自著を見かける 2025.6.3~2025.8.26
- 涼 水原

- 9月2日
- 読了時間: 67分
更新日:9月8日
6月3日(火)一日雨。しかし朝刊にビニールのカバーがかかってなかったので、早朝はまだ降ってなかったのかもしれない。
昨日の鍼のおかげで腰痛はほぼ消え、首もかなり楽になった。雨のなかを散歩に出、パピコを二個買うと一つおまけでついてくるパピコ専用靴下(と文字で書いてみるとほんとうにへんだ)、を求めてファミマをハシゴ。三軒目で、店員さんが箱から靴下を出して冷凍庫の側面に設置するところに行き会い、ようやく確保した。
夜、仕事の合間にちょこちょこ読んでたメイソン・カリー『天才たちの日課』(金原瑞人・石田文子訳、フィルムアート社)の後半を一気に読む。クリエイティヴな分野で歴史に名を残した人たちの日々のルーティンが、それぞれ一から四ページでサクサク紹介される本。日々のルーティンを構築しあぐねたままデビューから十四年が過ぎた小説家として、何かのヒントを求めて……。フォークナーの言葉がカッコ良かったですね。〈「私は魂に動かされたときに書く」とフォークナーは述べている。「そして魂は毎日、私を動かす」〉(P.90)カッコ良すぎて何を言ってるかよくわからんところもふくめてカッコ良い。
しかし、こういうのはけっきょく人それぞれなんだよな。一つ一つのエピソードにはたいへん興味をそそられつつも(トマス・ウルフは執筆中、無意識に自分の男性器をいじってたらとつぜんエネルギーが湧き上がってきて、それ以降も〈しょっちゅうこの方法を使って執筆意欲を高めようとした〉(P.29)のだそう)、しかしただちに私も実践するぞ、という感じにはならなかった。畢竟、日常とは自力で構築するものなのだ。
読みながら音楽でも、と思ってYouTubeにアクセスしたら、おすすめ動画のなかにBlurのSong 2のMVが出てきた。oasis好きとして、ブラーは聴かなくてよい、と思っていたのだが、何の気なしに再生してみると、すさまじく耳に馴染んだイントロが流れ出す。中学生のころめちゃ遊んでた初代プレステのサッカーゲームの主題歌だった。『FIFA: ROAD TO WORLD CUP 98』。あまりに懐かしく、YouTubeでプレイ動画をいくつか観。本作、ボールを手に持った相手GKにスライディングができるんですよね。もちろん現実にそんなことをやれば即退場なのだが、このゲームはイエローカードやレッドカードが出ない設定にできるのだ。それで受験のストレスがやばかったころは、相手GKがボールを持つたびに転ばせていた。受験期にゲームをするな、という話ですが……。
6月4日(水)雲の多い晴。朝の散歩の帰りに喫茶店で一時間ほど読書。そのあとは夕方まで作業。脳がしおしおになった。
晩めしを食いながらU-NEXTでシルヴァン・ショメ監督『イリュージョニスト』を観。ジャック・タチが遺した脚本をもとに、没後四半世紀あまり経った二〇一〇年に制作されたアニメ映画。たいへんに良かった。さえない流しのマジシャンと田舎の島の無垢な少女の旅とその終焉。こういうのめちゃ好きなんですよね、おセンチでものがなしくて、ちょっぴりまぬけで……。
6月5日(木)快晴。十一時からオンラインでカウンセリング。カウンセリングのあとはぐったりしがち。
午後四時ごろジョグに出る。途中、脇道から、四十代後半くらいのおじさんが飛び出してきた。ジョグ仲間だ。めちゃ猫背でお腹も出ていて、ハーフパンツとぴちぴちのエアリズムっぽいTシャツ姿。同じ道に合流してきたときは私の数歩うしろでよく見えなかったのだが、なんか足音のテンポが速まった、ので、私も速度を上げる。こうやって誰かと競うのも久しぶりだな……と楽しみはじめていたのだが、すぐ次の角でおじさんが曲がり、レースは終わった。
帰宅して息を整えて、『恋愛以外のすべての愛で』の献本時に同封する手紙を書きはじめる。一人一人文面を考えて、下書きをして清書して、封筒に入れて、けっきょく夕方までかかった。一人一人の顔やこれまでの、人によっては四半世紀を越えるやりとりを思い浮かべながら文面を考えるの、けっこう良い時間だった。私はやったことないけど、文通をする人というのはこの感覚が好きなんだろう。
6月6日(金)晴。昼食時と夕食時、WOWOWでNBAファイナル、ペイサーズ対サンダーの第一戦をハーフタイムまで観。終始サンダーがリード、一時は十五点差までつけて、サンダーのホームだし今日はこれで終わりかな……と思ってた、ら、最終盤にペイサーズが差を詰めて、一点差のラストプレーでハリバートンがロングレンジのツーポイントを決めて逆転! 四十八分間の試合のうちペイサーズがリードしてたのは最後の〇・三秒だけ!というすさまじい逆転劇だった。興奮してちょっと寝つかれず、食器を洗ったり脳の負荷の小さい本を読んだりして、ようやく十二時半ごろに寝た。
6月7日(土)快晴、暑い。午後、朝比奈秋『あなたの燃える左手で』(河出書房新社)を読む。『受け手のいない祈り』の書評の準備として、既読のものも含めて朝比奈作品をひととおり読んでいるのだ。デビュー作から順に読んできて、だんだん朝比奈の書き手としての特徴が見えてきた気がする。
本作、舞台であるハンガリーの病院にはヨーロッパ各地から人が集まっていて、それぞれの言語や、訛りを残したハンガリー語で会話する。その響きの違いを表現するために、朝比奈は日本語の方言を利用する。この人の語り口は日本のこの方言に似てる、と明記したうえで、その人物の台詞を日本の方言で書く、という手法。
「おい、イグナツ。おまえ、これ見たか」
イグナツは片脚を引きずりながら入ってきて、すぐに丸イスに座りこんだ。
「見だよ。見だ、とっぐに見だ。さっき、お互いの傷ば見せあっだ」
イグナツはたどたどしいハンガリー語で返すと、背を丸めてうなだれる。聞き取りにくい話し方に親しみがわいてくる。イグナツの話し方は叔父の津軽弁に似ていた。
P.23
イグナツはフランス語圏の出身らしいし、フランス語の響きが東北弁になんか似てる、というのはよく言われることではある。
台湾系フィンランド人の雨桐(ウートン)の台詞はこう。
「動(いご)かさな、どんどんかたなるから」
雨桐のハンガリー語は、彼女のおっとりとした性格と、それにフィンランド語の影響のせいか、はんなりと響いて聞こえる。
P.41
はんなりと響いて聞こえるから京都弁。しかし、(主人公は理学療法士である雨桐に従って、指を動かすリハビリをするのだが)指をこっちに動かしてみて、と指示するときの〈「こっち、おいでませぇ」〉(P.43)はもはやギャグではないか。
翻訳小説で、とくに黒人の訛りを表現するために日本の方言で翻訳する、というのは昔からあるやりかたではある。フォークナー『響きと怒り』の黒人の台詞について、Fruitful Englishというオンライン英語学習サービスのHPで紹介されていた。(以下、平石・新納訳までは「【文芸翻訳】翻訳小説の方言」という記事
(https://www.fruitfulenglish.com/blog2/masako_h_11/)からの孫引き)。まず、原書The Sound and the Furyの一節。
"Come on." Luster said. "We done looked there. They aint no more coming right now. Les go down to the branch and find that quarter before them niggers finds it."
で、ブログの執筆者は、一九六九年から二〇〇七年の三つの日本語訳を比較している。
「さあさあ、行くだぞ」とラスターが言った。「そっちの方みるの、もうおしまいになっちまっただよ。やつら、とうぶんはもう、もどって来やしねえからな。さあ、おらたちこれから川さ下りて行って、あの二十五セント玉さがすべいよ、あの黒んぼどもにめっけられちゃあ、かなわねえだからな」
尾上正次訳(冨山房)、一九六九年
「さあいくべえ」とラスターがいった。「そこはもう見終わっただよ。あいつらは、もうこっちにこやしねえだよ。小川へいって、あの黒んぼどもに見つけられねえ先に、おらの二十五セント玉さがすべえ」
高橋正雄訳(講談社文芸文庫)、一九九七年
「こっちへ来るだ」とラスターが言った。「そこはもう探しただよ。しばらくはあいつらも戻ってこねえだぞ。川へおりてって、二十五セント玉を見つけるだよ、黒んぼどもが拾わねえうちにな」
平石貴樹・新納卓也訳(岩波文庫)、二〇〇七年
こうやって並べてみると一九六九年版の〈行くだぞ〉と二〇〇七年版の〈来るだ〉、同じ訛り、という感じがしますね。おおむね東北弁っぽいけど、四十年ほどの間に訛りが若干マイルドになっているような。そのへんは現実の地方都市でも若者ほど訛りが薄れてきてるのと似ていて面白い。
しかしこうなると、記事公開後の翻訳である二〇二四年の河出書房新社版(桐山大介訳)も気になってくる。『左手』読了後すぐ図書館に行って借りてきた。私は岩波文庫版で読んだけど、この箇所がどこだったか憶えていない。まあそれほど後ろのほうではないんじゃないか、と思って開いてみた、ら、一ページ目にあった。
「行くぞ」とラスターが言った。「そこはもうさがしたよ。あいつらは当分もどってこねえって。小川に行ってみよう。ニガーどもより先に二十五セント玉見つけるぞ」
桐山大介訳(河出書房新社)、二〇二四年、P.6
ラフなしゃべりかたではあるが、過去の訳の、黒人訛り、みたいな印象はない。原文の訛りはあんまり反映されていないのかしらん。
ブログの執筆者は、『響きと怒り』の七年後に発表された『風と共に去りぬ』にも言及しつつ、〈人々はみな南部訛りでしゃべっていたのに、とりたてて黒人のアクセントのみを活字にするというのは、今から考えると妙なものですが、黒人の話し言葉だけが独特な方言として扱われています。〉と指摘している。そうなんですよねえ。訛りを訛りとして訳するなら、そもそもすべての登場人物が訛っていて黒人はまた別の訛りで喋っている、というふうにするのが自然だ。執筆者は〈妙なもの〉とだけ書いているが、要するに、黒人差別だ、ということなのだろう。
とここまで書いて思ったのだが、私が『左手』の訛りに違和感を持った(良し悪しではなく、朝比奈と私は方言を文字にするときの処理のコードが違うな、と感じた)のは、主人公がぜんぜん訛ってないように書かれているから、かもしれない。主人公アサトは日本人で、高校生のころフランスに移住した。オーストリアの大学に進学、卒業後も同地で就職したがすぐに辞め、ハンガリーの大学に入り直した。卒業してハンガリーの病院で働きはじめ、〈日本で過ごした時間よりもヨーロッパで過ごした時間のほうが長くなっ〉(P.52)たころ、がこの小説の発端。今は三十代半ばから後半といったところだと思う(作中で明記されてたかも)。ハンガリーに移住したのは最初の大学を出たあと、たぶん二十代前半だけど、二つ目の大学を出た時点、ということは二十代後半のころは、日本人の勤勉さへの信頼ゆえに〈ハンガリー語が堪能でなくとも就職はそれほど難しくなかった〉(P.51)とある。そこから十年ほどハンガリー語で仕事をしていれば、意思の疎通に不都合はまったくないだろう、が、まったく訛ってないということもないだろう。妻のハンナはハンガリー語をウクライナ語のイントネーションで喋っているのだから、その影響も受けているはずだ。ドナルド・キーンやトム・ホーバス(長く日本で働いてる外国人、と考えてまずこの二人が思い浮かんだ)の日本語だって訛ってるのだし。自分も訛ってるはずなのに(自分以外の)移民のイントネーションにだけ言及する、のが、黒人の言葉だけ方言で書くことと似てる気がした、ということなのだろう。ただ、じゃあ、アサトが「さあいくべえ」とか言ってればいいのか、というとそれもまた違う。このへんはもう、それぞれの言語観と小説観によるものなので、正解がない。
