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昼休みにジョン・ル・カレ 2026.1.14~2026.2.8

  • 40false32 GMT+0000 (Coordinated Universal Time)
  • 読了時間: 59分

1月14日(水)快晴。遅く寝たので遅くに起きる。睡眠時間はそれなりに確保できているので良しとしましょう。しかし昨日五キロ走った疲労が残っていて、元気なし。年明けのひどい不調から徐々に回復してきたとはいえ、まだ元に戻ってはいないよう。また日々走って、走る身体に仕立てていきたい。

 散歩をして始業。しかし体調いまひとつで、捗らず。これもちょっとずつ、小説の身体にしていかなければ。体調不良でもイキイキ書けるようになるのがいちばんいいんだが、なかなか。

 昼ランはお休みとして、ジョン・ル・カレの第四作、『鏡の国の戦争』(宇野利泰訳、ハヤカワ・ノヴェルズ)を起読。

 第一部冒頭、イギリスから東側に潜行しているテイラーが、フィンランドの空港で〈フィルム〉を受け取る場面からはじまる。事細かにテイラーの思考をなぞり、本国にいる妻のことにも言及して、主人公級の扱いをしている、と思ったら、第一章の終わり、まだ二十五ページ目なのに、雪道で車に撥ねられて死んだ。掌返しの鮮やかさよ。

 第二部ではロンドンに舞台がうつり、テイラーの同僚エイヴリーが、上官ルクラークと善後策を協議している。エイヴリーはヘルシンキに、テイラーの所持物──〈フィルム〉を引き取りに行く任務を命じられた。

 晩めしを食いながら、バスケットLIVEで一月三日の東京対広島を観。ハーフタイムショーとして、手越祐也のミニライヴが行われていた。手越は年に一度、アルバルクのホームゲームに呼ばれる。ほかの場で彼を観ることがないので、なんとなく風物詩のような感じがする。私がバスケを観はじめたのは二〇二三年の夏で、今は三シーズン目。だからたぶん、手越が歌うのを観るのも三回目だ。

 立て続けに一月四日の同カードも観。四日のハーフタイムショーはお笑い芸人のクールポコだった。私が大学に入って独り暮らしをはじめたのは二〇〇八年の春のことで、私は誰に叱られることもない自由に浮かれて、それほど興味もないテレビ番組を延々観たり、クリアしたことのあるゲームをまたやったりしていた。クールポコは当時、売れっ子芸人としてたびたびお笑い番組に出演していた。だから、というわけではないですが、当時とまったく同じネタをやる二人の姿を観て、無性に懐かしくなる。

 手越祐也とクールポコ、二つの、それぞれある時期には一世を風靡したタレントのパフォーマンスを観て思ったのは、同じ会場、同じカード、同じ時間(土日のデイゲーム)に行われたハーフタイムショーでありながら、そのパフォーマンスの目指すところがまったく違う、ということだった。

 手越はコートに出てきてすぐ、MCもそこそこに(挨拶や観客を煽るようなことを言ってたけど配信ではほとんど聞きとれなかった)歌いはじめた。照明は暗く、一人でパフォーマンスするには広いコートを歌いながら動く彼をスポットライトが追いかける。二曲を歌い終えた手越は、後半も盛り上がっていきましょう、みたいなことを言って颯爽と去っていった。

 一方でクールポコは、その芸の性質上、臼と杵を運ばなければならず、なんというか鈍重な感じの入場だった。観客たちに声出しを求めたり、四面の客席それぞれの前に臼を運んで、一発ずつネタをやっていた。広島のファンのいるエリアの前では広島の名産品にまつわるネタを、東京のファンの前では東京の選手にまつわるネタを。照明は終始明るいままだった。最後に二人は、アルバルク、ぜったい勝ーつ!と観客たちとともに叫んで、臼と杵をえっちらおっちら運びながら退場していった。

 アイドル歌手のショーとして完結していた手越のパフォーマンスと、後半の試合に向けて観客を盛り上げることを目指していたクールポコのパフォーマンス。どちらが良いというわけではない。歌というのはすでにその内容が決まっていて、せいぜい歌詞の一部を変えるくらいしかできないのに対して、お笑いのネタは毎回変わるし、(その是非はさておき)客いじりも盛んに行われる、という、パフォーマンスの性質の違いが表れていた、ということ。

 バスケというのはほとんどの試合でハーフタイムショーが行われる。今回の二試合みたいに外部のゲストを呼ばなくても、ホームチームのチアダンサーが踊ったり、マスコットが愛嬌を振りまいたりする。サッカーでは、少なくとも私がよく観ていたゼロ年代にはあんまりハーフタイムショーの文化がなかったので、バスケを観はじめて二年半経ってもまだなんか新鮮な気持ちで観ている。43/312

 

1月15日(木)快晴。遅く起きる。寝る前よりも疲れている。知らん人とスカッシュをしたあと、なぜかその人に追いかけられて必死で逃げる、というたいへん高負荷な夢を見たせいかもしれない。

 今日は半休日として、資料を読んだり原稿を見返したり、ぜんぜん仕事と関係ない本を読んだり。走るつもりもなかったのだけど、昼すぎに外の空気が吸いたくなり、エイヤッとランニングウェアに着替える。

 お気に入りのコースへ。しばらく寝込んでいたもので、ここを走るのは十二月二十六日以来二十日ぶりのこと。ちょっとキツかったです。途中、目の前で横断歩道が赤になる。ここ長いんだよなあ、と思ってストレッチをしながら周囲を見回し、ついそこにあるミスドに入ってしまう。空腹のあまり買いすぎて一箱に収まらず。紙箱を両手に提げて走るのもなあ、と思い、これでもうランはおしまいとした。信号が青になるタイミングを狙って出、日向を縫って歩いて帰宅。身体が冷えた。

 夜、ドーナツを食いつつU-NEXTで、HBO製作のドキュメンタリー『SHAQ / NBA史上最も支配的なプレイヤー』全四回を一気に観。三時間強。シャック本人をはじめ、家族やコーチ、チームメイトたちのインタビューを通じて、稀代のセンタープレイヤーの半生をたどる、というもの。面白かったです。一九九〇年代から二〇〇〇年代のNBAについてほとんど知らなかったのだけど、ある時代のバスケットボールを象徴する存在がいかにして生まれ、育ち、コートを支配していったか、がわかった。

 全篇つうじて、dominateという単語が繰り返し口にされていた、のが印象に残る。シャキール・オニールというプレイヤーがコート上で何を行っていたか。しかし、私は出てくる固有名詞がほとんどわからない。コービー・ブライアントはその名前の由来まで知ってるのだけど、アキーム・オラジュワンやカリーム・アブドゥル=ジャバー、ペニー・ハーダウェイ、アレン・アイバーソン、ドウェイン・ウェイド、私が名前を聞いたことあるってことはすごい選手なんだろうけど何がどうすごいのかは知らん、という人ばかりだった。バスケ、戦術やプレーについてはもちろん、競技としての歴史にも興味が出てきました。43/312

 

1月16日(金)快晴。起床即着替えてランに出。一・五七キロ、十分二十五秒、消費カロリーは百ちょうど。かるめにまとめた。

 ドーナツを食って始業、今日は捗る。

 昼休みにジョン・ル・カレ。エイヴリーは上官ルクラークとともに、フィンランドで不審な死を遂げた同僚テイラーの家に訃報を伝えに向かう。しかし彼の家は、貧民街のような荒れ果てた地区にあった。テイラーの妻は仕事に行っていて、家には幼い娘しかいない。

 十ページほど読んだところでふと、今やってる原稿のフレーズが浮かんだ、ので本を閉じる。そのままジョン・ル・カレには戻らず。こういう日もある。長い読書というのは執筆やマラソンと同じで、ちょっとずつでも進めていけばいいのだ。

 晩めしを食いながらBリーグオールスター、ASIA CROSS TOURNAMENTというのを観。アジア特別枠選手、二十四歳以下の日本人選手、B2所属選手、九州のクラブ所属選手、という四つの選抜チームによるミニトーナメント。私はドワイト・ラモス(推し)が所属するアジア枠選抜を応援していた。そしてアジア枠選抜は初戦の若手選手選抜を破った。そして決勝でもB2選抜相手に、ドワイト・ラモスのスリーポイントで勝利! 推しの好プレーで勝つの、スポーツのいちばん快い瞬間だ。54/312

 

1月17日(土)快晴。朝から腹具合良くなし。コーヒーを飲みすぎているのかもしれない。

 三時ごろ、とつぜん思い立って、もう二年くらい前に楽天で買った(日記によると、二〇二三年十二月二十七日に届いている)バスケットボールを持って外出。ちょっと遠くの運動広場に向かう。歩いて三十分弱。

 考えてみれば私がバスケをするのはたぶん高校の体育以来、十八年ぶりとかではないか。当時は球技大会でバスケ経験者の多いクラスに惨敗した記憶も新しく、ぜんぜん楽しめなかったのだけど。少なくとも、スリーポイントラインの内側からのシュートが何点か、も知らなかったころより詳しくなっていて、なんというか意図のある動きを試みることはできていた。しかし、年間三百試合とか観てるので、ダバンテ・ガードナーのユーロステップとか、原修太のほとんど膝を使わないフリースローとか、並里成のレッグスルードリブルとか、頭のなかでプロの動きを思い出すことはできるのだけど、ぜんぜん身体がついてこない。一試合に何回も観てるはずのダブルクラッチも、自分の身体でやるとめちゃ難しいし、ドリブルをしようとして自分の足にボールを当てたり、フリースローの距離から打ってエアボールになっちゃうことも多かった。しかしそういうのも楽しいもんです。気持ち良かったな。

 帰るころにはもう真っ暗。ザッとシャワーを浴び、晩めしを食いつつBリーグオールスター二日目のコンテストを観。スキルズチャレンジ、スリーポイントコンテスト、ダンクコンテスト、の三種目。やっぱりダンクはバスケの華という感じで、たいへんに盛り上がった。54/312

