モラルがあっけなく変わってしまって、私たちは、疫病蔓延以前のことをうまく思い出せず、しかし私の場合、楽しかったことはだいたい以前にあって、ときどき自分の記憶の、以前と以後のモラルが混線したように以前の自分や身の回りの人に苛立ちを覚えたりする。家に入って、私たちは手を洗ったのだが、秋の水は冷たくて、私は指先をちょっと濡らしてピッピッとするだけだったし、うがいもしなかった。恋人もたしか、石鹸こそつかいはしたが、うがいはしなかった気がする。私も恋人も両親も、その雑な手洗いで健康を害されるようなことはなかったのだし、ほんとうなら、秋の冷気のしみこんだ水で指先がしんと冷えたこととか、タオルが置いてあるのについポケットから取り出したハンカチが、さっき空港でトイレをつかったからまだちょっと湿っていたこととかを、五年も後にうんざり思い出すことはない。それはとても不毛なことだ。
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