そのまま『響きと怒り』(桐山訳)を進読。しかし訛りよりも、文章全体のテイストがだいぶ違う。たとえば、ベンジーとT・Pが酔っぱらってるところをヴァーシュに叱責されるシーン(文中、〈サスプリラー〉は炭酸ジュースの名前を言い間違えたもの)。
「やっちまったな。おまえら、飲んだな。そのバカさわぎやめろ」
T・Pはまだわらっていた。T・Pは戸口にドシンとぶつかってわらった。「うぇーーい」とT・Pが言った。「おれとベンジーは結婚式にもどるんだー。サスプリラー」とT・Pが言った。
「だまれ」とヴァーシュが言った。「どこで見つけた」
「地下室だー」とT・Pが言った。「うぇーーい」
「おい、だまれ」とヴァーシュが言った。「地下室のどこらへんだ」
「どこでもだー」とT・Pが言った。T・Pはもっとわらった。「百本以上のこってたー。百万本以上だー。ほれほれーニガー、おれは叫ぶぞー」
桐山訳P.23-24
この一節、いま手元にある平石・新納訳(岩波文庫)ではこうなっている。
「おめえ、すっかりやっちまっただな。そうでねえとは言わせねえぞ。わめくのをやめるだ」
ティー・ピーはまだ笑っていた。戸にどさっとからだをぶつけて笑った。「イヤッホー」と言った。「おいらとベンジーは、結婚式に戻るだ。サスプリラーだどー」と言った。
「だまるだ」とヴァーシュが言った。「そいつをどこで手に入れただ」
「地下倉庫にあっただよ」とティー・ピーが言った。「イヤッホー」
「だまらねえだか」とヴァーシュが言った。「地下倉庫のどこだ」
「そこいらじゅうだあい」とティー・ピーが言った。それからまた笑った。「百本以上、残ってるだど。百万本以上だあい。いいか黒んぼ、おいら、でっけえ声を出すぞう」
平石・新納訳P.42-43
台詞が多いので訛りの違いの印象が大きいけど、たとえば最初のヴァーシュの台詞は、平石・新納訳だと〈おまえ〉に言っているのに対して、桐山訳は〈おまえら〉と複数に呼びかけている。〈わらう〉や〈もどる〉も、漢字とひらがなでは印象が違うし、〈叫ぶ〉と〈でっけえ声を出す〉もまったく別の言葉だ。桐山訳のほうが読みやすい、が、平石・新納訳のほうが猥雑な感じがよく出ている。私の好みは後者なのですが、それは単に、私がはじめて読んだのが平石・新納訳だから、ひよこの刷り込みみたいに親しみを持ってるだけかもしれない。
6月8日(日)明るい曇。朝からバスケットLIVEで昨日の女子バスケ代表戦、日本対台湾を観。日本は九位、台湾は三十九位、という世界ランクの差の通り、終始日本が圧倒してダブルスコアで勝った。来年のアジアカップに向けた強化試合であり、コーリー・ゲインズ新ヘッドコーチ体制の初陣だから、景気よく大勝するのが望ましい、ということなのだろう。
夕方から、豚こまのバジル揚げと宅配のピザーラを食いながら五月十一日の東京対千葉を観。東京のシュートは入らず、千葉はあれもこれも上手くいく、という展開。千葉の富樫勇樹が、もうどのシュートも入るから、オフェンスを組み立てるといういつもの役割を放棄してシュートを打ちまくる。スターパワーで殴り勝つのはあんまり好きじゃないのだが、ここまでくるともう、バスケ小僧という感じで好ましくなってきた。
夜、Bリーグ王者の宇都宮が出場してるBCL Asiaを観る。一次リーグ初戦、対メラルコ・ボルツ。お互い慣れない会場、はじめての相手、ということで、ずっと手探りをし合う渋い展開。それでも個々のプレーやシュートでちょっとずつメラルコが上回って、九十七対八十六で宇都宮の負け。
観客席もガラガラだったし、機材トラブルで試合開始が数分遅れたりもしていた。昨季はYouTubeの配信でトラブルがあって、初戦の序盤はずっと画面がブラックアウトしていた。私はBリーグの、どんな事態が起きても適用できるように定められた規約の緻密さも好きだけど、こういうテキトーさも楽しい、というか、これが外国でのアウェイ戦の醍醐味だと思う(当事者は気が気じゃないだろうけど)。
十一時からの試合だったから、終わったときには午前一時を過ぎていて、眠気がひどい。というか日記を書いてて気づいたのだが、今日はバスケを三試合も観てるではないか。
6月9日(月)曇。半日作業をして午後三時すぎに外出。気にならないほどの微雨。ちょっと歩いて喫茶店で読書。しばらく積んでた川野太郎『百日紅と暮らす』(Esta Lado)を読む。もともとnoteで公開していた日記を書籍化したもの。読んでていちばん響いたのは、疲れ切った著者が見た白昼夢を書きとめた二行のメモでした。本書では活字で収録されてるけど、たぶん著者のもとには手書きの、まだ力もあんまり入らない指で書いた文字があるのだろう。
末尾ちかくの一節も良かった。
さびしさは、またいつか会うという未来のために、いまの自分ができることがあるのだろうか、とぼくに思わせる。あるとも言えるしないとも言える。再会を準備するのは、再会への期待を忘れて過ごすいまの日々の時間だ、という気もするからだ。それまでそうだったように、いまいる人と場所に夢中になっている時間。
P.106
さびしい、と感じながらも、それでも何かできることがあるのではないかと考える。そういう明るさで本書は閉じられる。それが印象的だったですね。さびしさに耽ることはない。
帰宅して夜まで作業。晩めしを食いながらバスケを一試合。終了後はいつものごとく眠くなり、そのままスッと寝。夜にバスケを観ると眠くなる習性ができてしまった。入眠剤としてたいへんに有効だ、が、現地観戦するときにもおれは、試合後のインタビューを観ながら眠くなるのだろうか。
6月10日(火)雨。ここ数日、ネタ帳(テキストファイルですが)のアイディアを一つずつ吟味して試し書きして、いまのおれ、この小説書けるかなあ、と考える、というのを繰り返している。今日ようやく、どうやら次はこれを書くらしい、という中篇がわかってきた。これを書くらしい、というか、どうも今の水原涼はこれが書きたいのでは?という感じ。しかしもうちょっと資料を読み込まなければならないな。
夕方、ソーセージの大袋を買ってきて、カルディのキットを使ってマッケンチーズを作る。青くて脆い紙箱に、内袋もなく直接マカロニ(と白い袋の粉)がぶち込まれている、その箱にはour warm, cheesy macaroni fills your belly and feeds your soul.というメッセージがある、というたいへんアメリカ的な包装。五十二グラムのバター、山のようなチーズパウダー、そしてソーセージ。ギットギトでした。
6月11日(水)雨、ひどい胃もたれ。
午後、歯医者へ。ドリルなのかバキュームか、何かの機材の持ち手にキャラクターもののシールが巻かれていた。これ何ですか、と訊くと、ミニオンですよ、大好きなんです
、とのこと。こういう機材は治療椅子に接続されているものなのだと思っていたが、施術担当者それぞれが自分用のを持っている、ということらしい。知らないディテールだ。
ひと休みして夜まで作業。夕飯はニラの台湾風ラーメンにする。ニラが大量にあるので、豆板醤とかと絡めて冷や奴に乗っける具も作る。どっちも長谷川あかりレシピだ。
食いながらWOWOWで、六月十日のNBAファイナル第二戦、ペイサーズ対サンダーを観。今日もサンダーが先行する展開。しかしペイサーズはこういう試合で劇的な逆転勝利を何度もしてるので、ぜんぜん試合が決まった感じがしなかった。が、けっきょくその差をひっくり返せないままペイサーズが負け、一勝一敗。
6月12日(木)晴。朝九時半から健康診断。自動ドアが開いた瞬間、そういえばマスクをしてくるのを忘れてた!と気づく、が、院長が(いつものごとく)毛玉の浮いたマスクから鼻を出していて、罪悪感が消える。今日わかる範囲で見つかる異常はなかった。体重は二キロ増。
血が足りないので今日は半休日。午後、メイソン・カリー『天才たちの日課 女性編』(金原瑞人・石田文子訳、フィルムアート社)を読了。前巻で取り上げた百六十一人の〈天才〉のうち女性は二十七人、十七パーセント弱しかいなかった、と(自分で)気づいた著者が、対象を女性に絞って改めて書いた、著名人のルーティン紹介本。
社会学者ハリエット・マーティノーの言葉が良かった。創作上の行き詰まりを克服する方法について。
私もほかの著述家と同じように、怠惰や優柔不断や仕事への嫌悪や「インスピレーション」の欠如などに悩まされた。しかし同時に、次のようなことにも気づいた。いくら気が進まないときでも、ペンを持って席につくと、十五分もすれば必ず快調に書き進められるようになっている。その十五分はいつも、仕事をするべきかどうか自問したり疑ったり迷ったりする時間だ。未熟なころには、仕事をするべきではないという考えに屈してしまうこともあった。しかしいまでは、そんなことに十五分も使うのは大変な時間の無駄であり、それ以上にエネルギーの無駄だと考えている。
P.231-232
とにかく机に向かう。手を動かす。そうしたら必ず、快調に書き進められるようになっている。それを続ければ作品ができるのだ。
夜、長谷川あかりレシピで豚とトマトのピリ辛炒めを作る。昨日作り置きしておいたニラもいい感じ。食いながらWOWOWでNBAファイナル第三戦、サンダー対ペイサーズ。試合はサンダーが先行したけど今日はペイサーズも食らいつき、リードチェンジを繰り返す展開。第四クォーターがはじまった時点でサンダーが五点リードしていた、が、いつも終盤にめちゃ盛り返して逆転しちゃうペイサーズにとって、五点のビハインドなんてむしろリードしているようなもんだわな、と思ってたらほんとに逆転して勝っちゃった。
6月13日(金)曇。朝食はウーバーイーツの朝マックにした。どうも調子が上がらず、ノンビリ作業。『筏までの距離』の献本に同封する手紙も何通か。
昼はスーパーの惣菜を食い、夜も無印のレトルトカレーにする。大盛り、と書いてあったのだが肉は二切れだけで、ただルーが多いだけだった。食いながらバスケットLIVEで五月十七日のBリーグCSセミファイナル、宇都宮対千葉の第一戦を観。千葉があんまり調子良くないのか、序盤を除いて宇都宮に押されて負けた。試合後はまた急激に眠くなり、食器をキッチンに運んだだけで力尽き、明かりも消さずに寝る。たぶんまだ九時台だった。外から雨の音。
6月14日(土)雨。昨日が都議選の告示日だったので、朝の散歩中、あちこちのボードに候補者のポスターが貼られているのを見る。今日は一日読書の日。
夜、WOWOWでNBAファイナル、サンズ対ペイサーズの第四戦を観。ペイサーズの本拠地での試合だった、が、今日はサンズが逆転勝利。第四クォーターにシェイ・ギルジャス=アレキサンダーが、これまでの試合でペイサーズのハリバートンがやっていたような理不尽な活躍をして試合を決めた。
