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2021.6.4

 最後まで冗談をまぶした、あれは体の良い断りだったのだろう。彼女はそれでも同棲には同意してくれた。それぞれの仕事部屋を分けようと提案したのは私だった。

 私はたぶん、ふつうより神経質だ。一度、パンデミック前に訪れたエリカとリンの家は、二台は入りそうなガレージを二人の共同アトリエとして使っていた。ルールーはいつも、あちこちの喫茶店をはしごしながら書いている。宇野原さんは、本人はあんなにうるさいのに騒がしいところでは集中できず、家で静かに書きたいタイプなんやわと言っていて、それでも、広めとはいえワンルームにベラさんと暮らしていて、自分ひとりの部屋はない。それに対して私は、知らない人の話し声がすると何も書けなくなるし、たとえ親しい人たちであっても、誰かの気配を感じるだけで集中が乱れる。喫茶店で読書もできない。しめきりの過ぎたコラムを、いっしょに暮らす前の恋人の部屋に持ち込んだり、ゲラ作業中に彼女がモスバーガーを陣中見舞いに訪ねてきたこともあったが、同じ部屋で彼女が静かにスマホを見ているだけでもあまり仕事が捗らなかった、というとなんだか、自分の仕事のできなさを人のせいにしているみたいだな。


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