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2021.12.23

 いま世のなかには小説家としてデビューするための賞が無数にあって、私と宇野原さんと林原さんは、それぞれどこかの版元や雑誌が主催する賞を受けて世に出た。私と宇野原さんの賞はジャンル不問で、私は郷里を舞台にあまり倫理的によろしくない筋の、宇野原さんはリニアのトンネル掘りの話を書いた。林原さんは推理小説誌の公募を、図書館司書が主人公のライトミステリで受賞した。ルールーの経路は私たちとはすこし違って、小説投稿サイトでFF Ⅹの二次創作BLを書いたものが好事家の間で話題になったのがきっかけだった。シーモア×ワッカという、たぶんわりあいニッチなカップリング(考えてみればワッカはFF Ⅹの登場人物のルールーの夫で、私の友人のルールーのデビューは二人が結婚したFF Ⅹ-2よりあとのことだけど、彼女はいつ黒薊ルールーを名乗りはじめたのか、Ⅹ-2よりあとだとしたら、いったいどんな気持ちで、自分の架空の夫が強大な敵に組み伏せられるのを書いたのか)で、それを読んだ、嗜好を同じくする編集者からTwitterのDMが届いたのだという。FF Ⅹは私も、PS2とPS Vitaで一度ずつクリアしたが、二度ともシーモア戦で全滅させられていて、彼の濡れ場なんて考えたくもない。私はFFならⅩよりⅨが好きで、Ⅸにもシーモアと同じような、長髪の美形でナルシストの強敵が出てくる。シーモア×ワッカと似た性質の二人のカップリングをⅨでやるならたぶんクジャ×スタイナーで、スタイナーは終盤でベアトリクスというキャラと結ばれるから、ルールーの好きなゲームがⅩじゃなくⅨだったなら、彼女は黒薊ベアトリクスと名乗っただろうか、という思いつきを早口で話すとルールーは不快げに、それはない、と否定した。

 Ⅸは一回しかやったことないし。

 好みじゃなかった?

 あんま憶えてないなー。キャラは可愛かった。

 そっか。

 でもまあ、そのときは違う名前にしてただろうな。語呂悪いし。

 ミツカくんと恋人が戻ってくる。いやー寒いわ外。恋人がまた私の肩に手を置いて席に入った。奥の方でミツカくんも座り、隣のリンがわずかに身体を離したことに、そうするんじゃないか、となかば期待して見ていたから気づく。会わないうちに煙草が苦手になったのは、何かきっかけでもあったのだろうか。シロタくんが喫煙者かどうかは知らない。転職すれば生活習慣や人間関係も変わっただろうし、精神的な負荷もあるだろう。酒や煙草に縋りたくなる人もいる。もしかしたらシロタくんも、と勝手なことを考えたが、そもそも私はシロタくんに会ったことがなく、恋人とエリカ以外のリンの友人も知らないのだから、何を考えても精度の低い勘ぐりにしかならない。

 食べ終わるころにはもう、宇野原さんとベラさんは完全に酔っ払っているし、ミツカくんも顔色は普段通りだけど麻婆豆腐を注文して断られるのをすでに二回やっている。エリカとリンはほどよく陽気で、あと四人は素面だ。私は学生さんを呼んで、タコのフリットとかローストポークとか、軽くつまめるものを頼んだ。

 油で揚げる気持ちのいい音が聞こえはじめたころ、上階の客がドサドサ足音を響かせながら降りてくる。学生らしい若者の一団だ。二階の担当だったらしい、これも大学生くらいの女性店員が最後尾で、ありがとうございましたボナノッテ!と送り出す。学生たちも陽気に、ボナノッテー、と口々に返し、笑いさざめきながら出ていった。冷たい外気が入ってきて、私たちのテーブルの上を走る。女性が二階に上がり、一階の担当の学生さんもあとに続く。片付けを手伝うのだろう。ふと窓を見るとさっき出たばかりの学生の一人が中を覗きこんでいて、なんだよ、と不快になりかけたが、目が合うと彼はすぐに逸らし、口にくわえていた白い棒を指で挟んで持ち上げた。煙草を吸ってるのか。


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