6月15日(日)雨のち晴。朝から小雨、低気圧。朝比奈秋『受け手のいない祈り』(新潮社)評に着手。今日はとにかく文字数を気にせずに書きまくった。
夜、長谷川あかりレシピで納豆とトマトのうどんを作る。長谷川レシピ、納豆の臭みが消えるのが良いです。食いながらバスケを一試合。
6月16日(月)快晴。朝から暑い。今日は書評の締切日。昨日かなりの分量を生産した、のを切り詰めていく。
午後二時すぎにジョグに出。冬場に走るときと同じ上着で走った、ので、もう中盤から汗まみれ。帰宅して、朝買っといたスイカバーを食う。今年最初のスイカバーだ。
そのあとももくもくやって、夕方の早めの時間に完成。しばらく寝かせることとして五分ほど走ってくる。
夜バスケを一試合観、もう一試合も観はじめた、が、さすがに疲れて寝。
6月17日(火)快晴。暑い。『恋愛以外のすべての愛で』と『筏までの距離』、両方の発売日に水原涼公式サイトでエッセイを公開しよう、と思っている。『すべ愛』の発売日が今日か明日(星海社のサイトでは今日、講談社のサイトでは明日)、ということで起筆。しかしどうも頭が痛くて捗らず。
私の頭痛はけっこうメンタル由来なので、エイヤッとジョグに出れば治っちゃうことが多いのだが、今日は走ると痛みが強まった。フィジカルな問題に起因するものなのだろう。とはいえ、汗をかくのは気持ちが良い。そう感じられるのは、小学二年生から高校三年生まで(椎間板を痛めていた一年ちょいを除いて)運動部をやっていたから、なのだろうな。
帰宅して、今年初の水シャワー。ワッと気道が開く快感がある。これで今日は捗るはず、と思ったものの捗らず、けっきょく書き上げられないまま夜。
なんだか料理をする元気もなく、カップ麺を食いながらバスケを一試合。
6月18日(水)快晴。『すべ愛』発売日(二日目)。朝の散歩中、スーパーで全国の駅弁フェアをやっていて、鳥取駅の「元祖 かに寿し」があった。クイックルを買いに寄ったドラッグストアでかにぱんも買う。かに尽くし。
今日こそ星海社のあとがきエッセイ。体調も良くなったので、いい感じに書けた。しかし、あとがきとしての機能を果たしつつ、ネタバレは回避しつつ、かつ単体でも読みものとして成立しつつ、読者に本篇も読みたい(買いたい)と思わせるもの、という欲張りな文章なもので、妙に時間がかかる。四時すぎにひとまず完成。
夕飯に、スーパーで買ってきたキットでタコス(ハードシェル)を作る。五百グラムの挽肉を炒め、シーズニングで味つけをして、あとはパクチーやトマトを切ったものやチーズを乗っけ、キットのサルサソースも。しかし私はソフトシェルのほうが好きだな。
食いながらバスケを一試合。終わったあとはいつものように眠くなった、が、エイヤッと起きて水原涼公式サイトを更新。『すべ愛』エッセイをアップした。
6月19日(木)快晴。今日も暑い。
午後二時にジョグに出。やや胃もたれしてるから腹が痛くなりそうだな、と思っていた通り、腹が痛くなる。それも走ってるうちに引いていき、そのあとは猛暑のなか長袖長ズボンのウェアで走るという愚行の気持ち良さだけが残る。
午後、近所の星海社丸茂氏と会う。『すべ愛』のサイン本をつくった。途中で発作が起きたらすみません、ちょっと外の空気を吸えば落ち着くと思うんで……、と断っておく。しかし結果的に、発作で席を立つようなこともなく、その予兆すら感じず。よかったよかった。
解散して、三十分ほど散歩。水餃子を作り、食いながらNBAファイナル、ペイサーズ対サンダーの第六戦を観。今日もサンダーが先行、ペイサーズも何度か差を詰めつつ、そのままサンダーが勝利。これでサンダーの三勝二敗、優勝に王手がかかる。ペイサーズのハリバートンが足を痛めたのも大きかったな。次戦は出られるのかしら。
6月20日(金)雲の多い晴。朝のうちに『筏までの距離』の著者見本が届き、ひとしきり撫でまわす。十時から整体、近所の中華料理屋に寄って惣菜を買って帰り、食いながらWOWOWでNBAファイナル、サンダー対ペイサーズの第六戦。序盤はサンダーがリードしてたけどペイサーズが逆転して、前半のうちに突き放す。
前半で止め、十三時からの日本テレビ・福田社長の会見を観。TOKIOの国分太一が〈重大なコンプライアンス違反〉を犯したために『ザ!鉄腕!DASH!!』から降板する、その事態の(あくまでも違反の内容ではなく、大人気長寿番組のメインキャストの一人の降板という事態の)重大さのために社長自ら説明する、という内容。しかし、関係者のプライバシー保護のため、事案の内容、被害者の有無、関係者の人数、などはすべて無回答だった。
一時間弱で飽きてきた、ので、会見を流したまま『筏までの距離』にサイン入れ。植物にモーツァルトを聴かせるとよく育つそうですが、『筏』のサイン本を買われたかたは、福田社長の会見を聴かせつつ書かれたものだということをお含みおきいただければ……。
夜、長谷川あかりレシピのごぼうと鶏肉の黒酢バターソテーを食いながらサンダー対ペイサーズを最後まで。ペイサーズが大差で勝った。今季ファイナルでペイサーズが勝つときはだいたい、クラッチタイムに逆転して劇的な勝利、という感じだったのだが、今日はずっとサンダーを圧倒していた。これで三勝三敗、次戦で優勝が決まる。
夜、鹿島茂『オール・アバウト・セックス』(文春文庫)を起読。『文藝春秋』で連載された、性にまつわる本の時評集。小説や漫画みたいなフィクション、真面目な調査報告もあるけど、性風俗業界ルポっぽいものがいちばん多い。そういうのを紹介するときの文章がほんとうに楽しそうで、すけべなおじさん、という感じ。
たとえば鹿島は、さかもと未明『女流マンガ家が教える─女が歓ぶABC』(日本文芸社)を読みながら、〈レディコミは男が見ても全然興奮しなくてつまらないと思っていたが、セックス教材としては最適であったのか。これは不覚である。〉(P.146)と反省している。
しかし、レディコミでなにが一番勉強になるかといえば、それはクンニである。クンニリングスこそは女が男に一番ねちっこくしてほしいセックス・プレイであるらしい。
(引用者註・ここから八行にわたって、さかもとの本の、具体的な動作とその快感を描写する文章を引用)
どうです、微に入り細をうがち、なかなかいいお勉強になったでしょう。レディース・コミックは、外人モデルが表紙になっているのが特徴の女性マンガ雑誌ですから、一度、書店でごらんになったらいかがでしょうか。
というわけで、そうか、クンニなのか、クンニ、クンニとつぶやきながら、この手の専門ガイドはと書店を探したら、なんとこれがあったのです。辰巳拓郎&風俗嬢レイ『フェラチオ&クンニリングス─絶頂マニュアル(データハウス 一四〇〇円)』。
P.147-148
とここまで引用して、長々とこの文章を書き写していることに何かこう実存的な虚無感を抱いてしまったのだがそれはさておき、クンニ、クンニと呟きながら書店の棚を物色するおじさん、というのは、想像するだに壮絶な風景だ。
6月21日(土)快晴。今日はさほど湿度も高くなく、ほどよく風もあって、気持ちの良い暑さだったな。何度かジョグをしたり、『オール・アバウト・セックス』を読み進めたり。昼寝もしつつ。夜にバスケを一試合。
6月22日(日)晴。今日は都議選。正午前に投票を済ませ、散歩がてら近所のギャラリーで展示を観た。
夜、NHKの選挙特番を観。私の選挙区の結果はわからないままに特番が終わった。
6月23日(月)晴。朝九時からNBAファイナル最終戦。ここまで六試合観て、それぞれの主力選手のことも把握できてきたし、自分はどっちかというとペイサーズに肩入れしている、ということもわかってきた。しかしエースのハリバートンが、前半のうちに足を負傷する。踏み出そうと踏ん張ったふくらはぎが、何かパツンと切れるように動いて倒れこむ様子が、スローで何度も流される。ハリバートンは、痛みそのものというより、もうこの試合に戻ってくることはできないと確信してしまったことがショックだったように床を何度も叩き、目を覆っていた。スタッフと別の選手に肩を支えられ、負傷した足を床につくこともできないまま退場していく。ショッキングな映像だ。
エースがいなくなったことで結束が固まって強くなる、というのはわりとよくあることで、今日のペイサーズも、サンダーに先行されつつも食らいつき、離されずに粘った。しかしその疲労からから、第三クォーターで突き放されて敗戦。
そのあとは読書。夜、大量の挽肉を炒めてまたタコス(今日はソフトシェル)。食いながらバスケを一試合。今日は試合後どうも寝つかれず。これを書いてる今は午前四時すぎ、もう外が明るい。
6月24日(火)朝は雨、のち曇。寝不足。今日は『筏』の発売日(もう明後日)に水原涼公式サイトで公開するエッセイを書いた。昼も夜も適当な惣菜で済ませる。
6月25日(水)雨、一時晴。雨の朝を散歩。家を出て二、三分でもう靴のなかに水が溜まる。一歩踏み出すごとに、指の間を生ぬるい水が通る感触。
日本海新聞のコラムを書く。わりに短時間でできたので読書が捗った。夕飯は茹で卵二個。
6月26日(木)曇。『筏までの距離』発売日。
一日資料読み。晩めしに長谷川あかりレシピのレモンラーメンを作る。食いながらU-NEXTでヴィルピ・スータリ監督『アアルト』を観る。アルヴァ・アアルトの仕事と人生についてのドキュメンタリー。二〇二一年に世田谷美術館で観た「アイノとアルヴァ 二人のアアルト」展のことを思い出しつつ。
展示では、題のとおり妻アイノとの関係や、アルヴァの知名度の陰に隠されていたアイノの功績が強調されていた。だから、なのだろう、アイノが五十四歳で病没した三年後に再婚したアルヴァの後妻エリッサのことは、展示ではあまり触れられていなかった。映画は世田谷美術館の展示の前年に制作された。この映画を観ることで、四年前に観た展示のキュレーターの思想、が、遡って見えてきた感じ。面白いな。
夕方、中学来の友人KからLINEが来る。明日からSとHと三人で東京旅行をするんので会わんか、とのこと。我が家の近所に来てくれることになった。
そのあとHPでエッセイを公開。発売日、ということで、ちょっと感慨ぶかげな文面のツイートもした。
6月27日(金)晴。Kたちと会う日。夜には三島由紀夫賞の授賞式もある。しかし、昼めしを食ったあたりからだんだん緊張が高まってきて、これはもう、パニック障碍を発症して以降行けたことのない場所に行くのは無理そう、となる。
それでも午後、健康診断の結果(異常なし)を受け取ってから、待ち合わせの喫茶店へ。東京へは、Sが出場するカードゲームの大会のために来たのだそう。KとHは応援。それぞれの住んでる街から今朝の便で上京して、東京タワーに寄って秋葉原でいったん解散、おのおの趣味性の高い本を渉猟してきたところだそう(戦利品は見せてくれず)。
お互いや共通の友人たちの近況、私の本の話、すでに何十回もした記憶のある思い出話。絶え間なくおしゃべりをしていて、パニックについて考える暇もなかった。いい時間だったな……。
6月28日(土)雲の多い晴。朝の散歩のとき、最寄りの書店に水原涼の新刊があるか、と思ったが、見当たらなかった。まだ入荷してないのかな。
一日読書、夜にバスケを一試合。
