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2021.4.30

私たちはよくその店で飲んだ。ミツカくんは思いきり安くしてくれていたが、席が空になるよりは良いのだろう。予約が入っているときや金曜の夜は私たちの訪問は断られたし、あまり大勢は入れないから宇野原会の会場になったこともないが、私をはじめ、宇野原さんに紹介された小説家たちはけっこう通っているらしい。ミツカくんもそういう人たちの本を律儀に読み、店の、その人がよく座る席から見えるところにそれとなく置いたりして、店はなかなか繁盛しており、八人がテーブルに座れたのは久しぶりのことだった。

 それで、その後ふたりでまたサッカー観に行ったりするの? エリカが楽しげに訊いてくる。

 いや、べつに……。私は首を振る。サッカーを観るときはね、誰にも邪魔されず、自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだ。

 何言ってんの?とベラさんが眉根を寄せるが、動じずに続ける。

 独りで静かで豊かで……。

 エリカが、リョウくんそーいうネタは通じる人にだけやるんだよ、と、通じる人っぽいかんじで窘めてくる。私と同郷の漫画家の、代表作のなかで主人公が口にする独白で、はじめて読んだとき、これは私にとってはサッカーのことだ、と思ったのだった。


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