2021.8.10

 そういうことは、デビュー以来くりかえし考えてきたし、けっきょく結論はいつも同じだ。届くことを信じなければ小説なんて書けない。作品は、それを構成する文のひとつひとつは、個々の単語は、句読点みたいなちいさな記号にいたるまで、すべてが読者へのメッセージだ。とこうして言葉にするとなんだか暑苦しいな。ともあれ、だから私はゲラのたびに、読点の位置を執拗に調整しつづけ、編集者をたぶんちょっと面倒な気分にさせている。

 自分が読者の立場なら、評するために精緻な読みが必要なときを除いて、読点の位置なんてあまり気にしない。そこまで微視的な読みかたをしていては、大きな構えを見逃してしまう。ただ書くときはぜんぜんそうではなく、文の途中に読点を入れるかどうか検討しながら、私はいつもオスカー・ワイルドのことを考えている。