2021.12.29

 四人を乗せた列車が消えていく。いやあ、しかしほんま寒いで。宇野原さんが言って白い息を吐き、白いまま吸い込もうとするように強く吸って、くしゃみをした。マスクもしてないし手で押さえもせず、顔だけは人のいない線路側を向いてはいたが、常夜灯に照らされて、飛び散るしぶきがよく見えた。ウノさんきたない。ごめんて。

 風邪引いたら事やからな。ミツカくんが言う。おれもそうやけど、個人事業主は有休もボーナスもないし。寝込んだらそんだけ収入源やで。

 わかっとるわい。親の小言に口答えする子供のようにふてくされる。

 会社員だって寝込んだら事だよ、と恋人も言い返す。

 いや、そういう意味やなくて……、と言葉に窮し、せやリョウ!と逃げるように私の腕を掴む。ダービーいつにする?

 いつにするってもね。多摩川ダービーはリーグ戦では年に試合だけだし、今はシーズンオフで、来季の日程は未定だ。いまシーズン中なのはヨーロッパだが、イングランドを除いてウインターブレイクに入っている。ACミランはインテルに次ぐ二位で今年を終えた。そのインテルとのダービーは、一試合目は引き分けで、もう一試合目は来年だ。ACミランのことも何かのエッセイに書いた記憶があるから、ミツカくんは私がミラニスタだと知ってるかもしれない。でも彼はたしかあまり海外サッカーに興味はないし、Jリーグでも、セレッソとグランパスとアルディージャとFC東京の、それぞれのホームタウンにミツカくんが住んでたころの話題にしか反応しない。代わりにベラさんが乗ってきて、三人でJリーグのことを話しはじめた。今季は──今季だけでなくここ数年、ずっと川崎フロンターレの支配がつづいていて、一度マリノスが優勝したのを挟んで連覇をつづけている。ベラさんがサッカーを観はじめたのも、私とミツカくんの影響というより、地元のチームが強くなったかららしい。近年はヨーロッパでも、イタリアはユヴェントス、ドイツはバイエルン、フランスはPSGと、それぞれの国に長くリーグを制しつづけるクラブがあり、それに比べて日本は実力が拮抗している、というのが通説だった。その状況が変わったのはいいとして、フロンターレが〈絶対王者〉なんて呼ばれているのはライバルのファンである我々二人には耐えがたいことだ。最初は恋人や宇野原さんも相槌を打ってくれていたが、三チーム合同のベストイレブンを選ぶなら、という話から、古今東西すべての選手でオールタイムベストイレブンを選ぼう、という流れになったころにはすっかり飽きて、二人は今年読んだ本の話をしている。

 おれあれ良かったわ、えっと名前が出てけえへんねんけどあれ、ブラジルのヴァージニア・ウルフ!ちゅう売り文句は憶えとるんやけど。

 あー、図書館のカートに入れっぱなしになってます。

 ほならミヤちゃんは?

 めっちゃ古いですけど『アラバマ物語』かなー、年明けてすぐだったからもう一年くらい経つのに、ときどき思い出すんですよ。

 いやべべそれ全員フロンターレやん! ミツカくんがゲラゲラ笑う。ほな次、リョウは?

 んー、と考えて答える。フォーメーションは四─二─三─一かな。キーパーはブッフォン、最終ラインは右からサネッティ、ネスタとカンナヴァーロ、左はもちろんマルディーニ。中盤の底はガットゥーゾとピルロのコンビで、トップ下はデル・ピエロ。両サイドにカカとシェフチェンコをを置いて、でワントップはイブラヒモ──と言い切る前にミツカくんが、ぜんぶセリエの選手やないか!と耐えかねて叫んだ。なんなんきみらは。

 話してるうちにもう、私たちの最寄り駅の繁華街が見えてくる。ほら次はミツカくんの、と水を向けると、まずキーパーはカシージャス、センターバックはプジョルと松田直樹、と思いのほか手堅く、ふざけもせずに数え上げる。そういえば、海外サッカーに興味がなくとも、代表戦やワールドカップの話はよくしたし、お客のいないときは店にあるテレビでDAZNを観るとも言っていた。サイドバックは右がダニ・アウヴェス、左がロベカル。ほんでボランチは二枚、片っぽはおれもピルロで、もう一人はダーヴィッツ。

 ダーヴィッツ!

 ミツカくんもベラさんも、前を歩く二人も、私の叫び声に驚いて身体が跳ねた。

 何いきなり。恋人と宇野原さんが振り返る。

 あ、いや、ごめん。ダーヴィッツのこと実は──。周囲はもう駅前のにぎわいだ。私の叫びも、四人以外の誰の気を引くこともない。一日の疲れと、酔った人々の吸い吐く空気や盛り場の雰囲気、雑踏と店から漏れ出る音楽、夜の駅前はどこか浮遊感のある空間だ。そんなふわふわした頭で、何も考えずに喋るから、ダーヴィッツのこと実は今日、と言うつもりで、私はこう言いまちがえる。ダーヴィッツのこと実は今年、ずっと考えてたんだ。