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2021.3.16
昨日届いた原稿を読みはじめる。私はどうやって小説を書いてきたか、というテーマの座談会で、私と宇野原さん、宇野原会の久保野くんと下戸組の林原さん、最近デビューしたばかりで、宇野原会の誘いをかたくなに断りつづけている君島さんの五人の座組だった。全員三十代で、以前から面識もある人...
2021年9月13日
2021.3.15
十数枚が刷り上がるのを待つ間、冬のベランダで彼女が感じていた寒さのことを考える。細い金属の手すりに乗せた手の冷たさ、掌でつつんだカップの痛いような熱さ。息は白く、煙も白い。街はやっと起きたところだ。彼女がさっき買い物袋を提げて歩いた道を、デリバリーのバッグを背負った自転車が...
2021年9月12日
2021.3.14
PCはまたスリープモードになっていた。ログインしなおす。座談会だ。その原稿に手を入れるのだった。そのために原稿をプリントアウトするつもりだったのだ。ようやくいろいろ思い出して、プリンタを動かそうとして、紙がなくなっていることに気づいて裏紙を補充した。
2021年9月12日
2021.3.13
私は壁にちかづき、耳を当てる。ライターに点火する音がかすかに聞こえ、それさえ聞こえれば、吹き出したガスが燃える音、煙草の先端にそっと火がうつる音、それをゆっくり吸いこみ肺にため、やがて吐き出す息づかいまで聞こえる気がする。じっさいにはそんな、屋外のベランダで立てる音が壁を隔...
2021年9月10日
2021.3.12
コーヒーを淹れ、ふたつのカップに分けて、私たちはそれぞれの部屋に入った。ひと仕事終えたとはいえまだ朝で、やるべきことはいくつもあった。 スリープモードになっていたPCにログインしなおし、編集者から送られてきたテキストファイルを開く。裏紙をセットしようとプリンタの前にしゃがん...
2021年9月10日
2021.3.11
みやびさんもそろそろ始業? ね、いいかげんはじめないと。コーヒーいただいてから。 じゃあぼくがコーヒーを淹れなければ永遠に仕事をしなくてもいい……? ただわたしがコーヒー飲めなくて寂しいだけだよ。 はい、すぐ淹れます。 くだらないことを言いあううちにケトルの音が高まって、私...
2021年9月8日
2021.3.10
段ボールの感触、抱えた腹にくいこむ重み、ボトル同士がぶつかり合うきしみ、そういうものを、私はときどき思い出す。
2021年9月7日
2021.3.9
東京の水はひどく不味く、引っ越してきてから数年間、私は三日とあけずにミネラルウォーターを箱で買っていた。エレベーターがあったとはいえ、スーパーからえっちらおっちら運ぶのは骨で、水をつかうのはコーヒーと料理くらいで、ジュースとかを買って飲むほうが多かったかもしれない。私と同じ...
2021年9月6日
2021.3.8
中篇、延ばしてもらったんだよね。そろそろじゃなかった? とりあえず謝罪メールを下書きフォルダに用意した。 しめきりやぶる気まんまんじゃん。 しめきりをやぶるんじゃなくてしめきりが作品に負けるんだ。 ちょっと何言ってるかわかんないけど。コーヒーまだある?...
2021年9月6日
2021.3.7
座談会は一週間ほど前に行われた。当日のやりとりや、部屋のあたたかさや、長時間声を出すには乾燥していたこと、出されたコーヒーの酸味がつよくて私の好みではなかったこと、そういうことを思い出し、自分が口にした言葉を読みながら、何を意図してその発言をしたのかを、頭のなかに再現しよう...
2021年9月4日
2021.3.6
そこまで極端ではなくとも、話の道筋を整えたり、当日は曖昧にごまかしていた固有名詞を加えたり、長々しい説明を批評のタームで要約したりする。もちろんほかの人の発言もあるから会話の筋が乱れない範囲内で、自分がちゃんとしゃべっていたように見せかける。なんというかみみっちく、楽しい作業だ。
2021年9月3日
2021.3.5
でも、もちろん、というか、それは編集者なりライターなりが文字起こしを構成しなおしたもので、そのことを、構成:編集部、みたいなクレジットを見たことだってあるはずなのに思いつかなかった。ほんとうはみんなもっとグジャグジャとしゃべっている。私のはじめての座談会には宇野原さんも参加...
2021年9月2日
2021.3.4
原稿ひとつ終わったよ。 朝からえらいね。次は? 座談会かな、宇野原さんたちとのやつ。 もうゲラになったんだ。 いや、その前に文字起こしの原稿のチェック。 ふうん、と彼女はうなずいた。あんまり違いわかんないけど。 まあ、そうだよね。...
2021年9月1日
2021.3.3
水を流す音。恋人が居間に入ってきて、自室の前のエコバッグを見、しまってくれたんだ、ありがと、と言う。うん、と私は返す。お互いにそっけない口調なのは、私たちがこれまでに数え切れないくらいこの会話を交わしてきたし、今日も交わすのだと知っていたからだ。私たちは目を合わせて微笑んだ。
2021年8月31日
2021.3.2
彼女も同じものを私に感じてくれているのだと私は、玄関に放置されたエコバッグを見下ろしながら思う。彼女が配給の契約をまとめた北欧映画の前売り特典のトートバッグだった。煙草らしい小箱がいくつか、よく仕事中に食べているというラムネの大袋、期間限定のポテチ、牛乳かんがふたつ。バッグ...
2021年8月30日
2021.3.1
でも、恋人の仕事が終わるのを、彼女の最寄りのドトールで本を読みながら待つことはなくなったし、玄関ののぞき穴から、レンズでゆがんだ彼女の顔を見ることもなくなった。誰かといっしょに住むのは会うことが特別ではなくなるということだ。今ではもう、彼女の顔を見るだけでうれしくなることは...
2021年8月29日
2021.2.28
私たちが頻繁に触れあうことがなくなったのは、ウイルスのせいで、不用意に他人に触れることが忌避されるような一年を過ごしたからであって、私たちの関係が冷えてしまったからではない。
2021年8月29日
2021.2.27
おかえり。鼻赤いね。 寒いよー、手袋してけばよかった、近いからって油断してた。 まだ別々の部屋に住んでいたころは、冷たい手でいきなり私の頰を挟んできたり、仕返しに腋をくすぐったりして、そのままいつまでも触りあったりした。でも、ウイルスの蔓延とこの部屋への引っ越しを経て、私た...
2021年8月27日
2021.2.26
ドアを開けて居間に出る。恋人が薄手のコートを脱ぎ、玄関脇のフックにハンガーを掛けているところだった。外の静かなにおいがした。
2021年8月26日
2021.2.25
私もヴィッつぁんのこと、中学以降はぜんぜん知りません。そういうものですよね。私はそうやって返した。私たちが次にメールのやりとりをするのは次のしめきりのときだろうし、そのころには私たちは、メガネくんのこともヴィッつぁんのことも忘れてしまっているのだろう。...
2021年8月25日
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