 

1月18日(日)快晴。全身が筋肉痛。ランの場合は、二十キロ走った翌日でも筋肉痛にはならなかった。だからこんな筋肉痛も、高校の部活や体育以来のことかもしれない。気持ち良いなあ! 筋肉痛を気持ち良いと感じるの、いかにも元運動部員だ。

 デジタルデトックスを試みるため、スマホを置いて近所の喫茶店へ。しかしちょっと、紅茶のお替わりが無料だからといって飲みすぎ、気持ち悪くなってしまう。こういう日もある……。

 Bリーグオールスター三日目。十一時からのU-18選抜の試合を観る。私は三十六歳なもので、もう全員が私の半分以下の年齢。この人らが生まれる前から昨日まで、私は一度もバスケをしなかったのか。その間に彼らは生まれ、それぞれの経緯でバスケットをはじめ、続け、周囲の選手たちから抜きん出てプロクラブのユースに入り、そのなかでも頭角を現して、こうやって選抜チームの一員として試合をやっている。その遠さ。彼らも明日は筋肉痛になるだろうか。一試合やったくらいじゃならないかな。

 そのあと間髪入れずにオールスター本戦。面白かった。過度にギャグに流れることなく、しかし真剣になりすぎることもなく、スポーツとしての強度を保って戦っていた。この感じ、プロレスに似てるのかもな、とふと思う。プロレスも勝敗より観客をエンターテインすることが目指されていて、その目的に沿ったアングルがあり(今回のBリーグオールスターでいうと、直前会見で全選手が発表していた各自の〈公約〉や、開催地・長崎出身の田中大貴にMVPを獲らせる、そのために田中が所属するチームに勝たせる、というもの)、しかし一つ一つの局面では真剣に相手と対峙しつつ、選手それぞれが自分のテクニックを見せる。スポーツの形式を取っているので勝敗は決められるけど、それはただちにチームとしての優劣を示すものではないし、選手も観客もそのことを分かっている。

 試合後も、スマホを棚の目立たないところに置いたまま読書。スマホを見なければ読書が捗る、というのは当たり前のことなのだけど、やってみるとほんとうに良い。そしてスマホを見なくても何も問題もない。考えるまでもなく、SNSの投稿とか無料で読める漫画、芸能界ニュースのたぐいというのは、私の人生にたいして重要ではないのだ。54/312

 

1月19日(月)明るいうすぐもり。昨日より筋肉痛が強くなっている。バスケをやった翌日の筋肉痛が寝不足ゆえに回復してないし、加齢ゆえ二日後にくる筋肉痛もある、ということ。そしてたぶん、昨日ベッドで二試合観てずっと座って本を読んでたのが、腰や首の痛みにもなっている……。

 午前は無理せずまとめて、二時前に軽めにラン。今朝の時点で累計走行距離が八九九・二キロになっていた、ので、九百キロ到達を最低目標として走り出す。とはいえ八百メートルだけというのも短すぎるかしらん、と、二キロのコースを走った。しかしたいへんにキツく、後半で一度立ち止まってしまう。息切れと腹痛。二十メートルほど歩いて息を整え、なんとかまた走り出して、そのあとは最後まで止まらずフィニッシュ。ぜえはあ……。ダメージが大きく、シャワーを浴びる気力もなし。

 メンタル由来の体調不良は走ればケロッと楽になる、し、フィジカルに体調が悪くなってるときは走っても回復しない。走ることで自分の不調が心身どちらに由来しているかがわかる、のだが、後者の場合は、走るとよけいにしんどくなる……。とはいえ、おれはほんとに体調悪いんだ!とわかって、気分的にはちょっと楽になった。

 今日はもう療養日として、横になって軽めの本ばかり読んで過ごした。54/312

 

1月20日(火)曇。昨日に引き続き体調不良。今日は療養日としよう、と思ったが、休んでたらちょっと楽になってきた。それで午前はこまごまと、あまり負荷の大きくない作業。

 昼休みにジョン・ル・カレも。エイヴリーたちの組織(スマイリーがいる情報部とは別の、ほぼ同じ機能をもつ諜報機関)の面々は、ルクラークの執務室に集まって作戦会議をする。部長ルクラーク、副官エイヴリー、さらにウッドフォード、サンドフォード、デニソン、マカロック、そしてどうやらエイヴリーのことを嫌っているらしいアドリアン・ホールデン、の七名。いきなり出てきた五人は、ホールデン以外憶えられませんでしたが……。テイラーが受け取ろうとしたフィルムというのは、ソヴィエトの中距離ミサイル砲を飛行機から空撮したもの、だそう。

 人間関係の微妙な距離感を描き分けつつ会議は終わり、エイヴリーはスマイリーと面談する。ここではスマイリーの容姿にはほぼ言及なし。〈スマイリーというのは、まるまっちい指をもった小柄な男で、いつも、仕事以外のことに気をとられている様子がある。いまも暗い顔つきで、眼ばかりパチパチさせているのは、エイヴリーの訪問が気に入らないのかもしれない。〉(P.69)というくらいか。

 ルクラークとホールデンの会話のなかに、スパイとは何か、についての言及があった。〈「するとアドリアン、きみはわれわれの情報が、絶対的な真実性をもたないかぎり、行動に移るべきじゃないと考えるのか? 牧師と名がつけば、キリストが生れたのはクリスマスの日だと証明しなければならんというようなものだぞ」〉(P.80)そう問われたホールデンの言葉。

 

「完璧を期するというのは、理想であるだけだ。おれたちは大学生とちがう。スパイだぜ。現実に即した行動をとるのが至上命令だ。相手にしているのは人間であり、事実であるんだ!」

P.80

 

 いい言葉だなあ。『寒い国から帰ってきたスパイ』にもあったけど、スパイの本質を突くハードボイルド調の台詞、好きだ。

 午後一時半ごろランに出る。今日も短距離、昨日と同じコースを。二・一一キロ、十三分三十一秒。昨日よりハイペースで、昨日より楽に走れました。改善を実感できるのはうれしい。

 午後も無理せず。作業よりも長い休憩を何度も取り、読書読書。雨宮処凜『25年、フリーランスで食べてます』(河出新書)を読む。良かったです。二十五年フリーランスの文筆業で生きてきた、というのが、私にはもう眩しいのだが、その内実が明かされている。しめきりを守る、とか、連絡は即打ち返す、とか、ネタを仕込むために常にアンテナを張っておく、とか、自分だけの分野をつくる、とか、体調管理はしっかり、とか、けっきょく基本が大事なんだよな……という記述が並ぶ。

 今日は本書と、スティーブ・ヘインズ、マシ・ノール、マリーナ・カンタクジノ/文、ソフィー・スタンディング/絵『マンガ版 トラウマや不安、痛みって本当に不思議 でも私は大丈夫、と言える本』(浅井咲子訳、いそっぷ社)を読了した。どちらの本でも、とにかくフィジカルな健康というのが生きていくには絶対的に重要で、それには食生活と睡眠の質を高く保つ必要がある、ということが主張されていた。

 雨宮の本で印象的だったのは、〈寝る前に、脳に「明日の原稿」を発注しておく〉(太字原文、P.51)というルーティン。寝る前、映画を観たり猫と遊んだりしてリラックスしつつ、翌日に書く原稿のことを考えながら眠りに就く、という。そのときに、読者がその原稿を読んでどういう反応をするのか、をイメージしておくのだそう。

 

 そうして、翌朝。起きたらすぐにパソコンを立ち上げ、顔も洗わず食事もメールチェックもせず、一気に3〜5本くらいの原稿を書く。もっとも頭がクリアになっている瞬間に、「出力」してしまうのだ。

 この時に気をつけるのは、私の場合、音があるとせっかくの完成原稿がどこかに流れてしまうので音楽やテレビ、人の話し声など一切の音はNGということ。「流れる」という表現をするのは、この時点では完成物が、頭の中に液状にあるイメージだからだ。よってあまり身体も動かさず、そろそろとパソコンに向かい、出力する。

 そして起床即2〜3時間くらいで原稿をいくつか書いて(この時点では荒削り)、やっと顔を洗ったり食事をしたりする。ここまで口にしているのは水だけだ。

太字原文、P.53

 

 この感じだとたぶん、作業中に飲む水も、夜のうちに机に置いとくのだろう。で、朝の〈出力〉を終えたら、家事をしたりジムやヨガに行ったりして、帰ってきたあと、朝書いたテキストを整えて完成原稿にする、というルーティンだそう。

 起床即書く小説家、けっこう多いような。村上春樹やレイ・ブラッドベリもどこかでそういうことを書いていた。それを読んで感銘を受けた私は、私も実践してみよう、と日記に書いた記憶が……、といま日記を書きながら思い出し、過去のファイルを検索してみると、二〇二二年九月二十日にこういうことを書いている。

 

昨日起読した鈴木大介『脳が壊れた』のなかに、フリーライターになって以来、朝起きたらすぐ仕事机に向かう、クリアな頭で書けるから、みたいなことが書いてあった、ので私も起きてすぐ作業。たしかに、自己認識としては寝起きと低気圧で頭がぼんやり痛い、みたいなかんじなのに、思考は案外スムーズだった。今後も続けよう。たしかレイ・ブラッドベリも、起きたらすぐ机に向かう、それを三十年間一日も欠かさずにやってきた、とどこかに書いてた。私も今から三十年後は六十二歳で、そのころ書くエッセイに、鈴木やブラッドベリのを読んで私もそうした、みたいなことを書いてみたい。今日がその初日になればいいな。

 

 しかし、〈今日がその初日になればいい〉といいつつ、けっきょくこの習慣はたいして続かなかった。また試してみるかな……。今日から三十年後は六十六歳だ。

 ブラッドベリはこのことをどこで書いてたのかしら、と思って調べてみたが、見つけられず。かわりに、ブラッドベリの講演の切り抜きのツイートが見つかる。そこでブラッドベリは、毎晩寝る前に、短篇(short story)をひとつ、詩(poem)をひとつ、そして論考(essay)をひとつ読む、それを一〇〇〇日つづければ、あなたはさまざまなアイディアやメタファーが浮かぶようになり、独自の人生観も獲得でき、めちゃくちゃクリエイティヴになっているだろう……、と言っている。

