので、ざまあねえや、みたいな思いもありつつ、しかしあんな、大都市ターミナル駅の改札から徒歩一分、みたいな好立地でも閉店しちゃうのは、リアル書店の苦境を感じる。

 午後、ここ一ヶ月の日記を読みかえす。角川文庫の『神谷美恵子日記』は、死の三ヶ月ほど前、病室で書いた記述で終わっている。版元の人から、本にまとめるつもりで随時送ってきた原稿を、「沢山なら二冊にしてもよい」との電話を受け、「急にもりもり書きたくなった。それにもっと書いてあるものを出してみよう」というのが最後の記述だ。

 この決意を神谷は、たぶん誰にも読ませるつもりはなかった。これは神谷が、死を目前にした自らを鼓舞するための言葉だが、彼女が死に、夫が編纂して出版したからこそ、著者の死の十年後に生まれた赤の他人である私が読むことができている。

 去年の今日は思い出すのもうんざりする大運動会の開会式の前日で、祝日だった。私は京都に向かっていた。プルーストを読んで『花束みたいな恋をした』のことを考えていた。ホテルでベッドに座り、『花束』についての分析を書きつけているとき、私は、不特定多数の読者に読まれることを念頭において書いていた。

 某誌のプルースト企画のために、あわよくばそのままエッセイとして提出できないか、という下心とともにはじめた日記だった。十四人の書き手が、全十四巻の『失われた時を求めて』をそれぞれ一冊読んで何か書く、という企画だった。けっきょく別に原稿を書いて送ったあとも、日記の習慣は残り、小説家というのは人さまに自分の書いた文章を読ませたがる生きもので、自分のサイトがあんだからそこでいっか、と公開しはじめた。

 乙一が『小生物語』のなかで、最初は日記として書いていたのに、なんかだんだん〈小生〉という名前の主人公の小説を書いてる気分になった、だからやめる、みたいなことを書いていたことを思い出す。公開することを念頭に置いて書きはじめた私は、ちょうどそのころ「明日から今日まで」という、小説家の〈リョウ〉を語り手とする長篇を書いていたこともあって、当初から、〈私〉という一人称の語り手の小説を書くようにこの日記を書いている。プルーストを一冊読んでエッセイを書いたら、その作業をしていた期間中の日記を、公開用に加工して自分のサイトにアップする。基本的には、自他のプライバシーに関することやネガティブな記述(これが多いんだ)を覆い隠すような修正が主なのだが、そのときに、一篇の読みものとしてのまとまりが良くなるように、記述を大幅に削ったり、厚くしたりする。だからウェブで公開されている私の日記は、日記体の短篇小説のようなものなのかもしれない。日記とは何なのか、と考えると、私のこれが日記であることに疑いを抱いてしまう、というなんだかよくわからん感じになってきた。小説のように書かれているこの日記は、小説と同じ読者に向けて書かれているのだろうか。198/568


7月23日(土)晴。開店時間にスーパーに入り、ヤクルトY1000を確保する。図書館に寄り、フルーツサンドを買ってすこし散歩。屋外にいたのは十分程度だったのにすごい汗。冷房の効いた部屋で涼む。それからもくもく読書。

 宮本輝のエッセイ集『いのちの姿』には「パニック障害がもたらしたもの」という章がある。二十五歳で発症して会社を辞めざるを得なくなり、家でもできる仕事を、と考えて小説を書き、新人賞に投稿するようになったが、なかなか結果が出ず、無収入で、肺結核の症状も出はじめて、プレッシャーで気が狂いそうになった。それで自然と、人が生きるとは、死ぬとは、みたいなことを考えるようになった。そうやって絶望の底にありながらも、無根拠だけど強固に、必ず作家の道が開ける、と確信していた。かなり私の状況と近い。そして発症から四十年ほどが経ち、「いま六十四歳になった私は、重度のパニック障害を、完治といっていいまでに克服し、元気に小説を書きつづけている」とのこと。

 小説を書きはじめたこと、生と死について深く思考するようになったこと、そして、人生どん底の時期は〈いいこと〉が訪れる前の準備段階のようなものだと信じられるようになったこと、が「パニック障害がもたらしたもの」だという。

 読了して散歩、図書館へ。昨日の日記で言及した『小生物語』を、文庫版が出た直後(二〇〇七年)に読んだきりだったので、主旨を間違えてないか、いちおう確認しに行く。あとがきによると、本書は乙一が「以前にネットで書いていた日記」で、「「小生」という人称を使って日記を書いたのは、自分からかけはなれた呼び方で日々を綴れば、自分とは異なる別の人格がそこに発生するのではないかと思ったからだ。」しかし「そのうち私と「小生」が同一視されることに嫌気がさしてきた。」「ともかく私は「小生」というものの扱いに困り果てた。最終的には放り出すようにして日記を止めた。」とのことで、なんか微妙に違ったな。当初は自己認識と〈小生〉という主語のズレを面白がっていたのに、その乖離が広がったことで、〈日記〉として書くことを苦痛に感じた、という感じか。

