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2021.12.2

 歩道のない、一車線だけの道だ。あたりは一軒家ばかりで、ひとつだけ床屋のポールが立っている。

 ミーティング、とエリカが鸚鵡返しに言う。

 どしたん二人して。

 じつはわたし、外せない仕事があって。恋人はそう言って、なにかに気づいたように道の端に寄る。みんなもつられて地面の線より外に寄り、若い男の二人連れが、それぞれのスマホを見下ろしたまま通り過ぎる。外国の取引先とミーティングが、と説明するのを聞きながら、地図アプリで自宅近くのナンカレー屋までの経路検索をすると、徒歩で二十八分かかる。やば、と声を出さずに呟く。走れば間に合うだろうか。でも、ここでいきなりみんなに別れを告げて、来た道を、駅を通り抜けて駆け戻り、エレベーターのない三階まで上がって、息を切らしながらパソコンをセッティングして、ヤスミンと笑顔で手を振りあう、と想像してみると、ぜんぜんリアリティがない。少なくとも私には無理だ。私は高校までずっと陸上部だったが、卒業以来二十年ほど怠惰な暮らしですっかりなまってしまったし、恋人も、バレー部のレギュラーだったと言っていたが、私と知りあってからはぜんぜん運動してないから二十八分の距離を走るほどの体力はきっとない、そもそもバレーは走るスポーツじゃないし、いやでも体力は必要か、体育でやったときキツかったもんな、とまで考えて、自分が錯乱してるとようやく気づく。あかんやん、と説明を聞き終えた宇野原さんが叫んだ。


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