ただいま。こんにちは。私たちは声をそろえて違うことを言い、父は、こんにちは、おかえり、と困ったように微笑む。
疲れたでしょう、カオルも、みやびさんも。揺れんかった?
上のほうで、すこしだけ。
そう、まあゆっくりしてってください。彼は砂利を踏みながら私たちの横をすり抜けて門に向かい、敷居をまたぐ前にふと振り返る。いつごろまでいられるん?
二泊。
短いな。
仕事があるから。
忙しいんか。
このころはまだパンデミックがはじまる前で、恋人は週五日オフィスに通っていたし、私も図書館で働いていた。彼女は有休をつかっていたが、アルバイト契約の私にはそんなものなく、二泊三日ということは、ざっと二万円くらいの収入減になり、それはすごく大きいことだった。
あの日、私たちは誰もマスクをしておらず、いまこうして思い出すと、パンデミックのいちばんひどかったころ、マスクをせずに歩いてる人とすれ違うときに感じたうっすらとした恐怖と嫌悪を、飛行機の人たちや母や父や私たち自身に感じてしまう。
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