優しい伏線

「人は誰しもひとりぼっちなのだ」。死にゆく祖母のまわりで狂乱する医師たちの戯画を描き出し、語り手はこう述懐する。しかしこのとき、彼は、誰を見てそう思ったのだろう。直接的にはたぶん、誰からもほんとうには悲しまれずに死んでゆく祖母だ。医師たちは、刻々と死体に近づいていく自分のことはそっちのけで喜劇を繰り広げている。長く付き従ってくれた女中のフランソワーズは、主の死よりも日常の儀礼をかたくなに守る。娘は懸命に介助してくれながら、しかし母の顔を直視しようとしない。孫はといえば、冷徹な目つきで周囲の大人たちを観察しつづけている。そして本人は、次第に自我を失って、孫の目には〈獣としか言えぬもの〉に成り果てる。だから、ひとまずこれは、大勢の人間に囲まれても一人で死んでいった祖母のことだと考えられる。しかし、勲章を通すボタンホールのことで怒鳴り散らす医師も、祖母が視力を失うまで彼女を見つめられなかった母も、日ごろの習慣にしがみつくしかなかったフランソワーズも、みなそれぞれにひとりぼっちだ。かつて「お祖母さまがいなくては、ぼくは生きてゆけません」とまで言わしめた祖母の死に際して、満腔の悲しみに浸りきれず、観察をやめられない語り手自身も。親密な人の死は生者に人生観の更新をうながす。そうして〈私〉が得たのは深い孤独感だった。

『失われた時を求めて』第六巻、『ゲルマントのほう Ⅱ』は、大きくふたつの場面に分けられる。前半の、語り手が訪れるヴィルパリジ夫人のサロンの群像と、後半の祖母の死だ。訳者は、祖母の病気と死を、本巻前半と次巻──私はすでに次巻を読んでいる──の社交界の描写で挟むことで、〈私〉が身を置く「軽薄な社交生活への暗黙の批判を形成している」と指摘する。サロンを舞台に、ドレフュス事件をめぐって会話が交わされる前半部の議論の内容は、私にはよくわからなかった。私は本巻の末尾で語り手の祖母が死に、次巻の語り手がそれを忘れたように社交にうつつを抜かすのを知っていて、本巻の三分の二におよぶ社交の場面を、すべて祖母の死の前段として読んでいた。祖母の死を待ち望みながら。してみると、祖母の死の描写をすべて見届けてすぐ、いそいそとこの文章を書きはじめた私は、〈私〉の目には、祖母の臨終を告げるやギャラを受け取ってさっそうと退場していくディユラフォワ医師と似たようなものとして映るのではないか。

 その先の死に心を預けて読んだ前半部で、それでも印象に残ったのは、ヴィルパリジ夫人が甥のシャルリュス男爵に借りた三千フランを電報為替で返済するとき手数料をケチり、男爵も叔母への手紙の追伸として、「電報為替の件と、お貸しした三千フランからあなたが六フラン七十五サンチームを差し引いたことは、さっそく明日からみなに触れまわり、あなたの体面を丸つぶれにしてみせましょう」と書き送った件だった。ここに著者の、あるいは晩年にこの日々を回想する語り手の、社交界へのまなざしが表れている。六フラン七十五サンチームは、訳註によれば現在の価値で三千四百円程度で、私には安くないように思えるが、公爵夫人の身分にある者が三千フラン(約百五十万円)を甥に返済するときにケチるほどの額ではない。しかし、この六フラン七十五サンチームをおおごとのように考える針小棒大がきっと、社交界の時間の流れかたを楽しむための感性なのだ。そしてそれは、祖母の死、という、あまりに大きな悲しみから目をそらすための流儀でもあるのかもしれない。

 原書では『ゲルマントのほう』の〈一〉の末尾と〈二〉の前半に分割されていた祖母の病と死のエピソードを、私が読んだ岩波文庫版では本巻の後半にまとめている。祖母がシャンゼリゼ公園で、死に向かう最初の発作を起こしたところで〈一〉は終わる。訳者によれば紙幅の都合上ここにおかれた物語の切れ目。著者は〈二〉を語り出す前に、「祖母の病気、──ベルゴットの病気、──公爵と医者、──、祖母の衰弱、──、その死。」というレジュメを配置している。祖母の死出の道ゆきの、ここが最後の踊り場だ。ここからページをめくりはじめれば、彼女はもう死ぬ以外にない。

