最後の跳ね板

「で、仕事は、始めたかい? まだだって? 困った人だねえ! ぼくにあなたのような素質があったら、朝から夜まで執筆するだろうに。なにもしないほうが、もっと面白いのかねえ。なんて残念なことだろう、ぼくみたいな平凡な人間がいつでも仕事にかかる用意ができていて、立派な仕事のできる人がやりたくないとは!」とサン=ルーは〈私〉に言う。傑作をものしようとする人に必要なのは、こうやって、〈素質〉を無条件に認めてくれ、書きあぐねている〈私〉を笑い飛ばしてくれる友人だ。快活な彼の言葉を、語り手がどう受け取ったかはいっさい書かれていないし、パリに戻ったあとも、彼の言葉を思い返したり、発奮してなにか畢生の作品を起筆するような様子も描かれない。この言葉が語り手にどのように作用したのかはまだわからない。それでも、百年あまり後の読者である私は、この台詞を読んでから数日経った今、(だいたい毎日)小説を書きあぐねてスマホを手に取ったりするとき、耳の奥で、聞いたこともないサン=ルーの声が笑うのが聞こえたりする。語り手と同様、べつにその言葉に発奮したりはしないのだが。困った人だねえ!

『失われた時を求めて』五巻で、語り手は、友人のサン=ルーが下士官として駐屯するドンシエールを訪れる。前巻にひきつづき、拠点であるパリを離れるが、大きな違いは、その旅に同行者──祖母がいないことだ。祖母を離れて語り手が、何のためにドンシエールに行ったかというと、彼が恋い焦がれるゲルマント夫人に、甥であるサン=ルーから紹介してもらいたい、という下心のためだ。「私はサン=ルーの叔母の写真を見つめていた。すると、この写真の持主であるサン=ルーからそれをもらえるかもしれないという考えが浮かび、私にはサン=ルーがいっそう大切な存在となり、その役に立てるならどんなことも大したことではない気がしたのである」と彼は、宿舎のサン=ルーの部屋で考える。彼にとって友情とはそうしたものだ。語り手は、神に「夫人が没落し、人望を失い、私とのあいだを隔てるあらゆる特権を奪われ、もはや住むべき家もなく、敬意を表してくれる召使いもなく、私のところに身を寄せること」を願うような人間で、地の文で一貫して〈ゲルマント夫人〉と名指しつづける彼女を彼が〈オリヤーヌ〉とファーストネームで呼ぶためには、それほどの出来事が必要だ。もちろんどれだけ祈っても夫人が没落することはないし、サン=ルーは、どうやら夫人への手紙で語り手のことを頼んでくれたようだが、パリに戻ったあとも、夫人から夜会に招待されることはない。語り手のドンシエール行は空振りに終わった。

 パリを発つ直前、オペラ『フェードル』を数年ぶりに鑑賞した語り手は、この作品や主演女優ラ・ベルマにかつてほど昂揚できない自分にたじろいでいた。当初は、自分の芸術的関心が、エルスチールの作品を通じて、タピスリーや絵画という平面芸術に移ったのだ、と考える。しかしより正確には、「私の執拗で活動的な欲望の対象がもはや存在しなくなっても、それでも、年ごとに夢想は変化するものの、一定の夢想を追い求め、危険をものともせず突然の衝動に身を任せようとする、そんな気持ちだけは存続していたからである」。これは芸術についての思索だが、事は恋愛についても同じだ。なにかに〈執拗で活動的な欲望〉を燃やし続けられる季節は、長い人生のなかであまりに短い。ゲルマント夫人への片恋に身を焦がし、散歩道で待ち伏せし、彼女の没落を祈り、甥であるサン=ルーに仲を取り持ってもらおうとドンシエールまで旅をする。彼の行動は、一見たいした望みのなさそうな恋に突き動かされている。

 祖母は、語り手の転地療養を兼ねたバルベック行には同行していたが、恋愛のための旅行に保護者は妨げにしかならない。旅に出る語り手の背中を、彼女が、何を思いながら見送ったのかはわからない。孫はいずれ自分の元を去っていく。かつて少女だった祖母も、そうやって自分の保護者から離れたことがあった。意気揚々と家を出る孫の姿を、かつての自分と重ね合わせもしたかもしれない。恋愛に邁進する青年が放つ雰囲気を、かつてそんな感情を向けられた少女だったこともある祖母は孫に感じ取っただろうか。

