2021.1.30

プレー中はいつもゴーグルをつけていたダーヴィッツは、引退後、解説者や指導者として活動するときは、ふつうのサングラスだったり裸眼だったりで、そのぶん誰かの引退試合やチャリティマッチでユニフォームを着るときゴーグルを装着するのが、彼だけの特殊な武装のようでめちゃくちゃ恰好よかった。ヴィッつぁんも、ふだんはふつうの眼鏡をかけていたのだろうが、私たちは違う小学校に通っていた──私は大学の附属小で、でもその小学校には部活がなく、私は特例として、家がその校区にある公立小のサッカー部に参加していた──から、部活以外に彼と会う機会はめったになく、彼の眼鏡姿は数えるほどしか見ていない。遠征や合宿の移動時や風呂上がり、年度末の卒業生の壮行会(私たちの部では送別会とは言わなかった)、そしてこの、監督宅でのイカスミスパ会。彼が眼鏡をして現れると、私たちは、アレッ誰だろう、ヴィッつぁんに似とるけどゴーグルじゃない!知らんひとが来たで!と囃したてた。保護者も参加する会だったとはいえ、ふだんの練習や試合で母親が見ている前でもヴィッつぁんはイエローカードもののファールをためらわなかったし、ロングフィードに追いつけなかったサイドバックを厳しい言葉で叱責してレフェリーにたしなめられたりもしていた。それなのに私たちのからかいを仏頂面で聞き流していたヴィッつぁんは、卒業を目前にしてよほど人間ができていたのか、私たちのことをとうに見限り、何を言っても相手にしないことにしていたのだろうか。とにかくその、たぶんイカスミスパ会の帰り、私とヴィッつぁんは二人で、けっこう長い間歩いた。イカスミスパ会には卒業生や保護者も招かれていたはずだが、私たちの親はいなかった。考えれば考えるほどなぜあの状況が生まれたのかよくわからないし、もしかしたらそんな出来事は一度もなく、ヴィッつぁんとほんとうは仲良くしたかった私が見た夢だったのだろうか。ゴーグル、かけさせてもらえませんか、と私は、ヴィッつぁんに頼んだのだった。