 人は誰もが死ぬし、そのことは誰でも知っている。しかし私は私の祖母と接するとき、彼女が脳梗塞で倒れるまで、その死を考えたことはなかった。私の両親は二人とも末っ子で、私も末っ子だった。私の祖母は私が生まれたときすでに老婆で、きっと私が物心ついてからも、年々着実に老いていっていたのだろうが、ぐんぐん世界を広げていく幼い子供の目にその衰えは映らない。進学のために郷里を離れた私は、遠く離れた街で、祖母の発作を、ちいさな画面に浮かんだテキストとして知った。それからも、祖母の病状──顔の半分に麻痺が残った、自分が料理中だと忘れて小火を出した、再び脳梗塞を起こした、もう自分の足で歩けなくなった──を、私は、祖母の姿を見ることなく、文章を通じて知った。小説の描写を読むように、と言うには、季節の報せのように届くテキストには要点しか書かれておらず、衰えていく祖母の様子は、私の頭のなかで何の像もむすばない。記憶のなかの祖母と、実際に両親が介護をしている祖母は次第に乖離していき、一、二年に一度の帰省のたびに、私はその食い違いの大きさに驚き、目をそらして、再び進学先の街に帰った。だから私はいつまでも、祖母がもうすぐ死ぬのだということがよくわからずにいた。そして彼女が余命宣告を受けたという報せを、これもテキストで受け取って、彼女の死を題材に小説を書いた。

「われわれはよく死期はわからぬものだと言うが、そう言うとき、死期をどこか漠然と遠くの空間に位置するものとして想い描くだけで、その死期が、すでに始まったこの一日となんらかの関係があり、死それ自体が──というより死が最初にわれわれを部分的に捉えてもはや放さなくなる瞬間が──この午後にも生じる可能性のあることを意味するとは考えもしない」。本巻の語り手はこう述懐する。しかしプルーストは、『ゲルマントのほう』のなかで祖母が死ぬことを企図したうえで、この長大な小説を書いていたはずだ。祖母の死期は〈どこか漠然と遠くの空間〉ではなく、明確にここに見据えられていた。だから訳者が指摘しているとおり、「祖母の病気は、当初から『ゲルマントのほう』の伏流をなしていた」し、『花咲く乙女たちのかげに』のなかでも、語り手は祖母に「お祖母さまがいなくては、ぼくは生きてゆけません」と訴えかけ、しかしサン=ルーと食事に出かける際には、「この時点から私は新たな人間となっていた。もはや祖母の孫ではなく、祖母のことはここを出るときにしか想い出さず、これからふたりに給仕してくれるボーイたちの一時的な兄弟になっていたのである」と独白した。祖母の死の予兆を、その死への備えを、プルーストの語り手は入念に行っている。あるいは、かつて祖母の死のはじまりが目前にあることを予期せず、彼女の旅出を茫然と見送るしかなかったプルーストは、かつての自らを顧み、〈私〉の心に生涯こびりつく悔恨をすこしでも減じさせようとして、入念にその予兆を書きこんだのかもしれない。

〈私〉は、一人になった祖母が、ネグリジェ姿で窓を開け、飛び降りようとしているのに気づく。すんでのところで止めた私の脳裡に、かつて、自殺未遂者が救出されるのを見た祖母が、「絶望した人をその人の望む死から引き離し、元の苦難の道につれ戻すほど残酷なことはない」と言っていたことが蘇る。この件以降、「祖母の目つきはすっかり変わった。しばしば不安げな、嘆くような、とり乱した目つきとなり、それはもはや昔の祖母のまなざしではなく、くどくど繰り言をいう老婆の陰鬱な目つきであった」。前巻で、ドンシエールからパリに帰った語り手は、客間にいる祖母を見て、自分の目のなかに、ある〈写真〉が映し出されるのを感じる。そこに写っているのは、「ソファーのうえでランプに照らされ、赤らんだ顔をして、いかにも鈍重で品もなく、病魔に冒され、夢想にふけっているのか、本の上方にいささか惚けたような目をさまよわせている、見覚えのない、打ちひしがれた老婆」だった。このときほんの刹那〈私〉の目に映った〈老婆〉が、本巻にいたって、ついに実体化した。きっとあのとき彼が目にしたのは、若い語り手が大きな喪失に備えられるように、著者が書き入れ、その目に見せた、優しい伏線だったのだ。

 冒頭のレジュメのとおり本巻では、ベルゴットも病を得、死を目前にしている。〈私〉はすでにベルゴットを崇拝してはおらず、かわりに〈ある新進作家〉に無垢な賞讃を抱き、しかしその憧れも、ベルゴットの言葉を聞いて霧消する。けっきょく〈私〉にとっては、メンターであったベルゴットも、その代わりに見出した新進作家も、文学の先達としての輝きを失ってしまった。さらに彼は、かつて「おやおや、あの仕事とやらはもう話題にもならないの?」と優しく発破をかけてくれた祖母をも亡くす。誰かの影響を強く受けた作品で出発した小説家も、やがては必ず、それぞれ独自の道を見出して歩み続けなければならない。もしかしたらまだ何も書いていないかもしれないこの語り手も、こうやって、少しずつ自分の文学を切り開こうとしているのかもしれない。しかしそう考えられるのは、死が死なれたずっとあと、その出来事に意味を与えられるほどに遠のいた未来のことだ。

 祖母は死に、〈私〉は空虚な社交へと向かう。祖母の死を目がけてここまでの六巻を読んできた私は、その先に何があるのかを知らない。