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2021.12.22

 各自の飲みものと、料理もひとり一品ずつ。恋人はまだ戻ってきていない。リゾットの、まあ今日食べたのと違う味ならいいか、と思ってメニューを見ると、そもそも和風のリゾットは、ましてや七草リゾットなんてない。しかし考えてみれば二週間後には七草粥の日なのだから、今ごろ全国の産地では収穫間近の佳境なんじゃないか。せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ、と頭のなかで数え上げ、五・七・五になっているのだろうこの憶えかたの最後の七音が、やっぱり今回も思い出せない。九人もいれば誰か知ってるかもしれないが、クリスマス前のこの時期に持ち出す話題じゃないか、と思ってるうちに恋人が戻ってきて、ポルチーニ茸のリゾットを注文した。

 お通しです、と出された小皿はミックスナッツで、思わずミツカくんのほうを見る。アーモンドをひと粒食べてみせ、すこし間を置いて、無塩やわ、と頷いた。おおっ、と感嘆の声が上がり、一人だけきょとんとしていた恋人に私が説明する。乾杯をし、料理が届いた順に食べはじめた。宇野原さんと林原さんが何かの賞の予想をしていたり、リンがベラさんとミツカくんにthe Teens' Tombのコンセプトを説明し、エリカが囃すような合いの手を入れているのが聞こえるが、その会話に混ざるには遠い。私は恋人やルールーと話しながら食べた。食事中は全員マスクを外している。恋人の素顔は見慣れているし、宇野原さんとベラさんは集合したときからマスクをしていなかったが、あと五人の唇は、もしかしたら数年ぶりに見る人もいるだろうか。それは彼らも同じことで、私の唇を見られるのは久しぶり、と、どうも変なことを考えてるな。

 おれ、ちょっと吸うてくるわ。ミツカくんがこちらまで聞こえる声で煙草の仕草をしてみせる。ミヤちは?

 あーうん、行く。恋人が答える。それでわたし最近韓国の小説マイブームなんだ、と強引に会話をまとめ、私の肩に手を置いて席から出た。

 ミツカくんが立ったのを見て近づいてきた学生さんが、煙草の箱に気づいたのだろう、お席は禁煙でして、と申しわけなさそうな声で言う。

 わかっとります。あの、外のベンチはええんすよね?

 いやあ、お店としてはいいとは言えないんですが──と途端に煮え切らない口調になる。ただまあ、あそこで吸われるかたは多いですね。

 ベンチと灰皿を置いといていいとは言えないもないもんだ、と思ったが、きっと行政の指導かなにかで禁煙にせざるを得ず、しかし喫煙者を排除したらお客が減ってしまうのだろう。それでこういう、腹芸というのか、映画なんかでよく、これは独り言なんだけど、と聞こえよがしに前置きして機密情報を漏らすシーンみたいなことを言うのだ。苦労がしのばれる。

 二人が外に出て行った。窓から中を覗きこんで手を振ってくる。ミツカくんはもう煙草をくわえていた。人が動いたことで話題がリセットされて、私とルールーは、年明けに出るルールーの書き下ろし長篇の話をはじめた。

 担当さんが張り切ってて、もちろんありがたいけどさ、直木賞狙いましょう!って鼻息荒くて。

 期待されてるんだ。

 でもさあ、せめて書き上げてから言ってほしいよね。

 まあそれは、わかる。黒薊ルールーの新境地!っていうのは?

 べつに自分ではそんなつもりないよ。恋愛ものだし。片方が女ってだけ。

BLじゃないのか。短篇ではそういう作品もあったが、ルールーが異性愛テーマの長篇を発表するのは、デビュー以来はじめてのような気がする。


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