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2021.6.17
彼女はそっぽを向いて外を見下ろし、山しかないなこのへんは、とつまらなさそうに言う。季節は秋で、ふちのほうから赤と黄のグラデーションが這い登り、中心で雪の白に沈む山肌は、それなりにきれいではあったのだが、一万メートルとかの高さからでは、うっすらぼやけてよく見えない。空気はやや...
2021年12月15日
2021.6.16
シ・セ・プエデったってねえ。その話を恋人にしたのは、私の郷里に向かう飛行機のなかのことで、彼女は、一気にしゃべった私の興奮をいなすように窓から外を眺めて言った。オバマじゃないんだからさ。 オバマ。 二〇〇八年の大統領選で当選したときバラク・オバマが繰り返していたスローガンは...
2021年12月14日
プルースト 2021.11.7~2021.12.3
11月7日(日)晴。三連休の最終日。今日は夕方から岡田睦『明日なき身』(講談社文芸文庫)の読書会。へんな小説が読みたい、という友人に私が薦めた、ら、その友人がいたく気に入り、読書会やりたい!と言い出したもの。ということで朝から再読。ふだんの読みと読書会用の読みはやっぱり違っ...
2021年12月14日
2021.6.15
そのフレーズは代表チームのスローガンだったらしく、ローカルテレビや父の車のラジオで何度も紹介されていた。だから、そのときにはすでに中学生で、もしかしたらサッカーをやめていたヴィッつぁんの耳にも入ったかもしれないし、もう全力で身体を動かすこともなく、ゴーグルも度が合わなくなっ...
2021年12月13日
2021.6.14
キャプテンはそう、ややセンチメンタルな表情で言い、それではみなさん、わたしが今から言う言葉を繰り返してください、と求める。頷いた私たちに、彼は不意に男の声で言った。シ・セ・プエデ! できるんだ!という意味です、と女性の声が言い、キャプテンは、ありがとうございます、とあちこち...
2021年12月12日
2021.6.13
わたしのいちばん好きな言葉を、ふるさとの次に大好きなこの街のみなさんにも憶えてほしい、そして大会が終わってわたしたちがいなくなってからも、みなさんの間で渡しあってほしいんです、その言葉を。
2021年12月11日
2021.6.12
イベントのしめくくりはいつもキャプテンのスピーチだった。そのなかで彼は必ず、みなさんに、わたしのいちばん好きな言葉をお教えします、と言った。選手は男性だったが、チームに同行している通訳は女性で、私は彼の言葉を、女性の声で語られた日本語として憶えているが、実際はもちろんそうで...
2021年12月10日
2021.6.11
感染の拡大がひどくなってもかたくなに開催をめざし、そのくせ直前になってようやく息切れしたように中止になったオリンピックで、私の郷里の街は、カリブの島国の代表団のキャンプ地になった。小学生のころに私たちの国で行われたワールドカップでは南米の国の代表が私たちの街を拠点に戦ってい...
2021年12月9日
2021.6.10
私の実家への旅行に煙草を持っていかなかったのは、私たちの親世代だとまだ女性の喫煙を好ましく思わない人もいるかもしれない、という配慮もあったようだ。実際に、彼女の実家を訪ねたときも、彼女は出かける前にすこし匂いのつよい香水を自分に振りかけていたし、日帰りできる距離でせいぜい数...
2021年12月8日
2021.6.9
恋人は、そういえば、どのくらいのペースで煙草を吸うのだろう。私といっしょにいるときはあまり吸わないし、何度か私の郷里を訪れたときも、五日から十日ほどの滞在中はたしか一本も吸わなかったはず、というか、箱もライターも東京に置いていっていた。吸わなければ苛々するとかではなさそうで...
2021年12月7日
二人のおばさんの死
バス停を降りた目の前にその店はあった。古い街道沿いには個人経営のこぢんまりした店が、商店街というほどのまとまりもなく並んでいた。家々は商いをしていたころのたたずまいを残したままシャッターを閉め切り、ひっそりとした生活臭をただよわせていた。営業を続けている店も、古い白熱灯の(...
2021年12月7日
2021.6.8
君島さんは、あの日のことを思い出すとき、私の、原稿では消えてたからそのまま忘れそうだったのにゲラで復活した発言を、思い出すだろうか。 あの発言をしたとき、そして原稿に書き足したとき私は、君島さんの気負いがやわらげば、と気を遣ったつもりだったが、しかしそれは私の勝手な考えで、...
2021年12月6日
2021.6.7
座談会からすでに三ヶ月以上が過ぎ、掲載された雑誌もすでに次号が出ていて、これだけ時間をおいて振り返ると、五人でテーブルを囲んだ日の記憶のほとんどは、原稿やゲラのできストで補完されたものばかりだ。『すべてがFになる』も、戯言シリーズのどれかの巻も『意外性の宇宙』も、事件やトリ...
2021年12月5日
2021.6.6
どちらもコンピュータにまつわる、私がぜんぜん不案内な分野のことだ。 堀源一郎『意外性の宇宙』のなかで、宇宙は屈曲している!みたいな話のあとに、「直観はきかないので、理屈のうえから認識するしかありません」と何気なく書きつけられていた。私はあまり理論的な思考が得意でなく、なにご...
2021年12月4日
2021.6.5
とにかく、私が部屋を分けたいと思ったのはそういう理由からだった。何も言わずに同意してくれたのは、そうやって原稿の捗らない私を見ていたからか、あるいは彼女も、他人のタイピング音で自分の打鍵のリズムを乱されるたちなのかもしれない。...
2021年12月3日
2021.6.4
最後まで冗談をまぶした、あれは体の良い断りだったのだろう。彼女はそれでも同棲には同意してくれた。それぞれの仕事部屋を分けようと提案したのは私だった。 私はたぶん、ふつうより神経質だ。一度、パンデミック前に訪れたエリカとリンの家は、二台は入りそうなガレージを二人の共同アトリエ...
2021年12月2日
2021.6.3
彼女がうなずき、どこかで様子をうかがっていたらしい店員さんが、おめでとうございまーす!と脳天気なかんじで叫びながら飛び出してきてクラッカーを鳴らした。ほかの客席の人たちも、きっとデザートのプレートが出てきたときから横目で見ていたのだろう、おざなりにでも拍手をしてくれる。...
2021年12月1日
2021.6.2
それは──。私が言葉に詰まったのは、たしかに私たちは、ぎんなんの出会いのあと、エリカやリンや宇野原さんなんかをまじえて遊ぶうち、次第に二人だけで会うようになり、私が終電を逃して、歩ける距離なのに彼女の家に泊まった夜に身体の関係ができ、そのまま今にいたる──という経緯だったも...
2021年11月30日
2021.6.1
では改めて、と向き直った私に、恋人は──みやびさんは、火が消えて黒ずんだ花火をケーキから抜き取って、ていうかさ、と言う。わたしたち、つきあってたんだっけ。
2021年11月30日
2021.5.31
私たちはホテルディナーに合わせてちゃんとした恰好だった。店員さんもそういうシチュエーションには慣れていて、サプライズの相談の電話でもう、指環の渡しかたをいくつか提案──デザートの皿に載せる、食後のコーヒーの角砂糖の箱に仕込む、テーブルに風船を置いといて任意のタイミングで割る...
2021年11月28日
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