top of page
最北の手前での会話 ──『筏までの距離』あとがきにかえて
稚内で誕生日を迎えたのは二十三歳から四歳に変わる秋のことだった。十月十四日、この列島の最北に位置する港町ではすでに寒風が吹きすさぶ。ずっとあと、今の東京では真冬のごく寒い日にだけ着るコートを、北の街にいたころの私は秋や春先に着ていて、そのときも、暖房のよく効いた特急を降りて...
6月26日
春のつづき ──『恋愛以外のすべての愛で』あとがきにかえて
「翌日読んでもらいたいささやかなあとがき」や「リリーへの手紙」が好きだった。いずれも著者のデビュー作である、庄司薫『赤頭巾ちゃん気をつけて』(庄司には別名義での作品がすでにあったが)や村上龍『限りなく透明に近いブルー』の巻末に附されたあとがきだ。作中に書かれたことが著者の身...
6月18日
みんな無理せず、無理もさせずに ──『セクシー田中さん』問題報告書を読んで
最初はたしか、地下鉄駅で無料配布されているような、半分が広告やタイアップ記事で埋められた雑誌だった気がするが定かではない。どこかのオフィスで、プリンタ複合機に乗ってポーズを取る、赤く露出の多い衣裳の女性と、それをうっとりした表情で見上げる、会社の制服らしいものを着た女性が目...
2024年6月8日
言葉で築かれた墓碑
進藤純孝『ふり向けば独りきり』(光人社、1993.3)を読んだ。 第三の新人の同志たちとの交友も、彼らと併走してきた数十年の歳月も、文学論や小説家の評伝めいた記述も、ここにはほとんど含まれていない。最愛の妻を亡くした進藤は、何をしても妻のことを、妻との日々を、その不在を思っ...
2021年3月28日
召し上がれ!
昨夜の鍋の残りに、これも残りものの白米を投入して雑炊めいたものを作って食べた。くたっとした白菜、結び目からほどけ落ちた白滝、鶏肉のかわりに入れたベーコンの切れ端。よく味が染みて美味しいが、レンジでチンしてひと煮立ちさせただけなので、料理をした、という実感はほぼない。...
2020年12月8日
曇らなかった鏡
あれは京都だったのか、古都という枕詞を附されるのがふさわしい街並みのなかでペーパーナイフを買ったのは、修学旅行の自由行動の時間か、その街のどこかで学生生活を送る親戚の家を訪ったときだったかもう憶えていない。小刀を模した白木の鞘には、たしかその観光地としても名高い古刹か城郭の……
2020年11月3日
bottom of page