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2021.1.10

  • 執筆者の写真: 涼 水原
    涼 水原
  • 2021年7月10日
  • 読了時間: 3分

更新日:2022年2月24日

 みやびさんは、今日はミーティングある? 食器を洗う彼女の耳に口を近づけて訊く。仕事の予定を尋ねるのはいっしょに住むようになってからの日課だ。遠くの土地の人とやりとりをする仕事だから、先方との時差によってはミーティングがこちらの早朝や夜、食事どきに重なることもあるのだ。

 今日は夕方。六時半から。

 ヨーロッパ?

 フランクフルト。ZOOMで、たぶん一時間くらいだけど、どうかな。

 じゃあおやつをしっかり食べよう。

 五年ほど前から、私たちはあまり外食をしなくなった。それは私たちが同居をはじめ、外に出なくても会えるようになったからかもしれないが、ウイルスの感染をおそれて外食をひかえていたのが習慣として残っているだけかもしれない。さんざん準備のために金を使っておきながら、一年延期したあげく中止したオリンピックの、メインスタジアムになるはずだった競技場や、箱で買って大量にストックしてあるマスク、何より、彼女が完全に在宅勤務になったこと。自炊の習慣は、幸運にも発症をまぬがれた私たちにウイルスが残した、いくつもの、有形無形の影響のひとつなのかもしれない。

 朝の作業はどう。はかどった?

 それなりに。でもなんかここまで、ここ十日くらい、書きすぎてる気がする。ちょっとペースを落とさないと文章が荒れそう。

 そういうもんか。

 そういうもん。でも宇野原さんから電話あってどっちらけ。

 どっちらけかー。彼女はかんたんに集中を乱される私に呆れるように長く息を吐く。何か言ってた?

 ベラさんとミツカくんと三人で酔ってた。久保野くんもいたけど帰ったって。三時か四時だったかな。

 あーだいたい想像ついた。たいへんだったね。

 今朝はわりと短く済んだけど……。たぶん今は寝てるけど、起きたらまた電話してくるかも。

 行くの?

 どうかな。そのとき元気で、作業が進んでたら行くかな。

 わかった、と彼女は言った。同様に家でする仕事とはいえ、彼女はいくつもの会社とのリアルタイムのやりとりがあり、毎日のように社内外の人と電話やテレビ通話をしている。週に一度くらいの締切に間に合えばいつ仕事をするのも自由な私と、すぐ隣の部屋で一日を過ごしても、まったくちがう働きかたをしている。やっぱ行かないかな、と口をついて出そうになったが、そういう気のつかわれかたは、彼女がいちばん嫌うことだ。

 コーヒーを淹れ、昼食の時間を確認して、私たちはそれぞれの部屋に入った。私は机の前に座り、パソコンを立ち上げる。予定では二百枚くらいになるこの短篇は、いまだいたい三十枚ほどできていて、月末の締切まであと三週間で百七十枚、というのは、ここまでのペースからいえばかなり絶望的な枚数だ。大きく息を吐いてから、今朝書いたところを読みかえして、キーボードを叩きはじめた。

 恋人は、夜にミーティングがあるから始業時間を遅らせる、と言っていた。二度寝をするような人ではないし、コーヒーのカップを持って部屋に入っていったから、何か本を読んででもいるのだろう。


明日のこと

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