その滝はさ。平日の昼の、バイパスでもない生活道路は空いていた。ときおり上流の集落との間を行き来する小ぶりのトラックが走るばかりで、私たちは、何十年も前に舗装されたきり放置され、木の根がもぐりこんででこぼこにひび割れた歩道ではなく、車道の端を走った。あたりはときおり吹くぬるい風に葉むれが揺れる以外静かで、たまに農機のエンジン音がうしろに遠ざかっていく。植物のにおいを、この土地を離れて十年以上経った私の鼻は嗅ぎ分けられないが、昔なら、その絡み合ったにおいをほどいて、ひとつひとつの名前を呼びながら指さすことだってできただろう。自然ってかんじのにおい、と、きっと私と同じく東京の鼻に変わった恋人は言って、ふと思いついたように尋ねてくる。カオルくんの思い出の地なの?
行ったことない。
Comments