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2021.12.13

 私たちはみんなぴたりと身を縮める。懐中電灯の光が地を這って、私たちの身体を照らす。誰も返事はしないまま、ヤスミンだけが喋り続けていた。振り向くとスキンヘッドの男が立っている。暗闇のなかで眼鏡が光る。and then...とヤスミンが、何の相槌も打たない恋人に気づいて尻すぼみに黙る。何やってるの、と男はもう一度言った。何かの配信? 順にみんなの顔を睨めまわし、なぜか私のところで停まる。

 あー、いや、その……。髪がないからではないだろうが眼力がすごく、目を逸らせない。配信ではないんですけど──。光に驚いた目がまた慣れて、男が、色はわからないが暗めのジャージ姿で、袖にいくつもチャンピオンのロゴが並んでるのがわかった。この寒いなか足元はサンダルだ。たしか力士は取組の日、というか場所中以外も、ずっと着流しで髪を結ってないといけない、とどこかで聞いたことがある。僧侶にそんな普段着のドレスコードがあるとは思わないけどそういえばさっき私は、袈裟を着てないときの坊さんは作務衣とか洋装だ、みたいなことを考えたのだが、そうかチャンピオンのジャージか、ここまでラフだとは思わなかった、私はまだまだ思考が狭い──などと延々考えて、どうも自分が動揺していると気づく。といっても黙りこんでたのはせいぜい一秒程度のことだ。私はこっそり深呼吸して、まさか自分が一生のうちに言うことがあるとは思ってなかった、普段ならギャグとしか思わない台詞を口にする。──怪しい者じゃありません。

 それから事情を話した。さすがにお坊さんは冷静で、ときどき相槌を打つ程度で、驚いた様子も見せない。こちらが落ち着いたのがわかって、恋人も、小声でヤスミンに状況を説明していた。早口の弁明と相槌が日英二言語で冬の夜の墓場に響く。いったい私たちは何をやってるのか。



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