2021.6.5

 とにかく、私が部屋を分けたいと思ったのはそういう理由からだった。何も言わずに同意してくれたのは、そうやって原稿の捗らない私を見ていたからか、あるいは彼女も、他人のタイピング音で自分の打鍵のリズムを乱されるたちなのかもしれない。

 タイピングといえば森博嗣の『すべてがFになる』で、主人公が孤島の研究所で会ったとても優秀な研究者が、会話をしながら、まったくちがう内容のこと、たしかプログラミング言語か何かを、すごいタイピングの速度で入力し続けている、という場面があった。あれはもちろん、日本語とプログラミング言語というふたつの言語を、口と指という二通りのやりかたで同時に出力する、という、研究者の頭の良さと、来客の対応をしてるのに仕事を中断しないという、やや一般常識から外れた感性を表現するための描写なのだが、それにしたって読者に向けたパフォーマンスに感じた。似たようなことはそういえば、戯言シリーズのどれかの巻で、玖渚がパソコンか何かを操作しながら、マウスを使ってたんじゃ遅すぎる、という主旨のことを言ってたときにも思った。