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2021.12.11

  • 執筆者の写真: 涼 水原
    涼 水原
  • 2022年6月10日
  • 読了時間: 3分

更新日:2022年6月20日

 恋人が、カメラの枠の外に腕を伸ばし、誰にともなく手招きをした。みんなで顔を見合わせて、譲り合うような目配せの応酬のあと、エリカがマスクを外しながら踏み出した。画面に半月がもうひとつ表れる。Hi Jasmin, hi Leo.エリカが言って、ヤスミンがまた白猫を抱き上げる。

 それから三人は何か喋りはじめた。英語力のない耳には、エリカは恋人と同じくらい流暢で、仕事でつかっているわけでもないはずなのに、どこでそんな英語力を身につけたのか。ジャパンとかトウキョウとか、エリカの郷里の街は聞きとれたが、細かい内容はわからない。三人が笑い、つられてベラさんも笑い、あと六人は手持ち無沙汰だ。

 足音がして、寺の人か、と振り向くと、きょとんとした顔のミツカくんだ。なんでエリーも混ざってんの。

 どこでやってんの、って話から、なりゆきで。ベラさんが答える。ヤスミン、大学はロンドンだったんだって。エリちゃんも一ヵ月だけどロンドンに語学留学したことあって、みたいな話。

 へえ。一ヵ月で喋れるようになるもんやな。マリアと鬼怒川旅行をしたとき、ミツカくんは、私と同じくらい──つまり自己紹介するのがやっと──しか喋れず、あとはずっとベラさんに通訳して貰った。そのあと神楽坂の店に行ったとき、ミツカくんが、自分の言葉で喋られへんのは歯がゆいもんやな、と呟いていたことをふと思い出す。ひとときの気まぐれな感傷だったのだろう、くらいに思って忘れていたが、ミツカくんは、毎年二度、マリアと誕生日のメッセージを交わすたびに、その思いを新たにしつづけてきたのだろうか。

 エリカが画面から外れて、区画の外に出た。いやあ、ひさびさにナマの英語。

 ミヤちやべべが喋れるんは知っとったけど、エリーもすごいやん。

 まあアーティストはニューヨークを目指すものだからね。ふふん、と笑ってみせる。映画祭で年に一度は東京来るっていうからさ、じゃあ案内するからお茶しよー!って約束した。

 ええね。そんときはおれの店使てや。

 うん、みんなもね。エリカは私たちを見回す。いま友達と──friendsって複数形で、友達たち?といま一緒だけど人数多いから、今度ヤスミンが東京来たら紹介するね、って話したんだ。だからみんなでミツカくんの店行こ。そう言うエリカが、すこしうらやましかった。冗談めかしてはいたが、英語を修得するのは並たいていの努力でできることではない、し、私なら、日本語でだって、初対面の人をお茶に誘ったりなんてできない。そういえば、恋人が私をエリカとリンに紹介してくれたときも、私がサッカー好きだと知ったエリカは、こんどいっしょに観に行こーよ、と言ってきた。まだその約束を果たしてないな。


明日のこと

高台にキャンパスがあり、坂を下ったところに附属の小中学校があった。私はそこで九年間を過ごした。私が小学校に入学したときは教育学部附属だったが、通ううちに教育地域科学部になり、卒業するときは地域学部になっていた。とはいえ、入学式を終えたばかりの児童にその違いはよくわからない。...

 
 
 
2021.12.31

行ったねえ。恋人が、みんなといるときよりゆったりした口調で言った。 行ったねえ。私も同じように返す。どちらからともなく手をつなぎ、北口から駅を出た。南口側ほど栄えてはいないが、こちらも駅を出てすぐは飲食店街だ。といっても、大晦日にもなるとチェーン店の多い南側と違い、北側はも...

 
 
 
2021.12.30

今年ぃ?とミツカくんが怪しむ。そうだったの?と今年ずっといっしょにいた恋人が目を見開く。あ、いや今日、今日考えてた、と慌てて訂正した。 今日ずっとでもたいがいやわ、とミツカくんが笑う。 まあでも今年ずっとよりはマシやろ。...

 
 
 

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