 それから、五月に〈パニック障碍 小説家〉で検索して見つけた宮本輝のインタビュー(産経新聞ウェブ、二〇一五年八月二十日)をブックマークに追加してたのを思い出し、ようやく読む。あたりまえのことなのだが、宮本のパニックのありかたは私のとは全く違う。彼は電車に乗れなかったらしいが、歩いたり自転車で移動するのは問題なくできたようだし、いちばんひどいときは〈白いもの(原稿用紙)がダメ、とがったもの(万年筆)もダメ、書斎に入れなくなってしまった〉という。宮本には宮本のパニックがあり、それは四十年ほどをかけて〈完治といっていいまでに克服〉された。その過程で生と死を突きつめて考え、小説家としての思想を練り上げた。私も私のパニックを研ぎ澄ませていかなければ……。

 夕方散歩してたら、古川真人から電話。歩きながらしゃべる。

 古川は、九州北部のブロック紙である西日本新聞で連載していた全五十回のコラム「横浜通信」(二〇二二年二月二十一日〜五月五日)のなかで、私に言及してくれた(第二十九回、四月一日)。東京ではたぶん西日本新聞を購読できないし、彼のコラムは有料記事だし、まあいずれ国会図書館で読むか、それより早く単行本化しないかな、などと思っていたら、公式アプリを使えば有料記事を、一日ひとつ読めますよ、と以前の電話で教えてもらった。すぐにダウンロードして、五十日かけて連載を読み終え、挿絵を描いた内田かずひろ氏についての記事も読んで、そのあともなんとなく毎日アプリを開く習慣は残り、今も一日ひとつずつ、縁もゆかりもない福岡のニュースを読んでいる。

 福岡市地下鉄の駅にアジフライの自販機ができた(七月十二日)、財政難で一年前から休館してた福岡市唯一の常設スケートリンク〈パピオ〉の再開が決まった、(七月十五日)、かつて汽水だった大濠公園の池が淡水になるまでの数十年(七月十八日)。友人の一人の地元だというだけで、福岡に住んでいないし、親戚がいるわけでもない私には、八枚七百円のアジフライがよく売れて担当者がうれしい悲鳴、なんてニュース、どうでもいいことではあるのだが、ただ生きているだけでは気づけない、遠い場所で営まれる生活の気配を感じられるのはうれしいことだ。ナミブ砂漠のライブカメラをたびたび観てるのもそういうことなんだろうな。この日記を書いてる今は、オリックスの大群が右方向に大移動している。198/568


7月24日(日)晴。ぐっすり寝ていた。起きてすぐ急ぎの作業。十時過ぎにやっつけて送稿。

 昼は焼きそばを食いながら、録画してたマツコ・デラックスの番組を観た。なぜかお笑い劇場をやってる東村アキコがゲストで、劇場から中継で出演していた。その一座に所属する芸人たちがネタをやってはスベり、東村が上手いこと言って笑いにつなげる、という集団芸を披露している。

 芸人たちのなかには四、五十代の人もいた。彼らの芸は実際、それ単体ではちっとも笑えない、質の低いものだったが、そうやって、どうしようもなくスベってしまうことを、座長を引き立てるために活用され、それによって芸人として延命してしまうのは、ほんとうにもの悲しい。私も彼らのように、ほかの道に進むにはちと遅い年齢まで夢を追い続けていて、どうですかね、彼らを笑えるほど自分は結果を出せているだろうか。東村とマツコのやりとりにめちゃ笑いつつ、ぜんぜん他人事と思えなかった。

 午後外出、クリーニングを受け取ったが、どうにも暑く、散歩は十分程度で帰る。ベランダに新聞紙を敷いて座布団を出し、のんびりプルースト。相変わらずヴェルデュラン夫人邸での夜会。会話のなかで、さりげなく画家エルスチールが死んだことが言及されていたり(註がなければわからなかった)、語り手がヴィルパリジ夫人の死を悼んでいたり(しかしこれも註によると〈次篇で生きて登場する〉らしい)と、前巻で語られるベルゴットや、本巻冒頭で告げられるスワンのように、語り手の前半生に強く印象を残していた人物たちが、相次いで死んでいる。年を重ねるとはそういうことだ。彼らの死は(語り手の祖母のようには)描写されず、結果だけが告げられる。〈私〉にとっては重要人物でも、彼らにとっての語り手は違うのだろう。

 プルーストは一時間ほどで軽めにまとめ、坂川栄治『遠別少年』。楽しそうでいいですね。薄暗くなって文字を追いづらくなったので部屋にはいり、レモネードを飲みつつ進読。夜は餃子を焼いて、日本対中国を観ながら食う。ぴりっとしない試合だったが、宮市亮がガシガシ走ってたので私は満足。273/568


7月25日(月)快晴、午後はすこし雲が出てくる。朝、まだ九時台なのに炎天下。二十分ほど散歩して、スーパーで買いものして帰った。汗だくになったので着換えて始業。今日は地元紙のコラムのしめきり。鳥取を中心に山陰地方、あと大阪の新聞にも載るコラムで、東京在住の私は身近に購読者がおらず、どういうふうに読まれてるのかわからない。私が地元に住んでたころも、誰かが同じ枠でコラムを書いていたのだろうか。原稿だけじゃなくて写真も送ることになっていて、さっき散歩中に撮ったばかりの写真を添える。

