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2021.8.7

 さっきから一行も進まないワードファイルを閉じる。私のマックのデスクトップには、現在作業中のワードとかゲラのPDFとかが画面中央に並んでいて、あとはぜんぶ〈仕事〉と〈その他〉の二つのフォルダに突っこんでいる。そのなかから、再来月の文芸誌に載る予定の中篇のゲラを開いた。パンデミック前はたしか、そういうゲラは、どこかの喫茶店とかで編集者と顔をつきあわせて、改稿の方向性や次作のことなんかを相談しながら受け取ったものだった。お互い忙しかったりで会う余裕がなくても、A4の束がでかい封筒で送られてきたはずだ。それがパンデミックで人と会うことも、他人が素手で触れた物すら忌避される数年間を経て、ぜんぶデータでやりとりするようになった。タブレットとタッチペンを使えば楽なのだろうが、私はどっちかというと紙で読むほうが好きで、いったんプリントアウトして赤ペンで書きこんでいる。自分でもぎりぎり読めるくらいの殴り書きを、PDFにひとつひとつ、テキストボックスを挿入して打ち込みはじめた。めちゃくちゃ非効率的なのはわかっているのだが、それがいちばん気持ち良く作業できるから、けっきょくはじめてのゲラから十年以上このやりかただ。私がいつまでこの仕事をしていられるのかはわからないが、きっとキャリアが終わるまで、ずっとこうやっていくのだろう。


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