私たちはホテルディナーに合わせてちゃんとした恰好だった。店員さんもそういうシチュエーションには慣れていて、サプライズの相談の電話でもう、指環の渡しかたをいくつか提案──デザートの皿に載せる、食後のコーヒーの角砂糖の箱に仕込む、テーブルに風船を置いといて任意のタイミングで割ると指環が出てくる──してくれすらした。私は、せっかくだからと下戸のくせに乾杯だけしたシャンパン一杯で真っ赤に酔っていて、店員さんが持ってきてくれたプレートの上の黒い小箱と、そのわきにチョコで書かれたWill You Marry Me? の文字を見て、その演出も文面も、店員さんの提案に自分で同意したものなのに、ワッよくあるやつだ!と笑ってしまう。
カオルくん、これは? と彼女が笑いを含んだ声で訊いてくる。私たちは酒が弱いうえに笑い上戸で、箸が転んでも十分くらいは笑っていられる。
これは、つまり──そういうこと。私もまだ笑いを引っ込められずに言い、Will you ──とさいごまで言えずに噴きだす。
店員さんは困ったように笑顔を浮かべ、彼が持つプレートの上では花火がぱちぱちと燃え尽きようとしていた。あ、すみません、あとは引き取りますので……と彼女が先に冷静になり、プレートを受け取る。店員さんは、おめでとうございます、と、きっとほんとうは店中に響く声で叫ぶはずだったのだろう祝福をぼそっと呟いて戻っていく。その尻ポケットが、鳴らされなかったクラッカーの円錐形にふくらんでいた。
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