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2021.12.4

  • 執筆者の写真: 涼 水原
    涼 水原
  • 2022年6月3日
  • 読了時間: 2分

更新日:2022年6月4日

駅のほう行こ! このへんよりはいろいろありそう。

 たしかに、と頷きあう。時間までに帰れないのなら、北に戻るより南下したほうが駅は近い。まっすぐ行って大通りを右、とリンがスマホのナビを復唱して先導する。恋人がリュックの紐を握って思い詰めた表情でつづき、ほかのみんなも、何人かはスマホで検索をしながら動き出す。もうあまり、外のこと──街の音や匂い、軒先の個性、寒さや冬の星、そういうことは目に入らない。足音も、呼吸の感じも張り詰めて、ときどき交わす言葉も簡潔な早口だ。散漫としたお散歩から一挙にモードが変わった。みんなでひとつのことを目指して協働しているような。原因の一端は自分にあるのだから口に出すことはできないのだが、楽しい、と感じてしまう。

 ちょっと遅れるかも、ってチャットした。

 それやったら急いで帰りゃ間に合うたんちゃうん。

 何分くらい遅れていいの?

 んー、と恋人はスマホを見つめる。そんなに散歩楽しかったの、しかたないなあ、とヤスミンが、しゃべれるはずのない日本語で苦笑するのが頭に浮かぶ。まあ五分くらいかな。

 ドイツ人は時間に厳格やもんな。

 そういう問題ちゃうやろ。

 信号で止まり、左右から車も人も来てないから急いで渡る。オッケーじっくりお茶沸かす、って。恋人が言った。ヤスミンはほんとにいい人だ。

 あ、なんかWi-Fi拾った! ベラさんが不意に大きな声で言った。それとほぼ同時に、周囲の地図を表示していた私のスマホにもポップアップが現れ、たぶんベラさんと同じWi-Fiに接続される。だいたいの家や店はWi-Fiにパスワードをかけているのだが、どうやらこの回線は開放されていて、すぐに画面上のアンテナマークの表示が変わった。ポート名はyoh-nen-diで、ルールーが手元から、よー、ねん、でぃ、と読み上げる。いや、〈じ〉やろ、よーねんじ。ミツカくんがつっこみ、ルールーが恥ずかしそうに黙る。住宅ばかりが並ぶなか、すこし先の角を曲がったところに、卍のマークがぽつんとあった。

 寺?

 寺!

 寺やったらこう、慈悲の心で協力してくれるんちゃう。

 隣人愛だ。

 リョウくんそれはキリスト教。言いあいながらもバタバタ歩いて角を曲がる。建て売りっぽいのが並んだ先に、古ぼけた山門が暗くたたずんでいた。


明日のこと

高台にキャンパスがあり、坂を下ったところに附属の小中学校があった。私はそこで九年間を過ごした。私が小学校に入学したときは教育学部附属だったが、通ううちに教育地域科学部になり、卒業するときは地域学部になっていた。とはいえ、入学式を終えたばかりの児童にその違いはよくわからない。...

 
 
 
2021.12.31

行ったねえ。恋人が、みんなといるときよりゆったりした口調で言った。 行ったねえ。私も同じように返す。どちらからともなく手をつなぎ、北口から駅を出た。南口側ほど栄えてはいないが、こちらも駅を出てすぐは飲食店街だ。といっても、大晦日にもなるとチェーン店の多い南側と違い、北側はも...

 
 
 
2021.12.30

今年ぃ?とミツカくんが怪しむ。そうだったの?と今年ずっといっしょにいた恋人が目を見開く。あ、いや今日、今日考えてた、と慌てて訂正した。 今日ずっとでもたいがいやわ、とミツカくんが笑う。 まあでも今年ずっとよりはマシやろ。...

 
 
 

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