頷いた恋人は大きめのリュックを背負っている。私ほどではないにせよ、彼女もふだんは荷物が少ない。いっしょに暮らしはじめてからは、散歩用に小さな、スマホと財布とポーチくらいしか入らないバッグを買っていた。だから今日の荷物の大きさは常ならないもので、そういえばそれは、一、二ヶ月に一度の出勤の時に使うリュックだ。
ミーティング用?
ミーティング用。iPadとPCと。どっかでWi-Fi拾うか、いちおうスマホでテザリングできるように設定した。
ありがとうね。
カオルくんのためじゃないよ。自分が楽しむため。恋人はそう言った。どこか素っ気ないような気がするのは、私が引け目を感じているからなのだろう。
トイレは?
だいじょうぶ。
玄関につながるドアを開ける。LDKに暖房を入れていたわけでもないのに、肌に触れる匂いを冷たく感じる。上がりかまちにマスクが、裏返しになって落ちていた。
そっか、朝出たんだっけ。
うん。十分くらいだし、再利用。
エコだね。パンデミックから時が過ぎて、私たちの衛生観念はそのくらいになった。
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