ないのか。
でも……、ぼくの地元は何かというと砂丘だから。べつに砂丘は砂丘でいいんだけど、自然ってそれ以外にもあるんだし、滝だってあっていい。道は山に入っていて、坂を上がりながら、息も絶え絶えに私は言った。その滝に行くことを提案したのは私だった。恋人はこの土地の出身ではなく、私と交際しなければここに来ることはなかっただろう。誰かと縁づくことはその人の来歴とも親しくなることだ。一生来なかったかもしれない土地を、彼女は、もうこれで三度も訪れていて、今後も私との交際をつづけ、結婚なんかしたりすれば、もっと何度も来ることになる。私にとっては、はじめて走るこの坂道も、小さいころから名前は知ってた滝への道だと思うと近しく感じられるが、恋人にとっては遠い土地の知らない坂道でしかなく、彼女とこの土地をむすびつけているのは、ひとえに私の存在しかない。
ちょっとうれしいな。
うれしい? なんで? そう訊くと、彼女はすこし考え込む。二人がペダルを踏み込む音と、すこし荒れた呼吸。道に張り出した低木の枝が、私たちの身体が立てる音にあおられて、音を立てて二度揺れる。
この土地で、わたしたち二人ともにとってはじめてのことって、これが最初じゃない?
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