 昼、すこし歩いてまた汗だくになって帰り、薄着になってプルースト。同性愛傾向を隠さない態度や傲岸不遜な言動、自分で蒔いた種とはいえ、シャルリュス氏がめちゃ嫌われていてかわいそう。「氏は、傷つきやすく、神経過敏で、ヒステリックな、正真正銘の衝動的人間であったが、勇敢に見えてそうではなく、私がつねづねそう思っていたように、またそれゆえ好感をいだいたように、悪人に見えてそうではなく、名誉を傷つけられた人なら普通に見せる反応をしない」と語り手が彼の人間性をまとめてるのを読んでも、けっきょくどういう人物かよくわからない、というのは、そもそも人間というのはたった数行のテキストで要約できるものではないのだ。

 夕方また短時間の散歩、また汗だく。夕飯を食べながら『ピーター・ラビット』の実写版(たいへんトンチキ)をゲラゲラ笑いながら観。笑い疲れてうとうとして、ガバリと起きて風呂に入った。313/568


7月26日(火)朝から豪雨、午後は曇。雨音で目覚める。午前中は低気圧でほとんど使いものにならず。布団に転がって『タッチ』を読んでいると、和也が死んだ。双子の片割れが死んで、もう一人がかわりに南を甲子園に連れていく、くらいのことは読む前から知っていたが、実際にそのシーンを読むとびっくりしてしまった。昼ごろ豆のサラダをつくって食い、やや回復。午後はゴリゴリ作業をした。313/568


7月27日(水)快晴。朝から炎天下、三十分ほど散歩して、帰宅即始業。ひとしきり捗らせて正午に歯医者。少し痛い。治療のあとはまた三十分ほど散歩、蝉がうるさい。汗だくになって帰宅、水のシャワーを浴び、冷房の効いた部屋でととのう。

 それからプルースト。軟禁されていながら、アルベルチーヌはけなげな言動を崩さない。〈私〉にちょっとした嘘をついた理由を、彼女はこう説明する。「あたしもあなたの目にすこしは立派に見えて、もっと親しくなれる、ってそう考えたの。あたしがあなたに嘘をつくときは、いつだって、あなたに友情を感じてるからなのよ。」この言葉の真偽は(恋人とはいえ他人なので)わからない、が、全篇が〈私〉の疑念にひたされているせいで、私もアルベルチーヌの言うことを虚心で読めない。これだから〈信頼できない語り手〉はやっかいなんだよな。

「私が子供のころ、恋愛で最も甘美なものとして夢見たこと、恋愛の精髄そのものと思われたこと、それは愛する人を前に、自分の愛情を、その人の親切にたいする感謝の念を、いつまでもいっしょに暮らしたいという願いを、心おきなく吐露することだった。」連載開始から読んでる『薫る花は凜と咲く』の、先週読んだエピソードの最後に、主人公の凛太郎がヒロインの薫子に、線香花火をしながら、「好きです」と告げた(ふだんはタメ口なのに、なんで敬語なんだろう)。今日読んだエピソードで凛太郎は、自分の発言をこう振り返る。「完全に 無意識 だった/何であの時 あの言葉が 出たのか/自分でも 分からない」。プルーストの語り手のいう〈吐露〉の、最初の瞬間が描かれていた。私がこのふたつを同日に読んだのはまったくの偶然で、それだけに、その符合にうれしくなった。

 とここまで書いて、単行本化前のエピソードのネタバレはだめなのでは、とふと思いつく。ふだん私はネタバレについて、公式が作品の中身をみなくてもわかるようなかたちで出してる情報なら私が明かしてもよし、という基準でやっている。

 たとえば、集英社のHPに掲載された『ONE PIECE』の九十二巻(ここまでは読んでる)のアオリ文にはこういう一説がある。「巨大な龍の姿で突如眼前に現れたカイドウは、ナミ達に"熱息(ボロブレス)"を放つ!!」。未読のかたにはぜんぜん意味わかんない一文だが、つまり、カイドウは龍になれるのだ、ということまでは書いても問題ない。一方、〈熱息〉を浴びたナミがどうなったか、は、ここでは明かされていないから、それを書くのはNGということになる、が、百一巻の表紙にナミが描かれているので、少なくとも九十二巻で死ぬわけではない、ということは書いてもよい。

 そういう基準でいうと、「好きです」を書くのはNGなのだが、私は同時に、松山洋『熱狂する現場の作り方』のなかで強調されていた、既発表の作品は誰でもアクセスできるのだから、その内容に言及することを批判するのはおかしい、という主張にも共感していて、けっきょく、そのときどきで自分に都合のよいほうを取る、という、いちばん不誠実な感じでやっている。そのぶん私は何をネタバレされても怒りません。

 そのあとは夕方までゴリゴリ作業。夕食に焼きそばをつくって、日韓戦を観ながら食う。中国とスコアレスドローのチームが韓国に勝てるはずがない、と思っていたのだが、そしてこの試合もかなりミスが多かったのだが、なんか大差で日本の勝利。宮市亮がまた膝を痛めた。