 三十年起床即書くのを続ける、よりも、一〇〇〇日間寝る前に三つ読むのを続ける、のほうがとっつきやすい。今日の一〇〇〇日後は二〇二八年十月十五日か。やってみようかな。

 ともあれ、雨宮の〈発注〉という考えかたはいいですね。一生食ってくにはこういう、自動的に作業をしちゃう、みたいな状況に自分を持ってく必要があるのだろう。89/312

 

1月21日(水)曇、寒い。起床即作業、せず。睡眠は五、六時間、眠りの質もあまり高くなかったような。雨宮は、自分は睡眠時間が足りないとてきめんに体調を崩す体質だから、忙しいときほどしっかり寝るようにしている、と書いていた。

 午後二時すぎ、髪を切ってランに出。たいへんに寒いので、ふだんのウェアの上にジャージを着た。三・〇二キロ、十七分五十七秒。一キロあたり六分を切っている。いい感じ。距離のわりにキツかったので、まだまだ回復途上だ。

 けっこう汗もかいた、が、シャワーは浴びずに着替えてまた出。歩いて十分ほどの銭湯へ。ランのときいつも、このレトロな建物の前を通っていて気になっていたのだ。

 最近あんまり見なくなった、番台が男女の脱衣所の間、双方を見通せるような場所にあるタイプ。しかし時代柄だろう、男性の店主は男湯側にいたし、番台の向こうはついたてで見えないようになっていた。脱衣所はめちゃ寒く、床は裸足だと飛び上がるくらいに冷たい。

 オープン直後の男湯には私のほかに三、四人、いずれも七、八十代の人たちばかり。そろそろ出ようかな、と思ってたら、店主の妻らしいおねいさんが男性の脱衣所に入ってきた。モップで床を拭いて、出てくかと思ったら番台に寄りかかって、夫やお客たちとおしゃべりしながら壁のテレビを見上げている。おねいさんもたぶん七、八十代っぽいし、まあ男性客の裸も見慣れてるんだろうな、と思って私も(タオルで前を隠しつつ)出。棚の陰で見えなかったのだけど、その棚に肘を突いて寄りかかってた客はすっぽんぽんだった。客も裸を見られるのに慣れている……。

 しかしこう、平日昼間の銭湯でちんちんをブラブラさせながら、なんでこのジジイ(トランプ大統領のこと)はこう戦争好きなんかねえ、と店主夫妻に話すおじいさん、人生に後顧の憂いなし、という感じでいいですね。熱めの湯の火照りが脱衣所の寒さであっという間に冷える。暖簾をくぐってから外に出るまで二十分程度、ほんとにただ風呂に入っただけ、という感じだった。

 晩めしを食いながらバスケ、U-NEXTでEASLの宇都宮対香港イースタンを観。わりに序盤で宇都宮が十点くらいリードして、その差を保って四十分、という感じ。

 昨日、一〇〇〇日読書チャレンジをはじめてみようかしら、と書いたのだけど、けっきょくはじめなかった。今日から(私むけにカスタマイズして)やってみる。ブラッドベリは、シェイクスピアやオルダス・ハクスリーとかの、歴史に名を残した著者の作品、古典的名作を読むよう求めていたけど、私は現代の作品や未知の著者によるものも読む。それと、彼は短篇、詩、論考、を挙げていたが、これに漫画も加えて四種類としてみる。この四つを読む時間を、雨宮処凜が書いていた、脳に「明日の原稿」を発注するためのリラックスにあてるのもよさそう。

 実践した人のnoteには、読むものの選定が大変だった、とあったので、あんまり縛りをキツくしないよう、長い作品の一章を読むのでもいいことにする。ということで今日は、

・短篇:麻布競馬場「3年4組のみんなへ」(『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』(集英社))

・詩:上川涼子「hymn(不可知論者のための)」(『文學界』二〇二六年二月号)

・論考:池澤夏樹・須賀敦子対談(池澤『池澤夏樹詩集成』(書肆山田)付録)

・漫画:マキヒロチ「明日戦えるように…」(『おひとりさまホテル』(新潮社)第十六話、四巻)

の四つを読んだ。二〇二八年十月十五日に、このチャレンジで読んだもののリストを見返すのを楽しみに。しかし四つ読み終えたときにはもう十二時を過ぎている。なんとなく原稿のことを考えながらベッドに入った、が、けっきょく寝つかれずスマホを見てしまう。89/312

 

1月22日(木)快晴。夜中に外で降る音がしていたが、起きると青空。起床即作業、せず。特に何も浮かんできてなかったのだ。発注失敗である。

 昼休みに五キロラン。ザッと入浴、ジョン・ル・カレ。テイラーの遺品(フィルム)を回収しにフィンランド入りしたエイヴリーの様子、と、ロンドンの〈機関〉の仲間たちが活動する様子、が交互に、ちょっと面白いレトリックで描かれる。

 たとえば、エイヴリーと領事サザランドの、〈二人は警察署へはいっていった。〉(P.89)の文から一行空けて、ロンドンに場面が移り、〈ルクラーク自身も、本省のひろい階段を、慎重な足どりでのぼっていった。〉(P.89)と描写される。その場面は、ルクラークと〈本省〉の次官の、〈二人は大臣室へはいっていったが、大臣は顔もあげなかった。〉(P.95)という一文で終わり、一行空けて、〈だが、警部のほうは、いそいで椅子から腰をあげた。〉(P.95)という文で、エイヴリーたちの場面がはじまる。

 この、同じ要素で別の場面をつないでいく手法、モダンな感じがする。『ボヴァリー夫人』で、農業共進会における参事官たちの演説の様子と、室内で囁きあうロドルフとエンマの様子が並行して描かれていた場面を思い出す。

 

 そしてロドルフは言葉を終えようとするとき、その台詞に身振りを添えた。めまいに襲われた人のように、顔に手をやり、それからその手をエンマの手の上に落とした。彼女は手を引っ込めた。にもかかわらず参事官はずっと読みつづけていた。

芳川泰久訳(新潮文庫)P.256

 

『ボヴァリー夫人』ではこうやって、同じ段落のなかでふたつの場面を接続しているし、台詞ひと言ごとに両者が切り替わっていく描写もある。それに比べれば『鏡の国の戦争』はワンシーンごとの切り替えなので、穏当、という感じがするかしら。

 Wikipediaによると、『ボヴァリー夫人』の原書は一八五七年刊行。英語版は一八七八年に抄訳が出たあと、繰り返し訳され続けている。第二次大戦後だけでも、『鏡の国の戦争』が上梓される一九六四年までに、抄訳を含めて五つの訳が出ているよう(アメリカだけで流通したものもあるかもしれないけど)。百年前の『ボヴァリー夫人』を、ル・カレが新訳で読み、その文章技法を取り入れてこの一連の場面を書いた、と想像すると面白い。読んだかどうか、読んだとしてもその影響で書いたかどうかは知りませんが……。

 フィンランドのエイヴリーの姿とロンドンの仲間たちの姿を交互に描く一連の場面を通じて、エイヴリーの孤独さが強調されていく。精神が追い込まれていくような。

 彼はけっきょく目的のフィルムを手に入れられないまま帰国。ヒースロー空港でふとこう述懐する。

 

これがわれわれの人生かと、エイヴリーは思った。おなじ空港を、そのつど、ちがった名前で出入りして、いつもおなじにあわただしく、人目を避けた会合をつづけている、町の城壁の外に住む男たち。

P.118

 

 スパイとは何か、を、ジョン・ル・カレは小説のなかでたびたび確認する。哀愁というか諦念のようなものが強調されるのは、やっぱりジェームズ・ボンドとの対比のためなのかな。三部構成の本書のうち、第二部までを読み終える。それでもまだ全体の半分より手前だ。

 夜、ふるさと納税で福岡から届いたもつ鍋を作る。食いながらバスケ、U-NEXTでEASLの昌原LGセイカーズ対A東京を観。たいへん競った良い試合でした。試合後は睡魔に負け、パタリと寝。132/312

 

1月23日(金)快晴。中途覚醒もなく十時間、グッスリ寝。気持ちの良い寝起きだった、がしかし、一〇〇〇日チャレンジが一日で途切れてしまっているではないか。今日からまたやり直しましょう。今から一〇〇〇日後、二〇二八年十月十七日まで……。

 昼、昨夜のもつ鍋の残りに白米を突っこんだものを食って胃をもたれさせる。ウットを飲んで外出、近所の喫茶店で編集者と打ち合わせ。次に書く中篇の話をする。やっていきましょう。

 景気の良い気分になり、スーパーとお寿司屋、高級ドーナツ屋さんとドラッグストア、をハシゴして帰宅。たらふく食ってノンビリ読書。

 夕方から、DAZNでNFLを観。AFCプレーオフ準決勝、ニューイングランド・ペイトリオッツ対ヒューストン・テキサンズ。年に一度、スーパーボウルのハイライト(とハーフタイムショー)を観るだけなので、毎回ルールが分からない状態で観ている。なんせ何人でやるスポーツかも知らないのだ。しかし観てるうちになんとなくルールを把握できてきたような気がする、が、それもどこまで正確なのか。ともあれ、選手のセレブレーションや歓声で、ここが見所なのね、というのがわかって、だんだん面白くなってきた。

 そのあとは読書読書。一日で途切れた一〇〇〇日チャレンジをまた最初から。

・短篇:麻布競馬場「30まで独身だったら結婚しよ」(『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』(集英社))

・詩:池澤夏樹「軍港」(『池澤夏樹詩集成』(書肆山田))

・論考:宮下遼「オスマン帝国の「大きな通史」とオスマン語版『星の王子さま』」(『白水社の本棚』二〇二六年冬号)

