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2021.6.16

 シ・セ・プエデったってねえ。その話を恋人にしたのは、私の郷里に向かう飛行機のなかのことで、彼女は、一気にしゃべった私の興奮をいなすように窓から外を眺めて言った。オバマじゃないんだからさ。

 オバマ。

 二〇〇八年の大統領選で当選したときバラク・オバマが繰り返していたスローガンはYes we canで、Si, se puede! は英訳するとYes, it's possible! で……というようなことを彼女は言う。そういえば、二〇〇八年、大学に進学したての私は、誰にも叱られないのをいいことに下宿の部屋ではずっとテレビをつけていて、オバマのYes we canは、そのままカタカナ表記されてるメディアもあったが、いくつかのニュースでは、できるんだ!と訳されていた。それを見たとき私は、六年くらい前のキャプテンのスピーチを思い出したのだったか、どうか。

 わたしはさ、緊張してるんですよ。そうはいっても恋人の実家に泊まるっていうのは、たいへんな大事業なんだよ。

 はじめてじゃないのに?

 はじめてじゃあないですけどね。じゃああなた文芸誌に作品載るときもイベント登壇するときも緊張しないっていうんですか。

 します。

 しますでしょう。それとまったく同じことです。

 みやびさん、なんで敬語?

 それはほら、私の怒りのほどの表現ってやつ。

 なんでひとは怒るとき丁寧になるんだろう。

 知りません。


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