 私が使ってる冷蔵庫は、上京したとき(二〇一五年の春)に買った、たしか二〇〇五年製の中古品で、経年劣化によるものか、冷凍室には厚い霜が張るし、冷蔵室には巨大な氷の塊ができる。いきなり思い立ち、その氷と霜を、金槌と錐やドライバーで砕く。冷蔵室のはけっこういい感じで取れたが、冷凍室のはさすがに固く、層を薄くした程度。こういうとき、ストレスを発散して楽しめる人と、騒音やら何やらを気にしてストレスを溜めてしまう人がいて、私は後者。こういう性格がパニック障碍につながってるのだろうな、と、なんか落ち込む。それはそれとして、庫内がめちゃ広くなったのでうれしい。384/568


7月28日(木)快晴。今日も暑い。やや具合悪く、朝の散歩は短めにする。帰宅して少し作業、スーパーの開店時間に合わせてまた外出。それからもくもく作業。十四時過ぎに三十分ほど散歩。いちばん暑い時間で、快晴のわりに湿気もあり、サウナのなかを歩いてる気持ち。帰宅して水のシャワーを浴び、しばらく横になってととのう。それから夕方まで作業。ジャーマンポテトをつくってテレビを観ながら食った。384/568


7月29日(金)快晴。昨夜遅くまで漫画を読んでいて、九時過ぎに目覚める。寝不足で体調悪し。むりやり身体を動かしてすこし散歩。昨日の日記を書いたり細かな事務作業で午前が終わる。

昼、また三十分ほど炎天下を散歩。ひどく暑い。帰宅して、冷房の効いた部屋で火照りを冷ましながら『それでも吉祥寺だけが住みたい街ですか?』を読んでいると、街ブラYouTuberが、ヒジャブ姿の店員を見て、「わぁっ ステキな ムスリム!」と言っていて、作品の主題とは違うのに、なんか引っかかってしまう。この人は、袈裟を身につけた人を見て「ステキな 仏教徒!」と、ユダヤ帽(キッパー)をかぶった男性を見て「わぁっ ステキな ユダヤ教徒!」と言うだろうか。たぶん私は、人の服装そのものではなく(「ステキな ヒジャブ!」ならたぶん違和感をもたなかった)、その服装とむすびついた信仰を〈ステキ〉と言うのは、信仰をファッションのように捉えてるんじゃないか、と感じた、のだろう。

 そこがこの作品の主題ではない、にもかかわらずその違和感で作品をあんまり楽しめなくなっちゃう、のは、なんかさみしい。『ONE PIECE』を中学生くらいまでは夢中になって読んでたのだけど、二十歳を過ぎたころから、おれは死んでも女を蹴らん、みたいな決めぜりふや、読者と作者の交流コーナーで、作者とサンジ(女性を見るだけでスリーサイズがわかる!)が旅の仲間であるナミの身体を見にいってボコボコにされて金を巻き上げられる、という顛末がギャグとして書かれてるのを読むのがしんどくて、あかるくたのしいバトル漫画においてそういう描写がメインではないとはわかりつつ、『ONE PIECE』自体を読まなくなってしまった、ことを思い出す。

 午後ようやく原稿、しかしあまり捗らないまま夕方、ゴーヤチャンプルーを作った。『世界ふれあい街歩き』の、録画してたモルディヴ・マーレの回を途中まで。私は「環礁区」というモルディヴを舞台にした小説を書いた。それなりに調べて書いたつもりだったのだが、想像とはちょっと風合いが違っていた。ちょっとググったくらいで読める日本語の資料は、ほとんどリゾート大国としてのモルディヴについての文献で、もっと生活に根ざしたものを読むべきだったな。384/568


7月30日(土)快晴。晴れがつづいている。遅い時間に起きてすぐ、宮市亮が右膝の前十字靱帯を断裂した、というニュース。こないだの試合で、受傷シーンを観たとき、自分の足で歩けてるから大丈夫なんじゃないか、と思ったのだが、膝の前十字靱帯は断裂しても歩くことならできるそう。宮市はドイツ時代に両膝の前十字靱帯を断裂していて、〈ガラスの天才〉のイメージが強かったのが、マリノスで活躍してて代表にも復帰して、ようやく本当の姿が見られる、と思ってた矢先のことだった。

 肉体労働であるサッカー選手にとっての膝、頭脳労働である小説家にとっての精神、と考えると、怪我がちなアスリートとパニック障碍の小説家というのはなんか通ずるところがある、と、十年ぶりの代表戦(これもなんとなく、デビューから四年半ぶりにようやく二作目を発表した水原と似てるな)で復活を果たした宮市に自分を重ねて、おれも頑張るぞ、と思っていただけに、けっこうショックだった。

 靱帯の断裂は、現在の医療では完全にもとに戻すことはできない、と記事には書かれていて、このまま引退してもおかしくないとこだけど、Instagramでは、もう引退しようと思った、だけど「また、這いあがっていこうと思います」と表明していて、安心する。頑張ってほしい。