・漫画:マキヒロチ「レトロなお宿を楽しんで…」(『おひとりさまホテル』(新潮社)第十七話、四巻)

を読んだ。しかし『おひとりさまホテル』、四巻まで読んでもまだチューニングが合わない。PR漫画としか思えないんだよな……。132/312

 

1月24日(土)快晴。八時ごろに出、近所の町喫茶へ。コーヒーとトーストをいただきつつ、中上健次『路上のジャズ』(中公文庫)を解説の手前まで読み進める。家に帰って読了。ほぼ既読(「ねじ曲がった魂」という五ページのエッセイだけ、単行本にも全集にも未収録らしい)だったが、中上はやっぱり良いなあ。私のいちばん好きな中上作品である「灰色のコカコーラ」も数年ぶりに読んだ。

 昼すぎにラン、六・八六キロ、四十六分十五秒。久しぶりのルートで気持ち良かった。シャワーは浴びず、ちょっと読書をしてまた出。十五時オープンの銭湯へ(二十一日に行ったのとは別)。着いたのはたぶん十五時十分くらいなのだが、もうかなり混んでいた。洗い場も七割くらい埋まっていて、サウナも、十人で満席のところ、常に六、七人、多いときは九人も入っていた。それでも、身体を洗って湯に浸かったときからすでに心が鎮まっていて、ゆったりと三セット。

 二セット目、サウナのなかで文庫本を読んでいる人がいた。以前にも見かけた人。前回は書店のカバーがかかっていたから何の本かわからなかったのだが、今日は書店のカバーも版元のカバーもなかった。ちょっと離れた場所に座っていたから題は読み取れなかったが、講談社文庫だということはわかった。

 その人が、三セット目ではすぐ目の前に座ってくれた(座ってくれたというのもヘンですが)。読んでいたのは綾辻行人『十角館の殺人』。ずいぶん懐かしいものを……。

 この銭湯にはととのい椅子というのがなく、だいたい露天風呂の脇の壁に凭れて座るのだけど、三セット目にはその床もいっぱいになっていた。やむなく石積みの風呂の縁に腰かける。人が湯に出入りするたび波が立ち、私の尻や足を流れて排水溝へ向かっていく、その熱を感じているうちに、だんだん自分が露天風呂の石積みのひとつであるような気になってくる。いったいいつからこの、住宅街の外れの、高い壁に囲われたこの場で熱い湯に洗われているのだったか。そしていったいいつまで?

 おじさんの大きなくしゃみで我に返り、おじさんが出ていったスペースに浸かって温まった。

 ラーメンを食って帰宅。こないだ図書館の廃棄本で拾ってきた箕輪厚介『死ぬこと以外かすり傷』(マガジンハウス)を読む。全体として、こう、ぷち反社の放言、という感じで、ろくでもないのは間違いないのだが、ろくでなしのなかでは良かったような。

 ろくでなしの類書でいうと、箕輪が編集した西野亮廣『革命のファンファーレ』(幻冬舎)あたりを思い出す。西野の本は具体的な成功のメソッドを説いていた。そのメソッドは、芸能活動で稼いだ知名度を利用して信者を増やし、彼らから金を吸い上げつつ、そのコミュニティを信者たちのビジネスのハブにすることで経済圏を作っていく、というものだった。

 西野のメソッドの〈芸能活動〉を〈編集の仕事〉に置きかえれば箕輪のそれになるのだが、『死ぬこと以外かすり傷』は、そのメソッドを実行するよう読者に求めたり、自分にとって都合のよい将来のヴィジョンを語るようなものではなく、仕事をやっていくマインドについての記述が多い。マインド、といっても、馬車馬のように働く、ということでしかないのですが。

 質より量、最速でプロダクトを世に送り出し続けること。そのために、とにかく休みなく働く。失敗することもあるし企画が頓挫することもある、他人に損害を与えることもあるかもしれない、そのために去っていく人もいるだろう、が、そういうのはもう終わったこととして振り返らず、次の人に会い、次の仕事をやり続ける。

 

 編集者として100年後も読み継がれる本を作りたい。

 そういう想いが僕には、どういうわけだか一切ない。

P.165

 

 こう断言する箕輪は、私とはまったく違うものを目指して本を作っている。だから本書を参考に生きることはない、のですが、しかしちょっと感化されそうになっちゃったです。そのへんはやっぱり私が、建前上は実力主義ということになっている業界に身を置いているからかもしれない。

 夜、U-NEXTでスタンリー・キューブリック監督『フルメタル・ジャケット』を観。たいへんに良かった。新兵訓練の様子を描く前半と、その新兵の一人がベトナム戦争の最前線で経験したことを描く後半に分かれている。前半に出てくる鬼教官ハートマンの台詞が良い。「ケツの穴でミルクを飲むまでシゴき倒す!」「ケツの穴を引き締めろ! ダイヤのクソをひねり出せ!」「せいうちのケツにド頭突っ込んでおっ死ね!」(と印象に残ってる台詞を書き出してみるとぜんぶケツに言及してることに気づいたのだがそれはさておき)、とにかくゲラゲラ笑いながら観ていた、ら、だんだん不穏になっていき、前半の最後から後半の戦地の場面はもうずっと怖かった。人間のおぞましさ、と端的に言ってしまうことはできるのだけど、過酷な訓練と呆気なく人が死んでいく戦地で、人の精神がいかにして追い込まれ、破綻していくか。

 映画を観ながら、そのあと本を読みながら、ときどき手を鼻に近づける。銭湯の匂いがして気持ち良いのだ。

 そのあと一〇〇〇日チャレンジを。

・短篇:麻布競馬場「2803号室」(『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』(集英社))

・詩:池澤夏樹「湘南海岸」(『池澤夏樹詩集成』(書肆山田))

・論考:奈倉有里「熊の名を呼ばない」(『文學界』二〇二六年二月号)

・漫画:マキヒロチ「伝統の場所に記憶をとどめて…」(『おひとりさまホテル』(新潮社)第十八話、四巻)

 しかしこうやって毎日書き出していくの、なんだか面倒だな……。読んだものリストは別にファイルを作っているので、そっちでいいか。132/312

 

1月25日(日)快晴、寒い。朝の散歩でマクドナルドへ。終了直前の朝マックをテイクアウトした。帰って食い、家事をこまごまやっつける。指先の銭湯の匂いはいつの間にか消えていた。いつの間にか、というか、食器を洗ったときか。

 午前はかるめに作業、読書もちょっと。午後一時にランに出。七・〇二キロ、四十六分十五秒。七キロを超えるのは久しぶりだ、と思ってランアプリの記録を見返すと、先月二十六日以来、ほぼ一ヶ月ぶりではないか。正月来の体調不良から、ようやく脱け出しつつある。

 午後、日本海新聞のコラムを書く。やや難儀して、暗くなったころようやく完成、即送稿。

 そのあとようやくジョン・ル・カレ。第二部が終わり、次は「潜行員ライザー」と題された第三部。ホールデンが、ポーランド系の退役軍人ライザーのもとを訪れた。それと省内で政治的な折衝をするルクラークの様子が交互に描かれていく。ライザーがジョージ・スマイリーに言及する台詞。

 

「あの肥った男はどうしました? ジョージなんとかといいましたね。背の低い、不景気な顔をした男ですよ」

「ああ、かれか……かれはさいわい健在だ」

「ものすごい美人と結婚したと聞きましたが」

 と、いやらしく笑って、右腕をあげ、性的武器のたくましさを示すときの、アラビア人のジェスチャーを真似た。

「かれでもそんな芸当ができたのをききまして」と、また笑い声を立てて、「わたしのような小男も、まんざら捨てたもんじゃないと知りましたよ」

P.145

 

 なんかこう、スマイリーが貶されてるのを読むと無性に嬉しくなっちゃうようになってしまったな。

 ホールデンたち〈機関〉は、ポーランド系で、戦時中の経験から東ドイツに恨みを抱いているライザーを、東独への潜行工作員に仕立て上げようと考えている。オックスフォードにある一軒家を借り上げ、作戦名から〈《かげろう》ハウス〉と名付けて、ライザーの訓練を行うことにした。

 と、ここまで読んでそういえば、いしいひさいちがパロディしてたのだった、と思い出して、いしいの『コミカル・ミステリー・ツアー 赤禿連盟』(創元推理文庫)で該当のエピソードを見つけた。

 

スマイリー「彼を東ドイツへの潜入工作員として訓練してもらいたい。」

(と言いながら金髪の男を指さす)

眼鏡の男性「承知しました。」

ナレーション〈★ライザーは3ヶ月間、東独人になるために徹底した訓練を受けた。〉

(授業を受けるライザー、モールス信号を解読するライザー、戦闘訓練を受けるライザーの絵)

スマイリー「どうだね、うまくいったかね。」

眼鏡の男性「申し訳ありません。東ドイツ人になっちまいまして。」

ライザー「ニッヒ! アイン、グロス!! バイン、ホーネッカー」

(錯乱したように叫びながら東ドイツの旗を振り回している)

P.119

 

 いしいがパロディしてるから、というわけではないはずなのだが、ようやく『鏡の国の戦争』の主題に入った、という感じがする。

 最後に一〇〇〇日チャレンジの四つを読んで、十二時半ごろベッドに入る。寝たのは一時すぎ。169/312

 

1月26日(月)朝は快晴、のち曇。今日はどうにも捗らず。ブレインフォグの感じだ。借りてきたきり積んでるキャサリン・プライス『スマホ断ち』(笹田もと子訳、角川新書)、いいかげん読んだほうがいい。

 昼ランは五・一一キロ。しかしどうもあまりペースを上げられず、身体が冷え切った。長めにシャワーを浴び、午後の作業。

 晩めしは鮭のムニエルを作り、昨夜の残りなどといっしょに食いつつバスケを一試合。それからまた読書をして、夜中にガッとカップ麺や肉まんを食った。169/312

 