6月29日(日)晴。昨日の昼、西崎憲氏がこういうことをツイートしていた。
昨夜の新潮の文学賞パーティーではじめて小川哲さんと古川真人さんとお話しました。おふたりともありがたいことに私のことを知ってくださっていたし、話しやすくてかなりびっくりしました。懸案のプランのことをきいてくださってありがたかったです。秋くらいにもうひとつ新しいことを始めます。
そのツイートを引用して、古川さんがこう返している。
こちらこそ光栄でした。お話なさっていた計画、いまの小説の場に得難い新領域を生みだすものと思いますので楽しみにしております。
これは健康上の理由で出席できなかった者のひがみでしかないと自覚してはいる、のだが、こういう、社交の場で仕事の話を動かすの、(それこそが社交の目的だというのはわかりつつ)なんか厭だなあ、と思った。健康でなければ小説の仕事を得られないとしたら、それは不健全なことなのではないか。
といいつつ、私も健康だったころは、パーティーの席で仕事を依頼されたりしていたし、健康になって社交の場に参加できるようになればたぶん、パーティーで会った編集者に「仕事くださいよお」とか言うのだろうけど。
昼めしを食いながらTVerで『情熱大陸』の金原ひとみ回を観。観てるうちにだんだん、私はべつに、その人の作品が好きでも、小説家の人となりというやつには何の興味もないんだな……、と気づく。
晩めしはまたタコス(ソフトシェル)。マイブームなのだ。
6月30日(月)晴。暑い。一日作業。
夜、はやみねかおる『ハワイ幽霊城の謎』(青い鳥文庫)を読む。印象に残ったのは巻末附録として収録された「はやみねかおる 特別インタビュー」だった。主人公たちが通う学校の新聞部の企画、という体裁で、読者からの質問にはやみねが答えたもの。そのなかにこういう問答があった。
Q.10 作中には実際にある小説がたくさんでてきますが、これらはすべて読んだことのあるものなのですか?(『大菩薩峠』がいちばん気になります……。)
A.10 ほとんど読んだものを書いていますが、さすがに『大菩薩峠』は、読んでません。どういう本を登場させるかというと、書いてるときに思いついた本とか、目についた本を登場させてます。
P.442
『亡霊は夜歩く』の一節、いかにも暇そうにしてた夢水が、いやぼくはぜんぜん暇ではない、ジグソーパズルは完成してないし『大菩薩峠』もまだ途中、野良猫のノミ取りもしなければ、と言うのを読んで、それを二十年以上記憶にとどめ、大人になってから『大菩薩峠』を読了して、エッセイだの長い日記だのを書いた者として、いやアンタは読んどらんのんかーい!となった。
晩めしはタコス(ソフトシェル)。食いながらU-NEXTでマイケル・ロバーツ『マノロ・ブラニク ─トカゲに靴を作った少年』。ブラニクやその関係者のインタビューを中心に、記録映像や再現ドラマ、アニメーションを組み合わせた作品。
ブラニクのインタビュー中にジョン・ガリアーノが乱入してきて二人で話す、というひと幕があった。ガリアーノの姿を見たブラニクがうれしそうにアー!と叫び、隣に座って、とにかく騒がしくしゃべりまくる。ブラニクはガリアーノといるとき、声のトーンも高くなるし所作もちょっとラフになっている。心を開いてるのが伝わってきて良かった。映画冒頭から、密着取材に対する戸惑いや苛立ちをときどき表していた、後半では、感性のあまりの鋭敏さゆえになかなか他人と協働ができない、人と同居することもできない孤独、が強調されていたことも、その尊さを印象的なものにしていたのかも。
7月1日(火)晴のち曇、夜に雨。一日作業。
晩めしにスーパーの半額弁当を食いながら、U-NEXTでリジョー・ジョーズ・ペッリシェーリ監督『ジャッリカットゥ 牛の怒り』を観。たいへんに良かった。逃げ出した水牛を村の男どもが追いかける、というだけの話なのだが、そのなかに、かつて村から追放されたはぐれ者や、近くの村とのいがみ合い、村のなかでの感情のすれ違い、が絡まってくる。事件の進展とともにその諍いのボルテージがぐんぐん上がっていくのが良い。なんせみんな似たような薄汚れたおじさんたちなので、人物の見わけがぜんぜんつかず、中盤までは人間関係がよく分からなかった、が、それでも楽しめるくらいにテンションの高い作品だった。みんな真剣だし、全体にシリアスなトーンなのに、その昂ぶりの極端さゆえにちょっとギャグっぽく見えちゃう、という場面も多かった。
7月2日(水)晴。一日作業、夜にバスケを一試合。
7月3日(木)曇。一日作業、今日はバスケなし。
7月4日(金)曇のち晴。一日作業。疲労が溜まっている。
7月5日(土)曇。今日は資料読みの日。
昼めしを食いながらバスケットLIVEで男子の日本対オランダを観。日本は若手主体とはいえ主力選手も多く、世界ランクでは三十位くらい格下のオランダは、半分以上が大学やヨーロッパの下部リーグでプレーしている。だからとうぜん勝つでしょう、くらいに思っていたのだが、逆転負け。
夜、晩めしにピザーラを頼む。食いながらバスケットLIVEでBCL Asia準々決勝、宇都宮対タビアット(イラン)の見逃し配信。一万人くらいは入れそうなデカいアリーナに、観客はたぶん百人以下。こういうとこで試合を観たいんだよな、上のほうの席で魔法瓶のコーヒーを啜りながら……と、ガラガラの試合を観るたびに思うことを思った。
7月6日(日)晴。日曜なので作業は軽め。
十五時から、バスケットLIVEで男子代表の日本対オランダを観。昨季福岡でジョシュア・スミス(推し)のチームメイトだった中村太地のスコアリーダーの大活躍で日本が勝った。
興奮冷めやらぬまま、村井理子『義父母の介護』(新潮新書)を読む。びっくりするほど良くなく、興奮がスッと冷める。
7月7日(月)曇。朝から一時間ほど散歩をしてしっかり汗だくになる。一日作業。
7月8日(火)晴。今日も一時間ほど歩く。昼まで集中、午後はノンビリ。
晩めしを食いながら男子サッカー東アジア選手権の日本対香港を観。たいへんに実力に差があり、ゆるゆるのプレーをしても点が取れてしまう。前半のうちに五対〇で日本がリードして、後半はリラックスして一点返されて六対一。知らない選手ばっかだったなあ。どちらのホームでもない韓国(龍仁)開催とはいえ観客席もガラガラで、千人も入ってなかったのでは。
7月9日(水)雲の多い晴。昨夜の日本対香港、観客数は六百八十七人だったそう。しかしホームの韓国の試合(中国戦)も四四二六人しか入ってなかったとのこと。
一日作業。散歩とジョグを二回ずつ。
7月10日(木)晴のち曇、夜豪雨。半日作業。
午後はぐんぐん気圧が落ちて、ややグロッキーになってくる。夕方にぽつぽつ降り出した、と思ったらあっという間に雷雨。ひどいときは一、二秒に一度空が光り、雷鳴も。窓から外を見ていると、一瞬目が見えなくなるくらいの強い光と、花火みたいに肋骨に響く轟音で、のけぞるほど驚いた。すぐ近くのマンションの上にある避雷針に落ちたのかしらん。
夜、長谷川あかりレシピで納豆とトマトのうどんを作り、食いながらバスケットLIVEでBCL Asia準決勝、宇都宮対ブロンコス(モンゴル)の見逃し配信。調べてみると、モンゴルリーグは十チームから構成されていて、うち五チームのホームタウンが首都ウランバートル。人口の半分ちかくがウランバートルに集中してるので、バスケクラブの半分があるのはなんか、釣り合いが取れている感じ。といいつつ、ウリヤスタイみたいな、二万人に満たない街のチームもあるそう。NBAやBリーグとはぜんぜん雰囲気が違うんだろうな。
7月11日(金)曇。今日は涼しい。あまり食欲なく、コーヒーだけ飲んで十時から整体。胃が弱っているそう。まだ七月の前半なのに夏バテしていて、へたしたらこれから三ヶ月は暑い日が続くのにこれは深刻ですよ、とにかくお腹を冷やさないよう、それとちゃんとご飯を食べてください、食欲ないからって朝コーヒーだけで済ませてたりしませんか?と言われ、お見通しです……とシュンとなった。
午後は作業と読書とゴロゴロを交互に繰り返し、なんだかノンビリ過ごしてしまった。
晩めしはタコス(ソフトシェル)。食いながらバスケットLIVEで男子の韓国対日本を観。前半は拮抗してたけど、後半に韓国のシュートがやたらと入り、突き放されて敗戦。
試合中、韓国の応援をしている二人組の女性が、ハングルの書かれたボードを掲げているのが大写しにされていた。ふと気になって、その場面のスクショを撮って自動翻訳にかけてみた、ら、一人は〈♡ヨ・ジュンソク♡ 私が 産むはず!〉、もう一人が〈♡ヨ・ジュンソク♡ 私が 育てるはず!〉とのこと。ジュンソクはシアトル大学に所属する期待の若手で、たいへんに顔が良く、女性ファンが多いのはよくわかる、が、なんだか絶句してしまう。生まれ変わって推しの子になりたい、みたいな欲望を抱くオタクがいるというのは聞いたことがあるが、推しを産みたい、推しを育てたい、同担の二人でそれを分担したい、というのは何重にも愛情が屈折してる感じがする。しかし、もし性別が逆で、男性ファンが現役大学生の女性アスリートに〈私が 産むはず!〉〈私が 育てるはず!〉とやったら……などと想像してしまい、試合の展開より二人の欲望のことが印象に残った。
7月12日(土)曇。朝の散歩でマクドナルドへ。モバイルオーダーでグリドルのセットを頼んだのに、家に帰って袋を開くとベーコンエッグサンドが入っていた。まあこれはこれで美味いわね、とペロリと食った。自分もマッククルーだったもので、マッククルーのケアレスミスには過剰に優しくなってしまっている。
一日ノンビリ過ごす。夜、男子サッカー東アジア選手権の中国対日本を観。森保監督のサッカーは基本的に選手個人の技術と閃きに依存したものなので、国内組だけで構成された急造チームではあまり見所がない。それでも地力差があまりに大きく、〇対二で日本が勝った。
7月13日(日)曇。起床即ウーバーイーツで朝マックを頼む。復讐のグリドル。今日は頼んだものが届いた。
午後、男子バスケの韓国対日本を観てから読書。夜までかけてジャコメッティ『エクリ』(矢内原伊作・宇佐見英治・吉田加南子訳、みすず書房)を読む。良い……。
7月14日(月)雨のち曇。小雨のなかを散歩。台風が近づいていて、明日も降るらしいので、いちおう二日分の食材を買い込む。たくさん買うときにいつもそうなるように、今日も物価の高さにおったまげる。帰宅して始業。
晩めしを食いながら、WOWOWでアレクサンダー・エクマン演出のバレエ『PLAY』を観。バレエというもの、はじめて観たけど、めちゃ面白かったな……。たいへん秀歌性が高いというか、難解さの飛距離がちょうど良いというか。
7月15日(火)雨。鳥取のSHEEPSHEEP BOOKSから、サイン本の追加発注。たいへんにありがたい。しかし水原涼がそんなに売れるのか……?とおののく。
夜、フジテレビで男子サッカー東アジア選手権の日韓戦を観。序盤で先制した日本が、その後圧力を増した韓国に流れを掴まれつつ、しかしなんとか失点せずに逃げ切った。三試合目なので日本の選手たちのスタイルもある程度見えてきたし、実力が拮抗してもいて、今日の試合がいちばん面白かった。
しかしなんか、聞いたことないホテル予約アプリとか美容整形クリニックとか、あやしいCMが多かったな。中居正広問題でスポンサーが離れたのがまだ尾を引いている、のか?