 しかしそういえば、マリノスはみなとみらいのマリノスタウンの賃料を払えなくなり、専用の練習場を失って、選手の身体のケアも満足にできなくなった、だから中村俊輔はジュビロに移籍したのだ、というゴシップ記事を読んだ記憶がある。横須賀に新設の練習場もオープンは来年らしい。そこらへんは大丈夫なのかしらん。

 ダニエル・マルディーニがスペツィアにレンタル移籍、と、ACミランの公式アプリの通知。いまいち試合に出られてなかったとはいえ、マルディーニ家の後継者がミラン以外の、しかもセリエAのライバルのユニフォームを着るのか……となる。

 去年の一月、あまり試合に出られてなかったマルディーニではなく出場機会を得てたコロンボがレンタル移籍していったのも、マルディーニはミランにいなければ、ということだと思っていたのだが、さすがに、二十歳になってリーグ戦で十試合も出られないんじゃ仕方ないか。

 散歩して帰宅、ベランダに新聞紙と座布団を敷いてのんびりプルースト、と思ったのだが、暑すぎて、三十分ほどでギブアップ。冷房の効いた部屋ですこし寝た、というか、熱中症で失神か何かしてたのかもしれないな。

 夕方、すこし日が陰ったころにまた散歩、豆のサラダを作って神戸対柏を見ながら食べた。396/568


7月31日(日)晴。遅く起き、ほぼ一日自宅にこもっていた。読書をしたり、一昨日の、全国霊感商法対策弁護士連絡会の、外国特派員協会での会見を観たり。昼の遅い時間、ゴミを出しに一階に降りたのだが、それだけの外出でも汗をかく。窓から見える近所のルーフバルコニーで、幼稚園くらいの子供と両親がビニールプールで遊んでいる。夏だ。窓を開けて換気をするとすぐ暑くなり、しかし閉めるとちょっと息苦しく、頻繁に開けたり閉めたりして、常にエアコンがフル稼働している。電気代がかさんでしまうな。夜、芋を揚げて食う。396/568


8月1日(月)快晴。今日も暑い。起きて散歩。ちょうどスーパーの開店時間で、ヤクルトY1000を買う。十五分程度の外出で汗だくになる。冷房の下でしばらく涼んで始業。長篇が佳境に入っていて、これまでなんとなしに書きつけてきたいくつもの要素が有機的に結びつきはじめる。いい感じに走ってきた。

 午後二時、いちばん暑い時間帯に散歩。しかし暑すぎて、ちょっと腹具合も悪く、十五分ほどで帰宅。また汗だくで、シャワーを浴びて髪も剃る。良い気分転換になった、ので、またゴリゴリ書いていく。自分としてはなかなか捗った、が、朝けっこうゴロゴロしてたし、昼休みも、読書と散歩と入浴で二時間くらい取ってたし、もっと進捗を生み出せる。がんばりましょう。夜、また外出してスーパーに行き、朝買い忘れた豆を買ってサラダを作った。396/568


8月2日(火)快晴。毎日暑くて、天気予報を見るたびに、命の危険が、みたいなことを言われている。遅く起きてもくもく漫画を読む。食材が家にあまりなく、昨日のサラダの残りとかカップ焼きそばを食べ、午後はゆっくり作業。

 日が翳りはじめたころ、ようやくちょっと外出。散歩は軽めにまとめて、食材や最近毎日飲んでるレモネードを買って帰り、汗だくになった服を着替えてまた原稿。外の空気を吸ったのが良かったのか、かなり筆が走る、が、長篇の最終章の冒頭なので慎重に。

 夜、レモネードを飲みながらモルドバの惣菜をすこし食べる。豆のサラダにはレモン汁を使うし、毎日キレートレモンの炭酸かレモネードを飲んでいて、ずいぶんレモンづいているな、と思っていたが、そういえば、昨日蒟蒻畑のレモン味も買ったのだった。夏だからな。396/568


8月3日(水)晴のち曇、夕方に雷。朝から腹痛。無理矢理朝食を詰め込んで散歩、郵便局で用事を済ませる。帰宅してすぐ始業したがどうにも捗らないまま、正午からの歯医者へ。いつもなら、待合室や治療用の椅子に座っているとパニックの予兆がひどく、それでも治療がはじまれば治まっていたのだが、今日はまったく楽にならず。十分ほど、前回の治療跡や全体の様子を確認したあと、じゃあ麻酔しますね、と言われたところで耐えきれなくなり、中断してもらう。中断して待合室に戻った途端にすこし楽になる。支払いをして外に出、買いものをして帰宅。夜までに何度か散歩をしてみたが、そのたびにパニック発作っぽい状態になり、参る。396/568


8月4日(木)曇のち雷雨。松田直樹の命日。

8月5日(金)曇。


8月6日(土)曇のち晴。すこし回復してきた。気持ちが楽になる薬を飲んですこし作業。昼ごろ、太田靖久さんから電話。すこし仕事の話をしたあと、お互い近況報告。入浴して作業を再開。途中『白竜』を読んで気持ちをパーッとさせ、夜まで作業。久々にまったく外に出なかった日。396/568