1月27日(火)快晴。一日作業。昼ランは五キロ。

 早めに退勤して晩めしの仕度。牛すじ肉を茹でこぼし、二時間ほど煮込む。もつ鍋の予備スープを使って牛すじ鍋。おいしくできました。

 食いながらバスケットLIVEで一月二十四日の千葉J対琉球を観。千葉は今季も怪我人が多く、あんまり上手くいってない感じ。二季連続で負傷者が続出して成績を落としてるの、そろそろトレーナー陣やメディカルチームの責任が追求されはじめそうではある。そういう状況でも、スターが十人いたのが八人に減ったくらいなので、実力差のあるチーム相手なら勝てるのだけど、琉球もスターが多い。それで序盤から琉球がリードして、そのまま勝った。

 試合後は眠気がひどく、一〇〇〇日チャレンジには至らず。インタビューやハイライトの音声を聞きながら布団にくるまり、そのまま寝てしまう。というか、ここからエイヤッと起き上がって読書して目を冴えさせ、ぜんぜん眠れない……、とスマホを見ながら一時や二時にようやく寝るより、こうやって、バスケに熱中してマインドフルなまま眠りに就くほうが心身ともに良いに決まっているではないか。169/312

 

1月28日(水)曇。中途覚醒もなく九時間睡眠、スッキリとした寝覚め。疲労も回復している。おれが睡眠に求めてるのはこれだよ、という気持ち。やっぱり夜は眠気に身を委ねてスッと寝るのがいちばんいいですね。ということで、一〇〇〇日チャレンジは夜ではなく、朝にやることにしました。そのほうが私に合っている。

 ブラッドベリが提案していたものを私むけにカスタマイズしたつもりで、古典的名作だけではなく現代のものや未知の書き手のものも読む、漫画も読む、という方針にしていたが、カスタマイズというなら、読む時間だって自分むけに変えればいいのだ。そういえばまた中断してしまっていた英語の勉強も含めて、五つを毎朝読むチャレンジ、にします。ふと時間を計りながらやってみたところ、四十五分くらいかかった。ほどよい負荷かもしれないな。

 十一時からオンラインでカウンセリング。そのあと外出、近所の喫茶店で一時間ほど読書。ウロウロ散歩していったん帰宅、すぐにまた出。

 シェアサイクルで明治公園へ。トトパに入る。『サ道』で観たやつだ!と高揚しながら、一時間。私はパニック障碍を持っているので、トトパは家からちょっと遠くて躊躇ってたのだけど、何の問題もなかった。また行きましょう。

 またシェアサイクルに乗り、代々木第二体育館へ。サンロッカーズ渋谷対茨城ロボッツ。渋谷、ホームゲーム青山学院大学の体育館かこの代々木第二でやる。遠出のできない私でも行ける範囲のぎりぎり内側、なので、渋谷の試合をよく観に行く。それでなんとなく肩入れしている。来季から移転してしまうので、元気にならなければ観に行けませんが……。

 序盤は茨城がリードしていたが、第三クォーターで渋谷が一気に逆転、そのまま差を広げて、最終的に十一点差で勝利。これは良い試合でした。高揚して外に出。高揚のあまりラーメン屋に寄り、舌を火傷した。169/312

 

1月29日(木)朝は快晴、のち曇。夕方まで作業、昼に六キロラン。シャワーを浴びて、午後はなんだか捗った。

 晩めしは肉じゃがにして、食いながらバスケットLIVEでBリーグドラフト会議を観。ドラフトには二十六クラブ中二十三クラブが参加、最低三巡目まである(その先も指名するクラブがある限り続く)。全クラブが三巡目まですべて参加すれば六十九人が指名されることになるのだが、そして全クラブが新卒選手を三人取るなんてあり得ないので予想されていたことではあるが、十クラブが十一人を指名する、という寂しい結果だった。つまり合計で五十八回(そもそもドラフトに参加しなかった三クラブを合わせれば六十九回)の指名機会が見送られたことになる。予想通りというか、指名回避の連続で、微妙な雰囲気。

 リーグが独自に選定した有力候補十八名が会場に集められていたのだが、けっきょくそこから指名されたのは九人で、半分は控え室に取り残されていた。たぶん運営側としてはそれも想定内というか、“プロの厳しさ”というやつを見せようとしたのだろう。わかもんの感情の揺れ動きを見世物にする、というのは、高校生の恋愛すらリアリティショーにしてる国なのでまあ驚きはないですが……。

 ドラフト指名した選手とは二年契約(+プレイヤーオプション)か三年契約を結ばなければならない。日本国内の大学生と二年+PO契約を結ぶ場合、年俸は一巡目が一八〇〇万円、二巡目が一四〇〇万円、三巡目以降が一〇〇〇万円、と定められている。二十二歳の、特別指定選手の経験がない限りプロで通用するかどうかもわからない選手に一八〇〇万円は高すぎでしょう、という感じだったのだけど、けっきょく、一巡目が六人、二巡目が二人、三巡目が三人だった。

 日本代表経験のある山﨑一渉さんを除く十人はプレーを観たこともないし、どのくらいすごい選手なのかは知らないが、人件費が潤沢にありそうなクラブが一人も指名しなかったのはやっぱり、定められている報酬がつり合っていない、ということなのだと思う。というかたぶん、Bリーグの運営側が期待しているほどには、クラブが金を使おうとしていない。ほんとうに即戦力になるような選手は(ドラフト回避のために)すでにプロ契約を結んでる、ということもあるだろうし、新アリーナ整備やサラリーキャップ回避のための報酬の前払いで、すでに経営が危険なクラブもあるのかもしれない。

 チェアマンの島田慎二はnoteで〈11人の指名はかなりポジティブにとらえています。〉と書いている(「「B.LEAGUE DRAFT 2026」初めてのドラフトを終えて」)。もちろん立場上、ネガティブなことを書くわけにはいかないにせよ、どうすればあんな指名回避の連続をポジティブに捉えられるんだ……?となってしまったです。〈もしもこの世代で2年目のドラフトであったなら、20名は超えてきていたと思います。〉とも書いているが、それってつまり、四十回くらい指名回避されるということではないか。それでいいのか? ドラフト不参加や指名回避なんてNBAやプロ野球で聞いたことないけど……。169/312

 

1月30日(金)晴。朝の一〇〇〇日チャレンジをして、今日は散歩はせず、一週間の日記の見直しなどをする。十時二十分ごろ、ふとスマホを見ると、着信が二件、留守電も。今日は十時から整体の予約をしていたのだった。慌てて電話をした、が、もうキャンセル扱いになっていた。キャンセル料は取られず、次回の予約をする。こういうやらかしはなんだか久しぶりだ。

 そのあとはこもって作業。しかし中くらいの捗りだった。もっと勢いよく言葉が迸るようにしたい、し、おれにはそれができるはず。バンバらなければ……。

 夜、なんだか無性にパーッとやりたくなり、ケンタッキーをデリバリーで頼んでしまう。食いながらバスケ、一昨日観に行った渋谷対茨城を観。二階席の三列目、わりにコートに近い位置だったのだけど、私の姿は映らず。なんだかちょっと残念な気持ちになった、が、べつに、映りたいというわけではまったくない。

 試合のあとは読書。『スマホ断ち』を読了した。具体的なtipsというか、三十日間でスマホとの距離を適正なものにするプログラムがたいへん興味深い。〈個人的な話をすると、私の場合は機嫌よく見はじめることはあっても、使い終えたあとに気分がよかった覚えはほぼない──この気づきが、つい癖でスマホを手に取ったときに思いとどまる助けになっている。〉(P.125)という記述にはハッとしました。私もそうだ。例外は電子書籍で良いもん読んだときくらいかしら、と思ったが、スマホで読んで印象に残ってる作品、あんまりないな……。スマホで読むのは漫画ばっかりで、一話読んで気に入ったら紙の本を買うことにしているから?

 本書が提唱している三十日間のプログラム、やってみたいな。スマホ利用を一日一時間程度まで抑えられれば、ほかの活動が捗るに決まっている。

 あと、良さそうなtipsは〈WWW〉(ダブダブダブ)というもの。何のためにスマホを手に取ったのか、なぜ今なのか、他に何かできることがあるのではないか、と、スマホを手に取ろうとする自分に気づいたら自問してみる。

 

 WWWと自問したあとに、それでもスマホを使いたいと思ったとしても、それはそれで一向にかまわない。要するに、その瞬間に他の選択肢を模索する機会が得られればいい。最終的にスマホを見ることになったとしても、それは自覚的に決断した結果だ。

P.131-132

 

 これは意識しておきたいところ。たぶん私はすさまじい回数スマホを手に取っちゃってるし、ほとんどが無意識で無目的なものだ。それでつい、重要性の低いSNSとか漫画アプリとかを開いてしまう。スマホを手に取るなら明確な、スマホでしか満たせない目的を持つこと。気をつけましょう。

 私はけっこう、メンタルがしんどくなったとき、気を逸らそうとスマホを手に取ることが多い。本書でも、スマホを見ることそれ自体が絶対的に悪いわけではない、ということを繰り返している。無理のない範囲で、ちょっとずつスマホから離れていきたい。169/312

 

1月31日(土)快晴。朝めしを食ってから一〇〇〇日チャレンジ、そのあとジョン・ル・カレ。《かげろう》ハウスでの、ライザーをスパイに仕立て上げていく訓練が続く。〈機関〉の若手であるエイヴリーもいっしょに訓練を受け、ライザーとの間には次第に絆のようなものが芽生えていく。ライザーが主人公の第二部を読んできた者として、この友情は真実のものであると信じたい、が、どうなるか。今日読んだところまでで訓練終了。たぶんこのあと、ライザーが実際に東独に潜入するのだろう。

 昼にバスケを一試合、夜に二試合観。トリプルヘッダーだ。211/312

 

2月1日(日)快晴。今日は読書日。oasis『スーパーソニック』(川﨑大助訳、光文社)を四分の一ほど読んだ。二〇一六年、ネブワースでの伝説的なライヴの二十周年を記念して作られたドキュメンタリー映画のためのインタビュー、の書籍化。ギャラガー兄弟はもちろん、その家族やレコード会社の人々、友人や別のバンドの人たちにまでインタビューしている。

