マグを持って立ち上がり、LDKに向かう。恋人の部屋のドアは閉まっていて、かすかにリズムが聞こえる。クイーンかワムを流しているのだろう。晩夏の午後は影が強い。キッチンからでは、窓の外に見えるのは家々とその先の大学だけで、ガラス張りの附属図書館に映る、夕方に向けて色を濃くしてゆく青空が、ここから見える空のすべてだ。湯を沸かす間、こびりついたものが水でふやけた食器を洗いながら、ときどき目を上げて、そのちいさな空を見る。軒先の洗濯物が不意に大きく揺れ、二本の手に引かれて窓のなかに消えていく。ケトルの音が高まって、ほかに何も聞こえなくなる。
フランクフルトはそろそろ朝だ。ヤスミンは起きただろうか。
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