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2021.5.11
九人で集まった最後の機会だった、という理由で私はあの日のことを記憶にとどめてはいるが、その日に私たちがやったのは、江の島に行き、歩き、ばしばし写真を撮ったくらいのことで、ウイルスのことがなく、次にまたみんなで集まっていれば、たぶん、そう強く印象に残るような一日ではなかった。
2021年11月8日
2021.5.10
あまりにしっかり舗装されて、それまで歩いていた道路と何も変わらない、まっすぐな橋のようだった。モン・サン・ミシェルの、海中に築かれた城に向かって曲がりくねりながら伸びる砂浜、みたいのを想像していた私たちは、ミツカくんが口にした、こらただの道やんけ、という、たぶん笑いを取るつ...
2021年11月7日
恋について
鷲鼻で目は緑色、額は広く禿げつつあり、女好きの、中年にさしかかった独身男。一九八四年の映画では三十代半ばのジェレミー・アイアンズが演じていた。『失われた時を求めて』の語り手は、スワンの恋を語り起こすにあたってこう切り出している。「人生のこのような時期になると、人はすでに何度...
2021年11月7日
2021.5.9
私たち以外にも観光客らしい人通りはあり、疫病の蔓延がはじまるすこし前のことで外国人らしい姿もそれなりに見かける。周囲はどこにでもあるような住宅街なのに、観光地にちかいというだけで、人の生活の場に踏み込むことへの躊躇いを忘れてしまう。玄関先のホビットの人形、窓辺に置かれたピカ...
2021年11月6日
2021.5.8
私たちは江の島に向かって歩いた。私たちは湘南のこのあたりに来るのははじめてで、そのこんもりした姿とてっぺんの展望台が家に隠れると不安になって、見えるところを探してうろうろした。九人もいるのだから誰かがスマホの地図を見ることを言い出してもよさそうなものだが、私たちは愚直に、と...
2021年11月5日
2021.5.7
ルールーは手にコーラのペットボトルを持っていて、モノレールの駅から地上に降り、もうすぐ着くよ、というLINE──九人でつくっているLINEグループへの投稿だったから、八つのスマホがいっせいに鳴った──に応じて出迎えた私たちに笑いかけてから、たぶん半分くらい残っていたのを一気...
2021年11月4日
2021.5.6
東京や川崎から、東京湾ぞいに湘南をめざした私たちは、だいたい横浜での朝食や鎌倉での乗り換えのタイミングで合流していて、江の島の最寄り駅まで一人で来たのはルールーだけだったが、とにかく私たち九人は、ルールーと宇野原さんにとってだけずいぶん早い朝、そこに集まったのだった。
2021年11月3日
2021.5.5
とにかくルールーは誰か──ぜったい男だよ、だって一泊したのに荷物少なすぎる、たぶん化粧品とか着替えとか置いてるんだよ、あと表情が、こう、事後の、いや後朝といいますかね、まあ勘なんだけど、とリンは、だんだん歯切れが悪くなりつつも断言していた──の家から来た。リンの言うとおり、...
2021年11月2日
2021.5.4
私は、私と恋人を除いた七人の、私たち以外との人間関係をほとんど知らない。林原さんの薬指に指環がある、とか、エリカは恋人と別れたときだけ私の恋人に、みやびい、と電話をかけてくる、とか、ミツカくんは客の女性たちと寝すぎてもう性とか愛とかようわかれへん、とこぼしてリンに上野千鶴子...
2021年11月1日
2021.5.3
さいごに九人で集まったのがあの日だった。私は前日に、山手線の内側でも東のほうにある恋人の部屋に泊まって、二人で東京駅から東海道線に乗った。宇野原さんとベラさんは当時も神楽坂で同棲していて、仕事終わりに泊まった(宇野原さんの長っ尻のせいで帰れなかった)ミツカくんと三人で、ちが...
2021年10月31日
2021.5.2
そうやっていったんは流れていった話題のしめくくりに、エリカが、ほんとうは最初からそれを言いたくて、ずっと口のなかで転がしていた跡の残る声音で、わたしたち、最近この店で集まること多いからさ、外で集まろーよ、と言った。サッカーでもいいからさ。...
2021年10月30日
2021.5.1
まあ、とにかく、ぼくもミツカくんも一人で観る派だから。 でも楽しかったんでしょ、と林原さんが言う。人と一緒に観る悦びに目覚めたり──。 しないしない。首を振ってから、あまり素っ気ない態度だった気がしてきて、私は言葉を継ぐ。──でも、次は等々力でFC東京のホームゲームだからね...
2021年10月29日
2021.4.30
私たちはよくその店で飲んだ。ミツカくんは思いきり安くしてくれていたが、席が空になるよりは良いのだろう。予約が入っているときや金曜の夜は私たちの訪問は断られたし、あまり大勢は入れないから宇野原会の会場になったこともないが、私をはじめ、宇野原さんに紹介された小説家たちはけっこう...
2021年10月28日
2021.4.29
カウンターに五席、四人がけのテーブルがふたつの狭い店だ。私たちみんなが集まるとそれだけでテーブルが埋まる。神楽坂は飲食店が多く、激戦区ではあるのだが、価格帯や店のジャンルが、たとえば歌舞伎町や池袋と比べると幅広く、資本力のない個人店でも、うまいことニッチを見つければじゅうぶ...
2021年10月27日
2021.4.28
そうやって仲良くなったんだね二人。 ミツカくんもリョウくんも、そういうのぜんぜんあたしたちに話さないじゃん。 リョウくんがサッカー好きってのはね、作品読んでたらわかるけどね。 それはもうほとばしってるからね。でも直接そういう話はしたことない。...
2021年10月26日
2021.4.27
私はまだ恋人と、銀杏の件で知りあってはいたけれど交際をはじめる前で、下戸の私はそれまで、宇野原さんに紹介してもらっていたとはいえミツカくんとはそんなに親しくはなかったのだが、その日以来、ひとりでも彼の店に行くようになったし、そのときだけ──彼とカウンターごしに向かい合ってい...
2021年10月25日
2021.4.26
試合はずっとたがいに無得点で、このまま痛み分けかと思っていた後半の、試合終了間際に、この日がデビュー戦だった富樫敬真のゴールでマリノスが勝つまで、私たちはとくにやりとりをせず、ただ、たぶん何度か目を合わせながら、ずっと離れたところでいっしょに試合を観た。マリノスが勝ったのは...
2021年10月24日
2021.4.25
私たちはスタジアム入口に続く階段の上で別れ、それぞれのチケット(私はホーム自由席、ミツカくんはアウェイ自由席)で入場した。FC東京の応援席はゴール裏にあり、私が座ったのとはちょうど反対側だった。私たちはLINEを送りあってお互いの居場所──どちらもけっこう上のほうの、他の客...
2021年10月23日
2021.4.24
この街には、横浜F・マリノスがある。ミツカくんは街灯からぶら下がったフラッグの文字を読み上げた。横浜FCもあるやろ、Y.S.C.C.も。 その二チームは日産スタジアムじゃなくて三ツ沢がホームスタジアムだから。 そうなん。まあべつになんでもええけど。...
2021年10月22日
2021.4.23
私たちは小机に着いた。私にとってはそれが初めての日産スタジアムでの観戦で、当時はまだ開催される予定だった東京オリンピックのサッカー競技の決勝会場、小学六年生の夏にワールドカップの決勝をやっていた、あのへんな髪型のロナウドが二ゴールをたたきこんでブラジルが優勝した、つまりテレ...
2021年10月21日
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