 四分の一でもたいへん面白いです。天上天下唯我独尊という感じの兄弟の言葉にとにかく痺れる、というか、とにかく痺れちまってたティーンのころの気持ちが蘇ってくる。

 

リアム おれ? 美しく、メンタルで、その他大勢から抜きん出た最高の存在だ。おれは複数の人格を持つことができるんだが、でも全員がファッキンに素晴らしいんだ。奴らの誰であろうと、ファッキン・グレートだ。全員が全員、いいんだよ。

P.99

 

 ここでいう〈メンタル〉は、訳註によると、〈元来「精神的な」という意味の言葉だが、英スラングでは「頭がおかしい」「イッてる」「どうかしてる」といった意味でも使用される。とくにオアシス周辺では、肯定的なニュアンスで使われることが多い〉(P.95)のだそう。このマインドだよなあ。そして彼はそれを実現してきたのだ。

 発言は夜郎自大な感じもするが、彼らの勤勉さが見えるエピソードも。たとえば若手時代、オアシスはとにかくリハーサルをしまくっていた。初期のギタリスト(二〇二四年の再結成にも参加)の証言。

 

ボーンヘッド ぼくら、リハーサルにはかなり力を入れてた。クラブのほうでなにをやってる夜だろうが、誰が出演していようが、関係なかった。リハーサルをするときは、リハーサルだけ。「ごめんな、みんな。ぼくら、そこには行けないんだ。ちょっとご一緒できない」──とかってね。みんなからは理解されなかったんだけどさ、ぼくらそんなふうにして、自分たちの音を開発していったんだ。(…)ぼくらが実際あそこの部屋に入るとね、雑談なし、笑いも冗談もなし。ぼくらにはセットリストがあったんだ。演奏する曲のね。それをみんなで演奏した。幾度も、幾度も、幾度も、その夜も次の夜も。ぼくらはジャム・セッションやってふざけたりはしなかった。「実現させようね」じゃなくって、「実現させるんだ」って感じで、みんなやってたんだと思う。

P.103

 

 巨大な才能と強靱な自信、そしてこの精勤が合わされば、それは天下を取れるよな。なんだか影響されそう、というか、影響されたい一冊だ。まだ四分の一しか読んでませんが。

 昼、一時間弱散歩して、三十分ほど軽めにラン。四キロくらいか。そのあとはずっと読書。早めに寝。211/312

 

2月2日(月)快晴。朝の散歩のあとはゆっくり作業、昼ランはなし。

 ランの代わりにジョン・ル・カレ。家族との束の間の時間を過ごし、〈機関〉の一行は、東独との国境付近の拠点に移動する。東西ドイツの境界線の最北端、リューベックから北に二マイルの位置にある、煉瓦造りの平屋建て。今回東独に潜入するライザーに加えて、〈機関〉の同僚であるエイヴリーと、年嵩の指導役として振る舞うジョンソンとホールデン。そこへ司令官のルクラークも合流して、最後の打ち合わせを行う。そしてライザーは、銃すら帯びず、ひとり丸腰で国境線を越えていった。

 

だれもが無言だった。ルクラークの口からも、あかるい言葉は洩れなかった。ライザーが別れていったのが、ずっとむかしの出来事であったかのように。最後に、かれらの眼に映ったのは、闇に消えて行くかれの背中の上で、かるく揺れているリュックサックだった。その歩き方には、いつものリズムがあった。

P.249

 

 第二部で描かれていたエイヴリーの孤独を思い出す。ライザーと同僚たちの別れは、ちょっと過剰なほどにエモーショナルな描かれかたをしていたような気もする。それが、この先に待ちかまえている出来事の悲惨さを強調するための演出でなければいいが。

 晩めしはもつ鍋。いつもサラダとして、スーパーで買ってきたベビーリーフを食ってるのだが、今日何の気なしにディルを追加してみたらたいへんに美味かった。今後の定番になりそう。

 食いながらバスケを一試合観、終わってすぐにパタリと寝。249/312

 

2月3日(火)快晴。最近快晴続きで良い。朝の散歩でドラッグストアに寄り、鼻うがいキットを買ってくる。来たるべき花粉シーズンに向けて……。

 昼間で作業、一時すぎにランに出。いつのもルートで軽めに……、と思っていたら、せいぜい一キロ半のところでとつぜんなぞのマインドフルネスが降ってくる。実際にはビルと街路樹に切り取られた狭い青空が、無限の広がりと奥行きのあるものに見え、頭のなかを二月の風が吹き抜ける。声が漏れそうになるほどの気持ち良さ。これはもうちょっと距離を稼げるのでは、と思って、エイヤッと遠くに向かう信号を渡る。

 とはいえ六・五キロ、三十九分二十七秒。ちょっとずつ距離を伸ばして、またケロッと十キロ走りたい。アプリの記録を見てみると、マインドフルネスが降りてきたときを境に、如実にペースが上がっている。その前は一キロ当たり六分二十秒くらいだったのが、以降は六分ちょうどくらい。気持ち良くなると速くなるのだ。

 午後の作業は短時間だけどグッと集中でき、捗る。いいぞ! ようやく本格的に流れてきた感じがする。このまま最後まで行ってくれ〜、という気持ち。

 晩めしを食いながらバスケ、一月三十一日の秋田対大阪の前半だけ観。そのあと読書読書。いまジョン・ル・カレ『鏡の国の戦争』を読んでいる、ので、いしいひさいち『鏡の国の戦争』(潮出版社)を。しかしこれはル・カレのとはぜんぜん関係のないギャグ漫画だった。

 上田啓太『人は2000連休を与えられるとどうなるのか?』(河出書房新社)も読了。タイトルに反して、著者は退職後、しばらく休んだあと週刊誌の大喜利欄への寄稿の仕事をしている。〈真剣にやれば月に八万円から十万円の収入になりそう〉(P.20)とのことで、同居人からは家賃として月に三万円を求められている(光熱費等は同居人が負担)。ということは、真剣にやれば可処分所得は月に五万から七万円。二〇〇〇連休、というか、必要十分な最低限の労働量で二〇〇〇日過ごしてみた、という感じ。しかしこのへんは、本人がどう認識しているか、が重要なのだろう。

 私も仕事を辞めてからそろそろ三年、一〇〇〇日が過ぎた。細々とクリエイティヴな仕事をしている。その点で著者と共通点は多く、だから共感できるか、と思っていたのだけど、彼は生活様式も健康状態も、そして何より自分の現状に対する認識も私とはぜんぜん違っている。私はこの三年間について、休んでたと思ってはいないんですよね……。その齟齬のためか、思いのほか響いてこなかった。

 そんななかでも良かったのはここ。

 

 過去の感情に圧迫される感覚が減り、自分を霧のように感じ、過去が他人事のようになり、身体の感覚が鋭くなる。それぞれの変化は関連しているように思う。

 こうした変化にともない、連休当初とは関心の方向も変わりはじめた。自己とは何か? 記憶とは何か? 身体とは何か? そうしたことが気になりはじめている。自己啓発から哲学への移行とでも言えばいいのだろうか。

P.90

 

 じっさい、百九十ページほどある本書のちょうど真ん中あたりに置かれたこの一節以降、著者の思索は一気に彼自身の内面に潜行していった印象がある。哲学への移行、といっても、とりたてて体系的な哲学史に接続するというわけではない(いくつかの本からの引用はあるが、著者名すら示されないものも多い)あたり、現代的といえるかもしれない。

 読書についてのこの考察も良かった。

 

本を読む場合、基本的には冒頭から順に読んでいく。特定の内容を探してスキャンするようにページをめくることもあるが、それでも書物自体が一定の統一感を与えられたものだし、それぞれにまったく無関係なものが雑多に集まっているネット空間とは違っている。ネットに慣れた状態で分厚い本を読もうとすると、やはり数分で集中が切れてしまう。集中のリズムが非常に細かくなっている。本というものは、ネットに比べるとゆったりとしたリズムで書かれているから、ネットのリズムのまま読もうとすると、うまくいかないのだろう。

P.51-52

 

 これは腑に落ちたです。上田が書いてるのは記事単位のことだと思うけど、私は文章のリズム(文体)についてこれをすごく感じている。私がブログの書籍化とかネット発の書き手の本を読むのが苦手なのは、ネットのリズムの文章に慣れていないからなのかも。そのへん、本書の文章も苦手でしたが……。249/312

 

2月4日(水)快晴。午前は読書、昼散歩。食材を買って帰宅、ジョン・ル・カレ。単独行を続けるライザーと、彼を東独に送り出したことでもう仕事の山を越えたような解放感に満たされている仲間たちの対比が描かれる。唯一、訓練期間中に彼と絆のようなものを感じはじめていた、部内では最若手のエイヴリーだけが、思いやるようなことを口にしている。

 ライザーは東独に入ってすぐ、歩哨の少年兵を殺す。

 

あまりにも若いその顔を見て、ライザーはふと、胸をつかれた。そして、いそいでその少年兵を殺した。ただの一撃。

P.252

 

 読み飛ばしてしまいそうなほどに無造作な殺害の記述だ。しかしライザーは、潜行の間ずっとこの殺人のことを考えている。心が揺らぎ、モールス信号での報告も、本来なら三分おきに周波数を変えなければならないのに六分以上同じ周波数で、終盤は支離滅裂な文章になっている。当然のようにソヴィエト側に傍受されてしまった。

 そこからようやく始業。スタートが遅かったからか、短時間でグッと捗った。しかしどうも疲れた。今日は早く寝たいな、と思いつつ閉店、資料読みの時間とする。

 しかしその前にちょっと見たスマホで、ジョシュア・スミス(推し)がレバンガ北海道に加入することを知り、しばらくネットサーフィンに時間を費やしてしまった。レバンガにはドワイト・ラモス(推し)もいる。楽しみだなあ。

