ほんとうはいま路地には誰もいない。そもそも私はタクミくんやアカネちゃんやリョウが、五年くらいずっといるような気がしているが、いくらよくある名前だからって、そんなことあり得るだろうか。あるいは彼らはもうすでにここにはおらず、声だけが五年目のいまも、この人通りの少ない路地に響き続けていると考えるほうが自然だ。恋人は彼らの声を聞いたことがないようだが、あるいはあの声は、私にしか聞こえないのではないか? 夢うつつに彼らのことを考えたのだって、なんとなく思い出したのではなく、この世から消え残った声を、私の耳が聞き取っただけだったのだ。
それを確認するには、ほんのちょっと身を乗り出すだけでいい。そう覚悟を決めて見下ろすと、そこにはほんとうに人っ子一人いない。お向かいの学生マンションも、その両隣の戸建ても、この暑いのに窓を閉め切って、日陰の路地は八月の湿気が淀んで暗い。ふと気配を感じて耳を澄ますと、息のかかるほどの耳元で子供の声が、見ちゃったんだ、と囁いて、キャハハと笑いながら離れていく──。
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