2021.12.30

 今年ぃ?とミツカくんが怪しむ。そうだったの?と今年ずっといっしょにいた恋人が目を見開く。あ、いや今日、今日考えてた、と慌てて訂正した。

 今日ずっとでもたいがいやわ、とミツカくんが笑う。

 まあでも今年ずっとよりはマシやろ。

 一年間ずっとダーヴィッツのこと考えとるなんて本人とリョウくらいのもんやで。ミツカくんは私をからかうように続ける。おれこれからリョウのこと、リョウヴィッツって呼ぼかな。

 ひとの恋人にへんなあだ名つけないでくださーい。

 おっミヤヴィッツが怒ったで!

 あんたら子供みたい、とベラさんが、ため息をついてみせる。あーほんと、ばかだね。

 笑いあう彼らを見ながら、私はどうも釈然としない。ミツカくんから独特の呼称で呼ばれるベラさんたちを羨ましく思ってはいたが、リョウヴィッツはちょっと違うんじゃないか。まあどうせ実際には呼ばないだろうし、いいか、と思っているうちに駅前広場だ。だだっ広い真ん中に植え込みがあり、時計のポールが突っ立っている。あそこで宇野原さんがばかなことをやってたのは、せいぜい四、五時間前のはずなのに、もう二ヵ月近く経ったような気がしている。それは私だけじゃなかったようで、ベラさんが、帰ってきたねえ、と呟いた。宇野原さんが白目をむいた場所に、いまは虚無的な表情の若い男女が身を寄せ合って座り、スマホを横にしてゲームをしている。吐瀉物の匂いが漂っているが、見える範囲にはないから、植え込みのなかに出したのだろうか。吸い殻とストロングゼロの空き缶、さけるチーズの袋の銀色。素面の目には夜の街のいやなところばかり見えてしまうが、当の酔っぱらいたちはどう思っているのか、下戸の私にはわからない。特急が高架を走り抜けていく。どこかスケートボードの音がジャンプした。着地音があまりきれいじゃなかったのは、きっと転んでしまったのだろう。構内に入って表示を見ると、次の上りは五分後だ。

 ほんなら今のうち、そこで──とミツカくんが、駅の外にあるコンビニを指した。煙草買うてくるわ。

 あ、じゃあわたしが出すよ。恋人が呼び止める。けっこうもらっちゃったし。

 ええよええよ気にせんで。ミツカくんが手を振り、急ぎ足で歩きはじめ、でも、と躊躇う恋人を振り払うように続ける。どうせあれお客の忘れもんやし。

 ええっ!と恋人が嫌そうに叫んだが、ミツカくんはもう振り返りもしない。

 まもなく東西線直通、西船橋行き上り快速がまいります、と放送が流れるころにはミツカくんは、ちがう銘柄を四箱つかんで戻ってきた。

 そんなにいろいろ吸うの?

 おれのはこれ。で二つはお客の煙草が切れたとき用やね。ガツンとくるのと細っそいメンソールと。でこれはカミちゃんにやるやつ。きょう店任せきりやから、お礼。

 ほならミツも神楽坂まで行くん?

 一日の締めはさすがにおれがやらんとやし、あとカミ無職やからな、その日払い。年越すんも気味悪いし。

 はあ、たいへんだね。恋人が感心して言う。無職のカミくんはミツカくんが大宮の飲み屋で働いていたときの常連で、派遣切りにあってからは都内の実家に戻り、日雇いで働いているらしい。

 カミくんによろしくね。

 ん、リョウってカミちゃんと親交あったんやったっけ。

 いや、それほど──と言おうとしたところで、列車が入ってくる音。こらいかん、と宇野原さんが言い、三人は慌ただしく財布を取り出す。ほな二人とも、また。今日はありがとね、ミヤちゃんおつかれさま。明日来れたら来てや。それぞれ別の改札機から同時に入って走り出す。降車した人の流れに逆らって階段を駆け上がり、いちばん酔ってて足の遅い宇野原さんが、踊り場のところで振り返る。よいお年を! 叫び声に行き交う人々が顔をしかめて振り返る。やっぱりこんな場面でも、年末年始の挨拶は、妙に丁寧な言葉づかいだ。恋人が口の横に手を当てて、よいお年をー、と叫びかえすころにはもう宇野原さんは見えなくなっている。

 ほんの数秒後に発車メロディが遠くから聞こえた。ぎりぎりのタイミングだったと思うが、走行音の響きが聞こえなくなってしばらく待っても、三人は降りてこない。