 夜、外出。区役所の出張所で期日前投票を済ませた。しかし出る前に見た選挙公報、選挙区の(つまり個人名で立候補している)候補者たちの欄なのに、顔写真とプロフィール以外は政党の公約をそのまま書いているだけ、というものが多かった。そんななかで、〈私の決意〉という長文のメッセージと、〈私が特に進めたい政策〉という個人的な意欲を書いている人(中道改革連合の立候補者)が異彩を放っている。個人を選ぶ選挙で個人の決意や政策が異彩を放っているのがそもそもおかしいのですが……。ともあれ、投票完了。どうなるかな。

 晩めしを食いながらバスケ、食いながらバスケットLIVEで、昨日前半だけ観てた秋田対大阪を最後まで。しかし、昨日はスミスの直近の所属クラブである大阪に肩入れしていたのが、彼がレバンガの選手になった今では、特にどっちも、おれのチーム、という感じがせず。試合は大阪が勝った。

 間髪入れずに一月二十五日の宇都宮対北海道を観。この試合で北海道のケビン・ジョーンズが怪我(左手親指骨折)をしたことでスミスが緊急加入したのだ。第四クォーターで決着がつかず、オーバータイムで宇都宮が勝った。一〇八対一〇六。

 ジョーンズは負傷したあとも指にテーピングを巻いて最後まで出場していた。四十五分ずっと彼が万全だったら、とか、オーバータイムでレバンガのシュートタッチが落ちていなければ、とか、レバンガ側に立って考えている。七年過ごした街の・推し(ラモス)がいる、という二点に加えて、レバンガを応援する理由が増えた。284/312

 

2月5日(木)雲の多い晴。朝の一〇〇〇日チャレンジでは鳥トマト『東京最低最悪最高!』(小学館)の第三巻を読了した。これで完結だそう。一巻の切れ味がだんだん失われていたことを思えば、三巻で終わったのは良かった。

 散歩がてら喫茶店に行き、資料読み。帰って家事をこまごまこなし、始業。午前は中くらいの捗り。

 昼休みにジョン・ル・カレ。ライザーは潜入した小さな街で、娼婦らしい女の家を拠点にしている。娼婦、と思ったのは、宿で会ったライザーを、ウチに来たらあんたのしてほしいことをしてあげるよ、と誘惑していたからなのだが、どうも彼女はほんとうにライザーに恋してしまったよう。『寒い国から帰ってきたスパイ』でも、主人公の恋愛がたいへんスピーディに成立していた。スパイにとって、もしくはル・カレにとって、恋愛感情というのは、諜報活動のカードの一つでしかない、のかもしれない。

 東独国内では少年兵の死が大きな問題になっている。すべての新聞がその事件を報じているし、ラジオでも。足跡などの証拠から、西側からの潜入者がその犯人であることもほぼ断定されている。事態の収拾のために乗り込んできたスマイリーはこう言う。〈国境のむこうでは、全警察、軍の全員が、かれを追っています。いうまでもなく、生きたまま逮捕するつもりです。大々的な公開審理を行い、大衆の前で自白をひき出し、かれが携帯している送信機を公示することでしょう。〉(P.297)これは大きな外交問題になる。それで〈機関〉は、ライザーを切り捨てることにした。切り捨てる、というか、〈かれの自力にまかせる〉(P.298)。エイヴリーが抗議するが、聞き入れられるはずもない。一行は、〈かれとの関係を否認する〉(P.299)ための口裏を合わせてイギリスに戻っていく。

 そして女の家で最後の時を予期しているライザーが、ドアの外で銃の撃鉄を上げている音を耳にするところで小説は終わった。三人の潜行員の姿を通して、スパイとは何なのか、が描き出されている。全体を貫くストーリーが淡いぶん、個々の人間性が鮮やかだった。あと、スパイの業務のディテールも面白かったな。

 宇野利泰による訳者あとがきでは、〈イギリス外務省の第二書記官、薄給の月給取りにすぎなかった〉(P.311)ル・カレは、前作『寒い国から帰ってきたスパイ』の成功を契機に専業作家に転身した、と紹介されている。

 

かれ自身の言葉を借りると、「作者は大衆の一員であるべきでなく、スパイとおなじく、外部から大衆を観察して、これを報告する。スパイとおなじく、真の著作とは、人目を避けて、孤独のうちに行わるべきものだ」との考えから、さっそく居を、遠く地中海上のクレテ島に移して、(もっとも、大邸宅を買いこんだらしい)新たに想を練り、筆をとった成果がこの作品で、いわばかれが、専門作家としての真価を世に問う試金石ともいうべきものである。

P.311

 

 ちょっと小説家という職業を特権視しすぎているきらいもあるけど、真の著作は孤独のうちに行われるべき、という主張は良かったです。外での行動に制約のある者としても勇気づけられるような。しかし、薄給の公務員がデビューから三作でリゾートアイランドに大邸宅を買えるほどのヒットかあ……。

 一時ごろ、二時から四時に宅配便の時間指定をしてるから、そろそろランに出ようかな……、と着替えたところで盛大に腹が鳴る。たぶん十秒くらい鳴り続けていたのではないか。それでたまらず昼めしを食い、ランは取りやめ。荷を受け取り、郵便受けを見に行くだけの外出をした。

 そのあとはなんだかダラダラと、作業をやったり読書をしたりを、短時間で行き来する感じ。あんまり効率的な働きかたではない。こういう日もある。

 晩めしを食いながらバスケットLIVEで、一月二十八日の北海道対群馬を観。引き続きスミス(推し)のチームを。しかし前半で眠くなったので再生を止めた。312/312

 

2月6日(金)うすぐもり。九時間ほど寝ていた。架空の妻にそそのかされて、男性器の先端から針を差し込む健康法を試す、というひどい夢を見る。尿道に針を通すことで血管が塞がれ、二、三日で男性器がシワシワに萎んでしまう。そのあとで針を抜くと、萎んだ性器がまた膨らむことはないが、血は元通りに流れるようになる。小さくなった性器に以前と同量の血が巡るため、栄養の運搬効率がきわめて高くなり、結果的に性器が(萎んだままですが)健康になるのだそう。目が覚めてすぐ下腹部を確認してしまった。

 今日も一〇〇〇日チャレンジは継続。一〇〇〇日チャレンジ、まだ二週間ほどなので、ブラッドベリが言ったように、アイデアが溢れてきて困っちゃう、みたいな状態にはぜんぜんまったくなってないのだが、積んでた雑誌や本をどんどん処分できるのが精神衛生に良い。

 午前の作業は軽めに。昼、一時間ほど散歩。百均やスーパー、ドラッグストアを回っていろいろ買い込みつつ、公園のベンチで本を読んだりも。気持ち良い散歩だった。

 帰路、ひと休みしてスマホを見ていたら、レバンガ北海道がジョシュア・スミスの契約解除を発表していた……。クラブのリリースによると、〈スミス選手は2月4日に北海道入りし、翌日にメディカルチェックを受けましたが、契約を継続できない結果が出たため、スミス選手との契約を解除することとなりました〉とのこと。これはちょっと、次の所属先を探すときにも悪影響のありそうなリリースだ。

 レバンガは四日にスミス加入を発表していた。スミスの北海道入り当日で、クラブはその日のうちに練習に合流した様子をSNSに投稿していた。ニュースではロイブルHCの、スミスのコンディションを賞賛するようなコメントも報じられていた。それが翌日のメディカルチェックでは、〈契約を継続できない結果〉が出た。何があったんだ……?

 というかふつうはメディカルチェックを終えてから契約するんじゃないのか? ヨーロッパサッカーだと一、二年に一度くらいの頻度で、メディカルチェックで心疾患が見つかって移籍が破談に、みたいなケースが報じられることがあるが、それも契約締結前のはずだ。スミス、ただのオーバーウェイトとかであればいいが(ただのオーバーウェイトとは?)。

 動揺してそのあとはちょっとしか進まず。こんなこと滅多にないのでまあしょうがない。夕方はもう資料読みにした。

 夜、散歩がてら近所の書店へ。「にっぽんの漂泊民」特集の『SPECTATOR』を買う。学部生のころ三角寛のサンカに関する本を何冊か読んだ。二〇一四年に河出文庫から『山窩奇談』『山窩は生きている』『サンカ外伝』が立て続けに出ていたのを三冊とも読み、それで興味を持って関連書籍も何冊か読んだ、当時のことなども思い出しつつ。これも一〇〇〇日チャレンジで読もう。

 ザッとシャワーを浴び、昨日前半だけ観た北海道対群馬を最後まで観。昨日観たときは、数日後に推しが入るチーム、という気持ちだったのが、それが立ち消えになったことで、レバンガを応援する気持ちも以前の、七年住んだ街の・ドワイト・ラモスのいる、という二点のみに戻った。というかもう気もそぞろで、あまり試合に集中できず。最後のポゼッションまで勝敗のわからない、良い試合だったのですが。

 

2月7日(土)曇ときどき雪。一日読書。oasis『スーパーソニック』を読了した。「完全、公式、ノーカット・インタビュー」と銘打つだけあって、たいへん充実した本でした。最後まで面白かった。

 たとえば、兄ノエルとの関係性についてのリアムの証言。

 

リアム おれが思うに、すべての根源はあのときからだ。おれらがルームシェアしてた、何年も前の話だ。そのころ奴は、ステレオを買った。ある夜、おれはハッパをキメたあとで帰ってきて、それから「どこだよファック……おれは起きて、小便しにいかなきゃならない」ってなった。おれは起きたんだが、電灯のスイッチがどこだかわからない。そんでおれは、あいつのファッキンな新品ステレオの全体に小便かけちまったんだな。奴は起きてきて言ったよ。

「おまえ、ファックになにやってんだよ?」

「しょんべんしてる」

 おれが思うに、基本的にはあれにつきるんだな。奴はあのときの恨みを抱いてる。恨みってのは手放さなきゃいけないぜ、ブラザー。

P.475-476

 