7月16日(水)雨。一日作業。とにかくずっと気圧も低く、低空飛行、という感じ。
7月17日(木)雲の多い晴。
昨日、芥川・直木賞の発表があって、両賞とも該当作なし、という結果だった。芥川が該当作なしだったのは二〇一一年上半期以来十四年ぶりで、二〇一一年上半期といえば水原涼「甘露」が候補だった回だ。そのときの候補はほかに石田千「あめりかむら」、戌井昭人「ぴんぞろ」、円城塔「これはペンです」、本谷有希子「ぬるい毒」、山崎ナオコーラ「ニキの屈辱」。このうち円城と本谷はのちに芥川賞を受賞、石田、戌井、山崎は複数回芥川賞の候補になった。いっぽう水原は、と考えてしまうがまあそれはいいとして、六人の候補者が全員、十年以上経っても書き手としてのキャリアを続けている、というのは、けっこう珍しいことではないか。なんだかおセンチになり、思うことを二、三ツイートした。
そのあとタイムラインを見ていて、山崎が昨夜、〈あー、大丈夫、大丈夫、文学賞なくても、仕事できるよ!〉とツイートしていたのを知る。氏はけっこう、自分は文学賞に縁のない、売れない作家である、という旨のことを投稿していて、その一環なのだろう。
しかし氏はめちゃくちゃ文学賞に縁のある作家だ。Wikipediaによると、受賞は文藝賞(二〇〇四年)、島清恋愛文学賞(二〇一七年)、Bunkamuraドゥマゴ文学賞(二〇二三年)の三回。候補は芥川賞が五回、野間文芸新人賞が四回、三島由紀夫賞と織田作之助賞が一回ずつ。二十一年のキャリアで十四回は何かしらを受賞したり候補になったりしている。それでも〈文学賞な〉いというのは、たぶん、自分は本来ならもっと評価されるべき書き手だ、ということなのだろう。それは私も常々思っていることだ。
夜、南陀楼綾繁『「本」とともに地域で生きる』(大正大学出版会)を読む。日本各地の書店や図書館、ミニコミ誌や地方版元の刊行物を紹介する本。やっぱり私としては、地元鳥取の書店の話が興味深かったです。定有堂書店の奈良さんが、〈「(…)若手の作家や歌人で、この店で育ったと云ってくれる人もいます」〉(P.104)と言っていて、これおれ!となるなどした。
7月18日(金)晴。本休日。ノンビリ過ごした。
7月19日(土)晴。半休日。夜マッケンチーズを食い、打ち上がる。
7月20日(日)晴、暑い。朝から胃もたれ。
今日は参院選の日。九時すぎに投票所へ。選挙区の投票用紙を受け取り、記載台に向かった、ら、鉛筆の脇に何か紙切れが置きっぱなしになっていた。見ると〈さや〉と書いてある。近所に参政党の支持者がいる……。誰に入れようか迷って、決めかねたまま投票所に来た人にとって、この紙切れが最後のひと押しになるかもしれない、と思って裏返しておいた。しかし誰かスタッフに、こんなの置いてあったんですけど、と渡せば良かったな。私も動揺していたのだろう。
そのまま三十分ほど散歩して、スーパーでアイスを買って急ぎ足で帰った。
午後、友人の夫妻からTwitterのDMが届く。いま演劇を観たあとできみんちの近くにいる、よかったら会わんか、とのこと。最寄り駅の前で合流して立ち話。ご夫妻の妻とは四年ぶり、夫とは六年ぶり! 三十分弱立ち話。日影とはいえ暑いなか、飲食店でゆっくりするのにハードルのある私に合わせてくださってありがたい。
解散したあと散歩をして帰宅、バスケを一試合観。夜八時前からNHKの選挙特番。八時二十分からは、NHK+の配信で選挙特番を、テレビで女子バスケアジアカップ決勝、日本対オーストラリアを同時に流す。オーストラリアはさすがに強く、終始リードされて、後半に詰め寄る時間もあったものの逃げ切られた。日本は準優勝。しかしオーストラリアはオセアニアなので、アジアのチームとしては日本が一位です。
選挙は、自民・公明の与党が大きく議席を減らしたのはいいものの、けっこうな数が参政党に流れる、という、地獄から地獄へ、みたいな展開。私の投票先の当落を見ないまま、十一時前に寝た。
7月21日(月)快晴、暑い。十時間睡眠。朝起きてすぐ選挙結果の落選。私が投票した人は、一人(選挙区)は当選、一人(比例)は落選。
杉田水脈も落選していた。杉田は衆院選で比例の中国ブロックで当選していたし、鳥取大学卒業でもあるそうなので、鳥取出身の私としては、こういう人間が自分の地元に縁がある、というのがとても恥ずかしいのだ。しかし百田尚樹が当選してるので、プラマイゼロ、という感じ。
街の声を紹介する記事によると、とにかく参政党の〈日本人ファースト〉というスローガンを支持してる人が多いよう。漫画家の凸ノ高秀の今年七月八日の、(名指しはしてないけど)参政党を念頭に置いてるであろうツイートがずっと印象に残っている。
俺は大阪出身で東京に住んで10年以上が経ち、住民票も東京だし、その間ずっと東京で働き東京に税金を納めているけど、もし「おまえは“純粋な都民”ではないので、“都民ファースト”からは除外する」て言われたらめちゃくちゃ困惑しちゃうと思う
ほんとうにそうですよ。自民の惨敗で、鳥取選出の総理大臣の去就はどうなるかな。
夜、夢枕獏『ヤマンタカ 大菩薩峠血風録』(角川書店)を読了した。『大菩薩峠』の序盤を夢枕流のチャンバラ小説としてリライトしたもの。とにかく描写が上手い。こういう文章も書けるようになりたいな。
しかしいちばんすごかったのはあとがきです。とにかく小説家としての自負がすごい。冒頭近くの一節。
強い剣士が、強い剣士と、必殺技を駆使して戦う。素手の格闘については、ぼくは世界で一番書いてきた自信がある。世界一だ。
P.543
世界一だ、と念を押すのがいいですね。
そしてあとがきの結語がこれ。
おもしろいぞ、この本は。
腰をぬかすなよ。
P.556
私も水原涼の小説に自信はある、が、〈腰をぬかすなよ〉とまではまだ言えない。こういうことを堂々と言ってのけて、しかしイヤミに感じられないのは、たしかにこの本が抜群に面白かったからだ。
7月22日(火)快晴。朝から暑く、一時間の散歩で汗びっしょり。
それでくたびれ、どうも風邪っぽくもあるので昼のジョグはせず。代わりに三十分ほど歩く。炎天下の散歩、気持ちいいなあ。とはいえ熱中症が怖いので、帰宅即大量の水を飲んだ。
7月23日(水)晴。日本海新聞のコラムを書く。まったく気負わず書けるのが地元紙の良さだ。もう四年以上やっていて、ホームグラウンド、という感じ。
夕方、近所でやってる祭りへ。屋台の焼きそばを買って帰る。屋台のもの、だいたいは高いだけでたいして美味くもないのだが、焼きそばだけは唯一無二の味がする。
7月24日(木)快晴。今日も日本海新聞のコラム。来月から中篇に取っ組む予定なので、書きためておくのだ。二日で四つ書いた。
そのあとオンラインで打ち合わせ。話した相手が、『恋愛以外のすべての愛』を『すべ愛』と略していたから、たぶん私の日記を読んでくれているのだろう。あんなに長いのをよくもまあ……。
夜、川崎長太郎『姫の水の記』(crystal cage叢書)。興味深く読みつつしかし、四十の坂を越えた男やもめの私小説作家の暮らしがあまりにもわびしく、泣きそうになる。
小田原へひつこんで足掛け三年余になるが、ずつと小舎住ひである。屋根は無論ぐるりもトタンで囲んだその中に、二畳の古畳が敷いてある。そこへビール箱の机も置けば、本、雑誌も積んであると云ふ寸法で、床をのべれば文字通り足の踏み入れやうもない。喰ひものなど滅多に持ちこまないから、たまに鼠が石鹸を囓りに来る位で、ごくさつぱりとしたものである。勿論便所も水口もついてないから、さう云ふ用は外で足すことにしてゐる。
「裸の暮」P.76
何しろ屋根もぐるりもトタンで、天井や壁などない小舎だから、暑さ寒さは格別で、夏風の死んだ日となると、明けつぱなしにしてゐても寝つかれない。日中のほてりが夜更けても小舎の中に消えやらず立ちこめてゐるみたいな塩梅だし、泣きつ面に蜂で大小さまざまの南京虫が寝床をめがけておしかけるのである。
「浜寝の記」P.105
もちろん電気も通っておらず、夜になれば蝋燭の光で書いているという。後世の読者は川崎が戦後に〈抹香町もの〉で人気を博すると知ってるけど、自分がこの生活をしてたら、将来に絶望してそう、と思った。しかし川崎はなんか明るいというか、その暮らしをべつに嫌とも思っていないのが好ましかったな。
7月25日(金)快晴。二日でコラムを四つやっつけ、打ち合わせもして、と私にしてはまあまあの作業量だったので、今日はかるめにまとめる。
午後三時、ライジングゼファー福岡がジョシュア・スミス(推し)の契約解除を発表していた。しかし移籍先についての情報はなし。すでに(日本国内なら)外国籍枠が空いてるのは数チームに絞られている。B1からB3まで、東京のチームもあれば富山や岡山のような遠方のチームもあり。どうなるかな。こうやって推しの行き先を想像するのは楽しいものだ、けど、三十三歳という年齢もあって、このまま所属が決まらず引退、という可能性がゼロではないのが怖い。複数年契約してたのだし、本人はもちろんそんなつもりはないだろうけど……。
何人かの新聞記者とメールでやりとりをする。先月二冊出たうち、『筏』のことしか気づいてない、という人がけっこういるっぽい。うち一人が、『筏』はふつうの新刊棚(〈ふつう〉とは何か、というのはさておいて)ですぐ見つけたけど、『すべ愛』はどこにあるかわからず、店員さんに訊いてライトノベルの棚に案内してもらったんですよ、と言っていた。『すべ愛』が〈ふつう〉のではない棚にあることで、届くべき読者に届かなかった、という事例もあるだろうし、逆に、ライトノベルの棚に置かれていたからこそ手に取った読者もいるだろう。書店員が私の本をどこに置くか、なんて私にはコントロールできないから、気にしてもしょうがないのだけど。
7月26日(土)快晴。ここ数日、ちょっとメンタルの波が悪いほうに入ってきてる感じがする。
十時ごろから、すでにめちゃ暑いなかを一時間ほど散歩。午後も一時すぎにジョグをした。水湯水湯水湯水を浴びて、オロナミンCとポカリでオロポを作ってゴクゴク飲み、しばし呆然とする。
夜、久しぶりに風呂を溜めたら、なんかコガネムシみたいな小さい固い虫が泳いでいた……ので、虫を外に放り出してお湯を抜き、また張りなおした。あれはなんだったんだろう。
7月27日(日)晴。一日読書。夜にピザーラを頼んでしまう。
7月28日(月)快晴。一日作業。捗らないせいでダラダラ夜までやってしまった。疲れ切る。