8月7日(日)曇。だいぶ回復。毎月七日にプルースト文章を公開することにしてる、のだが、今月は読了もできておらず。これはいけません。とはいえ無理も禁物ですね。すこし漫画を読み、麻婆丼を食べながら『世界さまぁ〜リゾート』のベトナム・ダナン回。

 それからプルーストを再開。〈私〉がスワンの恋について書きつけていた紙片を、女中のフランソワーズが持っているのを目撃したことがある、という記述がある。『スワンの恋』で描かれているのは語り手の誕生前後の出来事で、本文中に〈私〉はほとんど登場せず(十数年後に〈私〉がその場所に立ち寄ったとき、みたいな言及はある)、三人称小説の趣があった。ここ数冊、本作は、のちに語り手が書きつけた文章だ、と示唆する記述が増えてきたのだが、『スワンの恋』は自分が書いたものだ、と、明言はしてないまでも、ほのめかしたのははじめてではないか。

 夕方まで作業して、水餃子を食べつつ『ブリティッシュ・ベイク・オフ』のセカンドシーズン。推しになりつつあったイアンとアバッシーが二人とも敗退してしまう。それからまた作業。作業をすればするほど原稿が進む、というのは、当然なのだけども、気持ちの良いことだ。

 夜中まで、休憩をしっかり取りつつ書き進めていく。二十三時ごろ、禁断の深夜マック、ハワイのやつとドラえもんのやつ。食べながら何か観るか、とチャンネルを回してたら、ちょうどガキ使がはじまったところ。鼻部、という企画で、ベテラン芸人たちが、鼻毛綱引き、豚鼻(鼾みたいに鼻を鳴らす)伝言リレー、こよりを作って自分の鼻に突っこんでくしゃみ、という、異様にばかばかしいことをやっている。けっきょく私はこういう、芸人が身体を張るのに弱いんですよね。頭で笑うのではなく身体で笑うというのか。笑いすぎて息が苦しい。

 日付が変わったあと風呂に入り、キダニエル『連載を打ち切られた実家暮らしアラサー漫画家の親が病で倒れるとこうなる』の二巻を、絵柄がデフォルメされてるだけに、赤の他人のはずの著者の母親が、だんだん自分の母親に見えてきながら読了。飛行機や新幹線に乗れなくなった私に取って、鳥取に帰省する、というのは、なんというか、健康な人にとっての月、くらい遠くに感じられる。遠からず私の両親も病か何かで倒れ、死ぬ。そのとき私はどうするのかしらん。

 キダニは二巻の途中で、この出来事をエッセイ漫画として残そう、と決め、その漫画は、母親の存命中に講談社のアプリで連載がはじまった。母親が読んだという描写はなかったが、キダニは間に合ったのだ、と、余命宣告された祖母のレクイエムを書くつもりで「日暮れの声」を書いた私は、うれしく思った。私も祖母の死には間に合い、そのことでまた思い悩んで、「鳥たち」を書いた。『連載を打ち切られた─』の最終話の欄外、前話までは単に〈つづく〉と書き文字が置かれていた場所に、〈残された者の人生はつづく〉と書かれていた。今後の人生でキダニが母親のことをどう振り返り、何を描くのか(もちろん描かないかもしれない、それは本人にしか決められない)。しかし一時間前は豚鼻リレーで腹よじれるくらい笑ってたのに、今はこんなに粛然とした気持ちで日記を書いていて、アップダウンが激しいな。442/568


8月8日(月)晴。朝、三十分ほど家のちかくをウロウロ歩き回り、開店直後のスーパーへ。バラ売りのヤクルトY1000を四本、あと食材をいくつか買ったら、思ってたより高くなり、レシートを確認すると、Y1000が八本と入力されていた。アッすいません!とレジのおねいさんが慌てて店長に相談に走る、のを追いかけて、あの、じゃあ追加で四本いただいてっていいっすか、と申し出る。時間かかりそうだし、カード払いだから現金での返金はできない、とかだったら面倒だな、と思っただけなのだが、それを言うのも感じ悪いし、イヤーほんとは八本くらいほしかったんすけどね、品薄なのに一人がたくさん買うのもなって思ってて!みたいなことをベラベラ並べたてる。購入個数の制限はないし、お店側にとっても手間が省けるはず、ということで、どちらにとっても良いことをした、と自画自賛しつつ、しかしたまに十二本(六本入りのパックふたつ)買うやつが何を言ってるんだ……?となる。そういうことで、うちの冷蔵庫にはY1000がたくさんあるのです。

 帰宅して汗が引いたらプルースト。語り手は、家でくつろぐアルベルチーヌを見ながら感慨深げに述懐する。「知り合うことさえ不可能だとあれほど長いあいだ思いこんでいた娘が、いまや飼いならされた野生動物のように、生育に必要な添木や枠組みや垣根仕立てを私から与えられたバラの木のように、こうして毎日、ほかでもない娘自身の家にいながら、私のそばのピアノラの前に座り、私の本棚にもたれているのだと考えると、私には不思議な気がした。」アルベルチーヌは語り手に軟禁され、外出も自由にできないのであって、ここは〈娘自身の家〉ではない。この記述には語り手のつよいバイアスがかかっていて、しかし、“意中の女を手に入れた男”の感慨としては、けっこう凡庸ではないか。

