それは、もうずっと書きあぐねている中篇とはまた別の、去年の夏ごろに別の雑誌に渡した作品で、ずっと待たせている編集者からは、お作拝読しました、たいへんな力作ですね、で弊誌の原稿の進捗は……みたいな、はんぶん皮肉っぽいメールが来ていて、私は、いくつか下書き保存していた謝罪メールのなかから、適当なひとつを見つくろって返信した。そのメールもそういえば私は、ほら、村下さんが怒ってる!と見せて、恋人は、あーこれは激怒だね、カオルくんもう干されちゃうね、とぜんぜん冗談にならないことを言った。
家の門の前で私たちは車を降り、すこし離れたところにある駐車場に向かう車のお尻に、恋人がぺこりと頭を下げ、私もつられて会釈をする。それからガラガラを引いて門を入る。車輪のガラガラいう音が、私たちが敷居をまたぐときだけ一瞬止んだ。玄関の曇りガラスの向こうに人間のシルエットが見え、敷居をまたいだガラガラが砂利に着地する音に反応して引き戸が開き、おかえり、と父が言った。
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