7月29日(火)快晴。大学図書館で働いてたころ、毎週The New Yorkerの短篇小説をコピーして、しかし読まずに置いていた。書類の整理をしていたら、それが百作くらい出てきた。これも何かの機会、と思って読みはじめる。二〇二〇年九月七日号、Susan Choi 'Flashlight'.私の語学力では辞書がないと読めないし、あんまり一度にたくさん読むとお勉強の気持ちになって続かない、ので半ページだけにして、続きは明日。習慣になるかな。
夜、日記を書いてるうちに(今日は公開してるものの七、八倍の長さを書いた)洗濯乾燥の残り時間が十五分になってた、ので畳んでから寝ることにする。
──と書いてからすでに三十分経ったのに、まだ残り十五分のまま。なんでや。
7月30日(水)晴。起床即Flashlightを進読。ふと思いついて検索してみると、チョイは二〇二五年七月(今月!)にマクミランから同題の本を上梓している。長篇小説らしいので、この短篇をふくらませたのかもしれない。そして(日本時間の)昨夜発表されたブッカー賞のロングリストにFlashlightが! なんだかタイムリーではないか。じゃあこの本買って読むかあ、とは、私の英語力ではならないのだけど。
午後、近所の喫茶店で打ち合わせ。中篇と批評的エッセイを書く約束をした。バンバらなきゃ。
7月31日(木)晴。起床即Flashlightを進読。ひとまず三日続いた。しかし今日はどうも具合良くなく、半休日とした。
午後、ラグナル・ヘルギ・オウラフソン『父の四千冊』(小林玲子訳、作品社)を読む。余白が広くとられた、図版も多い本なのだが、時間をかけて読んだ。
8月1日(金)曇のち雨。一日低気圧。
十時から整体へ。疲れてますねえ、と言われる。毎回言われてる気がする。
8月2日(土)晴。朝は遅め。朝の散歩で家からちょっと遠い書店へ。『BRUTUS』の文芸特集を買う。水原涼の本は置いてなかった。そういえば私はまだ書店で『すべ愛』も『筏』も見かけてないな。
『父の四千冊』について、北海道新聞に書評エッセイを書く。愛書家ものというか、「たくさん本があって困っちゃうなあ!(ぜんぜん困ってない)」みたいなテイストの本だと思っていたのだが、ぜんぜん違った。類書としては『積ん読の本』とか『図書館を建てる、図書館で暮らす』と思っていたのが実は『喪の日記』だった……という感じ。良い本だ。
8月3日(日)快晴。本休日。イリナ・グリゴレ『優しい地獄』(亜紀書房)を読む。最後までチューニング合わず。夜、大量の肉が食いたくなったのでウーバーイーツでケンタッキーを頼んだ。
8月4日(月)快晴。午後、あまり気持ちの良くない打ち合わせ。気晴らしにジョグに出、私にしては長い距離走る。
その後の作業はかるめにして、夜は鹿島茂『オン・セックス』(文春文庫)。今日はこういう真面目に馬鹿げてるやつが良い日だったな。
8月5日(火)晴。中篇を起筆、四、五枚書いてみる。しかしどうもまだトーンが定まらない感じで、これはぜんぶ消すことになりそう。二百枚規模の作品を書き出すというのはこういう試行錯誤を繰り返すことだ。焦らず焦らず。
午後、散歩がてら近所の図書館へ。『週刊新潮』七月三十一日号を見る。高山正之がコラム「変見自在」のなかで、数人の名前を挙げて在日コリアン差別的な内容を書き、その一人(新潮社が主催する賞を受けてデビューした小説家でもある)から抗議を受け、版元が謝罪の声明を出していたのだ。
在日コリアンが日本風の通名を使うことを批判する、という内容なのだが、中国を〈支那〉と書いていたり、朝日新聞は日本を貶めようとしている、というのを前提としていたり、いかにもネトウヨっぽいというか、典型的な排外主義者の文章だったな。相手が在日コリアンだと知ったら攻撃する人間が「日本風の通名を使うな」と主張するのは、おれが差別する対象であることを名前で示せ、という意味でしかない。醜悪だ。
しかし、こういう排外主義者も世の中にはいる、ということは知ってたけど、それが大手版元の看板誌に連載をもち、一一四四回も続いていて、すでに二十冊も単行本化している、というのがおそろしい……。私は読んだことなかったけど、このスタンスで一一四四回も書いてきたのかしらん。
新潮社の謝罪文も、「「週刊新潮」コラムに関するお詫びと今後について」という題で、誰の何というコラムかは明かさず、謝罪の対象も高山に名指しで中傷された三人のうち、公に抗議した小説家一人だけで、あと二人については言及なし。会社として何を守ろうとしているのか、その優先順位がよくわかる謝罪文だった。いやはや。
8月6日(水)雲の多い晴。朝、Flashlightを読了。一週間以上かかった。
夜八時から、男子バスケアジアカップの日本対シリアをテレビで観。序盤はリードして良い感じ、と思ってたら逆転されて、しかし後半で再逆転、終わってみれば三十一点差の大勝。しかしなんか安心できない試合だったな……。でもまあ、優勝が目標の日本代表としては、初戦ではなく決勝戦にピークを合わせるべき、なので、今日の調子があまり良くなくても勝てばいいのだ。
試合後はグッと眠くなる。バスケを観るとすぐ眠くなるのなんでだろう、と不思議だったのだが、考えてみると、バスケを観るときは夢中になっていて、いい感じに頭をカラッポにできている、それでリラックスして眠くなる、ということかもしれない。だとしたらこれは、たいへんに素晴らしいことですね……、と思いながら寝た。
8月7日(木)曇ときどき雨。The New Yorkerは今日から新しい作品、二〇二〇年三月九日号掲載のAnne Enright 'Night Swim'を起読。
晩めしを食いながら、ヨルハフェデ・アルバレス監督『ドント・ブリーズ』を観。あまりにもこわい。家のテレビで観たからまだ無事だったが、映画館の環境で観てたら半泣きでは済まなかったかもしれない。
8月8日(金)曇ときどき雨。Night SwimはFlashlightより少しだけ語彙がわかりやすいかもしれない。
休憩時間に、『白水社の本棚』二〇二五年春号掲載の四ページのエッセイ、大山祐亮「独学のススメ」を読んだ。比較言語学者の大山は、博論のために古プロシア語を独学した経験や、SNSで語学学習の成果を投稿している(していた)アカウントを観察した結果を参照して、こう結論づける。
私の考えでは、独学における学習を継続するためのモチベーションの真の源泉は自己肯定感です。もっと具体的に言えば、多少なりとも進歩しているという実感があるうちは継続する気力が出ます。定期的に自分の進歩を実感できるような機会を作ってやって、積極的に自分のことを褒められるような人が、独学では成功します。最初の方は多少面倒に感じるかもしれませんが、そのうち、継続できていることそれ自体が自分を褒められる要素になってきます。実際に進歩しているかどうかではなく、いかに自分で日々の小さな進歩に気づけるかというセンサーの感度が重要です。そう考えると、独学上手は褒め上手だと言えるかもしれません。
P.5
これは最近英語の独学をはじめた者として励まされたですね。そういえば今朝、Night Swimのなかでshruggedという語が出てきたとき、これFlashlightでも出てきて、そのときは意味がわからなくて調べたけど今はわかる、〈肩をすくめた〉だ!とうれしくなったのだ。
午後二時にジョグに出。走り出して二、三分でパラパラしはじめ、すぐに大粒の雨になる。雨のなかを走るのは久しぶりだなあ、とゴキゲンになった。小学校から高校まで屋外スポーツをやっていたからか、雨のなかで運動することにまったく抵抗がない、というかけっこう好きだ、ということを思い出す。
夜、セブンで旨辛フェアのやつを買ってきて、食いながらテレビで男子バスケアジアカップ、日本対イランを観。しかし日本が負けた。終盤まで勝敗の見えない試合だったからあまり眠くなかった、が、ゲームセットと同時にめちゃくちゃ眠くなってきた。一昨日、これはたいへんに素晴らしいことだ、と気づけたので、今日はもう何の抵抗もせずスッと寝た。
8月9日(土)明るいうす曇。二〇二四─二五シーズンはセリエAのトリノに所属していたアントニオ・ドンナルンマが、今季はセリエCのジローネC(イタリアを北部、中部、南部に分けたうちの南のカンファレンス)で戦うサレルニターナに移籍する、と発表されていた。トリノに加入したときは芝の上で佇んだりゴールネット越しにアンニュイな表情でこちらを見つめるイメージ映像が作られていたが、(たぶん予算規模がぜんぜん違うからか)サレルニターナではラフなTシャツ姿でサムズアップする写真だけ。それでもとにかく、トリノでは公式戦出場なし、一九九〇年生まれの年齢的にもいつ引退してもおかしくない彼が、少なくともあと一年は現役生活を続ける、というのを知って、プレーする姿を一度も観たことがないのになんだか安心した。アントニオや川又堅碁(私と生年月日が同じ)が引退したら、きっとすごく寂しくなるんだろうな。
朝の散歩は一時間半。近所の運動公園の脇を歩くと、サッカー場で小学生くらいのチームが試合をしていた。観客もほぼおらず、レフェリーも私服っぽかったので、たぶん練習試合。ゴールキーパーだけでなく、フィールドプレイヤーも半分以上が帽子をかぶっていた。熱中症対策なのだろう。ヘディングやりづらくないのかな、と思ったが、そういえば今は頭へのダメージが指摘されていて、イングランドでは去年から、小学生年代の試合でのヘディングが禁止されているという。時代だなあ。
午後、暑いなかをジョグに出。今日から使いはじめたNIKEのランアプリによると、走ったのは九分ちょい、一・六八キロだった。四百メートルトラックを四周強、と考えると、まあけっこう頑張ってますね。
8月10日(日)曇ときどき雨。今日も昼にジョグ。二十分ちょい、二・八五キロ。
午後、ジュンパ・ラヒリ『べつの言葉で』(中嶋浩郎訳、新潮クレストブックス)を読む。たいへんに良かった。これも英語の勉強をはじめたところで読めて良かった。大人になってから学びはじめたイタリア語で一冊の本を書くまでになったラヒリはすごい。
いつか将来、辞書も手帳もペンも必要なくなる日が来ることを夢見るべきなのだろうか? 英語を読むように、イタリア語がこのような道具なしに読めるようになる日を? こういったことすべてが目標ではないのだろうか?
