2021.7.27

 これが私の書く小説なら、ここで舞台が宇野原さんの家に移って、ルールーかベラさんが目覚めるところから描写をはじめる。ベラさんかな。宇野原さんをたたき起こして、二人の騒がしさにルールーも目覚める。寝起きの悪い二人の背中を押して洗面所に行き、三人で順に顔を洗う。それからがちゃがちゃ昨夜の片付けをする。散らばったジェンガもきれいに重ねて箱に戻す。ベラさんとルールーはそれぞれにしっかり時間をかけて顔をつくり、その間宇野原さんはみんなにLINEを回す。そして三人が身支度を終えて東西線に乗り込むまでを描く。次に視点はリンに移って、リンは制作が捗らなくてすこし苛ついている。畳三枚分の巨大な銅板にストローくらいの小さな孔を無数に開ける、という気の遠くなるような作業の途中だった。草間彌生を参照しながら、あの点々の向こうに見えるもの……みたいなコンセプトではじめたのだが、やってるうちにそんなのぜんぜん新しくない気がしてきたし、金属のなかでは扱いやすいほうとはいえ銅はけっこう固いし、一畳分でよかったのではないか、と思いはじめて、しかし畳三枚分の銅板はけっこうお高く、もう穴だらけにしちゃったから再利用もできない。引っ込みがつかないのだ。孔を穿ちつづける作業は単調で、そういう雑念がいくらでも入り込んでくる。エリカはなんか鼻歌交じりに、キャンバスに延々と暖色の波模様を重ね続けていて、もういつでも、作業に飽いて筆を置けばそれで完成、くらいのところまできている。そこへ宇野原さんからのLINEで二人のスマホが同時に鳴って、集中が途切れる。二人は顔を見合わせて、ぜんぜん違うテンションで、今日はここまでにしよっか、と言いあう。着信音で目覚めたミツカくんは、りょ、とだけ返事して、こういうときにいつも店番を頼む無職のカミくんに打診のLINEを送り、またすこし寝る。林原さんは執筆中はサイレントモードにしてるからなかなか気づかないが、お茶を淹れに立ったときにスマホを見て、もう今日の作業はおしまいにする。慌ただしく身繕いをして、一緒に暮らしている誰かに声をかけて家を出る。そういうことを順繰りに描いて、東京のあちこちから出発したみんなの道ゆきが中央線で交わって、その先で私と、どうにかこうにか都合をつけた恋人が駅で出迎える。でも、私は彼らがいまどこで何をしてるのかほんとうは知らないから、そんな描写はできない。私の人生は一人称だ。私は、鯛のリゾットを食べ終えて、コーヒーを淹れて、午後の作業の前に恋人とおしゃべりをしている。