店に入った順に座っていく。私たちはあまり席次を気にしない。いちばん年上のベラさんやキャリアの長い宇野原さんがたいして偉ぶらないし、そういえば敬語もよく忘れる。最年少はたぶんルールーか林原さんだが、二人とも年齢非公表だからよくわからない。席順や届いた飲みものを回す順、たしかタクシーの座席やエレベーターの立ち位置なんかも決まっているらしい。飲食店経営者のミツカくんや元会社員のルールーと林原さんはそういうマナーに詳しいだろうか。とにかく私たち九人の間では、年齢やキャリアより、座る直前に誰と話していたかのほうが重要だ。とはいえ、徳利から酒を注ぐとき、注ぎ口からだと切れが良く、それは関係を切ることにつながるからNG!みたいな奇抜な発想はけっこう好きで、マナー講師が炎上した、という、だいたい年に二、三度くらいニュースアプリに現れる記事を、どうでもいいのに読んでしまう。などと考えていたらみんな先に座ってしまい、立っているのは私と恋人とルールーだけだ。正方形のテーブルをふたつくっつけて長辺に三人ずつ座っていて、端の丸いガラステーブルが私たち三人の席だ。
みやび、そっち座んなよ。ルールーが壁際の長椅子を指した。荷物大きいし。
いいの? ありがと。恋人がリュックを下ろし、ふう、と息をつく。で、ごめん、わたしちょっとお手洗い。ウーロン茶頼んどいてくれる? うん、と私が頷くと、メニューを三冊持ってきた学生さんに声をかけて場所を尋ねる。
じゃあ──とルールーのほうを見ると、ふふ、と思わせぶりな目配せをして、恋人の席の正面に座る。それで私は、二人とななめに向き合う、テーブルを三つくっつけた端の椅子を引く。右に手前からルールー、エリカ、リンとミツカくん、左は恋人の席の向こうに、ベラさん、林原さん、宇野原さんの順だ。ルールーが、ほかの人に見えないようにウインクを飛ばしてきた。
私はウインクが下手だ。小学生のころ繰り返し読んだ『ヤング・インディ・ジョーンズ』で、いっしょに捕らえられた親友が、インディが敵と会話しながら片目をぱちぱちさせてるのに気づいて、起死回生の策があるんだ!と思い、けっきょく偶然と勇敢によって危機を脱したあと、あのウインクで落ち着いたよ、と礼を言うと、インディは、あれはただ目にごみが入ってただけだよ、と答えていた。それを読んで四半世紀、ときどき思い立っては練習をしてきたし、恋人と『戦場にかける橋』をPCで観たとき、その部隊では慣例になっているちょっとした不正を上官に見とがめられた兵士が、弁解しながらしきりにウインクをしてみせ、なんだおまえ、目に虫でも入ってんのか、と言われるシーンを真似しながら指導してもらったりもしたのだが成果なく、いまでも両目をつぶってしまう。ルールーは上手で、右目を閉じながら左は笑いのかたちにきゅっと丸まる。どうすればそんな芸当できるんだ。なに、と耳を近づけると、笑いをふくんだ声で、リョウくん、お誕生日席がよかったんでしょう、と囁いてきた。いやべつに。あれ、そう。
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