ないと思う。わたしはイタリア語の読者としての経験は乏しいけれど、より積極的で情熱的な読者だ。わたしは努力が好きだ。制限があった方がいい。無知なことが何かの役に立つことはわかっている。
制限はあるにしても、地平線が果てしないことは実感している。ほかの言語で読むのは成長、可能性の状態が永遠につづくことを意味する。見習いとしてのわたしの仕事は決して終わらないだろう。
P.31-32
永遠に見習いでいられることのよろこび。そういえば古井由吉も、七十歳になってからラテン語の勉強をはじめた、とどこかで書いていたような。Today is the youngest I'll ever be.だ。
夕方から、スズキロク『よりぬきのん記 2024』刊行記念トークイベント「のんきにつづける、のんきにつなげる」を観。ロクさんと『2024』解説の石山蓮華さん、そして司会として矢野利裕さん。面白かったです。のんき、といいつつ、もう六年以上毎日四コマ漫画を鍵アカで公開しつづけてきた、ということ自体がすでにのんきなおこないではない。ロクさんが、「大人になるのは楽しい」というウエストランド井口の、「未来は明るい」という爆笑問題太田のイズムを体現しようとしている、と言っていた、のが印象に残る。商業出版とかショートアニメ化のオファーもぜひ、というようなことも言っていて、のんきななかにそういう野心を隠さないのが好感持てたです。
8月11日(月)雨、ときどき止む。昨日でNight Swimを読み終えたので、今日からDouglas Stuart 'The Englishman'(The New Yorker二〇二〇年九月十四日号)。
昼前に散歩がてら、八月二日に行った書店へ。何も買わず。しかし、前回は気づかなかったのだが、ノベルスの棚に星海社のコーナーも(一段の半分くらい)あり、水原涼『恋愛以外のすべての愛で』があった! 『すべ愛』と『筏』が出た六月以降、はじめて書店で自分の本を見た。私なんかの本が出るなんて信じられない、実物を見てようやく、ドッキリじゃなかったとわかって喜びがこみ上げてくる、というほど純真ではもはやないが、それでも嬉しいものだ。
帰る途中でパラパラ降り出す。そのあとは降ったり止んだりを繰り返していて、ジョグをするタイミングを逃した。
8月12日(火)曇、一時パラつく。とにかく肩こりがひどく、読書もいまいち集中できない。二時過ぎにエイヤッとジョグに出。走り出せば肩の痛みが忘れられる。一分くらい走ってから、ランアプリを起動してない!と気づいていったん戻り、起動してまた最初から。十二分半で二・一八キロ。体調いまいちであまり速度も上げなかったからか、それほどキツくなし。
午後、羽田圭介『羽田圭介、家を買う。』(集英社)を読む。いずれ家をおっ建てるつもりの者として大いに参考になったですね。『羽田圭介、クルマを買う。』の続篇みたいなものだけど、『クルマ』よりも思索的というか、羽田の内面の動きが強調されている印象。それは、どんな家に住みたいか、というテーマが、著者自身〈セルフカウンセリング〉に喩えている(P.223)ように、人生観を見つめ直すよう強いてくるものだから、なのだろう。あとたぶん、飛び込みで試乗ができるクルマに比べて、住宅というのは気軽に試してみる(試住?)ことができる類いのものはないために連載のなかで物理的な運動を出しづらく、いきおい内面の描写が多くなる、ということかもしれない。
印象に残ったのは、冒頭で(値段まで明記して)紹介されるカッシーナのソファにはじまり、車(前著で買ったBMW)、自転車(ビアンキ)や調理器具(デロンギ)、高圧洗浄機(ケルヒャー)と、ハイブランドの商品はそのブランド名を明記しつつ、たとえば新居への引越作業を終えて夫婦で食べに行った〈駅前のそばチェーン店〉なんかは、〈白髪ネギ鶏キムチトッピングのざるそば〉を食べた(P.244)ことまで書きながら店名は明かさない、ということ。高級品はこまごまと名を挙げ、安いものははぐらかす、というのは、いかにも俗物っぽい。このキッチュさが羽田の最大の魅力だ。面白かった。
午前一時から男子バスケアジアカップ、日本対レバノンを観。序盤からミスが多く、レバノンに安定したリードを保たれて、二十四点の大差で負ける。代表入りする力はあるけどそれぞれの事情でメンバー外だった選手たちのことを考えてしまう。
8月13日(水)曇、陽射しも。一日こもって読書。
8月14日(木)快晴。朝のジョグは五分ほどの短時間走る。NIKEのランアプリのメニューなのだ。
しかしちょうどマクドナルドの看板が見えるところで五分が終わったせいで、まんまと朝マックをテイクアウト。帰路の公園のベンチで食った。ちょっと蚊に噛まれたが、オープンエアでめしを食うのは気持ちが良い。
夜、U-NEXTで八月九日のプレシーズンマッチ、リーズ対ACミランを観。一対一のドロー。ミランは優勝してから三年でガラッと選手が入れ替わっている。今季はヨーロッパの大会にも出られないし、また迷走期に入ってしまったのだろうか。
8月15日(金)雲の多い晴。今朝はインターバルランを八本、ランアプリの音声に従って走った。機械に操られてる感じで、走ることのジョイはあんまりないけど、そのぶんトレーニングの実感があって良い。
村上春樹は走り出して一年でフルマラソンに挑戦した(しかも四時間を切った!)そうだ。NIKEのランアプリにも、十八週間でフルマラソンの準備をする、みたいなトレーニングメニューがある。私もこのまま走りつづけて、遠出ができるくらいメンタルも健康になったら、フルマラソンをやってみたいな。
午後四時半ごろに外出。拡声器の声がどこかから聞こえる、と思ったら、大通りにデモ隊がいた。旗幟がいくつも。今日は終戦記念日なのだ。幟は赤なのだと思うが朱色っぽくも見え、何か怒号のような攻撃的な声が飛び交っていることもあいまって、オレンジ色をイメージカラーにした極右政党のことを思い出す。
デカい軍歌か何かを流す街宣車も二台。私が育った鳥取にも右翼というのはいて、街宣車が走っているのを見たことも何度かある(デザインもよく似ていた気がするが、同じ団体の支部だったのか、ああいう人たちはみんな同じ美意識だからなのか)。はじめて見たとき、たしか小学校低学年だった私は、あまりの音量に耳を塞ぎながら、いっしょにいた母に「あれなに?」と叫んだ。
あれはね、ウヨク。
ウヨク?
ウヨクのガイセンシャ。あんまり見ちゃだめだよ、目を合わせたら襲ってくるから。
当時の私は、ウヨクもガイセンシャもどういう字を書くのか知らなかったし、わかっても〈右翼〉というのが何を指すのか理解できなかったと思う。あれは見ちゃいけないものなのだ、ということだけはわかった。
母が政治的にどういう思想を持っているのか、どの政党や候補者に投票しているのか、今に至るまで私は知らない。目を合わせたら襲ってくる、なんて、動物園のサル扱いするようなことを言っていたのだから、すくなくともウヨクではないのだろう。
安田和弘くんと会い、近影を撮ってもらう。LINEとかでやりとりはしてたけど、直接会うのは四年ぶりくらいか。久しぶりの握手。安田くんの手はいつも温かい。
撮りながら何度か、「表情がおだやかになったね」と言われた。前に撮ったとき(二〇一七、八年)はもっとギラギラしていた、と。私も三十代になった!
8月16日(土)曇のち晴、一時雨。ランアプリ、今日は〈ロングランニング〉というメニューの日。三十五分ゆっくり走る。しかしペース配分をしくじり、へたばる。私は中高の部活で長距離走のトレーニングをやっていたけど、トラックや学校の回りを何周、みたいな、距離で区切ったノルマが多く、何分走る、というのはやったことがなかった。それで、ここ半年ちょい続けてるジョグも、この区画を何周、という感じで走っていて、時間を計りもしていなかった。しかしランアプリのトレーニングメニューはだいたい時間で区切られている。今のペースで何分走れば何キロ、の感覚を養ってこなかったもので、自分がどれだけの距離を走ってるのかわからずに走っている。フルマラソンを目指すならこのへんを鍛えないとな。
夜、U-NEXTで八月十日のコミュニティ・シールド決勝、クリスタル・パレス対リヴァプールを観。まあ順当にいけばリヴァプールが勝つでしょう、と思っていたのだが、二対二でPK戦へ。パレスは五本中二本ミスしたのに、キーパーのヘンダーソンがリヴァプールのキックを三本も失敗させて、パレスが優勝した。おめでとうございます。
すぐにBS日テレにチャンネルを回して、二十時ティップオフの男子バスケアジアカップ準決勝、中国対ニュージーランドを(一時間のディレイ中継で二十一時から)観。ニュージーランドがハカをやっていてたいへんに昂ぶったが、中国のブースターがずっとブーイングをやっていた。パレス対リヴァプールでも試合前、事故死したリヴァプールのディオゴ・ジョッタ選手の黙祷中、パレスのサポーターが騒ぎ出して、黙祷が二十秒くらいで終わってしまっていた。立て続けにリスペクトの欠如を観、なんだかげんなりした。
観客のリスペクトマナー違反とは関係なく、試合は終始一桁点差の熱戦で、しかし最後に中国が突き放して九十八対八十六で勝利。いい試合だったなあ。日本との実力の差を感じた、というか、日本が優勝を目標に掲げてたのが身の程知らずに感じてしまうほどだった。
8月17日(日)晴。朝、七分ラン。そのまま三十分ほど散歩した。セブンのカフェラテスムージーも飲みつつ。
そのあとはノンビリ過ごす。朝にジョグをすると、今日はもう勝ち確定、みたいな気持ちで過ごせるのが良い。
一日資料を読んで、夕方にもう一度ジョグに出た。よく走る。
夜、めしを食いながら、録画してた男子バスケアジアカップ準決勝、オーストラリア対イランを観。日本に勝ったイランがオーストラリア相手では何もできず、九十二対四十八、あわやダブルスコアの大差で惨敗した。
8月18日(月)晴。今日はインターバルランの日。お盆休みに入ってから朝に走るようになった。それであまり人通りも少ないなかを走れていたのだが、今日は夏休みを終えた会社員のみなさまが出勤する間を縫うように走った。来週か再来週、小中学校の夏休みが明けたらまた風景が変わるかもしれない。
十一時半からカウンセリング。終わったころには昼を過ぎていたので、めしを食ってから始業。ちょこちょこ原稿に手をつけたり資料を読んだりはしてたけど、私も昨日まで夏休みの気持ちだった。中篇の立て直し。締切は十一月半ば、時間はあるけどべつに暇というわけではない。
午後二時半ごろ、炎天下を一時間ほど散歩。往復で五百ミリのペットボトルを二本空にする。それでもまったく尿意を感じなかったのは、ぜんぶ汗で出ていったのだろう。
晩めしを食いながら昨夜の男子バスケアジアカップ三位決定戦、ニュージーランド対イランを観。ハカが好きなのでニュージーランドを応援していた、が、終始イランに十点前後リードされて追いかけ続ける展開。終盤には三点差まで詰め寄った、が、けっきょくひっくり返せず負けた。
試合後は例によって眠気に負ける。こっちは心地よい負けだ。
8月19日(火)晴。二十五分ラン。駅ちかくではご出勤のみなさまの流れに逆らう感じになって、どうも走りづらかったな。この時間はしょうがないか。そこを過ぎると急な上りに差しかかる。中学の陸上部で毎日坂道ダッシュをやらされてた鳥取大学裏の坂を思い出して楽しかった。
