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2021.12.25

 おつりをこまかい小銭でもらい、各自に分配する。中途半端に残った三十九円は計算してくれたミツカくんのものだ。すまんねえ、とその程度の金額でもうれしそうにする。

 あとこれ、みなさんおひとつずつどうぞ。学生さんが編みカゴを持ってきた。一人ずつ配ろうとしたのだろうが、いちばん近くにいたミツカくんがカゴごと受け取り、みんなに回す。その間学生さんは手持ち無沙汰に指を組んで動かしている。ルールーが回してくれたのを受け取ると、手の平サイズのカップケーキだ。トルタ・パラディーゾです。ロンバルディア地方のお祝いの定番で、そのままでも、はちみつかバニラアイスと合わせると美味しいですよ。当店のコックの手作りです。

 へえ、すごいですね。林原さんが言って、厨房のほうを見る。お菓子もつくられるんですか。

 まあ、手なぐさみです。二人いるうちの片方が、照れたように言ってマスクをつまんで鼻を隠す。せっかくクリスマスに来ていただいたんでね。ボンナターレ。

 ボンナターレ!ともう一人のコックが言い、学生さんもそれに続く。ボン……?と首をかしげる林原さんに学生さんが、メリークリスマスって意味です、イタリア語で、と答えた。

 ああ、なるほど。ボンナターレ。私たちはみんなでその挨拶を交わし合い、それぞれの鞄を持つ。私は手ぶらだし、さすがにポケットに入れたら潰れるだろうし、まあ軽いから手で持ってくか、と思っていると、ん、と恋人が小声で言って、手を差し出してくる。ありがと、とケーキを渡した。

 ありがとうございましたボナノッテ、と見送られて外に出た。ボナノッテ、ボンナターレ、と手を振り合ってドアを閉めた。二時間ほどの間に外はさらに冷え込んでいる。空に星がいくつか見えた。冬はよく晴れた夜のほうが寒いのだ。おいしかったねえ、とベラさんが腹をさすりながら言った。

 行く前に一服ええかな。ミツカくんが、言い終わるころにはもうベンチに座っている。うーつめた、と言って、潰れた箱を出した。ミヤち?

 一本だけね。

 もうこれラス二やから。自分の煙草に火をつけて、消さないまま恋人に差し向ける。オレンジの光が灯って揺れた。リンは、と見ると、こうなることを予期していたのか、ベンチを囲む私たちのなかでも遠めのところに立っている。

 いま何時かな。ベラさんが言った。このあとどうしよ。尻のスマホを出すのが億劫で、店のなかに時計でもないか、と窓を覗きこむと、学生さんがテーブルの食器を片づけているところだった。飲み残しを一つのグラスに集め、くぐもった音を立てながら皿を重ね、不意にマスクをずらして、ひょい、と食べ残しのタコのフリットを口に放りこむ。そこでようやく私が見ているのに気づき、恥ずかしそうに笑って、口を動かしながら手を振ってくる。声の届かない距離になったとたんにフレンドリーだ。私は手を振り返す。ん、とミツカくんも振ってきた。ちがう、中。なか? みんなの視線が学生さんに集まって、彼は照れてマスクを上げた。それでもまだもぐもぐやっている。なかなか噛み切れなかった食感が、私の口のなかにも蘇った。

 で次な。宇野原さんが言い、私たちは考え込む。南側の駅のほうから男女二人組が歩いてきた。ここ? ここみたい。へえ、かわいい。遠くてごめんね。ぜんぜん! 親密な声音だ。私たちに一瞥をくれて、互いになんとなく会釈する。絡めていた指をほどいてドアを開けた。いらっしゃいませボナセーラ!

 あんまりここ居座るのも悪いね。ルールーが、片付けを中断して二人を出迎える学生さんを見ながら言う。

 おけ。ミツカくんがまだ据えそうな煙草を灰皿に押しつけた。ん、と差し出されたのを受け取って、恋人も火を消す。二人が立ち上がり、みんなは顔を見合わせる。どうしよっかな、と誰ともなく言ったあとはみんな無言だ。じゃあさ、とエリカがリュックを背負い直す。そろそろ帰ろーよ。ひさびさに歩いて疲れちゃった。

 せやなあ。おれも煙草買いたいわ。ミツカくんが頷く。

 言われてみればそろそろ私も、この長い一日に息切れしてきたところで、それは他のみんなも同じだったらしく、誰からも異論は出ない。うん、そだよね、とベラさんが頷いた。じゃあ今日は、これにて撤収!


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