2021.9.19

 中上健次が芥川賞を受賞したとき、記者たちを前に、あんたらはインテリかもしれへんけどもしかしな、この肉体でもって汗水たらして働くんのんがほんまもんの人生なんやあ、と啖呵を切った、というエピソードを、私は宇野原さんから何度も聞かされていて、そのせいで中上を読むと人物が全員宇野原さんの声で喋ってるのが聞こえてくるし、実際にはどうだったのか知らないけど、中上が宇野原さんと同じ訛りで吠えたような気がしている。これを言うたとき中上はべろべろに酔っとった、せやからおれもこうやって飲んどんねん。宇野原さんは中上に憧れて、大学に進まず何年かトンネルを掘る会社で働いていた。林原さんは社員五人くらいの編プロで、ルールーは地元で銀行員をやっていた。みんなそれぞれの仕事を持ち、たぶんそのまま会社員として働きつづけることもできたのに、小説家を職業として選んだ。それに対して私はずっとのん気なフリーターをやったあげく、雇い止めという外的要因に押し出されるようにして、ずるずる専業にすべりこんだ。社会で働いた経験がないと、子供を産み育てた経験がないと、愛する人を看取った経験がないと、ほんとうの芸術家にはなれない、歴史に残る名作なんて書けない、その手の警句がぜんぶ形骸化したクリシェなのは知っているが、それでも、二十年ぽっちの人生経験だけで小説家として世に出た私は、やっぱりまだ何か物足りない。