「私にとってアルベルチーヌとの生活は、一方で私が嫉妬していないときは退屈でしかなく、他方で私が嫉妬しているときは苦痛でしかなかった。」ともある。本巻のなかですでに〈私〉はスワンの恋を、(本訳では二巻にあたる一篇の長篇としてではなくとも)書きはじめているのだが、嫉妬する、ということは、相手の言動に翻弄されてる、ということで、スワンが到達したような、「愛しているという喜びゆえに愛しているだけで満足する術をこころえ、強いて相手からも愛されることは求めな」い境地にはほど遠い。

 夜、「私が大胆な振る舞いに出てアルベルチーヌを思いのままにするためには、(…)首筋もあらわな真っ白なネグリジェすがたにするほかないように思われた。」というなぞの強迫観念に駆られ、語り手はこう言葉をかける。「もうすこしここにいてぼくを慰めてくれるというのなら、その部屋着を脱いだらどうだい、暑すぎるし、ごわごわするし、ぼくはきみに近寄れないんだ、きれいな布地をしわくちゃにしてはいけないし、ふたりのあいだには運命を告げる鳥たちがいるからね。さあ、脱ぎなよ。」アルベルチーヌを手籠めにしたいがために〈運命を告げる鳥たち〉を持ち出すの、ぜんぜん意味が分からなくて好ましい。

 ようやく本文を読了した。『スワンの恋』に象徴的なように、語り手は、知るはずのない場面や他人の内面まで綿密に描写している、にもかかわらず、『囚われの女』の二冊を通じて、アルベルチーヌが何を考えているか、は、確信をもって描かれることはない。そして彼女への思いのように、語り手の内面はめまぐるしく揺れ動いている。恋をすればするほど相手が何を考えてるかわからない。悟りきったような語り口だが、〈私〉はこの恋に、手もなく振り回されている。

 夕方、銀座の良いケーキを食べ、早めにベッドに入る。516/568


8月9日(火)晴。遅く起き、水餃子を食おうとしたのだが、食欲がなくてぜんぜん食べられず。食べながら見ようと思っていた、NHKの、伯耆大山の風景を何のナレーションもなく四十五分映しつづける番組の終盤になってようやく少しずつ食べる。高校の山岳部で何度か歩いた山で、どうにもおセンチになった。それから『囚われの女 Ⅱ』、訳者あとがきまで読み、間髪入れずに再起読。

 私は、七月十八日に、死んだスワンに向かって〈私〉が、あなたをモデルにしてスワンという人物を造形した、と語りかける記述を引用した。この場面で語り手は、ティソの絵のなかに〈あなた〉が描かれている、とも書いており、しかし「ロワイヤル通りクラブ」には、端のほうにアースは描かれているが、架空の人物であるスワンはどこにもいない。

 私はこの一連の記述についてこう書いた。「〈スワン〉は作中での名前なのだから、ほんとうなら引用箇所は、まず「親愛なるシャルル・アースよ」と呼びかけるほうが適切なように思える。これは校正なかばで著者が亡くなったことで誤記が残ってしまったのか、虚実を混濁させるための意図的な記述なのか。」この場面について訳者は、(実際には存在しないバルベックと、そのモデルとなった実在の街カブールが、作中のノルマンディー地方に併存しているように)作中の「ロワイヤル通りクラブ」には、実際には存在しないスワンと、そのモデルとなった実在の人物アースがともに描かれているのではないか、という斉木眞一の説を紹介していた。

〈私〉にとってバルベックの街が実在しているように、〈私〉にとって〈スワン〉は実在の人物だった。そして〈私〉は、実在の人物である〈スワン〉をモデルに、作中人物である〈スワン〉を造形した。だからこれは、すくなくとも誤記ではない。

 前半の巻で訳者はたびたび、実在の俳優の名を列挙するなかに架空の人物名を混ぜ込ませる、みたいな書きかたはプルーストの常套手段、ということも訳者は指摘していた(と書いてて思い出したけど、『風の歌を聴け』のなかで、架空の小説家であるデレク・ハートフィールドを、同時代の実在の人物であるヘミングウェイやフィッツジェラルドと比肩する書き手だった、みたいな記述があったな)。実在の絵画の向こうに、存在しない人物を幻視させるのも同じ手法か。

 夕方にようやく始業して、五、六時間で十枚くらい。もうちょっとペースを速めたいところだな。夜、近所でいちばん美味い中華の冷麺と炒飯を、ニュースを観ながら食う。美味い。157/568


