2021.10.11

 私の雇い止めは三月末日で、恋人のリモート移行は四月一日からだったが、ラッシュを避けて、引っ越しは五月の連休明けにした。もう初夏といっていいほど暖かい日だった。部屋の契約は五月一日にしていたから、私たちはすでに何度か新居に行っていて、寒々しいくらいに広いLDKで抱きあったり、彼女の部屋になる部屋のベランダで煙草を──私も一本もらって──吸ったりしていた。だから、引っ越し当日、荷物を運送屋さんに預けて新居に来たとき、すでに私たちが持ってきたちょっとしたものが置いてあった。新品のスリッパ、灰皿、掃除道具とゴミ袋、思ってたより暖かくて脱いだダウンコート、けっきょく読まなかった『ルポ新大久保』と『ラッキー嬢ちゃんのあたらしい仕事』。そういうものを、邪魔にならないように、二人暮らしにはすこし大きくて、のちに上半分は掃除道具入れになる下駄箱に入れておく。それから、こんなにからっぽな状態は次の引っ越しまで見らんないよ、とあちこちでへんなポーズをしながら写真を撮る。髪をうしろで括って、オレンジのインナーの目立つ恋人が、カーテンのないベランダの窓に張りついてわさわさ手足を動かし、カメレオン!と叫び、蜘蛛では、という私の呟きは、ちょうどインターフォンが鳴ってくれたおかげで彼女には聞こえなかった。