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2021.11.17

就業規則で同業他社への転職活動は禁じられていたというが、それって法的にアリなのか。とにかくシロタくんは今年の夏から、流通大手で働いている。デスクワークがいやでさわがに商事を出たはずなのに、いま担当してるのはトラックや積み荷のロジを組む仕事らしく、それでもシロタくんは、パズルみたいで飽きないって楽しそう、わたしはまあ、本人がいいなら何でもいいんだけどさ、とリンは言った。でもちょっとお酒増えたかな。

 リンやエリカのいる美術業界がどういう構造になっているのか、どうやってどのくらい稼げるのか、私はよく知らない。小説と違って絵画や彫刻は一点ものだし、それを売るのがメインなのだろうが、二人の作品にはどのくらいの値がつくのだろう? 私の一冊目と三冊目の本は、同世代の若い画家の作品が装画になった。三冊目の人は遠方に住んでいて一度も会えていないが、一冊目のために新作を描き下ろしてくれた柳沢さんは鎌倉在住で、銀座の画廊で二人展をやったとき、編集者に連れられて挨拶に行った。柳沢さん本人より、二人展の相方である繁森くんのほうが饒舌で、饒舌な人と話すとだいたいそうなるように、話の内容はほとんど、画廊を出るころには忘れてしまったが、軽薄ぶった長広舌のなかで唯一、真直な響きで発された、おれも柳沢さんみたいに早く、いいパトロンつかまえなきゃなあ、という言葉だけ、十年ちかく経っても憶えている。画廊のあるじがその話題を嫌そうにして、話はすぐに逸れていったから、詳しい意味は聞けずじまいだったが、アートの世界では大勢に評価されるのはもちろんのこと、資金力のある人の心をつかむのが食ってけるようになる第一歩なのだ、と解釈している。


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