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2021.6.24

 仏間に入り、線香を焚く。仏壇に並ぶ位牌のうち、私が生前に会ったことがあるのは祖父母の二人だけで、あとの十人くらいは知らない。恋人は誰にも会ったことはないが、私の隣で静かに手を合わせてくれている。ほとんどの位牌は夫婦セットで並んでいるが、ぽつんと一人だけのものも二つあり、ひとつは子ができずに離縁されて帰ってきた曾祖父の妹で、もう一人は大阪の空襲で死んだ祖父の弟で、私は二人の名前は思い出せないのに、彼らが死後も一人でいる理由はずっと憶えている。あとひと組、出征前にとりあえず婚礼はあげたけど一緒に過ごしたのは二晩だけで、子もなさぬままビルマで死んだ夫と、ずっと再婚せずに三十年くらい生きた妻、という、祖父のもう一人の弟夫婦もいたはずだが、どの位牌がその二人なのかはもうずっと思い出せない。私はこのころ、恋人に高いレストランでサプライズのプロポーズをやろうと思いついたころで、死んだ何組もの夫婦の位牌を見ながら、彼女と生きて死んでいく時間のことを考えていた。ちらりと横を見ると彼女はまだ目を閉じて手を合わせており、熱心だな、とうれしくなったところで、私が何か言うのを待っているのだと気づいた。

 みやびさん、ありがとうね。

 彼女はぱちりと目を開けて、お線香のにおいって落ち着くよね、と言った。


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