8月10日(水)晴。遅くまで寝ていた。今日は午後歯医者でクリーニングの予約をしていたのだが、どうにも体調悪く、キャンセルの電話。そのあとはもくもくプルースト。

 昼ごろ、ウーバーイーツでマックのハワイのやつ。ハッシュドポテトとビーフパティのやつが美味かった。すこし昼寝をしてまた進読。

 十五時から、統一教会の会長の記者会見。観終わってすこし散歩。夜、そういえばマックから何も食べてなかった、と気づいて、チンする米だけ食う。頭が痛い。416/568


8月11日(木)晴。すこし風がある。頭痛が治まっておらず、遅く起きてすぐロキソニン。最近寝付きがあまり良くなく、遅くまで寝てしまう。起きてすぐにプルースト。

 昼休み、『白竜 LEGEND』の一巻を読んでから、仕事のめちゃ厚い本を起読。仕事の読書の合間に仕事の読書をするというのはどういうことだ。一時間ほど読んですこし散歩した。

 帰宅したあとはまたプルースト。本文を再読了して、食器を洗ったり風呂で髪を剃ったりしてたらもう夕方。散歩に出る。よく前を通りがかってた近所の公園にはじめて入り、ベンチに座る。夕方でもまだ暑いが、日陰は快適。夏休みの小学生たちが遊んでいる。水鉄砲を空に向けて撃ちながら、「ほら、雲まで届くぜ!」と叫んでいて、なんだか泣きそうになった。

 だいぶ汗をかいたのでまた風呂に入り、中村真一郎『戯画と戯詩』。楽しげでいいな。そのあとU-NEXTでゴダールの『気狂いピエロ』を観。

 一時間は三千六百秒、一日は十万秒、一生は二十五億秒、という台詞がちょっと印象に残る。私は毎日日記を書いているが、十万秒の間に起きた出来事を余すことなく書き残すことはできない。日記を書くというは、そのなかで、書くことと書かないことを取捨選択する作業だ。私はその本のために家賃を払いたい本だけ手元に置いておくことにしているのだが、それと同じで、日記にも、書きとどめておきたい、記憶に残しときたい、また読み返しうる状態にしておきたいことだけ書く。

 昼間に読んだ『白竜 LEGEND』のなかで、敵対する組織の女を白竜が強姦して、女は白竜に惚れ、トラブルが解決する、みたいなエピソードが描かれていた。前作(『白竜』)の一巻でも、似たような構成のエピソードがあった。後ろからするセックスの効果音がドッドッドッなのも似ている。しかし私がこのリフレインに着目しちゃうのは、前作のエピソードを日記に書いたからで、私はそうやって、記憶が(意識が?)変性するのが楽しくて書いてるような気がする。516/568


8月12日(金)雨、風が強い。台風が近づいているらしく、時間が遅くなるに従って気圧が下がり、天気が崩れていく。ゴーヤチャンプルーをつくってもそもそ食う。区の新型コロナ対応をいろいろ調べて、午前の遅い時間に始業、ようやくプルースト文章。昼食を挟んで、けっきょく夜の八時ごろに公開した。当初の予定は七日だったから、五日遅れ。最近いつも自分のパニック障碍のことを考えていて、そのことも盛り込んだので、なんだかあんまり明るくない文章になってしまった。

 それからU-NEXTでアキ・カウリスマキ『希望のかなた』を観。内容をぜんぜん調べず、U-NEXTだと、おしゃれなレストランのなかで(なんかへんな着こなしの)和服姿の俳優たちが神妙な顔をしてる、みたいな場面が紹介されてたので、『さよなら、人類』やウェス・アンダーソンの映画みたいな、ちょっとすっとぼけたユーモア映画、と思ってたのだが、すっとぼけたユーモアは和服のシーンだけで、全体はめちゃシリアスだった。フィンランドに密入国したシリア難民が主人公で、内戦の続くシリアに強制送還されそうになって脱走してホームレスになり、排外主義者に襲われながらも、いくつもの善意によって人生を取り戻していく。

 観終わって、今日もあまり眠れず。日付が変わって三十分ほどスマホで漫画を読んで、いいかげん寝ないと、と思っていたら、サルマン・ラシュディが講演会の壇上で襲撃された、というBBCの速報。

 ラシュディは一九八八年の『悪魔の詩』がイスラム教を揶揄しているとしてムスリム社会の反発を呼んだ。ホメイニ師はイスラム法のファトワーとしてラシュディの〈死刑〉を宣告し、イランの財団がラシュディの殺害に日本円で数億円の懸賞金を設定した。数ヶ月後にホメイニ師が死に、ファトワーは発令した本人しか撤回できないため、この〈死刑〉宣告も永久に有効、ということになっていたらしい。

 刻一刻と更新されるBBCのBreaking Newsのページを見ながら、Twitterで画像を漁ってしまう。仰向けに倒れたラシュディを医療関係者らしい人が囲んでいる、服を脱がせて搬送する、犯人らしき男が連行されていく、壁には血が飛び散っている。殴ったか刺したかした、となっていたのが、刺した、に確定し、クビに刺し傷、インタビュアーも頭部に軽傷、ラシュディはヘリで病院に搬送された、容疑者は即座に拘束された、とアップデートされていく。

 一ヶ月ほど前にもこうやって、ショッキングな画像を漁って遅くまで眠れずにいた。あの事件は宗教に人生を翻弄された子供が犯人だった。この事件の犯人の属性や動機はまだ明らかになっていないが、どうしても、予断をもって考えてしまう。なんで小説書いて刺されなきゃならないんだ。