2021.9.15

 けっきょくネタ帳のなかから、モンゴルが舞台の青春小説のアイデアをプロットに仕立てて送った。ZOOMの画面のなかで編集者は、顎に手を当てて、モンゴルですか……と渋い顔をした。

 これまでも外国が舞台のものをお書きになってるのは知ってますが、これ、日本じゃいけないんですかね?

 どうなんでしょうね。私はひとまず受けてから反論の言葉を探る。

 いえ、悪いわけではないんです。ただ、どうしても、そういう評が予想できちゃうんですよ。あえてご自身にも読者にも馴染みのない土地を描く必要があるのかなって。

 作家は、世界のあらゆる場所を書くことができる。そうやって自分自身の生まれ故郷ではない場所を、行ったことすらない場所ですら、舞台にして書くことができる。そうやってその場所を、自分自身の場所にすることができる。──これは小野正嗣が、パトリック・シャモワゾーから語りかけられたこととして、講演で引用した言葉です。ぼくは小説を書くとき、この言葉をつねに、指針として参照しています。ぼくが遠い外国を舞台に書くのは、そうすることで〈自分自身の場所〉──、私なりの文学のトポスを、いろんなところに見出したいと思ってるのかもしれません。