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2021.11.27

 わたしは本名だからさ。登場人物の名前は百人とかつけてきたけど、自分が一生名乗る名前を考えるっていう経験を、今さらだけどやってみたいな。

 いまデビューしなおすならペンネーム何にする?

 笑われるから言わない。ふふ、とマスクの端からえくぼを覗かせる。

 恋人はもちろん私の本名を知っている。もともと彼女の友人だったリンとエリカも。中華料理屋で宇野原さんに紹介されたときも、緊張と、偽名だけ言うのは不躾な気がして、本名を添えて名乗った。ベラさんとミツカくんは鬼怒川のとき、マリアといっしょにFacebookを交換したから知っている。ルールーはどうだろう。商業デビュー作の担当者が林原さんと同じで、BL以外の書き手の友達がいない、というルールーを心配した編集者がミツカくんの店に連れてきたのが初対面だった。それからもうすぐ十年経つが、私たちはお互いの本名を知らない。

 ミツカくんたちが先頭を歩いていたときのまま、私と林原さんは何も考えずに、なんとなく南を指して進んでいる。古い寺の前を通り過ぎる。左側には電機メーカーの工場の塀がずっと続いていて、明かりはもう消されているが、高いところで赤い光が明滅している。ごう、と排気音が絶えず聞こえる。金属のにおいだ。その塀が切れるより早く、右側に、また別の寺が現れる。住宅地として開発される前はきっと、さっきの寺とは違う集落だったのだろう。でかい工場がここにあるのも、集落の間で人が住んでおらず、わりあい土地が安かったのかもしれない。こっちの寺のほうが大きいから、集落どうしの力関係もなんとなく想像がつく。


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