水湯水湯水湯水のあとは中篇を進める。まだ冒頭のシーン。午後は批評的エッセイの資料読み。大量の資料を積んでいる。二十五枚程度のまとまった長さの論考を商業媒体に書くのははじめてなので、やや慎重になりすぎてるきらいがある、が、まあそんくらいでいいのだろう。
晩めしを食いながら、録画してた男子バスケアジアカップ決勝戦、オーストラリア対中国を観。イランにほぼダブルスコアの大差で勝ったオーストラリアが、しかし今日は中国に、最大十五点のリードを許して追いかける展開。それでも次第に点差が詰まり、後半はシーソーゲームになる。乱闘になりそうな瞬間もありつつ、最後は一点差でオーストラリアが勝った。
8月20日(水)快晴。寝不足続き。午前は中篇を進める。
昼休みに図書館へ。雑誌のコピーと『週刊新潮』の最新号の確認のため。高山正之の「変見自在」が、今号でとつぜん最終回を迎えたのだ。
新潮社が高山を守る姿勢を貫いているので、コラムの最終回もとくに反省してる感じではなかった。朝日新聞の過去の報道をいくつも参照しながら、同紙がいかに〈卑劣でレベルが低いのか〉を書き連ねる。〈こちらはこのコラムを通して朝日記者に「取材して事実を書く」大切さをもう24年、諭し続けてきた〉とあり、この連載が単行本化されたシリーズの一冊の題が『朝日は今日も腹黒い』だったように、とにかく朝日新聞を仮想敵として貶し続けたのだろう。
今回の件については最後の十数行でちょっと触れられている程度だった。
先日の朝日の社説がこのコラムを取り上げた。
色々の教示を感謝するのかと思ったら大違いだった。
気になるのがこちらの肩書だ。コラムニストと書かずに25年前の「元産経新聞記者」ときた。あの頃からの恨みなのか。
コラムは今回で終わるが、最後まで立派な記者だったと言いたかったのか。
何を批判されているのかは理解しているようだが、朝日(や朝日に同調する人間)が言うことはすべて嘘、で頭が固まっていて、朝日に批判されているということは自分は正しいのだ、と考えている。これが二十四年続けた、自身にとってのライフワークだったはずのコラムを締めくくる言葉なのだから、よほど朝日新聞への信頼が深いのだろう。
連載は終わったが、これで幕引き、となるかどうか。さすがに『新潮45』みたいに廃刊になることはないだろうけど。
帰宅してコピーしたものを切る(印刷料金の節約のために、A4用紙二枚分をA3の紙にまとめてプリントして、半分に切って読むことにしてるのだ)。しかしよそごとを考えながらやっていて、すでにケースから抜いたペーパーナイフをまたケースから抜こうとして、握りしめてスッと引き、指に切り傷を作ってしまう。慌てて洗い、絆創膏を貼る。それほど深い傷じゃなくて良かった、が、暑さか寝不足か疲労か、とにかくどうも頭が回らなくなっているらしい。
気を取り直して午後は批評的エッセイの作業。複数の資料の内容を串刺しにしつつ、全体の内容を考えていく。どうも私は午前と午後、というか二時の散歩の前と後で違う作業をするのが性に合ってる感じがする。つまり常に二つ以上の仕事、できればまったく毛色の違う仕事を抱えていたほうがよい、ということだ。
晩めしに長谷川あかりレシピで牛肉、じゃがいも、ニラの韓国風スープを作り、ベランダの鉢植えから空心菜を収穫してにんにくと炒め。食いながらバスケットLIVEで、二〇二〇年十二月二十日の千葉J対富山を観。Bリーグ十周年企画で、過去の名試合がまた観られるようになっているのだ。この試合は千葉のファンが選んだ(クラブスタッフが選んだ三試合のなかからSNSで投票した)ものだから、千葉の勝ち試合ではあるのだろう、と思いつつ、当時はジョシュア・スミス(推し)が富山にいたので観る。当時東地区一位の千葉に終始リードされつつ、それでもスミスが躍動して富山もなんとか食らいついていく、という展開。しかし第三クォーターが終わったところで止めて寝た。
8月21日(木)晴。体調良くなし。それでもジョグをして、四十分ほど散歩した。びしょ濡れになったポロシャツをハンガーに掛けて置いといたら、夕方には汗が乾いて塩が浮いていた。
夜、コンビニで親子丼を買ってきて、食いながらU-NEXTでロド・サヤゲス監督『ドント・ブリーズ2』を観。一作目では敵役で、(哀切な理由があるとはいえ)かなりおぞましいことをもくろんでた盲目の老人が二作目の前半では主人公の少女の父親になっていて、イヤそいつを善玉にして続篇作るんかい、となった。
しかしやっぱり老人は、娘を誘拐しに来た武装集団の一人を娘の目の前で惨殺したりする。武装集団はもちろん躊躇いなく人を殺すし、無垢な少女だった娘もだんだん様子がおかしくなってきて、いったい誰に肩入れして観れば良いのかずっと揺るがされ続ける。終盤で老人が、自分は怪物以外の何者でもない、と述懐していたが、この映画に出てくる人はほとんどが怪物だった。モンスターとモンスターがモンスターをめぐって殺し合うさまを観た九十八分間。前作のほうが恐怖がソリッドで好みではあるけど、こっちもB級度が高まっていて良かった。
8月22日(金)晴。ぐっすり七、八時間寝。起床即The Englishmanを進読。昨日から性的なシーンに差しかかっている。性描写になると、たぶん英語の授業で教えられることのない語彙や表現が多いだろうに読む速度が上がる、のは、内容に対するわたくしの興味のためか、動作の描写が中心になって抽象的な記述が減るからか。
そのあとでジョグ、今日は四十二分のロングラン。これまででいちばんゆっくりとしたペースで、いちばん長く。
午後、クール宅急便で、ピエール・エルメとクルミッ子がコラボしたマカロンが届いた。たいへんに美味い、が、たいへんにお高い。どうしてもひと口ごとに、いまおれの口ん中にあるので四百円くらいかな……などと考えてしまう。
8月23日(土)雲の多い晴。起床即The Englishmanを進読。性的なシーンの続き。The New Yorkerにオーラルセックスの描写のある小説が載ることもあるんだなあ、となる。題が似てるからなんとなく、『東京人』にそういうのが載ることあるかしらん、と思ったけど、『ニューヨーカー』と『東京人』はぜんぜん違うか。
今日の朝ジョグは十二分の短時間。帰路に朝マック、チーズ増量のマフィンセット。公園で食った。
一日作業。夜十時すぎから、ようやくちょっとは涼しくなった(しかしまだ暑い)夜の散歩。一時間弱、スーパーに寄ったりして涼をとりつつ。良い感じに疲れ切ってパタリと寝。
8月24日(日)晴。The Englishmanを読了して、今日は五キロラン。NIKEのランアプリで、日曜に五キロ走ると特別なバッジがもらえるのだ。四十分ちょい。
午後二時から、大学院の先輩とLINEで通話。近況報告など。二時間ほど楽しくおしゃべりする。
晩めしの後、なんとなく今後の活動のことを考える。私はもうちょっと、人としゃべる仕事、をしてみたいと思っている。今までに登壇したイベントや座談会の類いでは、毎回、もうちょっとこういう話をすれば良かった、という、なんというか(後悔、というネガティヴな感情ではなく)残尿感みたいな物足りなさが必ずあった。場数の足りなさに起因する座談の技術の低さ、によるものだと認識している。今日の先輩との通話ではたいへんリラックスしてしゃべれた、が、話しながら、物事を説明するときの言葉の回らなさを感じた。私の伸びしろでもあるし、ここを伸ばせばけっこう活動の幅が広がるのでは。ポッドキャストとかYouTubeとかやりたいな。一人でのしゃべりにはまだ自信がないけど。
8月25日(月)雲の多い晴。今日はファルトレクというやつをやる。ウォームアップの軽いランのあと、それぞれに時間とペースの違う、強度の高いランとリカバリーのスローランを繰り返す、というもの。スローランから八十パーセントとかの速めのランに移行するときの、身体の動かしかたを変えていく感覚、が気持ち良い。
今日の作業は日記の整理。そろそろいっぺん日記をまとめて公開しときたい気分になっている、ので、今日と明日はその作業にあてることとする。しかし前回公開したのが五月八日までの日記、ということで、五月九日以降のをひとつのファイルにまとめた、ら、いま日記を書いてるこのフォーマットで六十ページ、ということは四百字詰め原稿用紙に換算すると(一ページが八枚くらいなので)四百八十枚くらい! 文字数でいうと約十六万七千字。私の作品でいうと、『すべ愛』が十七万字強だったから、あれよりちょい短い程度。まあ三ヶ月半あれば、筆が速い人なら長篇一作書くには十分だ。しかしいくらなんでも書きすぎではないか、と、日記をまとめるたびに思うことを今日も思う。
三時から一時間ほど散歩。水湯水湯水湯水、そのあとは集中。
夜、さつまいもを蒸して青椒肉絲を作る。食いながら、八月二十日に第三クォーターまで観てた千葉対富山の続きを観。第四クォーターではジョシュア・スミス(推し)はおとなしめで、そのかわりというか、橋本晃佑がキャリアハイの大活躍。第四クォーター終わって九十九対九十九の同点(富山の浜口炎HCのテクニカルファウルがなければ……と思ってしまうが、まあそれは結果論だ)。ダブルオーバータイムのたいへんな試合だった。百三十対百二十九の一点差で千葉の勝利。
百三十点はBリーグ史上最多得点、百二十九点は史上二位、ということでもちろん、一試合の両チーム合計得点も史上最多! すごい試合だったなあ。
8月26日(火)晴。今日は二十五分ラン。近所の小学校の始業日らしく、とにかくランドセルの子供たちがわらわらと歩いていて、ちょっと走りづらい。
午後二時半、散歩に出。最近長距離の散歩が多くて疲れが溜まっている、ので、今日はかるめにまとめる日。涼みがてら最寄りの書店に行った、ら、新刊棚に『筏までの距離』があった。
『筏』を書店で見るのははじめてだったので、高揚して散財してしまう。松本卓也『斜め論』(筑摩書房)、カレー沢薫『〆切は破り方が9割』(小学館)、さとかつ『琉球蟹探訪』(小学館)、東畑開人『なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない』(新潮文庫)。ちょっと買いすぎなのではないか。
しかし考えてみれば、自著の刊行から実際に本屋で見かけるまでに二ヶ月、というのは(一、二週間に一度、徒歩圏内の数軒にしか行かないとはいえ)いかにも長い。私はもっと売れたほうがいいのかもしれない
。〈文学賞なくても〉良い作品を書きつづけていれば仕事はできる、が、べつに売れたくないわけじゃないのだ。
夜は餃子を焼く。食いながらバスケットLIVEで二〇二一年五月十六日のCSクォーターファイナル第二戦、琉球対富山を観。ジョシュア・スミス(推し)がたいへんよく動けている。このシーズンまで二年連続リバウンド王、数年後の今もリーグ屈指のセンターで、今夏には(NBA選手が除外されてるとはいえ)アメリカ代表に選出されもしたジャック・クーリーとのバトル、たいへんに見応えがあった。第四クォーター終盤、クーリーの上からシュートを決めたスミスが、床に手を近づけてみせ(やーいチビ!みたいな煽り)、さらに胸の前で赤ん坊を抱いて揺らすジェスチャーまでやっている、のはなんか感動的ですらあった。推しが躍動する試合からしか得られない栄養がある。
コメント