 そうして送り出されたドンシエールで、語り手は、焦燥に駆られていながら、大した成果を得られない。ロマンチックな恋愛話ではなく、サン=ルーと友人の軍事談義に巻き込まれたりする。第一次大戦中に、アンリ・ビドゥーの戦況報告を参照して加筆されたというこの場面で交わされる会話のほとんどが、十五歳で世界史に挫折した私にはよくわからないが、語り手はサン=ルーの長広舌を聞いて「戦術に夢中になりそう」などと言う。本当だろうか。そしてこう続ける。「そのためには戦術もほかの芸術と違わず、習得した約束事がすべてではないと信じられることが必要なんだ」。戦争と芸術のアナロジー。そしてすこし後、サン=ルーは語り手に対してこう言っていた。「結局、肝に銘じておいてほしいのは、戦術の変化をいちばん促進するのは戦争それ自体だということだ」。この言葉は、冒頭で引用した親身な挑発以上に、語り手にとって大きな意味を持つ。戦術が芸術の一分野なのだとしたら、芸術が、私の関心でいえば文学が、もっともドラスティックに変化するのは、結局、実践──書くときでしかない。

 恋愛については成果なく、しかし、小説を書くことについては重要な示唆を得て、語り手はパリに戻る。そこでは、本巻のなかでは成就することのないゲルマント夫人への恋情と、サン=ルーとその愛人をめぐるいくつかの出来事、そして祖母が待っている。パリに発つすこし前、語り手は祖母と電話で話していた。そしてその会話のなかで、前巻で語り手を〈私のかわいいネズミさん〉と呼ぶほどに溺愛していた祖母は、彼の健康と仕事のために、ドンシエールに住み着いてもいい、とまで言う。祖母はこうして、面と向かってではなく、孫に〈自由〉を与えた。通話が切れたあと、語り手は受話器に向かって、「お祖母さん、お祖母さん」と繰り返し、そうやって通じ得ない呼びかけをする自分を、死んだ妻を捜し求めるオルペウスになぞらえる。ここで電話という最新技術は、死とつながるものとして描かれている。

 パリに戻った語り手は、祖母を描写するときに、ふたたび当時の最新技術を持ち出している。「私が祖母を見たとき、その瞬間、私の目のなかに自動的に映し出されたもの、それはまさしく写真であった」。彼はここで、客間に座る祖母に、「ソファーのうえでランプに照らされ、赤らんだ顔をして、いかにも鈍重で品もなく、病魔に冒され、夢想にふけっているのか、本の上方にいささか惚けたような目をさまよわせている、見覚えのない、打ちひしがれた老婆」を見出す。

 この描写を読んでふと、ダゲレオタイプの被写体のように、長時間その場で身じろぎせずにいる、私が知るはずもない〈私〉の祖母の姿を思い浮かべた。〈その瞬間〉という言葉の中に、〈私〉が客間に入るまで、そしてそこに見知らぬ〈老婆〉を見出して慌ててドアを閉じたあとの長い長い時間が折りたたまれているような。しかし考えてみれば、人物たちがドレフュス事件について同時代のこととして言及している本巻は一八九〇年代後半の出来事を描いているに違いないし、一八七一年に生まれたプルーストも、ダゲレオタイプの全盛期を経験したことはない。語り手が思う〈写真〉がダゲレオタイプであるはずはない。それでも、当時の写真についての時間感覚は、多くの人がカメラ機能つきの端末を持ち歩くようになり、撮ったその場で確認できる現代とはまったく異なっていたはずだ。今そこに座っている祖母を撮影したとして、現像された写真を見られるのは、祖母がそこからいなくなったあとのことだ。客間の祖母に見知らぬ老婆の写真を見出した〈私〉は、同時にそこに祖母の不在をも見出した。

 極めて安易なイメージとして、年を取った人はなかなか最新技術を使いこなせないものだ。自分たちより後の世代の、それも一時的な流行ではなく、その後も社会をずっと支え続けるだろうもの。電話と写真は語り手の祖母にとってそういうものだ。そんな最新技術を通じて〈私〉の前に現れる祖母は、つねに死の影をまとっている。それは遠からず死を迎える祖母が、その技術と親しむことはないと、ほとんど確信されているからだ。

 そういえば私の暮らす国にはかつて、写真に写ると魂を抜き取られて死ぬ、という迷信があった。〈私〉の国ではどうだったのだろう? 彼は〈亡き人の名〉のように祖母に呼びかけ、祖母の姿を写真として捉えたことで、すでに彼女の魂を死の岸辺に送ってしまったのかもしれない。

 次巻の末尾で祖母は死ぬ。私はそのことを、一巻を読んだときから知っていて、ここまでの五冊を読みながら、ずっとその予兆を探しつづけている。祖母の死を描くのだろう六巻への、長い長い予備動作の、最後の跳ね板として、私は本巻を読み終えた。