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2021.7.10

 降りてきたのは、市内にひとつだけある国立大学の自転車競技部の学生たちで、ひとりは日本人でひとりはシンガポール人で、日本人は木村か木下だったかで、シンガポール人のほうはティエンだかトァンだかいう名前で、確か木村とティエンだったが、ちょっと自信はない。二人とも同じ理系学部の大学院生で、二人は私にも恋人にもよくわからん内容の研究をしていて、ティエンのほうは、留学してきて結婚した日本人の妻がいた。そういういろいろなことを、私たちはそのあと、しばらく立ち話をし、滝の下まで行ってみるという二人と別れて元来た道を戻り、せっかくだからと豆腐屋で豆腐みたいな味の豆乳を飲んだりクソ暑いのに店主の女性に勧められるがままに湯豆腐を食べたりしていたら、なぜか膝から下をびしょ濡れにして店に入ってきた木村とティエンに湯豆腐を勧め、四人でひどい汗をかきながら、けっきょく合わせたら一時間くらい話し込んでいるうちに聞いた。五年以上が経った今、私が二人について憶えていることはほとんどなく、きっと二人も、私たちのことを思い出すことはない。

 二人が滝の音に向かって坂を駆け下りているとき、私たち四人はまだ何も知らない。こんな山のなかで自転車仲間と会うとは思わなかった!と、恋人の自転車を見て誤解したらしいティエンが流暢な日本語で叫び、私と恋人は、二人を待つ間に交わした言葉を思い返して、顔を見合わせて噴きだした。


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