 それはねえ、誰でもキレるでしょうよ。もちろんこのインタビュー当時のギャラガー兄弟はファッキンな新品ステレオなんて何個でも買えるくらいの大金持ちになっているのだけど、こういう恨みは一生ものですからね。とはいえ、兄弟の確執の根源はべつに、ステレオにおしっこをかけられたことにあるのではないと思いますが……。

 こういう大騒動のエピソードが盛りだくさんで、そういうのがネタとしてはたいへん面白いのですが、やっぱり彼らの生きかたというか、働くときのマインドに惹かれる。たとえば、人気の絶頂期だった一九九五年十一月四、五日、ロンドン最大級の室内アリーナ、アールズ・コートでのライヴについての、バンドが当時所属していたクリエイション・レコードのマネージメント・ディレクター、ティム・アボットの証言。

 

ティム (…)リアムからの、典型的なひとことってのがあったな──「気分はどうだい?」って、おれは彼に言ったんだ。おれは文字通り、何千人もの人々から50歩ほど離れてた。そんで彼は──

リアム 「さあ、いっちょやるか。また新たな一日、また新たなドル稼ぐぜ」

P.553

 

 良い言葉だ。ノエルも、ジョニー・デップが共同オーナーをやっていたナイトクラブ、ザ・ヴァイパー・ルームでのシークレット・ギグについて、こう語っている。

 

ノエル (…)シークレット・ギグやるのは好きじゃない。カネ貰えないんだよ、ファックだよ。おれはお楽しみのためにやってるんじゃねえんだ。メガ・ファッキンなカネ持ちになるためにやってんだよ。

P.562

 

 韜晦もあるのだろうけど、とにかく金のためにやっている、と言い切る潔さ。そしてそう公言していてもなお、彼らの曲が、私を含む多くのファンの心に届いていること。

 ノエルはこう言いながらも、やっぱり音楽に対してはめちゃ真摯だ。パリ滞在中にDon't Look Back in Angerを書いた夜について、彼はこう述懐している。

 

ノエル ソングライティングの過程でフラストレーションを感じたり、自分が十分に最先端じゃないって感じたりすると、おれはいつもあのパリの夜を思い出すんだ。そんで、こう考える。「ただ書けばいいんだよ。いい悪いを判断するのは、人々だ」ってね。「ドント・ルック・バック・イン・アンガー」は結婚式や葬式、フットボールの試合、それからいろんなコンサートでも演奏されている。並外れたことだよな。人々があの歌を、並外れたものにしたんだよ。おれがみんなに言えるのは、「おれはただ書いただけだ。あの曲におけるおれの役割は、最小限のものだ」ってこと。おれが歌を書くやりかたは、ただ書くってところだ。ファックして、ただそれを手放す。そしてレコーディング。できるかぎり最高のものへと録音する。それからほかの人々が、それがグレートかクソか、彼らのフェイヴァリット・ソングかワースト・ソングか、決めてくれる。

P.606

 

 ただ書くこと。そして自分にとって最高の録音をしたあとは聴き手に委ねること。私もそういうマインドで書いていきたい。

 ノエルは、最後に残るのは曲だけだ、と繰り返し言ってもいる。彼はツアー中に失踪してギグを飛ばしたり兄弟喧嘩でホテルの部屋やレコーディングスタジオを破壊したりもしているが、〈ホテルの部屋についての話題が、「リヴ・フォーエヴァー」があの世代に与えた影響以上のものになることはない〉(P.665)。じっさい、私がoasisの曲を聴くとき、彼らの素行なんてぜんぜん気にしないものな……。

 別の箇所ではこういうことも。

 

ノエル いくつかの歌は、自分自身の力で世に出てきたように感じる。歌自身が歌を書いてったようにね。たとえば「スライド・アウェイ」「ドント・ルック・バック・イン・アンガー」「リヴ・フォーエヴァー」「シャンペン・スーパーノヴァ」といった歌だ。あれらの夜、おれがこういった曲をもし書かなかったとしたら、おれじゃない誰かが書いたんじゃないかな。どっかほかの場所で。こういうの、ニール・ヤングは「ウサギの穴の側に座ってる」って呼んでる。ウサギが跳びだしてきたら、耳を捕まえるだけの速さを持ってろってことだよね。キース・リチャーズは、空から落ちてくるって言ってる。これをおれは、釣りに行くことになぞらえてる。釣りをやらないと、なにも捕まえられない。もしおれが、とある一日に歌を書こうとしていなければ、おれがギターを手にしてなければ、そしたらその歌は、ファッキンな流れを下ってって、誰か他の奴が書くことになったと思うんだよな。

P.662-663

 

 常にreadyであること。倨傲と放縦、真摯と精勤、このバンドはその両極端を包含していて、それこそが彼らの魅力を生んでいるのだろう。

 しかしここまで引用しただけでも〈ファック〉が多いですね……。すごかったのはラストちかくのこの発言。

 

リアム おれら、言うなればなにもかも、ファッキンに最後のファッキンな一息のつもりだった。なにもかもな。すべてのファックはファックされて、おれの口から出てきたあらゆるファッキンな罵り言葉、ファッキンなテーブルは勘定全部まとめられて、すべてのファッキンな酒やなんやかやは、おれらの鼻の穴や口のなかに消えた。おれが言いたいのは、すべてのファッキンな一分一秒、おれはなにも変える気はしないってことだ。おれはファッキンにいますぐにでも、全部まったく同じやりかたで、もう一度やってみせられるぜ。あそこにたどり着いたのは、奇跡だった。おれが求めたもの以上だった。なにもかもな。

P.670

 

 ファックとファッキンの連打! ひとつのパラグラフにファックが二回、ファッキンが七回。日本語だと二百七十七文字のうち四十三文字が費やされている。十五パーセントを越えているではないか。訳者の川﨑大助が解説に書いているとおり、〈それで代用できる意味を述べるときには「全部Fuckにする」かのような喋り〉(P.677)だ。

 そういう意味で、本書でいちばん(考えさせる、とか、影響を受ける、という意味ではなく単純に、ゲラゲラしちゃった、という意味で)面白かったのは、本文の前のただし書きです。〈本書には"fuck" "fucking"という言葉が多数(原書では1,666回)出てくるが、この言葉の多義性を考慮するとともに、インタビューの雰囲気を伝えるために、「ファック」「ファッキン」などとすべてカタカナ書きして残すようにした。〉(P.3)ギャラガー兄弟二人だけが「ファック」「ファッキン」と言ってたわけじゃない(二人の母や長兄、バンドメンバーもめちゃ言う)にせよ、いくらなんでも言いすぎでしょう。地元であるマンチェスターのスラングも多い。インタビューが行われた二〇一五年当時、ノエルは四十八歳、リアムは四十三歳で、不惑を越えてあんたたち……、という感じ。マンチェのクソガキのまま世界の高みにまで到達したのがよくわかる。良い本だった。私は『ロックで独立する方法』とか『ナインティナインの上京物語』とか『野心のすすめ』とか、腕一本でのし上がる系のノンフィクションやエッセイが好きなのだけど、本書もその一冊になったです。

 

2月8日(日)雪! 起きたときにはもう、隣家の屋根が真っ白になっている。高揚しちゃう。身繕いして散歩に出、雪のなかを傘も差さずに歩く。札幌に住んでたころは、氷点下だし空気も乾燥してるから、降った雪が解けることがなく、建物に入る前にパッパッと払えばいいものだったのだが、東京では、身体に降りるそばから解けていき、濡れる。それは私が育った鳥取でもそうだったのだが、なんだか変な感じがする、のは、そんだけ私が札幌に馴染んでいたのだろう。

 近所の喫茶店に行き、外の雪が眺められる窓辺の席に座ってひとしきり読書。雪がさらに強くなった昼ごろ出、図書館とスーパーに寄って帰宅。やっぱ雪、好きだ。気持ちがいい。鬱病は冬に悪化する、というイメージがあったのだけど、私は毎年冬のほうが元気な気がする。身体に合ってるんだろうな。そういう意味でも、進学先を札幌にした判断は良かったのかも。

 午後は作業。昨日の日記にoasisのことを加筆する。しかしあんなのを七百ページちかく読んできて、長々と書き写してしまったせいで、私もいまインタビューを受けたら〈ファック〉と連呼してしまいそう。しかし、気にくわない質問に「それって何のファックですか?」と返す小説家、一瞬バズってすぐ消えそうだな。

 夜、山谷拓志監修『すぐわかる アメリカンフットボール』(成美堂出版)を読む。冒頭のイントロダクションのページに、〈球技であって球技でない、アメフトは陣取り〉(P.6)と大書されており、それでアメフトの本質がつかめた気がする。ボールをやりとりするゲームではあるのだが、それ以上に、フィールドのなかで〈自陣〉を広げていくことがすべてのプレーの目的であり、あの楕円球は彼我の陣地の境界を示す目印でしかない。

 しかし、ヘルメット、ショルダーパッド、ヒップパッド、サイパッド(太腿)、ニーパッド、マウスピースの六種の装着が義務づけられ、ポジションによってはネックロールやブロッキングパッド(脇腹)も身につけ、防具の総重量は五キロを超える、というの、何というか尋常のことではない。ここまでしなければいけないスポーツをなんでやるの……?となってしまったです。そんなアメフトがアメリカではいちばん人気がある、というのもお国柄だろうか。

 読了後、DAZNでAFCチャンピオンシップ、ニューイングランド・ペイトリオッツ対デンバー・ブロンコス。さっき読んだ本のおかげでたいへん解像度高く観られる。面白いぞ!

 会場はペイトリオッツのホーム、マサチューセッツ州フォックスボロ。開始時点でも寒そうな曇り空だったけど、徐々に雪が降りはじめ、後半にはもうフィールド上の線が見えないくらいになり、終了時にはもはや豪雪といっていいくらいの本降りに。あっちも降ったんだなあ、と思ったが、しかし試合が行われたのは一月二十六日で、その日の東京は晴れていた。

 


 
 
 

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