私の実家への旅行に煙草を持っていかなかったのは、私たちの親世代だとまだ女性の喫煙を好ましく思わない人もいるかもしれない、という配慮もあったようだ。実際に、彼女の実家を訪ねたときも、彼女は出かける前にすこし匂いのつよい香水を自分に振りかけていたし、日帰りできる距離でせいぜい数時間のことだったにせよ、滞在中は一本も吸っていなかった。とはいえ、その配慮以上に、一週間ほど煙草に手も触れない、という、彼女にとって困難なミッションにあえて挑んでみたかったらしい。どこかスポーツめいた試みだ。
サッカーは、人体のなかでいちばん器用に動かせる手指の使用を禁じられたスポーツだ。〈技〉という字は手偏だが、サッカーの技はもっぱら足で行われる。足でボールを扱う、という制約にこそ独特のクリエイティヴィティが宿る、というのは、文字以外のツールをつかわずに制作をする自分の仕事に影響されすぎたサッカー観だろうか。
煙草という、隣室にいる私なんかよりよっぽど彼女の生活に密着しているはずのものを、あえて切り離すことで、彼女は何かを生み出そうとしていたのだろうか。最後の帰省もパンデミックの前のことだった。
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